※この作品はR-18です。

【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】   作:ドン・ドナシアン

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848 連隊長、通りすがりの淫魔師です。

 軍営に入る時間としては、かなり遅い時間だろう。

 なにしろ、陽はすでに中天を過ぎて、少し西側に傾いている。

 まあ、夕べは飲み過ぎたのだ。

 

 だが、近衛兵の女連隊長であるラスカリーナを咎める者はいない。

 また、困る者もいない。 

 特別近衛兵の連隊長とは聞こえはいいが、実は近衛兵の中でも特別近衛兵の連隊長というのは出世から離れたことを示す閑職になるのだ。

 

 だが、どうでもいい。

 もう十年、特別近衛の連隊長をしているが、ラスカリーナの望みは、後十年、こうやって軍人としてなんの問題もなく飯を食っていけることだ。

 軍歴も長く、もう四十歳になった。さすがに五十になれば、女軍人としては引退すべきだと思っている。

 また、事務仕事についても、優秀な副官である女将校のナールが大抵のものを片付けてくれていて、後はほとんどラスカリーナが署名だけをすればいい状態にしてくれている。楽なものだ。実にありがたい。

 

 ラスカリーナは王宮に隣接する軍営の中に住まいを持っていた。高級将校なので外に屋敷も持てるし、それなりの蓄財もあるが、独身であり、恋人のような相手もいるはずのないラスカリーナには必要がないので、若い時代からずっと軍営内の建物に住まいをもらっていた。

 

 それはともかく、軍営から近衛の詰所のある王宮内の地域に入ると、随分と慌ただしい雰囲気を感じた。

 誰も彼も忙しそうなのだ。

 まあ、数日前に勅命が出て、多くの王軍が王都から一日ほどの距離のある外郭城に入っていたのでそれもあるのかもしれない。

 また、軍営で遅い朝食を大食堂でとっているとき、外郭城のうちの西側の砦に王太女軍が兵を挙げて進行してきたという噂も耳にした。

 きっとそのせいだろうと結論づけた。

 

 それはともかく、国王を糾弾して、その娘である王太女が兵をあげるというのはどうなのだろう。

 異常事態だ。

 ラスカリーナの望みは、あと十年大過なく……。だが、それも難しい気がしてきた。

 度重なる王の蛮行のせいで、この国の王家に対する人気は底辺どころか、地を深く潜っている。

 ラスカリーナ自身も、忠誠心の欠片もない。

 まあ、どうでもいいが……。

 

 いずれにしても、おそらく、この戦いは王太女軍が勝つだろうとラスカリーナは読んでいる。なにしろ、こうやって王宮にいるので国王軍側のようなことになっているが、兵の気持ちは完全に王太女軍側にある、ラスカリーナからしてそうだ。

 また、近衛兵の連隊長のひとりであるラスカリーナには少しも情報は入らないが、兵たちの情報網は速い。

 食堂で彼らの話に耳を傾けていたら、王太女軍にはエルフ女王家の旗もあるし、傭兵王ことモーリア男爵家の旗もあるという。勢いが違う。多分、近隣諸領主はこぞって王太女軍に馳せ参じるに決まっている。

 これに対して、西の外郭城に入ったリンは、逃亡した宰相であるフォックス派閥の無能だ。

 勝敗は目に見えている。

 

「お疲れ様です」

 

「ご苦労様です、閣下」

 

 軍営に入り廊下を進んでいると、部下たちが道をあけて敬礼をしてきた。いつもと同じ光景だが、ちょっと違和感を覚えた。

 すぐにはわからなかったが、通りすがる者のほとんどが、赤いチューカーを身につけているからだと悟った。

 特段に軍規違反ということではないが、赤いチョーカーは目立つ。

 これはどうなのだろう?

