【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「では、行きますね」
移動術で跳躍しながらスクルドがかけた声が耳に入ったきた。
次の瞬間、視界が真っ暗になり、コゼの肌に強い風が当たって通り過ぎた。
「おっと」
横のミランダが体勢を崩して、ぐらりと身体を倒しかけるのがわかった。
コゼは手を伸ばして助けようと思ったが、すぐにミランダは自力で足を踏ん張って自分で身体を支えた。
「あら、すみません」
すぐに防護結界がコゼたちを包んで風がやむ。
コゼたちが跳躍してきたのは、奴隷宮の三角屋根の上の頂点だったのだ。
「ちょっと、どこに跳躍するのかくらいは言っておくれよ。危うく、転げ落ちるところだったじゃないかい」
ミランダが不満を言った。
奴隷宮は二階建てではあるが、かつてのアネルザが王妃の権威を誇示しようとして屋根の高さや各階の天井を必要以上に高くしているので、屋根が高く傾斜もきつい。その頂点ということになれば、かなり不安定な場所だ。
「ごめんなさい、ミランダ。でも、今朝はいきなり、後宮内に入っていって、ご主人様を串刺しにしかけたのです。一度、ここで鑑定術をかけて、中にいる女性たちの位置や罠かもしれない仕掛けを探知しますから。そのうえで、できるだけ都合のいい場所を探して跳躍したいと思います」
「へえ、そんなことがあったのかい。まあ、じゃあやっておくれ。いっそのこと、アネルザとエリカのいる場所に直接に跳躍すればどうなんだい?」
ミランダだ。
「それができればいいんですけど、わたしの能力では、人間の識別まではできません。どこに人が集まり、どこにいないかということくらいです。全くとまっている者もわかるので、捕らわれ人のようなものが探知できないかはやってみます。それと、壁を幾重にも跳躍するようなやり方は危険度が高くなります。跳躍する場合は、わたし自身が跳躍先を頭に思い描けないのとならないのです。申し訳ありません」
「いいわよ、スクルド。とりあえず、まずは屋根裏のどこかに降りて、そこから探知して、二階部分のどこかにおりよう。そこから一階にさらに跳躍するか、それとも、そのまま別れるかは、そのときに決めようか。まあ、細かいところは、出たとこ勝負の成り行き任せね」
コゼは言った。
ロウから指示を受けていることは、足の下の奴隷宮のどこかで囚われて人質になっているらしいアネルザとエリカの救出だが、手段としてはふたつである。
ひとつは、一応は足下の女たちの集団の中では「救世主」ということになっているらしいスクルドが正体を現して説得を図ること。だから、スクルドは意図的に女たちの前に姿を出すことになっている。
もうひとつは、コゼとミランダがひそかに探索して、エリカたちを見つけて助け出すことだ。これはスクルドの説得次第になるが、潜入探索だ。
「だけど、傷つけることだけはないようにね。これはあたしからもお願いするよ。彼女たちがどうして、アネルザやエリカをさらうような真似をしたのか、いまでも理解でいないけど、彼女たちは被害者なんだ。くれぐれも手荒な真似だけはね」
ミランダだ。
「それはご主人様からも言われているしね」
コゼも頷く。
ロウからも奴隷宮に監禁されていた女たち、特に令嬢たちをなるべく傷つけるなとは指示されている。
しかしながら、彼女たちの行動は刹那的で狂信者的なので、注意しろとも諭された。
もっとも、奴隷宮にいる連中など、王都で普通に暮らしていただけのただの貴族夫人や令嬢だ。コゼからすれば、まったくの素人であり、用心しろと言われても、なにを用心すべきかもわからない。
あんな者たちに、エリカはなにを油断したのだろうか。
まあ、助け出してから、さんざんに
