【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「狂気が必要だと?」
一郎はフラントワーズを睨んだ。そして、亜空間から射撃準備の終わった短銃を取り出してフラントワーズの眉間に真っ直ぐに銃口を向ける、さらに、殺気を込める。
淫魔師としてとはいえ、レベル限界突破の一郎による威圧である。
フラントワーズの顔色が蒼くなり、わずかに小さな布が股を隠してるだけの腿が小刻みに震えてきたのがわかった。
だが、表情だけは泰然としている。
恐怖を感じないわけでも、達観しているわけでもない。
ただ、一生懸命に虚勢を張っているのだ。
それはわかった。
なにが、彼女をそれほどまでにさせているのだろう?
それが信仰というものか?
「あなたを無理矢理に従わせる方法はいくらでもある。暴力による方法でも……。それ以外の方法でも」
一郎は銃を向けながら言った。
「もちろんです。いまこの瞬間でも、天道様たちが本気になりさえすれば、わたしたちに抵抗の手段などないことを知っています。人質の存在など関係なく。だからお願いをするのです。あの娘たちを天道様の後宮にお迎えください。それだけが彼女たちに残された唯一の幸せなのです」
「俺は王ではないぞ。後宮など持つわけがない」
「かたちはどうでもいいのです。教団ですので、彼女たちは神に仕える巫女ということになります。巫女というのは天道様にお仕えする性的な奉仕女ということ。つまりは、天道様であるロウ様の奉仕の娘たちになります。表向きは教団の巫女。実際はロウ様専用の側女。もちろん、王宮の実務もなんでもやります。いかがでしょう」
「いかがでしょうじゃない。すでに拒否したはずだ。まずは、その狂気を捨てろ。そうすれば、望む者はなんらかのかたちで望みには応じる。今回のことで家族の中にに居場所を失った者も多いだろう。それは引き受けてやる」
「お願い致します。しかし、信仰というこの狂気は捨てません。彼女たちにはそれは必要なのです。欺瞞を失わせてしまっては、彼女たちが心から信じていたものが崩れます。それは彼女たちの心に生涯癒えない傷を作るでしょう。誰も幸せになりません」
「傷が癒えるように最善のことをする。それは誓う」
「最善というのは、彼女たちを狂気のまま受け入れることですよ、天道様」
「堂々巡りだな……。もう一度言う。あなたを強制的に従わせる方法はある。例えば、あなたをここで殺すということもそのひとつだ。あなたが死ねば、次の交渉者が現れるのだろうな。その彼女はあなたのように頑なではないかもしれないぞ」
「どうぞ、お試しください。王妃様を誘拐して監禁したのです。その罪を誰も償わないということはできないでしょう。わたしと、ラジルとランジーナ。まずは、この三人が自決します。自決で都合が悪ければ、どうぞ処刑してください。それで足りなければ、黄色組からいくらでも生け贄を足します。それでも、赤組として調教を受けた七十三人の娘たちについては、天道様の後宮の女としてお迎えください……。彼女たちの狂気とともに」
「だから、信仰を捨てれば迎えてやる。狂気を消した者からな」
「狂気は必要です。それもお認めください」
「狂気など必要ない。そして、俺を天道様と呼ぶな。俺は神じゃない」
「神です。娘たちは神に仕える巫女になることを夢みているのです。その夢から覚ますことになんの意味があるのです」
「俺が神じゃないからだ──」
一郎は吐き捨てた。
この会話のあいだも、ずっと一郎の短銃はフラントワーズを向き続いている。
「フラントワーズ殿、いい加減にするがいい。ロウ殿は令嬢たちを迎えると約束したではないか。ロウ殿の約束は信用できる。そなたの頑迷が彼女たちの望みを危うくしているのがわからんのか。ロウ殿は頭のおかしくなった女を引き受けないと言っている。ロウ殿がそう言えば、もうそうなのだ」
ベルズが横から口を挟む。
「何度でも言いましょう。信仰という狂気は必要です。それは絶対です」
