【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
野戦陣地のよいところは、煩わしい王宮作法のほぼ全てを省略できることだろう。
王宮では、ただ面会人と会うだけでも、その相手によって、対応も服装も随行者も異なってくる。
だが、戦場においては効率が第一になり、いちいちの着替えもいらない。
そういう儀礼も、イザベラのような立場の者を守っているのだというのは理解しているが、気を使わなくていいというのは楽でいい。
まあ、イザベラと会うのに、最初からまったく気など使わなかった男もいるが……。
しかも、いきなり強姦のように襲ってきて……。
まあ、イザベラから夜這いしろとけしかけたわけではあったが……。
イザベラは、面会に対応するための大天幕に向かいながら、ここにはいない男のことを思い出して、そっと膨らんでいる腹に手を触れた。
「ところで、マイル伯というのは、どういう男だ?」
イザベラは隣を進むヴァージニアに訊ねた。
先導をするのは、本来の護衛長のシャーラであり、イザベラはその後ろからヴァージニアと並んで歩いている。すぐ後ろはマーズだ。
そして、最後尾をモーリア男爵と遂行兵が三人がついてきている。
それだけいれば、ほかに護衛などいらないので、大袈裟な護衛隊は随行させてない。
また、さっきまでいた司令部天幕と、謁見用の大天幕の位置は離れており、イザベラは陣営の展開している野外を歩き進んでいる。
司令部天幕が全体の中央にあるのに対して、参陣を申し出てきた貴族たちと会う天幕は、隊を率いていた領主がそのまま接触できるように、陣全体の外側近くにあるのだ。
進んでいるイザベラを認めた各領主軍の兵たちが、遠目からこちらに向かって、次々に敬礼をしてくる。
「ここから一日ほどの距離にある王都直轄領の代官領主です。クラウディオ=マイル伯。年齢は三十歳。正直、あまり評判はよくないですね。領地についてはそれなりに繁栄しているようですが」
ヴァージニアがささやくような声で言った。
代官領主というのは、イザベラの曾祖父にあたるエルゲン王が王国改革を断行して、多くの貴族から領地を取りあげて王家直轄地としたことから始まったものだ。粛清と討伐を繰り返す強引な方法で多くの貴族領を直轄地にしたエルゲン王であったが、実際にはその奪った領地の管理には苦労した。
エルゲン王の激しい粛清の対象には、王族も入っていたので、適当な人材を確保できなかったのだ。
そこで、そういう直轄地を管理する「役人」を領地を持っていない高級官吏を務める貴族の中から選び、実際の知行を実施させた。
これが「代官」である。
各直轄地を王家の命令を受けて治政を行う役割を与えられた貴族ということだ。
本来は、ただの役人であり、治政を行う期間も任期のある限定されたはずのものであって、地領の相続権は当然なかった。
しかし、エルゲン王が急死し、短かったロタール王の治政を継いだルードルフ王の時代には、ただの一度も代官領主の任地替えはなく、ほぼ全てで子への相続権も認められた。
……というよりは、ルードルフ王は、代官を適当に入れ替えて、権力が固定するのを防ぐという面倒なことを全くしたくなかったのだと思う。
その結果、現在では、代官領主も、従来の領主貴族も、ほぼ区別がつかなくなっている。名称も、いつの間にか「代官領主」というのが通称にもなった。
要は、参陣を表明してきたマイル伯とやらも、イザベラの檄に応じてやってきた、この近くに所領を持つ領主貴族と考えればいいだろう。
ただ、そのマイル伯という男、評判は良くないのに、領地は繁栄しているというのはどういう意味なのだろう?
