【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
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「くそう──」
宿泊場所にしている空き家に到着するなり、フォックスは悪態をついて、床を足で何度も踏み鳴らした。
口惜しい──。
口惜しい──。
口惜しくて堪らない──。
奴隷に媚びを売るしか能のない無能者の臆病者のくせに、このフォックスに暴力を振るうとはなんというやつだろう。
とりあえず戻ってきたが、すぐに報復を開始するつもりだ。
「マイル領について、徹底的に調べあげる。完全に潰してやる。この俺の影響力を甘くみるな──」
フォックスは、ソファに倒れ込むように座りながら吐き捨てた。
とにかく、貴族というものは舐められたら終わりなのだ。早速、手を回して、マイル家と取引きのある領主には、すぐに取引きを中止させる。
マイル家の産物は購入せず、マイル領から輸送する貨物馬車には、全部に高い通行料を貸す。どの領土でもだ。
あのマイル家の周りは、ほぼ王家が保有している代官領主ばかりだが、実際的には独立した領主と同じだ。本当は王家の許可がいる関税についても、勝手にやらせればいい。
名目はどうにでもなる。
とにかく、フォックスは怒り心頭に達していた。
「お前たちは、全員、外におれ──。奴隷ごときに無様にやられおって。顔も見たくない──」
空き家に入ってきた護衛たちに怒鳴った。
この空き家は、フォックスたちが滞在するために、貸切っている三軒繋がりの庶民の家だ。
この界隈の宿屋や街屋敷は、リンが占拠している外郭砦の内側にしかないので、こちら側には、農村程度の集落しか存在しない。フォックスたちは、その里の中にある適当な家の住民に金を与えて追い出して強引に空き家にして、そこを拠点としていた。
いま、フォックスがいるのは、三軒繋がりの真ん中であり、右隣を同行しているコサク伯とベンガル伯たち、左隣をフォックス家の家人たちに使わせていた。護衛たちは十五人ほどだか、そいつらは警護を兼ねて外で寝泊まりをしている。
追い出したのは、マイル伯の陣地に同行した七人ほどの護衛のうち、天幕内でマイル伯の奴隷にのされたふたりだ。
そもそも、こいつらが簡単にやられたから、マイル伯ごときに恥をさらさなければならなかったのだ。
直ちに罷免したいところだが、連れて行った七人を一度に追い出せば、フォックスの警護が不足する。だから、部屋から追い出すだけで留めた。
護衛たちが一礼をして、部屋から出ていく。
「なにか、あったのですか?」
入口で出迎え、ここまで同行してきた家令が訊ねた。
身の回りの世話をする者として、十人ほどの家人が同行しているが、それを束ねる男だ。
フォックスがマイル隊の陣地に向かったのは承知しているだろうが、土で汚れたぼろぼろの格好で戻ったので、唖然としている。
また、出迎えは家令だけだ。
ほかの者は、呼ばなければ、部屋には入って来ない。そういう躾にしているのだ。
「後で言う」
マイル家に報復となれば、家人たちに動いてもらうこともあるので、説明しないわけにはいかないが、いまは言いたくない。
「わかりました。では、お着替えを……」
「いや、まず、酒だ。酒を持ってこい。いや、待て……」
酒の一杯もひっかけないとやってられないと思ったが、よく考えれば、同行していたベンガル伯に、すぐにイザベラとの面談を整えるようにと、女王の陣に使いを出したのだった。
酔って、女王に会うわけにはいかないか……。
「いや、やはり、持ってこい。コサク伯の分もな」
一杯くらいどうということもないだろう。
どうせ、相手は小娘だ。
また、コサク伯というのは、横に座っていて、フォックスとともに戻ってきた今回の同行者だ。
あのとき、思い切りマイル伯に腹を膝蹴りされて、いまでも苦しそうに腹を抑えている。
「かしこまりました。それと、王都からの報告書が先ほど届きました」