しかし、フラントワーズは態度を変えない。
一郎はもう一度嘆息した。
「あなたこそ、狂気だというのはわかったよ。どうやら聞く耳を持っていないらしい。交渉は次の相手としよう。まずはお前が死ね、フラントワーズ」
「お望みのままに……」
一郎は引き金を引いた。外すような距離じゃない。
どんと銃声が部屋に鳴り響く。
「ロウ殿──」
声をあげたのはベルズだ。
横のガドニエルと後ろに立っているベアトリーチェが息を呑んだのが聞こえた。
一郎の短銃の先からは射撃による白い煙がかすかにあがっている。
撃ったのは空砲を装填していた短銃だ。しかし、空砲とはいえ、圧縮された風の当たる衝撃はある。一瞬、撃たれたかとは思ったはずだ。
フラントワーズの顔からどっと汗が流れるのがわかった。
怖くないわけではないのだ。
それでも、フラントワーズは毅然とした態度をまだ崩さない。
「いまのは警告だ。二度目は実弾が入っている」
射撃の終わった短銃を亜空間にしまい、新しい短銃を手の中に出す。その短銃の射撃準備も終わっている。
「要求も意見も変わりません。わたしたちと娘たちの信仰をお認めください」
一郎は返事の代わりに、引き金を引いた。
今度も空砲の銃音が鳴り響く。一郎は銃を収容した。
「頑固だな。どうして信仰が必要なんだ? それはなんだ?」
一郎は半分呆れた。
いまだに、おかしな宗教もどきに、フラントワーズがこだわる理由が理解できない。
そもそも、うんと頷けばいいだけのことだ。
実際のところ、なにを信じて、なにを信じてなくても、一郎は特段に気にすることはない。だが、フラントワーズは、この宗教もどきの活動は続けたいらしい。いや、続くと信じ込んでいるみたいだ。
一郎は、フラントワーズが死に、この狂気の風を作っている奴隷宮から離れれば、すぐにおかしな信仰もどきなど立ち消えると思っているが、フラントワーズはそう考えてはないのだろう。
さて、どうしたものか……。
まあ、無理矢理に従わせるのは簡単なのだが……。
「信仰を続ける……。令嬢たちを俺が女として受け入れる……。それがお前の条件か?」
「それが叶えば、思い残すことはありません。わたしたちは心からの喜びとともに、命を絶ちます」
フラントワーズははっきりと言った。
「お前ら指導者層が死ねば、おかしな信仰など消える。それよりも、すぐに王妃たちを解放しろ。いまなら、全部なかったことにしてやろう。公爵家から没収した財もお前の個人資産として渡してやる。それで好きなことをしろ。教団ごっこをしたいならすればいい。だが、令嬢たちの心は解放してやれ。好きなことをさせろ」
「させてます。彼女たちは心からの願いとして、天道様にお仕えすることを望んでます」
「なら、それはひとりひとりに訊ねる。お前らは介入するな」
「本当ですね? 本当に天道様は彼女たちの心の自由をお認めになりますね?」
「認める」
一郎は言った。
フラントワーズの顔に歓喜が灯った。
「ああ、これで心置きなく死ねます。ありがとうございます──。ありがとう──」
フラントワーズは両手を身体の前で組んで喜びに震える仕草をした。
だが、一郎はそれを遮った。
「ただし、俺を神と崇めることは認めない」
フラントワーズの顔が変わる。
「どうしてですか──。いま、彼女たちの心の自由は許すとおっしゃいました──」
「やかましい──。何度も言わせるな。俺は神じゃない──」
「ベアトリーチェは信仰のままお迎えになりました──。ナールという女軍人もでしょう」
「お前、どれだけあちこちに盗聴具を仕掛けてるんだ──? なんで、ナールのことまで知っている……。まあいい。いずれにしても、それが俺の答えだ。俺が神だと思うかどうか、ひとりひとりに訊ねてやる。そして、俺を神でないと受け入れた者から順番に受け入れてやる」
一郎は言った。
「な、なんという残酷なことを──」
「それのどこが残酷だ──。いい加減にしろよ、フラントワーズ」