場合によっては、それをロウの前でわざと引き合いに出して、エリカにお仕置きの誘導をしてもいいかもしれない。あのエルフ娘は、すぐにむきになるので、本当に
そのときだった。
眼下の奴隷宮の前庭に突然に光の道が発生した。
前庭の庭園を貫く、奴隷宮に建物の正面の入口までの小径の両脇に一斉に小さな照明が灯されたのだ。
あらかじめ準備していたのだろう。
光が灯された通路の先には、ロウらしき人影がいる。一緒にいるのは、おそらく、ベアトリーチェとラスカリーナに違いない。
「ご主人様が奴隷宮の中に入るわよ……。じゃあ、さっさと片付けようか」
コゼは言った。
「そうですね。二階に集会場らしき広い場所と数十人ほどの集まりがあります。そのすぐ真上に跳躍しますね。二階にある人の気配はそこだけですね」
スクルドが言い、すぐに景色が変わった。
足元から明るい光が洩れ入っている薄暗い場所だ。二階部分の天井裏だろう。
すぐさま、身体を屈めて、隙間から下の広間を見下ろす。
三十人ほどの令嬢たちの集まりだ。
耳にしていた通り、腰に赤い布を巻いただけの乳房も剥き出しの破廉恥な恰好である。集団の中には、黄色い布の者も幾人が混じっている。黄色い布の女は比較的年配の女性が多いような気がする。
そして、その集団の中心に二名の令嬢がいて、そのふたりを囲んで、ほかの全員が歌をうたっている。
また、眼下の広間のあちこちで香のようなものが焚かれていた。それがあまりにも数が多いので、この屋根裏の空間も下からいぶられるかのように、香の煙が充満している感じだ。
このためか、この屋根裏がむっとするほどに暑い。
コゼの服の下はあっという間に汗でまみれてしまった。
それはともかく、その真ん中の二人がやっていることを見て、コゼは唖然とした。
なにあれ?
真ん中の二人がやっているのは、少女同士のセックスだ。
しかも、ふたりとも全裸であり、しかも後手に手錠をしていて、お互いに舌だけで責め合っているみたいである。
そして、歌をうたっている者たちが大部分の中、その中に混じっている黄色い布を付けた女たちは、「もっと淫らに」とか「もっと積極的にぎりぎりまで自分を追い詰めなさい」とか言い合っていた。
あるいは、「天道様に気に入っていただけるように、身体の感度を限界まで敏感できるように頑張りましょう」とか声を掛け合ったりもしている。
よくよく見れば歌をうたっているのは令嬢たちだろうと思う年齢層だが、ほとんどの者が股間に手をやっている。
そして、汗びっしょりになって腰をくねらせてもいる。
もしかして、自慰?
とにかく、とんでもない光景だ。
あれは、なんなんだ──。
「なんだい、あれは……?」
コゼと同じように、屋根裏の床に這いつくばって、下を覗いているミランダが小声でささやいてきた。
「でも、集まっているのは都合がいいですわ。わたし行ってきますね。おふたりはここで……。とにかく、わたしがご主人様に褒めていただける功績を稼がせていただきますね」
スクルドだ。
「あっ、ちょっと待って──」
思わずコゼはとめようとした。もっと見極めた方がいいと思ったのだ。しかし、スクルドはスクルドで、ここに来る直前までロウにしこたま叱られていたということもあるのだろう。
やはり、自分で解決したいというのはあったかもしれない。
コゼの制止の言葉が終わるよりも前に、そのスクルドが令嬢たちのいる下に姿を出現させた。
突然に姿を見せたスクルドに、たったいままで賑やかにしていた女たちがびっくりしたように、自慰や百合遊びに興じる手をとめて、一斉にスクルドに注目する。
「皆さん、ただいま帰りました──、スクルズ改め、スクルドです──。わたしが気がつかなかったこととはいえ、皆様にはご迷惑と苦労をおかけしました。ご覧の通りに、わたしは生きております──。ですから、すぐに人質を解放するのです──。問題ありませんわ。皆さんが真摯にお謝りになれば、ロウ様は必ずお許しになります──」
