【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
エルビンは実に不機嫌だった。
なにしろ、宰相の自分のまったく知らない、突然の全貴族招集の大会議なのだ。
どれだけ多くの者たちから、なんの目的の会議なのかと問い合わせを受けたかわからない。
そのたびに、エルビンは宰相らしく、いかにも全てを知っているかのような素振りで、いまここで話すわけにはいかず、会議に参加をしてもらえばわかるのだと、できるだけ重厚な口調で繰り返すしかなかった。
だが、実際は、宰相であるエルビンも知らないのだ。
だから、気に入らなかった。
定刻に近いので、王宮の大広間は、多くの人数で埋まっている。
多分、百人はいるだろう。
王都に“まだ”滞在する貴族たちと、あるいは、“まだ”王宮に残っていた内臣たちだ。
王軍の将軍や高級将校もいる。
服装は簡易な普段着でよいという指示があったので、全員がそれなりの装束だ。王宮に入る服装としては、かなり格式を落としたものだと言わねばならないだろう。
実際、招集の指示が、魔道や伝令、あるいは、お触れなどで伝えられたのは、数ノス前──。人によっては、国王が王宮に貴族招集したのを知ったのが、いまの刻限のほんの少し前だという者もいるはずだ。正式の装束など準備できるわけがない。準備の時間がないのだ。
とにかく、突然だった。
いずれにしても、この百人足らずの参集者が、多いと言ってよいのか、少ないと言ってよいのか、エルビンには判断がつかなかった。
なにしろ、この大広間は、千人は入れるくらいの地積があり、それに対して百人なので、大会議としてはかなりまばらに感じるのだ。
そもそも、大会議というのは、全貴族の招集だ。
地方からもやって来て、この大広間が埋め尽くされ、それでも入れない者たちで溢れるのが、本当の大会議というものである。
それが百人程度……。
しかし、繰り返されるルードルフ王の蛮行と、短い時間に連発された粛正の嵐により、多くの大貴族が王都から逃亡しておらず、さらにあの園遊会とやらで、妻子を連れて行かれた夫であり、父である者などは、その衝撃から気力を立ちあがらせることができずに、いまでも屋敷に閉じこもったままの者も多いという。
そういう状況で、まあ百人くらいは集まったのだ。
それは多いとしていいのかもしれない。
ともかく、エルビンは宰相だ。
居並ぶ貴族たちの中で、最前列の中心に立っている。
近衛兵団の末端の将軍のひとりだったエルビンが、宰相になったのは、ほんの数日前のことだ。
本来の宰相であるフォックス卿は、ルードルフ王が人が変わったように蛮行を始めると、ほかの貴族同様に一早く王都を離脱していなくなったし、次に宰相に選定された高官は、なんと、王宮の朝儀の場でルードルフ王自らに斬り殺されてしまったのである。
エルビンは、その次に選ばれた宰相だ。
だが、宰相はやはり、宰相なのだと知ったのは、宰相になってからだ。
そういう状況で宰相を兼ねて、王都ハロルドを管理するハロルド公になったエルビンだったが、屋敷に戻ると山のような祝いの品が届いていた。
それは、今日も同じであり、やはり、エルビンには手が届かないような豪華な品々や食べ物なのが引っ切りなしに送り届けられだしたのだ。
もちろん、宰相になったエルビンに対する贈賄の意味がある。
宰相というのは美味しい仕事かもしれないと、エルビンは一夜にして思った。
それにしても、一体全体、なんのための大会議か──?
エルビンは、ほかの貴族や重鎮たちとともに立ったまま、国王ルードルフの登場を待っている。
今朝、西の外郭域の砦に、王太女イザベラが国王処断の兵をあげて攻め込んできたが、それに対することか?
