【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「お前たちは、俺たちの敵になって、ここで全員が死ぬことを選ぶのか? それとも輝かしい未来を掴むために、味方になるのか? もう一度、問う。お前たちは、敵となるのか──。それとも、味方になるのか。心して決めろ。運命の分かれ道だ」
一郎は言った。
すると、隊列の後ろ側にいる隊長のルセの顔が真っ赤になった。
「黙れと言っておるだろう、謀反人──。近衛は王命に従うのみだ」
「独裁官の命令は、王命と同等だそ。よく考えろ。俺の後ろには、一騎当千の女が四人もいる。お前たちを皆殺しにするのに、いくらもかからないだろう。本当に、あの王に殉じたいのか?」
「生死は関係ない。近衛が王に背けば、もう近衛ではないわ」
ルセががなりたてる。
一郎は嘆息した。
ここまで言ってもだめか。
これ以上は時間の無駄かな……。
この王宮で使われていたかもしれない王家の操り具の効果は、すでにスクルドに無効にさせているので、もうその効果はないはずなんだが……。
まあ、効果が残っていたとしても、もともと、操り具としては程度が低いらしいし、そもそも、もうそれを使って操っている者はいない。ここまで頑ななのは正真正銘、こいつの意思か……。
「ルセと言ったね。お前の王家への忠誠には感謝する。しかし、いまは、この独裁官のロウ=ボルグ殿に従うんだ。あんな男にも忠義を尽くしてくれる者がいるなんて、正直驚きでしかないけど、あれはもうだめだ。お前の忠誠を向ける相手として相応しくない。お前があいつに殉じたことを知っても、あのルードルフは一顧だにしないだろう。だから、ここは頼む」
すると、アネルザが声をあげた。
だが、ルセは頑なに首を横に振る。
「申しわけありませんが、捕縛命令が出ている王妃陛下の言葉には、いまはなんの意味もありません。もしも、王妃殿下の職権が回復されたとしたら、我々は命令に従います」
「わかったよ……。ならば、兇王ルードルフに殉じて死ね」
一郎はエリカたちの後ろに戻ろうとした。
そのときだった。
「隊長、お待ちください」
声があがった。
副隊長のフランツ=バウアだ。
「ああっ、なんだ。まだ、文句をいうのか、バウア──。首を刎ねるぞ」
「俺は代々、騎士爵を賜っているバウア家の者です。バウア家の四男です」
「はあ? いきなりなんだ──?」
「ですから、俺はバウア家の者だと言ってるんです。そのバウア家はもともとトミア子爵家の一門なんです。トミア子爵家を知ってますよね? つい先日、ルードルフ陛下によって取り潰しになりました。子爵夫婦は毒杯を仰ぎ、いまだに葬儀をすることも許されていません」
「お前は一体全体、なにを言っているのだ──。トミア家の一門だったせいで、隊長をおろされて格下げになったことを恨んでいるとでも言いたいのか──」
ルセの顔がますます赤くなった。
激怒しているのがわかる。
手は剣の柄にかかっており、いまにもバウアに斬りかからんばかりだ。だが、バウアの周りの兵が彼を守るかのように姿勢をとっているので、剣を抜くのを
それはともかく、いまの言葉でやはり、この隊のもともとの隊長は、あのフランツ=バウアだったのだということがわかった。
「俺の格下げなどどうでもいいです。しかし、トミア家の長女のユファは、ルードルフ王の呼び出しに応じて、その場で陵辱され、後日自害してしまいました。そして、妹のミリアは姉の仇をとろうとしてルードルフ王に斬りかかり処刑されました。主筋の家ではありますが、俺にとっては、妹たちのように可愛い存在だったんです。俺はあの王には従えません」
バウアはそれだけを言うと、こちら側に歩いてきて隊の前に出た。そして、くるりと反転して、こちらに背中を向ける。