だから、訊ねた。
「本人は女に目のないただの好色男なのだそうですよ。ただ、周りがいいのですね。部下に恵まれているという話です。自分はなにもできずに、才能のある部下になにもかも丸投げているとか」
すると、ヴァージニアが応じた。
「それもまた、領主としては才能だろう」
任せるべきことは任せろと言ったのはロウだった。だが、任せる相手を見つけるのが頭になる者としては大切らしい。
アネルザも同じようなことを言っていた。
それでうまくいっているのは、むしろ、領主として才覚がある証拠だ。
「でも、そのやり方が評判が悪いのです。部下を脅して奴隷のように扱うとか……。実際に、奴隷を使って領主の仕事をさせているという話もあります。本人たちは酷使するだけ酷使して、むごく扱っているのに」
「なんだ、それは」
随分な男だと思った。
「だから、お気をつけくださいね、姫様。姫様に限って、滅多なことは考えられませんが、万が一ということもありますからね」
ヴァージニアが、なんとなくだが、ちょっと面白がるみたいな物言いをした。
少し前までは、全くの堅物だと思っていた彼女だが、気心が知れてくると、真面目一辺倒のシャーラよりはずっと砕けた感じだし、結構、軽口も言う。
まあ、同じ男の愛人として、痴態を見せ合っているのだから、取り繕っても仕方がないというところだろうか。
それはともかく、ヴァージニアは、ちょっとイザベラを
「気をつけろとは?」
「そのマイル伯は、独身なのです」
「独身だから、なんだというのだ?」
イザベラは歩きながら、首を傾げた。
「独身ですが愛人が十人いるとか……。さっき、奴隷のように酷使しているという部下はほとんどが元愛人だとか。まあ、それでも寄ってくる女性には困らないという話ですね。綽名は“美伯爵”で大変な美男子と耳にします。しかも、よい女と思ったら、相手が人妻であろうが、見境なく口説きにかかるという噂です……。ですから、お気をつけくださいと申しあげました」
「なんだそれは──。わたしがロウ殿以外の男になびくとでも思っておるのか? しかも、そんな見た目だけの男に──」
イザベラは憤慨した。
「思ってはおりませんが、口説かれたというだけで、ご主人様は怒るのでは? もちろん、全員で守りますが」
「ロウ殿が怒る? それは……怖いな……」
イザベラは身震いした。
本気で叱られたことはないが、怒られたくはない。
調教されるのはいいが、ロウがイザベラに対して腹を立てるのはいやだ。
「心配いりません。おかしなことをしようとしたら、容赦しませんから。頼むわよ、マーズ」
前にいるシャーラが振り返ることなく静かに言った。
「お任せください。睾丸を潰してやります」
後ろを進むマーズだ。
「頼む」
イザベラはとりあえず言った。
やがて、イザベラたちは、檄に応じてやってきた各貴族隊が展開している地域にやってきた。
モーリアは、正面にエルフ隊と自分の傭兵隊を展開させており、イザベラたちのいる本陣はその後方に位置させている。そして、遅れてやってきた貴族隊は、さらに後ろに各隊ごとに地域を割り当てて、例外なく後詰めのように展開をさせていた。
あちらこちらに、それぞれの隊の旗が
各領主ごとに、連れてきた人数が違うし、服装も装備も異なる。五、六名だけの領もあれば、数十名の隊もある。率いてきたのも、領主自らの場合と、
だが、こうやってイザベラが出迎えるのは、領主が自らやってきた場合だけである。
だから、まだ直接に出迎えた貴族隊の数はそれほどでもない。結構、名代を立てて従軍してきた家も多いのだ。これもまた、まだイザベラを軽んじているか、あるいは様子見なのだろうか。
さっきまで、特段の意識はなかったが、女王であるイザベラの檄に領主自らでなく代わりの者を長として派遣するというのは、つまりそういうことなのかとちょっと考えた。
そういう意味では、もしかしたら、伯爵位で領主自らやって来たのは、今回は最初のような気がする。
「実際の話、戦うということになれば、あのばらばらな領主隊をどのように連携させるのだ? そういえば、一度も軍議のようなことはしてないな」
イザベラは進みながら、最後尾のモーリアに声をかけた。
なんでも勉強だ。
経験のないイザベラは、ちょっとでも機会があれば、どんどんと吸収しなければならない。
「連携などしません。できません。もしも、戦うということになれば、前面のエルフ隊で魔道という大火力をぶつけ、俺の傭兵隊で撃滅します。彼らを運用するとすれば、そのあとの掃討ということになるのでしょうか。それ以外で使えるとは思っていません。あれを投入すれば、むしろ混乱するだけです」
モーリアはあっさりと言った。
「だが、砦の王軍は七千だぞ。それに対して、我らは、貴族隊を足しても二千程度だ。エルフ隊と傭兵隊と南方軍だけだと、その半分でしかない」
