【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「く、くそ女って……」
いきなりのミランダとベルズからの罵倒に、スクルドも面食らっている。
もともと冒険者の荒くれどもを相手にしているくらいなので、使おうと思えば、ミランダも汚い言葉程度はいくらでも吐くのだろうが、貴族令嬢でもあるベルズまで口にするのだから、余程に彼女たちには腹に据えかねていることがあるのだと思う。
一郎は、とりあえず、ミランダとベルズの感情に淫魔術で触れてみることにした。
純粋な怒りが半分、理不尽な目に遭ったことに対する八つ当たりの感情が半分の半分。残りはとにかく複雑でごちゃごちゃしたものというところか……。
状況によっては、強引になだめようと思ったがやめた。
いくらか発散させた方がいいだろう。
「とにかく謝んなさいよ。怒らせてることの自覚はあるんでしょう?」
すると、コゼが口を挟んだ。
スクルドがはっとした顔になる。
「あっ、も、もちろんです。すぐに王都に戻って来なかったことは申しわけないと思ってます……。それに、出立前にはベルズとかの呼び出しに応じなかったりして、なんか、逃げたように感じたかもしれませんけど、わたしも、その……、その、色々と忙しくて……。あと、ロウ様たちの方も大変ですぐに戻るというわけには……。あっ、それと、わたしの名はスクルドです。出立前にも伝えましたが、スクルズという神官は死んだことになってるので、今後はスクルドと……」
「名前なんて、どうでもいいんだよ──」
ミランダがぶち切れたように怒鳴った。
「すぐに戻って来なくて.ごめんなさい──。ミランダたちが苦労してるとは思ってたんだけど」
スクルドが慌てたように、がばりと頭をさげた。
「ああっ? もしかして、こいつって、すぐに王都に戻ることになってたの? それでミランダたちは怒ってるというわけ?」
コゼだ。
「えっ、そうなの? でも、王都にすぐに戻るって雰囲気はなかったわねえ……」
エリカも口を挟んできた。
「またまたあ、そんなことはありませんわ、エリカさん。わたしはちゃんとしていたじゃないですか。いやですねえ。ふふ……」
スクルドが満面の笑みを浮かべる。
困ったときには、スクルドはあの笑顔で誤魔化すところがあるが、流石にそれはここでは通用しないだろう。
淫魔術でミランダたちの感情に触っている一郎には、スクルドが愛想笑いのようなものを浮かべたとき、ミランダとベルズの苛つきがぐんと跳ね上がったのがわかった。
「だって、急いで王都に戻ろうとしていた印象はなかったわ……。雌犬だとか、もう離れないとか、そういうことは言ってた記憶はあるけど……。王都のことも訊ねるまで最小限のことしか語らないし……」
さらにエリカが口を挟む。半分呆れたような口調だ。
「ひ、人聞きの悪いことを──。わたしは、あの狭間の森でご主人様にきちんと王都のことはご説明を……」
「園遊会のことよ」
エリカがぴしゃりと言った。
「あ、あれは……まあ、確かに……。でも、ちゃんとご主人様には叱られて……」
「叱られたから、なによ」
エリカがスクルドの言い訳めいた言葉を途中で遮る。
容赦ないなあ……。
一郎は苦笑した。
「すぐに戻って来なかったことなどいい。どうせ、ロウとひさしぶりに会ったことで、色惚けてしまったんだろうからね」
「そ、そうなんです、ミランダ。あの頃はあんまり嬉しくて、なにもかも頭から飛んで……。ほほほ……」
再び、スクルドがいつもの誤魔化しの微笑を浮かべる。
ミランダとベルズ、特にベルズの苛つきの感情が桁上がり程に上昇する。
流石に、この衰弱した身体にはよくない。
一郎はちょっとだけ、ベルズの心の揺れを鎮める。一瞬浮き出たベルズの眉間の血管が消えた。
「すぐに戻ってこなかったのはどうでもいいと、ミランダも言っているであろう。さっきの園遊会だ。そのサキが園遊会とやらで集めた可哀想な者たちのことだ。あれに一枚どころか、二枚も三枚も……。いや、一番骨のところでお前は噛んでいるな? サキに協力して」
ベルズが怒鳴りあげた。
いつも気難しげな雰囲気のベルズだが、剥き出しの感情を露わにするのは珍しい。
スクルドもたじろぐ感じだ。
「骨なんて……。ま、まあ、サキさんのしようとしたことは知ってたわ。ええ、知って黙っていたことは認める。でも、協力なんて……。ただ、サキさんを邪魔しなかっただけで……。それについても、うんとご主人様に叱られて反省を……。本当よ、ベルズ」
「ふうん……。では、あの可哀想な者たちが口にも出せんような破廉恥で、醜悪で、貴族として……いや、女としての尊厳という尊厳を潰され、毎日苛められ、拷問され……。そういうことに関与したことを認めるということだな、スクルズ、いや、スクルド?」