 

 しかも、そうやって観察すると、窓の外の軍営で調練をしている者たちも、赤チョーカーをしているではないか。

 昨日はそんなものはなかったと思うので、彼らがそれを身につけているなにかの理由が、昨日の夜から今日にかけてのあいだにあったのだろう。

 まあ、ナールにでも訊ねてみるか。

 

 部屋に入る。

 すぐに当番兵が茶を運んでくる。

 今日の当番兵は、若い男の兵だ。

 彼については、赤チョーカーはしていなかったが、その代わりに赤い布を首に巻いていた。

 ラスカリーナは退出しようとした彼を呼びとめた。

 

「待て、その赤い布はどうしたのだ?」

 

 訊ねてみた。

 すると、若い兵はちょっとだけ困った顔になった。

 

「いえ、これはなんでも……。そうだ。怪我をしたんです」

 

「怪我? 首をか?」

 

 軍人なので調練で負傷はつきものだが、なんとなく胡散臭(うさんくさ)い気がした。

 

「そうです。なんでもないのです。失礼します、閣下」

 

 そして、彼は逃げるように、そそくさと退出してしまった。

 ラスカリーナは、ちょっと呆然としてしまった。

 だが、まあいいか……。

 ラスカリーナは、忘れることにした。

 どうでもいい……。

 

 若い時代のラスカリーナなら、ちょっと気になることがあれば、どんなことでも首を突っ込み、満足いくまでとことん突き詰めただろう。

 だが、いまはそんな気力はない。

 

 大過なく、あと十年……。

 ラスカリーナは心にその言葉を唱える。

 余計なことはしない……。

 なんでも顔を突っ込まない……。

 それが一番……。

 

 若い頃か……。

 

 そういえば、夢もあったな……。

 軍人としての夢も……。

 恋も……。

 

 ラスカリーナはいわゆる高級貴族ではない。実家のブブリナ家は軍人の家系だったが小さな子爵家であり、身分が出世を後押ししてくれる立場ではなかった。

 だから、必死で努力をした。

 軍事書といわれるものを片っ端から読みあさり、古今東西の戦例も研究した。その結果、私塾では、開闢以来の天才ともてはやされ、機会さえあれば、絶対に軍功を立てて出世するだろうと先生にも太鼓判を押された。

 

 考えてみれば、あの時代が人生の頂点だった。

 その私塾の先生の推薦状で王軍に入り、それから女軍人であるということから、王族に侍ることが多い近衛兵の将校に回された。

 どの部署でも、それなりに結果を残したので、出世はした。

 いまや、近衛兵の女連隊長である。

 だが、いわゆる花形ではない。

 軍人として活躍できる機会は乏しく、ラスカリーナはあの私塾の先生が口にした「機会」には恵まれなかった。

 もう失脚したが、家があのキシダインの派閥ではなかったということも、ラスカリーナがさらに高位に役職につくことを邪魔した。

 まあ、いまは逆に、蹴落とされる材料にならないということで、キシダイン派ではなかったことが幸いもしているが……。

 

 そして、恋もした……。

 いまのように、化粧気もなく、酒太りで肥えた外観からは誰も想像しないだろうが、ラスカリーナにも夢を見た時代はあったのだ。

 近衛兵に移る前の王軍時代だ。

 軍人としての同僚であり、恋をして、結婚の約束もした。

 身体の関係も……。

 

 しかし、その男はただの町娘と別の恋をしてラスカリーナは捨てられた。彼は王軍をやめた。

 ただ、それだけ……。

 だが、そのときには、もう男とは二度と付き合わないと決心し、涙が涸れるほどに泣いた。

 まさか、そのまま、男とは無縁になるとは……。

 気がつくと、行き遅れどころか、酒で太った男知らずだと思われてる中年の女将校のできあがりである。

 思い出して、ラスカリーナは自嘲して笑ってしまった。

 

 そのときだった。

 部屋の扉がノックされた。

 「入れ」と応じると、やって来たのは、副官のナールだった。とても優秀な女将校だ。副官としては若く、まだ二十歳である。

 しかし、それがまったく不自然とは思わない。

 それくらいに頭がいい。ラスカリーナのような軍人としては頭だけの頭でっかちではなく、男兵にまさるほど剣も使える。

 ラスカリーナの部下には勿体ないくらいだ。

 その彼女がふたつの盆を持っている。

 

「まずはこれを……。後で確認して署名をお願いします」

 

