【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「いや、話に聞いてはいたが、聞くと見るとでは大違いだ。素晴らしい美女揃いじゃないか」
準備した天幕の中に、イザベラとともにやってきたマイル伯は、天幕に入るなり、周りを見回しながら嬉しそうに言った。
イザベラと一緒に天幕に入ったのはシャーラとマーズであり、さらに元々いた三人の侍女たちがここにいる。三人の侍女たちは、事前に天幕に入っていて、中で準備をしていたのである。
本来であれば、参謀を命じたモーリア男爵も同席させる予定だったが、一緒にいさせると、また口喧嘩を始めそうな雰囲気だったので男爵には戻らせた。
マイル伯の言葉は、ここで待っていた三人の侍女たちを含めての女たちに対する軽口である。
「では、失礼します」
侍女たちは、イザベラとマイル伯の前に、お茶を置くと、ほぼ無表情で敷居の外に消えた。
「これでももてるんだがなあ。さっきから、俺の顔を見てもほぼ無視だな。顔を赤らめないし、褒めても迷惑そうだし……。こんな扱いはあまりないな。反応してくれたのは、陛下だけです」
「わたしも反応などせん──」
イザベラはぴしゃりと言った。
ほかのふたりは完全に、マイル伯を無視している。
マイル伯がお
まったく……。
なんという行儀の悪い男だ。
本当に伯爵か?
イザベラは呆れた。
一方で、ヴァージニアはいない。
ヴァージニアについては、マイル伯は“ピア”と呼んだ女将校とともに、兵糧などの補充の調整のために一緒に補給倉庫に向かている。
どうやら、彼女がマイル隊の補給担当の将校らしかった。
だが、なかなかに大騒ぎだった。
よくわからないが、このマイル伯は、ヴァージニアがすっかりと気に入ってしまったらしく、ヴァージニアとの調整であれば、自ら同行すると駄々を捏ねてきかなかったのだ。
飄々として掴みどころのない男であり、本気なのか、冗談なのか判断がつかない物言いをするが、それについては、マイル伯の本気だったらしい。
とにかく、ひと悶着だった。
なんという行儀の悪い男だろうと呆れて、放って戻ろうと思ったが、結局、そのピアが伯爵を怒鳴りつけて収まったため、とりあえず、予定の通り天幕に誘導した。
いずれにしても、型破りな人物といえるだろう。
とても貴族とは思えない。
世の中にはこんな男もいるのだと思った。
「気楽にせよという言葉は、貴公には無用だな、伯爵」
イザベラは、上座側の椅子に座りながら嘆息した。
「根っからの無調法者の未熟者です。大抵の相手は、それで怒らせてしまいますが、陛下が寛容で感謝します」
「そうであろうな。モーリアは見事に怒らせたからな。だが、わたしも特に、寛容な性質ではない。あのような失礼はせんことだ」
イザベラは言った。
「あのような失礼とは、なんでございましょうか?」
マイル伯が首を傾げた。
「わたしに向かって、片目を瞑ったであろう。あれだ」
イザベラの言葉に、マイル伯が声をあげて笑った。
しかし、その遠慮のない笑いに、イザベラはいささかむっとした。
すると、イザベラの不機嫌そうな表情に気がついたのか、マイル伯は慌てたように、笑うのをやめて表情を取り繕う。
「これは失礼しました。肝に銘じます。だが、私の評判はお聞き及びでしょう。よい女には見境く口説いてしまうのが悪い癖。ましてや、陛下がこれほどの美少女とは思いもしませんでした。しかも、妊婦特有の色香と背徳感といいますか……。それで、ついつい……。いやっ、とにかく、失礼しました。二度としません」
「ならばよい。ところで、さっき、貴公をディオと愛称で呼んでいた女将校は、そなたの愛人かなにかか? 随分と親しそうだった」
イザベラは。ちょっと気になっていたことを訊ねた。
事前にヴァージニアが教えてくれたのは、このマイル伯というのは、領主経営は順調ではあるものの、人使いが荒く、部下を奴隷のように
その内容と、さっきの印象が合わなかった。
“ディオ”というのは、“クラウディオ”の愛称だと思う。自分の部下にそう呼ばせている主人は滅多にいない。十人くらいの愛人がいるということだから、愛人なのかもしれいないが、ほかの将兵たちも、領主のマイル伯がやりこめられている状況に接するのは、珍しくもない感じでもあり、ピアという女将校がマイル伯を叱ったとき、どっと笑い声をあげていた。
あれは、どう見ても、普段こいつが厳しいことを部下たちに強要しているという雰囲気ではない。
だから、評判と実際のちぐはぐさに、多少の興味を抱いたのだ。
「愛人というか……、まあ調べられて、違うとわかったら、つまらないことで陛下の信頼を失うかもしれませんので、正直に言いましょう。あれは奴隷です。女にしておくのは惜しいほどに武芸があり、頭のいいので、兵站将校として使用しています。うちの場合は、奴隷あがりや、奴隷が多いかもしれませんね。扱き使っても文句は言わないし、給金は支払わなくてもいい。実に使いやすい道具です」
マイル伯は笑った。
イザベラは驚いてしまった。
「奴隷だと? 本当か?」
あれは、奴隷という感じでは断じてない。
そもそも、奴隷に“ディオ”などと愛称で呼ばせるなど、あり得ないだろう。
しかし、ふと、そういうこともあるのかと思った。
そういえば、あのロウは、奴隷として連れてきたらしいユイナに呼び捨てを許しているし、後ろに立っているマーズも闘奴隷とはいえ、奴隷身分だ。
いや、ロウはすでに、彼女たちを奴隷解放しているのだったか? 正確には奴隷ではないのか……。
いずれにしても、もしかして、女扱いがロウと似ているのか?