スクルドが彼女たちに向かって両手を拡げて、にこやかに声をかけた。
「救世主様──?」
「救世主様だわ──」
「本当に救世主様よ──」
令嬢たちがわっと歓声をあげた。
全員がスクルドにわっと群がる。
「救世主様、お会いしとうございました」
「救世主様、わたしにも教えを」
「どうか、わたしにも」
数十人の令嬢がスクルドに抱きついていた。一瞬にして、スクルドの姿がほとんど裸の令嬢たちに囲まれて姿が見えなくなる。
「うわっ」
そのあまりの迫力に、横のミランダが思わずという感じで声をあげた。
スクルドについては、令嬢たちに潰されるように姿が見えなくなったものの、密集の中から、スクルドの「すぐに人質を解放して投降しましょう」とか、「もう大丈夫なので奴隷宮を解放するのです」とか、「問題ありません。わたしを信じて」とか叫ぶスクルドの声は聞こえてくる。
しかし、その声がスクルドの笑い声だけに変わっていく。
とにかく、スクルドは笑い続けている。
なんだが様子がおかしい……。
「ちょっと変じゃないかい?」
ミランダがコゼに視線を向けてきた。
確かに変だ。
なんの策もなしに、飛び込んだスクルドも不用心だが、なすがままに、スクルドが令嬢たちに群がれたままだなんて……。
だが、令嬢たちの声が漏れ聞こえてきた。
「もっとくすぐって──」
「絶対にくすぐりをとめてはだめ。気絶してもやめないで」
「もっと魔道防止具を持ってきて」
「媚薬をもっとよ──。もっとかけましょう」
「まだ、十分に息をしているわ。足の裏にもっとくすぐりを足してください──。足の指と指のあいだの全部にも全員がつきましょう」
なにをされているかわかると、どん引きした。
圧倒的な数の令嬢によるスクルドへの集団くすぐりだ。
スクルドはけたたましく笑い続けている。
だから、魔道で逃げることができないのだ。
あれだけ笑い続けているのに、意識を集中できるわけがない。
「こ、こりゃあ……」
ミランダも状況が理解できて焦っている。
そのときだった。
コゼは下の状況に気を取られて気がつかなかったが、耳の端でしゅうという風が送られ続けているような小さな音を捉えた気がした。
「あっ、しまった──」
思わず声をあげた。
暗くてわかりにくかったが、いまいる屋根裏のあちこちになにかが仕掛けてあり、そこから強い風のようなものがどんどんと吹き出している。
これは……?
なんだか、身体がどんどんと怠くなるような……。
いや──。いま気がついたが、異常なほどに身体が熱い……。
全身が火照りきっている……。
これは媚香だ──。
それが屋根裏に充満している。
このまま、これを嗅ぎ続ければ、おそらく動けなくなる。
コゼは焦った。
「ミランダ、媚香よ──。逃げるわよ。天井をぶち抜いて──。それとできるだけ息をとめて──」
逃げるとすれば下しかない。
「息をとめるなんて、無茶言わないでよ──」
ミランダが両手を組んで振り上げた。相手が令嬢たちということで、ミランダは武器を携行していない。だが、ミランダの怪力なら拳だけで十分な武器だ。
ミランダが組んだ拳を足元の天井に叩きつける。
穴が開いて、ミランダがそこから落下するように飛び降り、コゼも落ちた。
こうなったら、とりあえずスクルドを強引に奪い返すしかない。
そして、二、三人捕まえて、エリカと王妃の居場所を吐かせるのだ。
「ミツバチ作戦よ。さあ、天道様のために……」
「香をもっと。噴霧器を作動させて」
「ふたりだわ。ふたりよ。ミツバチよ。ミツバチ」
令嬢たちがわっと群がってきた。しかも、くすくすと笑って不気味だ。そいつらが歌のような言葉を口にしながら襲ってくる。
なんだ、ミツバチって?