つまり、隊に対して向き合う体勢になったのだ。
「う、裏切るつもりか──。まずは、バウアの首を刎ねよ」
ルセが怒鳴る。
しかし、さらに五人ほどが前に出てきて、バウアと同じように、反転して隊に身体を向けた。
「き、貴様ら──。全員、命令不服従──。いや、反乱の罪により処刑する──」
「いや、俺たちは、この副隊長とともに行動します。天道様の言葉に従います」
ひとりが言った。
「俺もだ」
「いや、俺も──」
すると、また隊から前に出るものが増える。今度は十人ほど──。
ほかの者は判断を付けかねている感じで躊躇っているが、バウア側につきたそうな素振りであることは見ていてわかる。
「……ねえ、エリカ、天道様って、やっぱりご主人様のこと?」
「さあ?」
背中でコゼとエリカのささやき声がした。
一郎もそれは疑問だ。
天道様というのは、この世界においては、確かクロノス神のことだ。神話の世界の中の主神であり、強い力を持った五、六人の女神を従えて、世界と様々な種族を作ったという。クロノス神は太陽。クロノスに仕えた女神は、この世界では月に喩えるのだ。
一郎は、ガドニエルたちから英雄認定を受けたとき、この“クロノス神”を意味する“サタルス”姓をもらったので、そのことを言っているのだろうか?
「バウアをはじめとして、いま前に出た者を斬れ。命令だ──」
ルセが叫んだ。
「イット、行け──。あの隊長の首を刎ねてこい」
一郎は短く指示した。
「はいっ」
イットが脱兎のごとく飛び出す。
あっという間に兵たちのところに辿りつき、その兵たちの頭を飛び越して、ルセに向かって跳躍した。
「うわっ」
ルセが悲鳴をあげたが、そのときにはイットが振った右手の長爪によって、ルセの首は宙に舞いあがっている。
首のない死体が音を立てて倒れる。
「ガド、防護結界を解除」
一郎はそれだけを言って、バウアたちの方に向かっていく。
ほかの女たちもだ。
バウアが一郎たちに向き直り、片膝をついて首を垂れる。
すぐにほかの兵も一斉に同じ姿勢をとった。
「ロウ殿……、いえ、独裁官閣下。俺は……いや、俺たちはあなたの指揮に従います。忠誠を誓います」
「ありがとう。だが、忠誠の相手は、俺じゃなくて、イザベラ女王陛下だ」
一郎は苦笑した。
「それが独裁官閣下のご命令でありますなら……」
バウアが頭をさげたまま言った。
なんか、言葉に語弊があるが、まあいいか……。
「わかった。忠誠を受けよう」
一郎は、亜空間から赤いチョーカーを取り出す。
なんでもよかったが、なぜか赤いチョーカーはかなり大量に亜空間に収容していて、千個ほどあったのだ。
ただのチョーカーだが、赤色は目立つので、それがいまは都合がいい。
一郎は全員を立たせて、まずはバウアにその赤いチョーカーを渡した。
「これは?」
両手で捧げ受けるようにして、バウアがまじまじとその赤いチョーカーを見る。
「ただのチョーカーだ。このガドが付けているものと同じだ。俺の女たちも同じものを全員がする。それをつけろ。これがイザベラ陛下に忠義を誓うという目印だ。言っておくが、俺がチョーカーを男に渡すのは、お前が初めてだぞ」
一郎は言った。
最後のひと言は軽口だ。
だが、そう口にした途端に、バウアの顔が一瞬にして喜色に染まり、嬉しそうな表情になる。
それどころか、小刻みに手が震えだし、うっすらとだが目に涙が浮かんだ。
一郎はびっくりした。
「つ、つまり、天道様自ら……。あ、ありがとうございます。家宝にします……」
「いやいやいや、そんなんじゃない。ただのチョーカーだ。そこらの店先で買えるものと同じようなものだ」
一郎は慌てて言った。
感涙してもらうほどのものじゃない。
だが、バウアは感激した様子で、「家宝に」という言葉を繰り返す。
一郎は嘆息した。
