【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
892 不本意な対陣
「黙らんか──」
イザベラは激怒して、テーブルの上の水の入った盃を使者に投げつけた。
ここは王都に向かう街道を西の面で制する外郭砦の前面に展開しているイザベラの軍営であり、その野戦指揮所にしている天幕群のひとつである。
相手は、目の前の要害を守備する将軍リンの実弟と自己紹介したと思ったが、名は忘れた。
盃は、その男には当たらなかったものの、水はびっしょりとそいつの軍服の半分を濡らせた。
すると、背後に立つヴァージニアがすっと手をイザベラの肩に置く。
冷静さを保てという意味だろう。
だが、無理だ。
のらりくらりとくだらない話を繰り返すこいつに怒るなというのは無理なことだ。
「し、しかし、我らとしては……」
そいつは、懐から布を出して濡れた服を拭く。
もっとも、水に濡れた軍服を拭くのか、顔の汗を拭くのかはわからない。それくらいに汗びっしょりなのだ。
「やまかしい。よくも、わたしの前で、砦引き渡しの条件などと世迷い事を言えるものだ──。よいか──。わたしは女王として、無条件に砦を我が軍に解放することを命じているのだ。お願いしているのでなければ、話し合いのつもりもない。交渉の余地などない。め、い、れ、い、だ──。お前らがするのは、直ちに降伏して武装解除することしかない──。お前がリンの指図に従わねばなにも決断できんというのであれば、リンを目の前に連れて来い──」
イザベラは怒鳴りつけた。
すると、ヴァージニアが触れている反対側の肩にシャーラが手を置く。
イザベラは、さらに大声を張りあげようとしていたのをぐっと飲み込み、それなりに大きくなった腹に手を置く。
確かに興奮するのはよくないのだろう。
ほかに、イザベラの後ろには、ロウがつけてくれた元闘奴のマーズがいるが、彼女は護衛に徹すると彫像のように動かず、気配さえ感じさせない。
それはともかく、落ち着こうと大きく深呼吸する。
「……ともかく、さっさと砦を解放せよ。交渉はこれで最後だ。次はその使者しか受けつけん」
イザベラはできるだけ激昂を抑える努力しながら言った。
テーブルの下で手は、膨らんだ腹の上に置かれている。
南部のガヤの城郭から、移動術の設備と「縮地」と呼ぶ魔道による強行軍で少数の南欧軍とエルフ軍で、その砦の前に軍旗を掲げて陣を張ったのは四日前だ。
そのときは、ルードルフ王は健在であり、そのルードルフ王からイザベラは叛乱者の触れを出されていたが、二日目の夕方頃から状況は一変した。
少人数で王都に潜入したロウが、王宮を確保することに成功したらしく、ルードルフ王に退位を明言させ、さらにイザベラに王位を継承させることを、急遽招集した大議会で宣言させたのである。
その連絡も来ている。
だから、目の前の王都西側の外郭砦を占拠する王軍を含めて、すべての王軍の指揮権は、いまや、このイザベラにあるのである。
王都から出されたはずの武装解除指示も、目の前の砦の連中には届いているはずだ。
しかし、それにも関わらず、いまだに、イザベラたちが展開する西の外郭砦に関しては、亀が甲羅にこもるように、守備隊の連中が砦から出てこない。
何度か使者も派遣したが、門を閉ざして会おうともしない。
怒ったイザベラは、ただちに開城して、イザベラ軍の軍門に降らなければ謀反人とすると、シャングリアが率いる騎馬隊を使って、矢文を射かけさせた。
それでやっと、使者を送り込んできたのが、目の前の男だ。
西の砦には七千ほどの王軍がいるはずであり、それを率いているのはリンという王都軍の将軍なのだが、その実弟だという。
しかし、イザベラにしてみれば、使者というよりは、すでに政権交代をした新女王を前にして抵抗を続けようとする狂人だ。
そうでなければ、意味がわからないことを喋る
リンという将軍が口にせよと教え込んだ言葉しか喋れない人形のような男だ。
とにかく、腹が立って仕方がない。
「しょ、承知です……。それでは、我らの武装解除の要領につきまして話し合いを……。また、将兵の生命の保障についての約定をしていただき……」
また、目の前の鸚鵡が喋りだした。
かっと頭に血が昇る。
こいつは、自分たちの女王に対して交渉をしようというのか──?