「ああ?」
フォックスは顔を家令に向けた。
ルードルフ王の暴政が始まるとともに、いち早く逃亡してきた王都だが、情報をとるために、多くの諜報役を潜入させている。王宮内にもだ。
変化があるたびに、フォックスがいる場所に届くように手配しているのだが、この数日は毎日届いている。
今日の分が到着したということか。
「持ってこい」
ちょっと迷ったが、フォックスは頷いた。
家令が一礼をして離れようとする。
「酒も忘れるな」
「かしこまりました」
家令がさがっていく。
「大丈夫か?」
フォックスは、コサク伯に訊ねた。コサク伯は、まだしかめっ面で腹を抱えている。
「は、はい……」
「と、とにかく、このままでは済まさんぞ」
「もちろんです。手を回して商売で締めつければ、いずれ借金をせざるを得なくなります。そのときに、こっちの息のかかっている金貸しを送り込みましょう。あいつが我に返ったときには、返すことが不可能な膨大な借金ができあがるという図式です」
どうやら、コサク伯も同じようなことを考えていたようだ。
フォックスはほくそ笑んだ。
「そうなってしまえば、腐っても貴族。まさか、領民よりも己の財産が大事とはいくまい。大切な財産を手放すしかないな」
フォックスは言った。
マイル伯の財産といえば、数多くいる奴隷だ。そもそも、あの男の地位程度で、二十人もの奴隷など分不相応なのだ。
「売り飛ばした奴隷を買い取り、あいつの前で徹底的に凌辱してやりましょう。いまから愉しみです」
「そうだな」
これについては問題なく首尾が進むだろう。所詮は弱小の代官領主なのだ。
ならば、大きな課題は、王家のことか。
すると、さっきの家令が戻ってきた。
若い侍女が一緒だ。
テーブルの上に侍女が酒が置き、家令は盆に載せた書状をフォックスの前に差し出してきた。
家令と侍女はさがらせた。
フォックスは、報告書を一読して、舌打ちした。
「あの冒険者あがりは、好き放題にやっておるようだ。ロウは、ラスカリーナという近衛の将校を王軍の暫定司令官に任命したようだ。独裁官権限だと言ってな」
フォックスは侍女が置いていった琥珀色の酒を口にした。
「ラスカリーナ? ちょっと記憶にないですね」
コサク伯は首を傾げている。
「当然だな。将軍級に格上げしたようだが、近衛の連隊長だ。おそらく、自分の新しい愛人をしたのだろう。あんな冒険者上がりの賤民が王宮を好き勝手しておるのかと思うと、怒りではらわたが煮えかえる。なにが、独裁官だ──」
フォックスは悪態をついた。
独裁官などという役職は聞いたことなどないが、ロウは王宮に乗り込み、大会議という貴族会議を急遽招集して、ルードルフ王に自らの退位とともに、自分の独裁官就任を宣言させたという。
独裁官というのは、臨時役職であるが、宰相と王軍総司令官を兼務する任務らしく、形式上だけのことではあるが、フォックスよりも格上の地位になるのだそうだ。
しかも、その大会議で、ロウはフォックスをはじめ、主立つ大貴族の役職を罷免しているので、実際には、フォックスはすでに宰相の任務を解かれたかたちになる。
無論、そんなことは許されるわけもないので、同じように罷免された貴族たちと結託して、王家に抗議をしようと企てているが、いまのところ、あまり大きな動きにはならない。
王都については、気味の悪いくらいに、落ち着きを取り戻してきているし、役職を罷免された高位貴族たちも、領地は安堵されたので、それで満足しようと諦めている者も多いのだ。
それでも、ある程度の人数は集まってきたが、フォックスにつかず、煮え切らない態度の数多くの高位貴族には、フォックスも苛々が溜まっている。
「近衛連隊長? ああ、それならわかりました。あの豚女のことですね」
すると、コサク伯が言った。
コサク伯には、ラスカリーナという名に覚えがあったみたいだ。ただ、フォックスの記憶にはない。将軍でもない連隊長格の女将校の名前など、記憶に残るはずもないが、“豚女”だと?