「近寄るじゃない──。怪我するよ──」
ミランダが叫んで、寄ってくる令嬢たちに腕を振り回した。
吹っ飛ばすのではなく、押し戻すような動作だ。かなり手加減しているのはわかる。
しかし、押された令嬢は倒れながらも、そのミランダの腕に裸体を密着させくっついてしまった。
ミランダがぎょっとしたのが見えた。
汗びっしょりの令嬢たちだが、それだけではなくて、全員が身体になにかを塗っているのだ。それが密着すると離れないようになるみたいだ。
ミランダの腕にその令嬢が倒されながらもくっついた。
一瞬たじろいだミランダに、さらにほかの令嬢も──。
さらに、別の令嬢も身体を密着させる。
「うわっ。来るなあ──。蹴るよ──。蹴りとばすよ──」
ミランダが絶叫している。
これは危険だ。
コゼはとっさに跳躍して、襲ってくる令嬢たちの頭を跳び越えて離れる。
そのあいだに、すでにミランダは十名くらいの令嬢たちに完全に押し包まれていた。
一瞬のことだ。
「くすぐって」、「息をさせないで」とかいう声も聞こえる。ミランダの苦しそうな笑い声が聞こえてきた。
「あっちの方もよ」
「ミツバチよ。ミツバチ」
距離をとったコゼにも、令嬢たちが殺到する。
よくわからないが、ミツバチというのはあの密着作戦みたいだ。
コゼは懐から針を出して、数本投げる。死にはしないが、一瞬で昏倒するには十分な毒が塗ってある。
首に針が当たった令嬢が三人倒れた。
「えっ?」
しかし、後ろの令嬢たちにはまったく怯む様子がない。倒れてしまった令嬢たちを踏みつけて、くすくす笑いつつ、歌を口ずさみながらそのまま襲ってくる。
その先頭にまた針を投げる。
彼女が倒れるが、もう次の女はすぐそこだ。
左右からも。
コゼは腕を掴まれてしまった。
ぴったりと令嬢がコゼの腕に貼り付く。
「ちっ」
コゼは身体を丸めて、くっついた令嬢ごと群がる女たちの脚に向かって転がり、集団の外に出た。
「ふふふ、お姉さま、可愛い」
転がしたとき顔でも打ったのか、腕に密着している令嬢は鼻血を出している。しかし、さらに身体をくっつけようとするので、首を肘鉄で気絶させる。
しかし、その肘もくっついた。
コゼは上衣を破り脱いで、令嬢から離れる。
しかし、ほかの令嬢たちはすぐそこだ。
また、笑いながら歌とともに、襲ってくる。
ぞっとした。
弱いくせに、まったく怖がらない令嬢たち──。全員を殺せば済むのかもしれないが、殺さずに無力化する方法は思いつかない。
いや、殺そうとしても、そのあいだに捕まってしまう可能性も。
そして、あの歌……。
妙に心をざわめかせる。
冷静になれない。
あの歌にも奇妙な力があるような……。
コゼは右に、左にと逃げながら懸命に頭を動かす。
どうすべきか。
どうしたらいいのか?
スクルドとミランダの狂うような笑い声は続いている。
そのコゼの足ががくりと折れた。
「えっ?」
思わず声をあげたが、すぐにさっきの香の影響だと悟った。また、いつの間にか、霧雨のような液体も部屋に降り注いでいる。
それも媚薬の液体だ。
濡れた場所が熱くなって、痒みのような疼きが襲ってきていた。
この令嬢たちは自分たちが媚薬に苛まれるのを気にせず、この広間にありったけの媚薬の香と液体をばらまいている──。
とにかく、一度逃げよう──。
コゼの本能が危険を告げた。
いまだに笑い続けるスクルドとミランダを置き去りにして、コゼはよろけてきた脚を懸命に動かし、必死に広間から逃亡した。
「ええっ?」
だが、廊下に出たところで突然に床が消えた。
落とし穴だ──。
こんな単純な罠に──。
歯噛みしながら、コゼは宙に身体を落下させた。