自分の立場を理解しておらんのか──。
「お帰りになった方がよろしかろう、使者殿」
そのとき、ずっと黙って経緯を聞いていたモーリア男爵が口を開いた。
シャングリアの実家であるモーリア家の当主であり、イザベラたちはこの陣に展開したときに七百人ほどでしかなかったイザベラ隊に、傭兵団五百を率いていち早く参陣したのがモーリア男爵である。
いまは、この数日で近傍領主たちからの参陣により、二千人ほどに拡大しているが、最初の一日目は、エルフ国から出してもらっているアーネスト殿の五百人の魔道師団、ブルイネンの率いるロウの親衛隊こと三十人のエルフ族の女兵、さらに、二百にも満たない南王軍からの抽出部隊のみがイザベラ隊の総兵力だったのだ。
その勢力のみで、七千人の完全武装の砦に向かって、攻撃態勢で野戦展開をしたのだから、戦には無縁のイザベラでも少々心細いものがあった。
そのときに、最初に参陣してきたのがモーリア隊だ。
モーリア男爵はシャングリアの実家の領主であり、ナタル森林から戻る途中でロウに忠誠を誓ったと教えられていて、ロウたち一行とは別経路で領土からこっちに向かっていたようだ。南域の騒乱がいち早く片付いたことで、ロウの指示で王都方向に転進していて、それでイザベラ隊に参陣したのだ。
ロウの事前に指示もあったことから、到着以降は、参謀としてイザベラにずっと侍ってもらっている。
「男爵殿、なにか申したか?」
すると、鸚鵡がむっとしたように、モーリア男爵に不快そうな顔を向けた。
参謀役としたものの、モーリアが男爵でしかないことから、後から参陣してきた領主たちには、彼を軽んじるところがある。
イザベラも気がついているものの、軽んじられているという点では、イザベラも同じなので、いまのところうまく対応できていない。
まあ、モーリア男爵は大して気にする様子もなく、領主たちに対しても飄々とあしらっている感じだが……。
そして、どうやら、この鸚鵡も、モーリアになにか言われたのが気に入らなさそうだ。
すると、ばんと机を叩くような男がしたかと思ったが、次の瞬間、モーリアが剣を抜くとともに立ちあがり、鸚鵡男を椅子ごと蹴り倒していた。
モーリアが抜いた剣の切っ先は、倒れた鸚鵡の首に当てられている。
「ひ、ひいいいっ」
鸚鵡が悲鳴をあげた。
「女王陛下、ここは万事、この参謀にお任せあれ。女王陛下に向かって、交渉の余地があるなど思うのは誠に無礼千万。常識というものをこいつに教えてやりましょう」
モーリアが言った。
それはなんだと訊ねようとしたが、モーリアの醸し出す気に圧されて、イザベラは言い淀んだ。
そういえば、ロウからは軍の動きのことは、このモーリアにある程度任せよと事前に言われていることを思い出した。
「わかった。任せる」
イザベラは言った。
「ありがとうございます。では、貴殿ひとりは、すぐに砦に戻るがいい。そして、リン将軍殿には、すぐに武装を解いて砦を解放せよと、女王陛下に叱られたと復命するがいい」
モーリアが無表情で、倒れているそいつに向かって、剣を横に払った。
「ぎゃああああ」
鸚鵡は悲鳴をあげたが、首の皮一枚を切っただけのようだ。
軍装の襟部分が切断され、そいつの首に赤い線が入る。
すると、男のズボンから、みるみると水のようなものが滴りだした。
どうやら失禁したようだ。
イザベラは顔をしかめた。
「行け──」
モーリアが剣を収める。
鸚鵡男は四つん這いで這うように、この場から逃げていった。
男がいなくなると、モーリアはすぐに子飼いの家人を呼んだ。モーリア隊の中では、モーリア男爵に従って、彼が率いてきた各傭兵隊への指示を出す役割の男だ。モーリア隊全体の副官のような役割の男である。
イザベラに敬礼をしてから、モーリアに身体を向け直す。
「さっき立ち去った砦の使者が連れてきた護衛たちは捕えておるな?」
モーリアだ。
さっきの敵陣の使者を名乗った鸚鵡は、五騎ほどの護衛を同行させていた。イザベラの前では護衛兵は連れてこさせることはできないので、外で待たせるように指示させたが、捕えさせたのか?