まあ、そうなのだろう。
一応は、王都軍を配置して、待ち受けの態勢をとっていたが、情報によれば、王太女イザベラの軍の陣には、なんと、エルフ族王家の旗があり、また、傭兵王と称されるモーリア男爵家があり、さらに、王太女の檄に反応した近傍貴族が我先にと陣に駆けつけている状況らしい。
まだ、戦端は開かれていないが、わずか王都から一日の距離の場所で、そんな内戦が勃発しているのである。
異常事態だ──。
もっとも、異常事態であったのは、ずっと以前からか……。
人が変わったかのように、散財し、粗暴になり、権力を無駄に行使しだしたルードルフ王──。
短いあいだに繰り返された王都への重税は、王都貴族や王都民衆の生活を限りなく圧迫し、それに加えて、粛正に次ぐ、粛正──。
国王に逆らったとして、王族の二公爵は財産没収の末に捕縛され、王都広場に裸にして晒されて殺され、さらに、あの民衆に大人気だった王都第三神殿長のスクルズも毒杯を命じられ、やはり同じように死骸となった裸身を公開して辱められた。
もともと高くなかった国王の人気は凋落した。
いまや、憎まれているといっていい──。
そして、園遊会──。
王都にいた貴族令嬢や貴族夫人を突然に集めて人質にし、その彼女たちを陵辱し、弄び──、その映像が毎日のように、下町を中心とした場所で映録球という魔道具で公開されるのである。
若く美しい貴族令嬢の痴態は、面白がった者たちがこぞってその映録球を複製したりして、ものすごい数の破廉恥映像の映録球が出回っている。
それはともかく、そのようなことをする国王が敬われるはずもない。
王への忠誠心など、
実は、エルビン自身もだ。
ほんの数日前までは、それでも王家への忠誠と服従の心はあったのだが、いつの間にか、霞みがとれるかのようになくなっていた。
どうして、あんな王に諾々と従っていたのか……。
なぜ、ほかの貴族や将軍の一部たちのように逃亡しなかったのか……。
わからない……。
王都以外にいくところがなかったというのも本当だが、あれだけのことを繰り返していたルードルフ王に対する強い忠誠心……。
なんだか、まるで操られでもしていた気もする……。
まあ、その結果、突然に宰相になれたのだから、人生というのはわからないものだ。
「国王陛下、ルードルフ王が入場されます──」
触れ係の大きな声が大広間に響く。
華やかな音楽もなければ、大歓声もない。
まばらな拍手が沸き起こった。
王を睨むようにして、まったく拍手をしない者も少なくない。
改めて、エルビンは、いまのルードルフ王に対する王都貴族たちの心情を知った。
だが、ルードルフ王──?
ほんの一日前に朝儀で見た姿とは別人のようだ。
身なりは整い、足もともそれなりにしっかりはしているが、随分と痩せてないか?
わずか一日で……。
そして、異様なのは、国王ルードルフとともに歩く者の存在だ。
普通は、近衛兵に護衛された国王は、一人で進むのが常識だ。
しかし、そいつも護衛なのか、ルードルフ王と同じようにきらびやかな服装としている男がルードルフ王の隣を進んでいる。
一緒に歩いているのだ。いや、護衛にしては服装が豪華だ。国王と並んで遜色ない。
また、護衛の近衛兵もいるが、冒険者のような出で立ちの女たちが左右両隣を固めている。
しかも、びっくりするような美女だ。
ある意味、ルードルフ王や隣を歩く男よりも目立っているかも……。
だが、ルードルフ王の隣の男は、本当に誰だ?
疑念が頭に浮かぶ。
そして、王がエルビンたちに向き合う高い位置に作られた演台にのぼった。
やはり、隣の男もだ。
ついていったのは、近衛兵ではなく、美しい女たち数名だ。
彼女たちに守られるように、ルードルフ王と見知らぬ男が演台に立つ。
あの男どこかで……。
エルビンは懸命に思いだそうとするのだが、考えようとすると、なぜか男の顔が頭から消えてしまって思い出せない。
なにかがおかしかった。
もしかしたら、認識阻害の魔道でもかけている?
そんな感じだ。
「今日は、余から重大な話を諸君に伝えたい……」
ルードルフ王が一歩前に進み出て、さらに演台に近づく。
さすがに、隣の男は出てこない。
だが、距離が近い。
まるで、国王と肩を並べている感じだ。
対等の存在であるとでも主張するかのようだ……。
おかしい……。
やっぱり、おかしい……。
だが、エルビンはルードルフ王の話を待った。
なにを言うのか……。
なぜ、全員が集められたのか……。
「……偉大なるクロノス神の代理人の国王の地位により……。あるいは、我らを見守り導いてくれる女神メティス、女神へラティスに感謝し……。そして、歴々の父祖と
格式のある言葉を語るときのお決まりの台詞だ。
だが、それだけ重要なことを話そうとしているのだと悟った……。
「……余は最初に申し伝える。これより話すことの異議は認めん──。ただ諾々と従い、
ルードルフ王が言った。
エルビンは息を吞んだ。
なんだ──?