「一千が二千でも変わりません。だからこそ、連携が必要なのです。それと軍議については、ここに到着以来、アーネスト殿とは繰り返し行っております。想定している策についても、二十は作りました。いずれの策においても、あの貴族隊を運用する計画はありません」
「軍議をしている? なぜ、わたしに報告しない」
イザベラはちょっとむっとした。
「さっきも申しましたが、戦のことは、わたしのような者にお任せください。わざわざ女王陛下が細かい話し合いに参加される必要はありません。それとも、新参ゆえに、参謀として信頼ができませんか?」
「し、信頼はしておる。だが、わたしは色々と勉強したいのだ」
「結構な心掛けとは思います。しかし、いまお身体の大切な時期。本当は戦場に立って頂くことでさえ、心苦しく思うのです」
モーリアは言った。
「いや、だがなあ……」
だが、イザベラは女王だ。しかも、なにも実績のない女王なのだ。王としての力不足であることは、ほかの誰よりもイザベラ自身が自覚している。
なにも発言をしなくても、ただ聞いているだけで勉強になる。
いまも、雑談のようにちょっと話をしただけで、すごく勉強になった。
イザベラは抗議しようとしたが、ヴァージニアが手で遮った。
「いえ、お任せしましょう、姫様。身重の姫様にとっては、こうやって戦場にいるだけで身体には負担のはずです。可能な限り、仕事や心労になるようなことは、わたしたちがやります。ですから、姫様は、姫様にしかできない仕事に専念ください」
ヴァージニアだ。
「わたしにしかできないことというのは、参陣してきた領主などの挨拶受けか」
イザベラは嘆息した。
「その通りです。よろしくお願いします。嘘でもいいので、よく来てくれたと、お声をおかけください。それだけで結構です。身重の姫様が戦場に立っているのです。それだけで、ほとんどの将兵は感激するでしょう。姫様は、すでにここにいるだけで、大きな実績なのです」
前を歩くシャーラが言った。
「いるだけで実績なあ……。まあ、わかった。お前の言葉に従う」
イザベラは頷いた。
そして、謁見用の大天幕の位置に到着した。
大天幕の前は広場になっていて、そこに五十人ほどの武装した軍兵が勢揃いしていた。
全員が上衣が赤い軍装であり、それに鮮やかな青と白の文様が入った大変に華やかな恰好をしていた。目立つということにかけては、王宮で王族警護に任じている近衛兵以上に華麗な服装をしている。
驚いくほどにきらびやかだ。
少なくとも、これまでに接した領主隊の中で一番派手だろう。
そして、その全員が片膝をついて頭をさげていた。
また、最前列には、特徴のある装飾の軍装の者が五人いる。彼らは将校級なのだろう。絢爛な赤地の軍装に加えて、金紐の飾りがついている。
そのさらに先頭に、ひと際豪華な軍装の金髪の長い髪をした偉丈夫がひとりいる。
彼が、マイル伯なのだろう。
「イザベラだ。よく来てくれた。マイル伯爵、そして、兵の者たち──。顔をあげよ……。頼もしく思うぞ。宜しく頼む」
イザベラは、どの領主隊がやってきても同じことを言っている紋切り型の口上を口にした。
すると、偉丈夫が顔をあげる。
彼が、クラウディオ=マイル伯か……。
なるほど、美伯爵という綽名だけあり、かなりの美男子だと思った。
まさに貴公子という感じだ。
しかし、なんという派手ないでたちの連中だろう。
イザベラは、それだけでちょっと圧倒された気分になってしまった。
「クラウディオ=マイルです。イザベラ女王陛下に忠誠を誓うとともに、王位継承のお祝いを申し上げます。この度は女王陛下の檄に触れて、急ぎ参上しましたが、遅れをとったことをお詫びいたします。しかしながら、郎党を中心に五十名ではありますが、我らマイル隊は精鋭無比を自負しております。戦場では万余の軍を相手にして物ともしない英傑たちであります。存分に戦働きをさせていただきたいと思います」
マイル伯が白い歯を見せた。
声も朗々としており、なかなかの自信家である雰囲気である。
「期待しておる。では、マイル隊の陣割りは、参謀のモーリアから聞くがいい。マイル伯については、さしつかえなければ、天幕で少し話でもしようか」
イザベラは、大天幕の中に促した。
これもまた、この一両日、新しい参陣者が来るたびに繰り返していることであり、大抵は天幕内で短い時間だけ話をするだけだ。
「あっ、いや、お待ちください。その前に、女王陛下にお願いがございます」
すると、マイル伯が人懐っこそうな笑みを浮かべて言った。
「なんだ?」
「実はあまりにも急ぎ進んでまいりましたので、正直なところ、兵たちは、この一日、粗末な兵糧しか口にしておりません。まずは兵糧を融通して頂けないでしょうか」
マイル伯は言った。