ちょっと驚いた。
「はい、ご指示通りに」
「向こうの砦から見える場所で首を斬れ。死骸はそのまま晒しておけ」
「はっ」
モーリアの部下が一礼をした。
イザベラはびっくりした。
「待て、男爵、いかん──。わたしは軍事ごとは素人だが、使者に手を付けるのは、戦場では御法度ではないのか?」
イザベラは止めた。
しかし、モーリアは首を横に振った。
「失礼ながら、女王陛下のご判断は間違っております。彼らは敵陣の使者などではありません。女王陛下のご命令に逆らう謀反人どもでございます。そもそも、使者を出す権限など、彼らにはありません。それを教えてやりましょう」
「だ、だが、それに怒って、向こうが攻めてきたらどうする。砦には七千の王都の軍がいるのだぞ」
ロウから受けている指示は、決して戦端を開かずに、敵との対陣を続けることだった。
だから、イザベラは戦いにならないように、武装解除に応じない砦の王軍に対して、向こうの望む話し合いに自ら顔を出すことにしたのである。
「七千の軍が砦にこもっているから、些か面倒になっているだけのことです。向こうから出てくるなら、万々歳でございましょう。我ら傭兵隊だけでもあしらってごらんにみせます。傭兵たちも、こうやって対陣しているだけだと、手柄の立てようもなくて、焦れておりますからな。連中の鬱憤晴らしに丁度よい」
モーリアが白い歯を見せた。
「な、ならんわ──。ロウ殿から言われておるのだ。戦端を開くなと」
「いえ、戦場のことは、このモーリアにお任せください。王軍でもない俺が、あまり出張っては悪かろうと思い、大人しくしておりましたが、もともと、そのような性質ではないのです。これからは、もっと積極的に陛下を補佐をするべきだと思い直しました。どうぞ、陛下は大所高所から、我らの仕事を見守ってください」
「わ、わたしが未熟だと申しておるのか──?」
イザベラはむっとして言った。
すると、使者との話し合いをするために作っていた布の壁が開いて、シャングリアが近づいてきた。
さらに、ブルイネンとケイラ=ハイエルもいる。
三人とも、使者との話し合いには顔を出していないが、話は布の向こうで聞いていたのである。
「いや、大叔父上の申す通りだと思うぞ、姫様。そもそも、一介の使者に姫様がわざわざ直接会う道理がわからん。最初から、大叔父上に任せるか、それとも、わたしでもよかった。もしも、会うのであればな。そもそも、話し合いなどと言ってやってきたあいつらなど、その場で斬って捨ててよかったのだ。わたしたちは、ただ姫様が会うと言うので、任せたのみだ。まあ、アネルザ様から言われていることもあったしな」
シャングリアがちょっと笑いながら言った。
「王妃殿下から? なにを言われていたと?」
「姫様の好きなようにさせるようにとな。特に、誰と会い、誰と会わないということについては、なにも言わなければ、任せろと言っておられた。それで見えるものが出てくるとな。わたしには、よくわからなかったが、まさか、あんな馬鹿げた会合になるとは想像もできなかった」
シャングリアが続ける。
見えるものか……。
それはわかっている。
女王として、自分は軽んじられている。さっきのことも、そもそもがそれが背景だろう。
「そうですね。これからは、軍事のことはもっとモーリア殿にお任せしましょう。もっとも、もう来ないとは思いますが……。姫様があんなに怒るようでは、胎教にもよくありませんし。これからは、もっと助言させていただきます」
ヴァージニアも口を挟んだ。
「わたしを半人前扱いするでないわ──。まあいい。じゃあ、助言してくれ。ここに参陣を申し出てきた領主には、さっきの鸚鵡と同じように、必ず、わたしが対応しているが、それもやめた方がよいのか」
「鸚鵡? あっ、いえ、領主たちには姫様が直接会うことが必要です。これから味方になる者たちですから、できるだけお声をおかけください。でも、謀反人の使者は別だと思います」
「謀反人?」
「謀反人ですな。とにかく、補佐が不十分であったことは、幾重にもお詫びします。ですから、軍事に関することはお任せください。今後は、もっとお互いに腹を割って話しましょう。このモーリア、身命を尽くして補佐いたします」
モーリアが頭をさげる。
「わかった、わかった。もう砦への対応に関しては口は挟まん。任せる。だが、これだけは言っておく。戦端はこっちからは開くな。ロウ殿の命令なのだ」
イザベラは言った。
軍をどうやって動かし、戦の駆け引きをどのようにすればいいか、あるいは、戦場において指揮官がどうふるまって、なにを判断すればいいかなど、イザベラには全くわからない。
だから、ロウに命じられたことだけが、イザベラの判断基準なのだ。