なにが語られるのだ?
「まずは、この四か月にわたり発令されたすべての勅命を無効とすることを宣言する。すなわち、王妃アネルザ、王太女イザベラ、その関係者、また、エルフ女王から英雄公を与えられたロウ=ボルグへの捕縛指示の全部を取り消す──。彼女、彼らの名誉はすべて復活される。処刑された二公爵、神殿長スクルズについても同様である。彼らの名誉は死に遡って回復される──」
さすがに騒然となった。
驚いて、詰め寄ろうした者もいる。
だが、演台に近づきかけた者は、演台の下の近衛兵に阻まれる。
また、エルビンはやっと気がついたのだが、演台の周りがきらきらと輝く塵のようなものがある。
それに触れた者は、途端にまるで静止するかのようにゆっくりとした動きになっている。
それを後ろから近衛兵に襟首を掴まれて、引き戻されている。
あれは、魔道的ななにかか?
しかし、王宮内で魔道?
「うっるさいいいい──」
演台で怒声が響いた。
ふたりのエルフ族の美女がいるのだが、そのうちのスカートが短く、美しい脚を剥き出しにしている女の方だ。
そいつが、大声を出して、床に剣の鞘を叩きつけたのだ。
やっと静かになる。
だが、国王の前であんな蛮行を──?
あれも、誰なのだ?
あっちについては、近衛兵は咎める雰囲気もない。
それはそうとして、イザベラや王妃の罪を取り消す──?
しかし、そのイザベラは、軍を率いて、王都外郭砦に侵攻中だ。
あれはどうなるのだ──?
「──鎮まれ──。まだ余の話は終わっていない──」
ルードルフ王が大声をあげる。
まだ続けていたざわめきが消える。
「数か月に及んだ王都、王国の混乱……。現在、衝突しかけている王国内の不幸な対峙──。さらに、貴族、民衆、王国内の者たちの全ての不安……。これを解決するために、当面の間、国王に準じる権限を持つ独裁官を置くものとする。独裁官の権限は、この王国に存在するすべての貴族、官職への行政指示権、すべての軍事指揮権、各領主への統制及び命令権、外国交渉権、並びに国家重要事項の決定権と指示権……。すなわち、この王国における国王に次ぐ、最高権限となる」
エルビンは今度こそ耳を疑った。
それは、事実上の王ではないか──。
宰相などとは比べものにならない権限──。
いや、独裁官というものが最高権限を持つので、つまりは、エルビンはその独裁官に命令を与えられる存在だということだ。
なんだ、それ──?
「その独裁官に、子爵にして、エルフ女王国の英雄公──。ロウ=ボルグ卿を指名する──。当初に申したとおり、いかなる異議も認めない。これは大命──。つまり、勅命である──」
ルードルフ王が言った。
再び、大広間が叫び声に包まれる。
すると、大音響が響いた。
驚いたが、演台側の巨大な音だけが響いたのだ。
しんと静まる。
「……余の言葉はこれで終わりだ。これより、余は自らを捕縛させ、身柄を監獄塔に監禁させる。このときをもって、王位は王太女イザベラに譲位される。新女王はいまより、イザベラである──」
ルードルフ王が語った。
すると、そこに演台の下から近衛兵が斉整とあがってくる。
ルードルフ王を左右から掴んだ。
引きずるかのように、ルードルフ王が台からおろされ、後ろ側の出入り口から外に出されていく。
そして、演台に、ルードルフ王に近い場所にいた男が近づいて立った。
唖然とした。
なにが起こったのだ?