一郎は怒鳴った。
「あなたは神です──。神とはどのような存在かわかりますか。天道様?」
「神とは人智を超越した存在だろう?」
「いいえ、違います。神とは人がイメージする完璧な人のことをいうのです。神は人そのものの中にあります。人以外の者を人は信仰の対象することはできません。一見、人でないものが信仰の対象になっているときでも、人はその中に完璧な人の姿を見ているのです。ロウ様はまさに完璧な人間です」
「そのとおりですわ。ご主人様こそ完璧なお方。神様ですわ」
すると、横からガドニエルが感動したように言った。
まさか、一郎とフラントワーズとの宗教問答で逆に染まったか。馬鹿たれが……。
「黙ってろ、ガド──」
「は、はい。ガドは黙ります」
ガドニエルがびくりと身体を震わせた。
だが、叱られるとちょっと嬉しそうな表情にもなる。ガドニエルがこっそりと、にまにましていることにも一郎は気がついた。
「フラントワーズ殿……。もう一度、問うが、信仰を認めよというのは、ロームにあるクロノス教会のほかに、別の教団を作るということか? それは神学論争以上の問題を孕んでいることは承知しているな?」
ベルズがまた口を挟んできた。
彼女の懸念は一郎も理解できている。
なんだかんだで、この国における教会の力と権威は大きい。人の生活に完全に浸透していると言っていい。
国政には口は出さないが、王侯貴族の権威と並び、教会もまた大きな権威である。
新しい信仰を認めるというのは、間違いなく、現在ロームのタリオ公国内に総本山の大神殿を置くクロノス教団を敵にすることでもある。
それをイザベラやその子に背負わせるということだ。
「天道様は新しい世界を作るお方です」
フラントワーズはそう応じた。
「つまりは、理解しているということか……」
ベルズが溜息をついた。
「なぜ、こだわる?」
一郎は改めて訊ねた。
フラントワーズはしばらく言葉を探すかのように黙ったが、やがて口を開いた。
「犬とまぐあいをしました」
「犬?」
ベルズが戸惑いの声をあげた。
「ベルズ様とミランダ様を殺すよりも面白いことを提案できなければ、命を奪うと言われたからです……。わたしは獣姦を提案してそれをしました。さっき出てきたラジルとランジーナもです。ほかに数名が犬とセックスをしました……」
「そ、そうか……。そこまで……。わたしは……」
ベルズが頭をさげかけた。
しかし、フラントワーズがそれを制する。
「お礼は不要です。そのために言ったわけでもないし、ベルズ様を守るためにしたのではないのです。あのラポルタはサキ様たちを殺すよりも面白いこととして、娘たちの幾人かを殺そうとしたのです。だから、わたしは歌の魅了で誘導して、わたしらが犬とまぐあうことの方が面白いと興味を持つように仕向けたのです。その映像は映録球として王都にばら撒かれたはずです」
「それは……」
一郎は言葉を失った。
映録球で破廉恥映像が出回っていることは承知していたが、実際に一郎自身がそれを見たわけでもないし、細かい内容までは知らない。
まさか、犬を相手にした獣姦映像まであるとは……。
公爵夫人であったフラントワーズが貴族女性としてどころか、女としても、人としても終わりと考えても無理はないか……。
「ほかにもやりました。口に出すことさえはばかられることも……。それらも映録球でばら蒔かれたはずです。でも、それは信仰のためです。意味があることだと思っています。娘たちを助けるためですから……。でも、信仰がなくなれば、それは意味のなかったことになってしまいます。それを許容しろと?」
「いや、そうじゃないが……。そもそも、意味なくないだろう。彼女たちを守ったんだ」
一郎は困ってしまった。
だが、“娘たち”か……。
フラントワーズは令嬢たちをそう呼ぶ。
彼女はとにかく、必死になって令嬢たちを守ってきたに違いない。それこそ、本当の娘のようにだ……。