ロウから指示されているのは、こうやって対陣し、決して戦うことなく、ロウが王都からこちらに合流するまで、じっとしていろということなのだ。
ロウの判断は絶対だ──。
「承知しております。しかし、いくらなんでも、王都はすでに女王陛下のご帰還を待っている状況だというのに、あいだに位置するあの砦のみ、まだ砦にこもって抵抗の態度を続けるというのは、それ自体が頭がおかしいのです。理屈の通じない連中には、それなりの対応というのがございます。ここはお任せください。もちろん、軽々しく戦端を開くことはしません」
モーリアが頭をさげた。
イザベラは嘆息した。
「わかった。任せる」
「はっ」
モーリアが頷き、待機していた家人に、先ほどの命令を実行するように指示した。
その家人が出ていく。
「丁度いい。少し話をしよう」
イザベラは、促してテーブルを囲む椅子に全員が座るように指示した。
さっきまで、イザベラとモーリアと鸚鵡がついていた席に、さらにシャングリア、ヴァージニア、シャーラ、ケイラ=ハイエル、ブルイネンが座って囲む。
だが、天幕内の者の中で、マーズだけが座らない。
黙って、イザベラの少し後ろに立つ。
「マーズも座るがよい。モーリア男爵もいるが、ここにいるのは身内だ。遠慮も、立場の斟酌もいらん」
イザベラはマーズに声をかけた。
「遠慮も斟酌もしておりません、陛下。でも、陛下とお腹の御子をお守りすることは、先生のご命令ですので、お気遣いないようにお願いします」
「マーズがいれば、安心ね。わたしも楽ができるわ」
シャーラが笑った。
「わかった。じゃあ、頼む」
イザベラは頷き、改めて全員でテーブルを挟んで顔を合わせる。
すると、ケイラ=ハイエルが最初に口を開いた。
「ところで、まあ、お兄ちゃんがそう言うならそうなんだろうけど、あんな砦なんて、簡単に魔道波で崩せるわよ。アーネストの魔道師団を運用するまでもなく、あのミウちゃんでも十分じゃないの? こう言ってはなんだけど、あの砦の対魔道防御なんて、中級程度の魔道くらいしか防げないわよ」
彼女は、エルフ国の女長老と呼ばれる女性であり、エルフ族の王族としては、女王ガドニエル以上に影響力を持っていると言われている。
あまり、表に出る女性ではないのだが、ロウはこのケイラもまた、愛人にして戻ってきていて、かなり、親しそうな感じだ。
イザベラとしては、ハロンドール王国の内情のことを細かく知られるのは気になるのだが、ロウからは全面的に信頼して、あらゆる情報を知らせるように厳命を受けている。
ロウの指示は絶対なので、イザベラは、イザベラと貴族との微妙な関係についても含めて、現状に関して、包み隠すことなく教えている。
「……魔道攻撃のことはともかく、先ほど、相手が打って出てきたときのことを陛下は言われましたが、エルフ隊をもってすれば、防護結界を張ることは可能です。おそらく、突破できないかと」
ブルイネンが続けた。
「そのときは頼む。しかし、繰り返すが、こっちから戦端は開かない。向こうが出てくれば防護する。基本方針はそれでいく。それさえ守ってくれれば、モーリアに任せる」
イザベラは言った。
そういえば、任せることができることは、誰かに任せて丸投げしろとも、ロウに言われた気がする。
そうだ──。
任せよう──。
「しかし、実際のところ、ちょっと奇妙なことですなあ。リンという将軍のことは知りませんが、この情勢でイザベラ陛下に逆らい、あくまでも抵抗する理由がわかりませんなあ。自殺にも等しい行為なのですが、なにか裏があるのでしょうかな?」
モーリアが言った。
イザベラは周りの者たちを見る。
全員が首を横に振る。
すると、シャーラが口を開く。
「不思議です……。ですが、そのリンという武将は、もともとフォックス宰相の寄子の出だったと思います。この頑な態度はその辺に関係あるのかもしれません」
「フォックスは、元宰相ですよ、シャーラ」
ヴァージニアが口を挟む。
「そうだったわね」
シャーラもそうだが、ヴァージニアは宮廷人や主立つ貴族たちの係累などに精通している。
イザベラも頼ることが多い。
また、数日前にロウが王宮で大議会を開かせたとき、ロウが独裁官として、王都から逃げ出した大貴族は、全員の役職取り上げと、王都に残している財産の没収を宣言している。
宰相のフォックスも対象なので、「元宰相」ということになる。
そのフォックスからは、陣中見舞いということで、この陣まで使者を使って贈答品を運ばせてきたが、いまのところ接触はそれだけだ。そのときも使者は抗議のような物言いはしていなかった。
だが、シャーラは、もしかして、砦のいるリン将軍の理解できない態度は、寄親筋になるフォックスが関係しているとでも言いたいのか?