イザベラはちょっと驚いた。
「兵糧を持たずに来たのか?」
もちろん兵糧は補給するのだが、それは手持ちのものがなくなってからであり、少なくとも十日ほどの兵糧を携行するのは常識だ。
だが、確かマイル伯の代官領地は、一日半でしかないはずだが、もう尽きているらしい。
「兵糧だけでなく、矢も楯も、兵具が足りません。どうかお願いします」
マイル伯が頭をさげた。
「貴殿の隊は、戦場に手ぶらで来たのか? とんだ精鋭無比であるな」
不機嫌そうに言ったのは、後ろにいるモーリア男爵だ。
「はて、どなたかな? 伯爵以上の本物の貴族は全員の顔は入っているが、覚えがない……。美しき女性たちの中に、貧相な……あっ、いや、これは失礼、大変に地味な男が混じっておられるようだが、もしかして、忠誠心もなく、金のために集まってくる俗民たちの親玉だということで爵位を貰っている傭兵王殿か?」
すると、マイル伯が微笑んだまま言い返した。
「我らを侮辱するつもりか?」
背中側のいるモーリアがむっとしたのがわかった。
だが、マイル伯がいきなり破顔した。
「ははは、許せ。愚弄されたと思ったので言い返してしまった。根が正直なものでな。なに、美人に囲まれて仕事をしている貴殿が羨ましいのよ。どうやって、取り入ったのか教えて欲しいものだ。特に男爵家が手柄を立てたということは耳にせんがな。やはり、義理の娘がいま、飛ぶ鳥を落とす勢いの独裁官閣下の愛人であるというのは、やはり、かなり旨味のあることのようだ。俺にも、都合のよい前領主の娘がいればよかった。そういう貴族っぽい俗事が苦手でな」
「なんだと──」
モーリアが剣を掴んで抜くような仕草で前に出る。
しかし、マイル伯は口元に笑みを浮かべたままだ。
「なんだとは、なんだ。無礼な物言いをしたのは、参謀殿からだと思うが?」
そして、マイル伯は平然と言い返す。
「その綺麗な礼装を運んでくる余裕があれば、兵糧や武具くらい持参すればいいだろうと呆れただけだ」
「空腹には耐えられるが、可憐だと噂の女王陛下に会うのに、貴殿たちのように小汚い恰好で出るのは耐えられんのだ。それと、これは礼装ではない。俺たちの戦場服だ。これで戦う」
「武具を忘れたのにか? それと、その無意味に目立つ格好では、相手の矢槍の的になるだけだぞ」
「この目立つのが我らのなによりもの武器だ。これが無意味と評するのは、貴殿もまだまだだな。女王陛下の参謀役は荷が重いだろう。どうです、陛下、俺に任せていただけませんか? このマイル伯は、この野蛮人よりも役に立つ男ですよ」
「青二才の分際で」
モーリアが舌打ちした。
存外に男爵も気が短いみたいだ。
「やめんか、ふたりとも──。男爵は大人しくせよ──。マイル伯も口が過ぎよう」
イザベラは叱った。
「これは失礼しました、陛下。参謀殿も許してくれ。貴殿が下級貴族だとしても、爵位に鼻をかけて威張るつもりはないのだ。ただ、マイル家は売られた喧嘩は買うのが家訓でな。まあ、お美しい女王陛下を前にして、ちょっと格好をつけた。すまん」
マイル伯が片膝をつけたまま会釈する。
なんだが、よくわからない男だ。
すると、イザベラが面食らってじっと見ていたのをなにか勘違いしたのか、いきなり、イザベラに向かって片目をつむって悪戯っぽく微笑んできた。
イザベラはびっくりした。
「無礼ですよ、伯爵」
すると、シャーラが威嚇するように、すっと一歩前に出た。
また、マイル伯が笑う。
「これはこれは、シャーラ護衛長殿、そんなに怖い顔をしないことだ。お美しい顔が台無しだ。まあ、いい女に会えば、とりあえず口説くのが、いい男の礼儀のようなものだ。俺は礼儀正しいのですよ」
マイル伯は飄々としている。
イザベラは半ば呆れてしまった。
「いい加減にせよ。とにかく、伯爵は天幕に入れ。補給については、このヴァージニアが担当している。兵糧や武具の補充については、部下をこのヴァージニアに調整させよ」
イザベラは、ヴァージニアに目で合図した。
ヴァージニアが頷いて前に出る。
すると、そのマイル伯がいきなり目を丸くした。
「ヴァージニア? えっ、彼女──? ほう、これはまた、清楚な美女殿だ──。おいおいおい、予定変更だ。頼まれた伝言などどうでもいい。ピア、お前、陛下に挨拶しておけ。俺はこの美人と補給の調整をする」
そして、マイル伯が言った
ピアというのが誰なのかと思ったが、マイル伯の一列後ろに並んでいる将校級の者の端にいる小柄な人物がぱっと顔をあげた。
イザベラは、その人物が可愛らしい顔をした若い女軍人であることに気がついた。
「そ、そんなわけ、いくわけないでしょう、ディオ──」
そして、そのピアという名前らしい女が顔を真っ赤にして怒鳴った。
すると、跪いているマイル伯の部下たちが、我慢できなかったみたいに、どっと笑い声をあげた。