 書類の束だ。

 ちらりと見るが、各隊の日々報告だ。ほかにも物資要求書とか、金銭出納記録とか、まあ、連隊長であるラスカリーナが見るべき、様々な書類があるのだと思う。

 ナールのことだから、完璧に処理し、それぞれの書類内容を要約するものも付けたりしてくれているのだろうと思う。

 ラスカリーナは盆を受け取り、机の横に置く。

 

「お前もそれをしているのか?」

 

 ラスカリーナは訊ねた。

 ナールが首に赤いチョーカーをしていたのだ。

 

「それとは?」

 

 ナールが首を傾げる。

 

「それだ。そのチョーカーだ。なんなんだ、それは? 誰も彼も。なんの意味があるのだ?」

 

「それは……」

 

 だが、ナールは言いよどむようなちょっと困った顔になる。さっきの当番兵と一緒だ。

 しかし、ラスカリーナははっとした。

 ナールの雰囲気がいつもとは異なることに気がついたのだ。

 

「いや、それよりもナール、お前、化粧を……」

 

 化粧をしているのかと訊ねようとし、別段に化粧はしていないと気がついた。そんなものは面と向かっていればわかる。

 髪型を変えたのかと思ったが、それも違う。

 ただ後ろで無造作に束ねているだけのいつものナールだ。

 だが、今日のナールは美しい。

 昨日とはまるで違う人間のように綺麗だと思った。しかし、ナールはナールなのだ。

 

「なにか?」

 

 ナールが小首をまた傾げている。

 その仕草も可愛い。

 昨日までのナールだったら、思いも寄らない印象だ。

 

「いや……。なんだか、綺麗になったなと思ってな。素敵な殿方と恋でもしたか?」

 

 ラスカリーナは軽口を言った。

 ナールがラスカリーナ以上に、男とは無縁であることを知っているのだ。いや、男嫌いだといっていい。

 恋の相手は女だと、公言してはばからない百合嗜好の持ち主だ。

 実際に、遊びではあるが、女の性相手が幾人かいることも承知している。

 殿方と表現したのは、冗談だと伝えるための揶揄だ。

 

「恋……とは違いますね。そんなものではありません。彼は崇拝の対象です」

 

「はあ?」

 

 思わず、ラスカリーナは声をあげてしまった。

 

 崇拝──?

 なんのことだ?

 しかも、彼と言ったか?

 

 だが、目の前のナールのはにかんだような赤い顔……。なにかを思い出してうっとりするような表情……。

 これは間違いなく、恋をする女の顔だ。

 このナールが……?

 

「えっ、もしかして、つまり、新しい女の恋人ということか?」

 

 私事に対して無粋だと思ったが訊ねてしまった。それくらいに、ラスカリーナにとっては衝撃だったのだ。

 しかし、だったら、相手は女だろう。さっきのはラスカリーナが聞き間違えたに違いない。

 

「いいえ、男の方です。私のご主人様です」

 

「ご主人様?」

 

 声が裏返ったと思う。

 こいつはなにを言っている?

 

「私のことはいいでしょう。それよりも、先にお伝えしたいことが……。少し前ですが、王都内の全貴族、すべての内臣に対して、勅命で大会議が招集されました。しかも、今夕です」

 

「大会議? 今夕? 本当か──?」

 

 びっくりした。

 大会議というのは、国王が招集する貴族会議のひとつのことであり、その中でも全貴族が参加する最大規模の集まりだ。

 準備も大変だし、警備ひとつをとってもただ事じゃない。

 それを今夕だと──?

 

「本当です。ただ、当連隊については特段の任務はありません。いまのところ」

 

「いまのところといっても……。いずれにしても、なにがあるかわからない。すぐに準備を整えて……」

 

 ラスカリーナは詳しい報告と指示をするために、別にある会議室に移動しようとした。

 そこに各隊の隊長を集めて詳細を詰めるためである。

 ナールに隊長を参集させるように指示をして立ちあがろうとした。

 あの国王がなにをいきなりとち狂ったようなことをしようとしているのかは知らない。まあ、娘の王太女が自分に叛旗を翻して、王都に軍を向けるような異常事態だ。

 なにかしら言いたいのだろうが、時期も悪いし、なによりも唐突だ。

 ラスカリーナは内心で舌打ちした。

 

「お待ちください。それよりも、こちらを……」

 

 だが、ナールがラスカリーナを押しとどめた。

 半ば強引に椅子に座り直させられる。

 

「こちら? んんっ?」

 

 ナールが持っていたもうひとつの盆を差し出した。

 

「はああ?」

 

 仰天した。

 国王の印璽の入った文書だ。

 文章は簡単なものだ。

 

 『これを持参した者に最大の便宜を図るべし』

 

 ただそれだけを書いてある。

 しかし、間違いなく国王の印璽だ。

 

 それをルードルフ王が一介の近衛連隊長のひとりであるラスカリーナに直接に?