「それに関係するかもしれませんが、ちょっと報告事項が……」
さらに、ヴァージニアがそう言った。
「報告事項?」
「兵站のことです。貴族領を直接に通るこちらの兵站線が邪魔をされているかもしれません。まだ、はっきりしたことは調べさせているのですが、現場を任せているイライジャ殿によれば、巧妙に手を加えられて、流通が滞るように細工をされている気配があるそうです。もっとも、邪魔されているのは、公にしている流れだけで、隠している兵站線もあるので、補給そのものは、いまのところ問題はないのですが、王家の兵站を意図的に遅滞をさせようという動きは気になります」
「貴族領を通る兵站がか?」
イザベラは眉をひそめた。
ヴァージニアとイライジャたちにやらせているのは、この陣営に対する補給線の確保だ。ヴァージニアは、女官長としての直接の補佐の役割もあるので、実際に兵站線を管理してもらっているのはイライジャだ。
そして、実は、この軍の補給線の策源になっているのは、アネルザの実家のマルエダ家に代わって辺境侯域を統括することになったリィナ=ワイズがまとめる辺境域の領主集団である。
そこから補給線を作っているのだが、幾つもの貴族領を通過する部分がある。
どうやら、そこを通過するあいだに、なんらかの遅滞工作が行われているかもしれないということらしい。
だが、動機はある。
あのロウが独裁官として発した、王都を脱出した王都大貴族からの官職取りあげと、王都財産の没収の一件だろう。
それに対する大きな反論はまだなく、王都を逃げ出した大貴族たちについては、様子見の状況なのだが、当然にこれから激しく反発があるだろうということは間違いない。
関係するその補給線の経路は、彼らの領土やその息のかかった地域を貫いている。
それで、巧妙に邪魔をしているということか……。
いやがらせか?
あるいは、駆け引きの材料にするつもりか?
いずれにしても、そういうことをするのが、大貴族というものなのだ。
「調べてくれ」
「わかりました。イライジャ殿にお願いをしておきます」
イザベラの言葉に、ヴァージニアが頷いた。
そのときだった。
天幕の布かまた開いて、今度はユイナとミウがやっていた。
「マイル伯という人が参陣に来たそうよ。陛下に挨拶したいんですって。今日の参陣申し込み一号ね」
ユイナが言った。
ここに陣を張って以来、特にこの一両日、続々と参陣の申し出を告げて、幾らかの隊を連れて近傍領主が集まってくるが、また新しい参陣者だ。
イザベラの旗に参集せよという檄は、まだ南方を出る前にあちこちに飛ばしていた。
さっきの話であれば、イザベラたちの権力奪取を快く思わない勢力がある一方で、逆に積極的に取り入ろうとする貴族もいる。
ロウからは、対陣でそういうものも見えるかもしれないので、頑張って見極めろとも言われてもいた。
「伯爵自身が連れてきているのか?」
「はい、そうです」
イザベラの質問にミウが応じた。
「わかった。謁見の用の天幕で会う。準備を整えてくれ、ヴァージニア」
イザベラは、指示した。