「間違いないですよ。毎日、鞭打って痛めつけてます。興味があれば、連れてきましょうか? うちのは紋章奴隷でしてね。あいつの下腹部には、奴隷の紋章をつけてやってます。裸に剥けば、全身には真新しい鞭痕なんかも見れますよ。つまりは、俺はそういう男なんですよ」
マイル伯がにやりと笑う。
「鞭?」
「ええ、鞭です。陛下のような高貴なお方には、よくわからない世界かもしれませんがね。奴隷というものは、そういう扱いを受けるものです」
「あっ、いや、そうでもないが……」
奴隷でなくても、鞭打つというのはよくあるものだと思う。
あのロウがそうだ。
イザベラは、あまりされたことはないが、ロウは調教として鞭打ちも頻繁に使う。
女体を裸にして拘束し、身体に掻痒剤を塗って放置し、その身体を鞭打ったりするのだ。
痒みが痛みで癒されるのは、なんともいえない快楽らしく、ロウの手管の前に、たくさんの女が痛みを快感に変える身体にされたみたいだ。
だめだ……。
おかしなことを想像すると、ちょっと変な気分になってくる。
イザベラは、慌てて頭の中の妄想を消した。
「おやおや……。もしかして、興味がおありですか? 良ければ、私がお相手を……」
すると、マイル伯がにやりと笑うのが見えた。
しかし、急に目の前に影が差す。
シャーラだ。
剣を抜いて、マイル伯の喉に突き付けている。
「うわっ、な、なにを……」
マイル伯がびっくりして身体を椅子の背もたれまでそらせる。
「陛下に対して、なんという物言いだ。不敬である──」
シャーラが剣をマイル伯を向けたまま言った。
「シャーラ殿、いまのはただの冗談だ。見ていてわかっただろう……」
マイル伯の顔から余裕のようなものが消滅して、顔色が変わっている。
それに対して、シャーラは無表情だ。
だが、むしろ怒りの表情よりも怖い。
「伯爵の冗談はまったく笑えないし、下品極まりない」
「もういい、やめよ、シャーラ──。剣を収めよ」
イザベラは言った。
「はい」
シャーラが剣を引く。
マイル伯が大袈裟な仕草で溜息をついた。
「おっかないねえ……、あっ、いえ、失礼しました、陛下……。とにかく、このような不出来者ですが、働きだけはきちんとこなします。どうか、忠誠を誓わせてください」
マイル伯が椅子から立ちあがり、その場に跪いて腰の剣を抜き、刃先を自分側に向けるようにして、イザベラに差し出す。
剣の誓いの姿勢である。
イザベラは剣を受け取り、首を垂れているマイル伯の肩をその剣の腹で軽く触れる。
これで忠誠を受けたという動作になる。
「忠誠を受けよう」
「はっ」
マイル伯がかしこまった感じで声をあげた。
随分と毛色の変わった男だが、なんだかんだといって、これがイザベラに直接忠誠を誓った最初の貴族ということになる。
つまりは、第一号だ。
これまで面談した領主の中で、剣の誓いをした者はいなかった。
もちろん、王太女時代のイザベラに、忠誠の誓いなどした者などない。
「いずれにしても、よく来てくれた。これからも、忠義を尽くしてくれ」
イザベラは剣を返してから、椅子には戻らず、会見の切りあげを促すために、立ったまま声をかける。
すると、マイル伯が慌てたように、跪いたまま懐から書状を取り出して差し出した。
「なんだ、それは?」
とりあえず、椅子に座り直した。
書状はシャーラが手を伸ばして受け取る。
マイル伯も再び椅子に腰かけた。
「実は、私が陛下に会うということがわかると、ある人物が私に会いに来て、それを託されました。陛下に直接に渡して欲しいと言って……」
そして、マイル伯が言った。
「渡された?」
つまりは、マイル伯からの書状ではないということか?
「あっ、この紋章は……」
すると、シャーラが横で困惑した声をあげたのが聞こえた。
イザベラがシャーラに視線を向けると、さっきマイル伯が渡した書状の裏書を見せてきた。
「フォックスか?」
そこにあった蜜蝋の紋章は、間違いなくフォックス家のものだ。
「元宰相閣下のフォックス卿から託されました。間違いなく、陛下に手渡しで渡して欲しいと言われました」
マイル伯が言った。
また、イザベラは、彼がフォックスのことを“元宰相”と呼んだことに気がついた。
どうやら、数日前にロウが王宮で、王都から逃亡した大貴族の免職と王都財産の没収の宣言をしたことは耳にしていたようだ。
それを踏まえての呼び方だろう。
「貴公がフォックスに直接に会ったのか?」
「ほかに十名ほどの上位貴族の皆様と……」
「どんな話をした?」
「それを渡して欲しいと告げられたのみです。それと、私は中身を知りません。私は単なる伝書鳩なんです」
マイル伯が白い歯を見せた。
イザベラは肩をすくめた。
「まあよい。開いて、中を改めてみよ、シャーラ」
イザベラはシャーラに言った。
シャーラは、指先に魔道をかけて書状を開封する。
そして、中に入っていた厚い紙を出した。手紙のようなものも入っているみたいだが、手のひらほどの大きさのその厚紙は、「銀録画」みたいだ。
銀録画というのは、魔道を使った念写であり、魔道遣いが眼で見た光景をそのまま、画像として特別な紙に写し込むという魔道技術だ。
かなりの高位魔道であるだけでなく、念写を写す厚紙が相当の高額である。
そのため、一般世間にはほとんど普及してない。
銀録画と呼ばれるのは、その特別な記録紙の材料の一部に銀箔が使用されているかららしい。
「なっ、これは──」
すると、その銀録画の念写の画像を確かめたシャーラが驚いたような声をあげた。