歌による魅了にしろ、あちこちに仕掛けた盗聴具にしろ、そして、獣姦にしろ、フラントワーズが必死になって、令嬢たちを守ろうとした証なのだろう。
その令嬢を守ってきた手段の中に、一郎を神と崇める信仰も入っているのだ。
だから、捨てられないと頑ななのだろう。
「七十三人の令嬢たちの全員は生娘です。その純血を守るために、わたしたち指導者層、そして、黄色組の世話係の層はありとあらゆることをしました。本当にあらゆることをです──。でも、それは彼女たちを守るため……。彼女たちの純血を天道様に捧げさせるため……。そのためだけに頑張ったのです。でも、天道様がそれに意味がないと言われるのであれば、わたしたちのしたことも意味がなくなります。獣とまぐわったという事実に、我に返れと──?」
「そうは言ってない」
一郎もそういうしかかなかった。
「令嬢たちだって、そうです。純血こそ守ったものの、服を剥かれ、裸に鞭打たれ、淫具に悶える姿を映録球で王都中に流されたのです。娘たち自身もそれを知っております。複製が複製を呼んで、いまや王都以外にまで拡散しているのでしょう? 世間の中に彼女たちの居場所などありません。その彼女たちに世間に戻れと? 天道様はそんな残酷なことを彼女たちにさせるのですか?」
「いや、もちろん、それについてもなんとかする……」
この奴隷宮の環境の中で令嬢たちが純潔を守ったのは奇跡のようなものだろう。
それが守られたのは、フラントワーズたちが一丸となって、令嬢たちを守り抜いたおかげだというのは間違いないと思う。
妖魔族というのは純潔に意味を見出さない。それはサキ、つまりリリスですら同じだろう。フラントワーズたちは、自分たちの尊厳が犯されながらも、信仰を心の拠り所にして、そのリリスから、偽テレーズから、そして、ラポルタからも守ったのだ。
そもそも映録球の拡散を始めたのは、リリスなのかもしれない。リリスはリリスなりに、自分が集めた令嬢たちを大切にしていたようだが、だからといって、映録球をばらまくことに問題認識を持つとも思えない。屈服に役立つと考えたら、むしろ積極的にやりそうだ。
人間族と妖魔族の価値観は異なるのだ。
ならば、責任はとらないとならないか……。
うーん……。
「なんとかとはなんなのです? とにかく、それは不要です。彼女たちはそれらが意味のあることだと信じ切っています。全ては天道様に仕えるために試練なのだと……。そうですよね、ベアトリーチェ?」
フラントワーズがベアトリーチェに意見を求めた。
「それは……。いえ、そうです。信じています。あの恥辱は意味があったことです。それを信じているから、明るく前向きに生きられます。心からの悦びとともに天道様にお仕えできます……。申し訳ありません、天道様。これはわたしの本心です」
ベアトリーチェはちょっと躊躇した感じになりかけたが、最後にははっきりと頷いた。
「いやいい。謝罪の必要はない。本心を教えてくれてありがとう」
一郎は言った。
「娘たちはもう世間には戻しません。狂気というぬくもりの中で、欺瞞の温かさの中で過ごさせます。そして、崇める天道様との夢のような日常を送らせます。そのためになら、娘たちはなんでもするでしょう。でも、彼女たちを世間に返そうとするような残酷なことはなさらないでくさい」
「それはお前の思い込みだろう。人は残り越えられる。時間が苦しい記憶を癒やすんだ」
「否定はしません。でも、信仰があれば、簡単に克服できるのです。苦しさを苦しさとも知らずに幸せに生きて、そして、死ぬまで欺瞞に気づかずにいられます。それのどこが悪いというのですか?」
「欺瞞の中にこそ、幸せがあるというのか?」
「そのとおりです。スクルズ様は素晴らしいことをなさってくれました。全員に対して、この狂気の場所で積極的に生きる力を与えてくれたのです。わたしたちは間違いなく、スクルズ様から奇跡の力を頂きました。本当に感謝しているのです。まさに救世主様です」
「だがなあ……」
一郎は困ってしまった。