「……とにかく、家宝にするんじゃなくて、装着しろ。これが俺たちに与する目印になる。ほかの兵にはお前から渡してくれ。そして、ほかにこれだけある。ほかの隊にもお前たちと同じようにルードルフ王に不満を持っていて、イザベラ女王陛下に忠誠を誓いたがる者がいると思う。それを口説け。そして、夕刻を待って正殿周辺に待機しろ」
一郎は、ほかの千個ほどの赤いチョーカーを箱で床に積みあげる。
また、正殿というのは、数個ある宮殿内の建物のうち、政務などが行われる場所になる。
まあ、本来は国王の日中の居場所は向こうなのだが、ルードルフ王は政務が大嫌いで、ほとんどの政務を王妃アネルザに丸投げして任せ、自分はこの後宮に入り浸っていたということは一郎も知っている。
「夕方まで……。あのう、夕方になにを? あっ、いえ、指示を待ちます。とにかく、同志をできるだけ集めればいいのですね。しかし、もしも、このチョーカーの数で足りない場合はどうしたらいいでしょうか?」
「足りない? 千個もあるぞ……。まあ、足りないときには、なんでもいい。身体の一部に赤い布でもなんでも巻いておけ。頼むぞ」
「わかりました、てんど……。いえ、独裁官閣下」
バウアが敬礼した。
さっきから、みんなが口にしている“天道様”というのはなんだと訊ねようとしたが、思いとどまった。
時間が惜しい。
「それと、ちょっと訊ねるが、お前たちの属するのは、近衛兵の中でも特別近衛兵ということでいいんだな。特別近衛兵の連隊長は、ラスカリーナ殿で間違いないな。女高級将校の?」
これは事前に調べていたことだ。
近衛兵全体は三万人ほどだが、このうち特別近衛兵と言われる隊は三千人程度だそうだ。
“特別”という名称がつくが、ほかの近衛兵と比べて格上ということはない。
だが、死んだルセも言っていたが、特別近衛兵は王族を直接警護し、非常時には後宮すらにも入ることがある。
だから、ルードルフは、男を嫌って、特別近衛兵の連隊長に女将校をつけていた。目の前の隊にはたまたまいないようだが、特別近衛兵には女兵も多いと聞く。
それを束ねる女連隊長の名がラスカリーナ──。
アネルザと同じくらいの四十歳を超えた女性だそうだ。
軍人にしては小太りで、まったく化粧気がなく、どちらかというが不美人。
一郎が知っている事前情報はそれくらいだ。
「えっ? はい。間違いありません。ラスカリーナ閣下です」
「よろしい。いまはどこに?」
一郎は訊ねた。
「王軍の軍営だと思います。いつもそこですし」
「好都合だ……。よし、もう行ってくれ。頼むぞ、フランツ=バウア」
一郎は微笑んだ。
「えっ、俺の姓だけでなく、名もご存じで? 感激です──。命に替えましても、ご命令を遂行します」
バウアは感極まったような表情で敬礼をした。
そして、すぐに自分でチョーカーを嵌め、ほかの兵にも配ると、慌ただしく部屋を立ち去っていった。
再び一郎たちだけになる。
「……ところで、さっき、あのバウアが口にしていたルードルフ王に殺されたという令嬢たちやトミア家の取り潰しのことだけど……」
「わかってる。再調査させる。もしも、真実であり、トミア家に罪がなかったら、どんなことをしても償うし、名誉も回復する」
アネルザが言った。
「ありがとう」
一郎は言った。
すると、今度はアネルザから口を開いた。
「それはともかく、さっきも言っていたけど、あのラスカリーナに、本当に手をつけるのかい? 夕べも言ったけど、あれはちょっと、男が興味を持つようなタイプじゃないよ。ラスカリーナ自身がすでに女を捨て去ったような性質だし」