 なぜ?

 いや、そもそも意味がわからない。

 

 便宜って、なに?

 

 ラスカリーナになにを求めている?

 

 そして、はっとした。

 

「待て、もしかしたら、これを持参した者というのは……」

 

「客室で待機をしていただいております」

 

 ナールはあっけらかんと言った。

 

「なぜ、それをいの一番に言わん──。わかった、すぐに……」

 

 ラスカリーナは再び立ちあがった。

 何者かはわからないが、国王から便宜を図るように伝えられた相手を待たせるなど……。

 あんな王でも、王は王だ。

 

「お待ちください。お客人は、ここでラスカリーナ閣下と面談することをお望みです」

 

「ここで?」

 

 連隊長用のまったくの執務室だ。

 高位の客を出迎えられるような体裁にはなってない。

 

「お呼びします」

 

 すると、ナールが目の前に通信球を浮かべた。

 透明の拳ほどの球体であり、魔道によるものだ。

 だが、ナールが魔道を扱えたということを全く知らなかったのだ。しかも、通信球というのは高位魔道ではないが、低位魔道でもない。それなりの術のはずだ。

 

「お前、魔道を遣えたのか?」

 

 ラスカリーナはちょっとびっくりした。

 

「魔道遣いだと言うのは憚られるほどのものです。魔道具を扱えるくらいで、実際に魔道など全然……。でも、少し前に、ちょっとした魔道であれば遣えるようになりまして……。これも天道様のおかげです」

 

 ナールが微笑んだ。

 天道様?

 頭の中が整理できないうちに、ナールがその通信球に言葉を入れて消滅させる。

 おそらく、その客人とやらのいる客室に飛んだのだろう。

 だが、これもまた大変な非礼である。

 国王からの客を通信球で呼びつけるなど……。

 

「いや、待て。とにかく、出迎えに行く」

 

 ラスカリーナは扉に急いだ。

 だが、その扉がいきなり向こう側から開けられた。

 どやどやと人が入ってくる。

 しかし、その風体に驚愕した。

 四人の男女だ。

 男はひとりで、残り三人は女だ。

 それはともかく、全員が仮面をしていたのだ。

 仮面の四人だ。

 

「な、なんだ、お前たちは──? あっ、いや、失礼しました」

 

 あんまり不躾なのと、なによりも驚いたこともあり、思わず怒鳴ってしまったが、おそらく、彼らが国王の文書を持参した相手だろうと思い直したのだ。

 慌てて謝罪をしようとした。

 しかし、そのラスカリーナを四人のうちの男が留めた。

 

「いや、気にする必要はありませんよ、ラスカリーナ連隊長。一介のエルフ王家の女王様と、やはり一介の独裁官ですし。それと女護衛ふたり……」

 

「はあ?」

 

 言っていることがわからない。

 彼らが仮面を外した。

 現れたのは見たことないほどの三人の美女と男だ。女のうちのふたりはエルフ族。美しいと言われているエルフ族だが、そのふたりはおそらく、美貌で知られるエルフ族の中でも絶世の美女と言っていいほどの美女だと思った。

 ひとりの男は顔立ちは平凡だ。

 しかし、醸し出す不思議なたたずまいがある。近衛兵の女連隊長ほどのラスカリーナを圧倒させるような……。

 そもそも、どこかで、この顔を見たことがあるような気がするが……。

 

「別の物言いをしましょう。一介の通りすがりの淫魔師です。あなたを調教しにきました。覚悟してください、ラスカリーナ閣下……。いや、ラスカリーナ」

 

 男が言った。

 ラスカリーナは唖然とした。

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