「わたしは全員について、信仰を強要するつもりはありません。いまでもしていません。出ていくものは出ていけばいい。乗り越える力と覚悟をした者は喜んで、このゆりかごの中から送り出しましょう。でも、このゆりかごの中から無理に出そうということはしません。ここは大切な場所なのです。絶対に守ります。それこそ、神々を敵にしてもです」
「神々を敵としてもか」
一郎は思わず笑ってしまった。
フラントワーズが主張する神というのは、一郎のことにほかならないのだろう。まさに、フラントワーズは、いま“神”と戦っているのだ。彼女の娘たちの居場所と心を守るために……。
そのときだった。
奥の扉が開いて、青い布を腰に巻いている女が籠を持って入ってきた。
ラジルという夫人だ。
そのラジルが籠をフラントワーズに渡して、耳打ちをする。
一郎はいやな予感がした。
頷いたフラントワーズがその籠を一郎の前に置いた。
籠の中身はコゼの服だ。間違いなくコゼが身につけていたものである。やはり、紐パンの下着までそこに入っていた。武器も存在する。
まったく、あいつら……。
全員かかって、ここの令嬢たちにしてやられるのか……。
一郎は呆れた。
しかしまあ、彼女たちの実力については、認めざるを得ないのだろう。
「どうやら、ついに三人目のコゼ様も捕らえたみたいです。これもまた信仰の力です。どうかお認めください、天道様──」
フラントワーズがその場に土下座をした。
信仰の力か……。
一郎はなにも喋ることなく思念した。まぶたを閉じる。
しばらくのあいだ沈黙が流れる。
それにしても、エリカ、スクルド、ミランダ、そして、コゼほどの猛者まで捕えてしまうとは……。
これが信仰集団か……。
そして、狂気……。
どうしたものかな……。
ゆりかごか……。
一概に否定もできないか……。
それもまたよしか……?
しかも、なんだかんだといっても、こいつら狂信者を作ったのは、リリスであり、スクルドなのだ。
知ったことかで見捨てるわけにはいかないのだろう。
落としどころを見つけるしかないか──。
一郎は決心をして、眼を開いた。
「フラントワーズ、お前が最初に示した人質解放の条件は、俺と話をすることだったな。そして、俺たちは話をした。お前はお前の意見を言い、俺はそれを聞いた。俺もお前に俺の腹を語った。すでに条件は満たしたと思うがな?」
一郎は言った。
そもそも、フラントワーズは、ただの一度もエリカたちの身柄を交換条件にして信仰の要求はしていない。
フラントワーズが求めたのは話をすることだ。
一度、人質のことを仄めかしたが、それは一郎が話を拒否しようとしたからだ。
頑なでねじ曲がっているが、筋は通している。
だから、どこまで筋を通すのが知りたい。
試してみようと思った。
一郎の言葉に、フラントワーズがはっとしたように顔をあげた。その表情はちょっと悄然としている。
しかし、眼は諦めていない。
「……そ、その通りです。わたしの要求は天道様に話を聞いていただけることでした。機会を作っていただけたことに感謝します。まずは人質を解放します」
フラントワーズが顔をあげて静かに言った。
なるほど、筋は通すか。人質こそ、こいつらの切り札だというのに……。
だが、頭がいいのだ。見極めというものをわかっている。
一郎が口にした通り、人質がいようといるまいと、彼女たちを従わせる方法はいくらもある。それをフラントワーズもわかっているのだと思う。
だから、人質の解放にあっさりと応じたのだのだろう。ぎりぎりまでやって、これ以上はむしろ人質解放によって心証をよくした方がいいという合理的判断か。
さすがは、元公爵夫人か……。
ならば、いいだろう。
ちょっとは敬意を示すか。
もちろん、簡単には妥協するつもりはないが……。
「わかった。じゃあ、俺も妥協案を示す。その提案さえ受け入れられないというなら、もう俺は令嬢たちを含めて、お前らと会わない」
一郎は言った。
「条件とはなんでしょう?」
フラントワーズが息を呑む音が聞こえた。