そして、霧が晴れるように、やっと男の顔が認識できた。
なんと、ロウだ。
ついさっき、ルードルフ王が独裁官だと任命していった男だ──。
「独裁官ロウ=ボルグ・サタルスだ。これより、この王国は、当面の間、俺の命令下で動くことになる──。俺の言葉は、女王陛下イザベラの言葉──。そのように心得てもらいたい──」
そのロウが言った。
やっとわかった。
これは反乱だ──。
いま、起きたのは紛れもなく、政権の簒奪であり、王家に対する反逆に違いなかった──。
「み、認めん──。こんなことは認められん──」
まだ頭が追いついていない者たちのざわめきの中、エルビンは声を張りあげた。
認めるわけにはいかない──。
こんなこと、あり得ない──。
たったいままで、王国から捕縛命令どころか、処刑命令が出ていた男が国王にも等しい最高権限を担うなど──。
「宰相のエルビンか……。前国王ルードルフが言ったはずだ。いかなる異議も認めないとね……。そして、独裁官である俺も認めない──。異議は反逆とみなす。これは最後通告だ」
ロウが演台の上から言った。
エルビンは激怒して、床を幾度が踏みつけた。
「黙れ、黙れ──。黙れええ──。俺は宰相であるぞ。こんなこと認められるか──。これほどのことを、なんの相談もなく……。認めない──。認めんぞ──。ほかの者も抗議の声をあげよ──。いや、近衛兵──。宰相である俺が命じる。あの男を捕縛せよ──」
怒りの余りエルビンは叫んだ。
周りを見る。
しかし、エルビンとともに抗議に同意した態度の者は多くなかった。
五人にも満たないだろう。
ほぼ全員は日和見だ。
エルビンは我に返った。
「よろしい──。では独裁官の権限をもって、反逆者を捕縛する。宰相……、いや、元宰相エルビンと、それに同意した三人を捕縛せよ。胸に青い印のある者だ──」
ロウが声をあげた。
青い印──?
しかし、ふと自分の胸を見ると、まるでインクをぶちまけたような青い印がつけられている。
いつの間に──?
魔道か──?
さらに、広間が騒然となった。
いきなり、大勢の王兵が雪崩れ込んできたのである。
近衛兵か──?
剣を抜いている──。
エルビンは驚愕した。
「反逆者を捕らえよ──」
女の声──。
その方向を見る。
あれは、昼行灯の連隊長と称されている女連隊長のラスカリーナか?
エルビンは、ついこのあいだまで近衛兵だったので、もちろん顔はわかる。
だが、しばらく見ないあいだに、随分と痩せて綺麗になった?
いや、あれはラスカリーナか?
だが、考える余裕はなかった。
エルビンは、首に赤いチョーカーをつけている大勢の兵に囲まれ、あっという間に縄掛けされた。
いま気がついたが、侵入してきた抜刀をしている近衛兵だけでなく、演台の下の近衛兵──。さらに、演台の上の女たちの全員が赤いチョーカーをしている。
考えてみれば、今日の王宮は、やたらに赤い印をつけている兵が多かった。
下級官吏にもいただろう。
つまりは、この反乱は朝から計画されていたのに違いない。
エルビンは意気消沈した。
「まさか、あの王に殉じる者がいるとはな。残念ですよ、エルビン閣下」
縄をかけられて連行されるエルビンの前に、ラスカリーナがやってきた。
やっぱり、ラスカリーナだ。
だが、あの酒太りの中年女が、まるで別人なのだが……。
しかも、スカート──?
腿が半分は出ている短いものだ。
この女がスカートをはいているのは、私生活を含めて初めてだが、よく似合っている。
まあ、そんなことはいいか……。
「こ、こんなこと許されん……。反逆だ……」
とにかく、エルビンはそれだけを言った。
「成功した反逆は、革命、または、政変というのですよ、閣下……。古い王から新しい権力者のロウ様に政権が移動した偉大なる政変です……。連れていけ──」
ラスカリーナは言った。
彼女は、ちょっと高揚しているのかもしれない。顔が随分と真っ赤だった。
それはともかく、彼女は、“古い王から新しい権力者のロウ”と言った。古い王から新しい女王とは言わなかった。
つまりはそういうことなのだ……。
エルビンは縄を引っ張られて広間の外に連れ出された。
まったく無礼千万にも──。