「結構じゃないか。だったら調教のしがいがある。だけど、まあ、ここで大事なのは、性別が女だということさ。俺は今日の一日で終わらせるつもりだ。限られた時間だが、長い一日になる。ハロンドール王朝は事実上、今日で終わる。イザベラが女王になるが、それはこれまでと全く違うものになると思う……。ところで、今更だが、本当にいいのか? 俺はこれから本当に、この王家を乗っ取るぞ。いいんだな、アネルザ?」
すると、アネルザが豪快に笑った。
「本当に今更だねえ。わたしは、ずっと前から言っているじゃないか。この王国を乗っ取ってしまえってね。お前は、わたしが見込んだ英雄だ。少女時代に会った町占い師の予言で告げられたわたしの恋人だ。そして、娘たちの夫さ」
「わかった。じゃあ、行こう。まずは、ルードルフ王を探さないとな。立ち去らせる前にラポルタから聞き出せばよかったが、とりあえず地下層を探すか。近くに行けば、俺がある程度は探し当てられる」
一郎は言った。
ルードルフ王がラポルタによって監禁されている場所は、この後宮のどこかであることはわかっている。
そして、この後宮は、もともと監獄として使っていた場所にあったらしく、地上部分とは異なり、地下側には牢がある。
ここは地下一階層だが、さらに下の地下二階層と三階層が地下牢のはずだ。
「案内するよ。こっちだ」
アネルザが先頭を進みそうな気配になったので、一郎は慌ててとめた。
ラポルタは退治したが、あいつが作った罠はまだ残っている可能性もある。まあ、ここで待ち構えていたのだから、これよりも奥になる地下二層と三層には罠は作っていないとは思うが念のためだ。
最初と同じように、コゼとイットに前に出てもらう隊形にしてもらう。
「あっ、そうだ。忘れるところだった。さっきの赤いチョーカーだが、お前たちの分もある。ガドのもだ。ガドはこれに交換だ」
亜空間から出したのは、バウアに託したのとは異なるチョーカーだ。やはり、色は赤であり、ガドニエルがしている親衛隊用のチョーカーと外観は変わらない。
全員に渡す。
「もともとチョーカーをしてないあたしたちはともかく、していたガドもこれに交換ということは、なにか特別な機能があるんですよね、ご主人様?」
コゼがチョーカーを首に嵌めながら訊ねてきた。
「えっ?」
「そうなのですか?」
イットとエリカだ。
すでに首に嵌め終わっているが、はっとした表情になっている。
「ご主人様のご調教具ですか?」
ガドニエルはぱっと明るく笑みを浮かべた。
一郎は笑った。
「大したものじゃない。とりあえず、自慰をしても気をやれないという機能をつけた。ほかにも面白いことを考えついたら、逐次に追加していく。今日に限らず、つけっぱなしにしておけ。まあ、もう俺以外には外せないけどね」
一郎は言った。
ガドニエルを除いて、ちょっと複雑そうな顔になる。
「自慰ができなくなる……ということですか?」
コゼだ。
「自慰はできるぞ。いくらでもな。ただ、絶頂はできない。それだけだ……。そうだ。全部終わったら、みんなでこれをつけて集まるか。媚薬パーティをしよう。だけど、面白い芸をした者だけしか抱いてやらん。面白そうじゃないか」
「ちっとも面白くありません──」
エリカが怒ったように言った。
一郎はさらに声を出して笑った。
「まあいいだろう。じゃあ、今度こそ先に進もう」
アネルザに一郎の横から案内をしてもらいながら、地下の二層に降りる階段に向かう。
やはり、特に罠のようなものはなかった。
なんなく、地下二層部分に辿り着く。
地下一層とは異なり、ただひとつの通路しかない薄暗い場所だ。だが、魔道がかけられているらしい燭台が真ん中にあり、なんとか視界はある。
三層に降りる階段は突き当たりみたいだ。
「ここにはいないな」
一郎は言った。
魔眼ではなにも感知できない。
この地下二層部分には少なくとも、生きている者はひとりもいないようだ。
「ご主人様、見てください──」
しかし、少し前を歩いていたイットが急に悲痛な声をあげた。