「だから、関与は……。と、とにかく、その話は後で……。いまは治療を。あなたはまだ瀕死の状態なのよ、ベルズ」
「逃げるんじゃないよ、スクルド」
すると、今度はミランダが口を挟む。
「別に逃げては……。ただ、治療を……」
スクルドは困惑した感じになる。
一郎は大きく息を吐いた。
「わかった。色々とあるんだろうが、ふたりとも、いまは治療に専念しよう。一度、シルキーの待つ幽霊屋敷に送らせる。俺たちも夜までには行くから、話はそのときにしようか」
一郎は言った。
そして、スクルドを見る。移動術でふたりを運ぶためだ。ついでに、防音魔道陣が刻まれている開口具をつけて拘束しているラポルタも運ばせようと思った。
こっちは、クグルスに頼むのが適切だろう。
さらに口を開こうとした。
「待って──。待ってくれ、ロウ殿。これは大事なことなんだ。スクルドがこの後宮と奴隷宮に施した
「危険?」
一郎は面食らった。
しかし、危険かもという言葉には同意できない。一郎の魔眼の力にはなにも感知できないし、なによりも、そういう勘が働かない。
確かなものでないので、言い切ることは不可能だが、ここが危険という気持ちにはならない。
まあ、やたらに、淫気が濃いのは気にかかるが……。
「は、はくち術? 一体全体なんのこと、ベルズ?」
スクルドがびっくりしている。
「白痴術という呼び方は、わたしが勝手に言ってるだけさ。薄い……、極めて薄い魔道の膜だ。人の心の自律性を低くし、他人の言葉を信じやすくする効果がある。思慮が低くなるとも言えばいいかも。もしかしたら、サキやその妖魔も影響を受けた可能性もあるね……。とにかく、そのくそ妖魔から拷問されている時間以外は暇だからね。それでやっと気がついたのさ」
ベルズが言った。
「まったく、なにを言ってるかわからないわ、ベルズ」
スクルドも当惑顔だ。
一郎は、淫魔術で支配している女たちの感情に触れられるので、スクルドが本当になにも知らず、そして、心の底からベルズの言葉に驚いているのは知ってるが、ベルズ、そして、ミランダはスクルドがなんらかの嘘をついていると信じている気配だ。
「まだ、しらばっくれるのかい、スクルド。あれだけのことをしでかしといて──。わたしとミランダは基本的には、あの令夫人や令嬢たちとは離されていたけど、それでも幾らかは一緒だった。拷問を同じ場所で受けたりしたからね。だから、言っておく。あれは、もうどうにもならないよ」
「はっきり言ってよ、ベルズ。本当にわからないの。わたしがなにをしたというの?」
「そうだね。わたしもわからないよ、ベルズとミランダはなにを怒ってるんだい? このスクルドがなにかをしたと?」
アネルザだ。
「ねえ、さっきあなたが口にしたような魔道はかけてないわ。神に誓う」
スクルドもさらに言った。
「神ねえ……。神って誰のこと? 天道様を知ってる、スクルド? 園遊会で集められて、ここで理不尽で残酷で尊厳という尊厳を奪われる可哀想な彼女たちが、自分の心を守るために、必死に信じ込んだ天道様さ」
ベルズが皮肉っぽい口調で言った。
「待て」
しかし、一郎は彼女たちの会話を遮った。
「ご主人様、なんか来るよ。大勢だ」
そのとき、ラポルタのところで遊んでいたクグルスが一郎のところに飛んできて声をあげた。
一郎は頷いた。
クグルスが感知したものは、ほぼ同時に一郎も魔眼で認識していた。
「うん、わかってる……。悪いが話は一旦終わりだ、ベルズ──。イット、一階との階段のある場所に行ってくれ。多分、兵隊が来る。来たら、すぐに戻って知らせてくれ。絶対に戦うな。向こうに見つかる前に戻れ」
「はいっ」
イットが飛び出していく。
「兵隊? もしかして、王軍かい?」
アネルザが言った。
「おそらく……。スクルドはミランダとベルズを連れて、一度、シルキーのいる屋敷に行け。そして、ミランダたちの治療の続きを。クグルスも行け。そのラポルタを連れて行ってくれ。シルキーにはしっかり監禁しとけと伝えて欲しい」
「あいあいさあ──。ご主人様たちも気をつけてね」
クグルスが元気に返事した。
「ほかは戦闘準備よ」
エリカが声をあげる。
「待って──。これだけは待っておくれ。殺す前に、目玉をくり貫いて、鼻を削ぎ落とすのはサキに任せるさ……。だけど、あたしはこれだけはやっておくよ」
そのとき、ミランダがラポルタを連れていこうという気配のクグルスを止めた。さらに、さっきガドニエルが取り寄せてくれたびしょびしょに濡れた革紐の一本を手にして立ち上がった。
さらに、ラポルタに近づき……。
そして、一郎は目を丸くしてしまった。