「太っておるのか?」
「ぶくぶくとみっともなく。まあ、成り上がり者なら、お似合いかと」
「相変わらず見境のない男だな。女ならなんでもか。まあ、その情報もまた、小娘には入れておくか。ともあれ、ロウと小娘にくさびを入れることには成功したようだから、早晩、ふたりの関係が悪化することは確実だろう。問題は、それをどんなふうに転がすかだな」
「ロウには、エルフ女王という後ろ盾がありますしね」
コサク伯が言った。
「英雄公か……」
フォックスは再び舌打ちした。
王宮で行われているロウの専横を認めようという動きがあるのは、そのエルフ王家の後ろ盾があるからだ。
フォックスが掴んでいる情報では、驚くことに、エルフ女王のガドニエルは、ロウという「夫」をイザベラと分け合うことに同意しているという。
つまりは、イザベラは、ロウという夫を通じて、あのエルフ女王と並び立つことになるということだ。
これは大きい。このハロンドール王国は、かつてない程に、ナタル森林のエルフ女王国と緊密に結びつくことだろう。人でも、魔道でも、魔石でも、どんどんと相互流出入は進むはずだ。
エルフ女王国は、すでに王都内に公使館の場所を探しているという。伝え聞くところによれば、ルードルフ王が混沌の最中に王都内に建設させて、愛人にしたテレーズ=ラポルタに贈ろうとした二棟の屋敷のうちの一棟が最有力候補らしい。
いずれにしても、それもこれも、ロウという男ありきの話だ。
一介の冒険者上がりのロウだが、あのエルフ王家がついているという一点だけで、いまや、人物としてかなりの価値があることは確かではある。
女王イザベラにしても、色恋を抜きにしても、ロウを王配にするということは、エルフ族王家の後ろ盾を得られるということにもなり、あの王国内に味方の少ない小娘としては、冒険者上がりの賤民といえども、王家に迎える大きな価値がある。
おそらく、王妃アネルザは、ロウとイザベラの婚姻を進めようとするだろう。
現段階においては、ロウにそれだけの価値があるのは、認めざるを得ない。
多くの貴族たちが、ロウ=ボルグの台頭に反対の声を大きくあげないのは、王国の立て直しに、エルフ王家との緊密な関係が不可欠だと考えているからだと思う。
だが、それはフォックスとしては、面白い未来ではない。
エルフ王家を後ろ盾としたロウ、そして、イザベラという新たな権力構造の中では、フォックスたちの居場所はない。
それをどうやって、ひっくり返すかだ。
ロウの持っているエルフ王家への影響力は必要だ──。
そして、おそらく成立するであろう、ハロンドール王国とエルフ王家の同盟は、そのロウとエルフ族女王のガドニエルのあいだの個人的な恋愛感情から成り立っている。
ロウとガドニエル女王が離れれば、間違いなく、これから始まろうとしている両国の蜜月は破綻する。それについては、フォックスとしても困る。
かといって、ロウに権力を持たせるというのは、許されることではない。
「ロウは必要だ。だが、腑抜けにする。そして、操る……。小娘については、こちらに取り込み、ロウには名目だけの栄誉職を与えておくというのが筋書きか……」
フォックスは呟いた。
「なにかおっしゃいましたか?」
コサク伯がフォックスを見る。
「貴族世界の怖さというものを教えてやるか」
フォックスはにやりと微笑んだ。
「……と言いますと?」
「ロウという男は調査する限り、随分と女を大切にするようだ。そして、女を利用する。あれのところに、力のある女がなぜか集まることは否定できないが、それは、ロウ自身に弱みでもあるな」
フォックスは言った。
「どうするのですか?」
「警告だ」
とりあえず、それだけを言った。
ここで口に出すことじゃない。
それはともかく、問題はフォックスが権力の場から離される状況であることだ。いや、いまのところ、あのロウはどうやら、政権運営を大貴族たちから切り離して、階級のない平民や中小貴族たちを中心に動かそうとしている気配である。
なにしろ、まだ数日だけで読めないところがあるものの、ルードルフ王の暴政のあいだに、王宮から逃げずに残った中小貴族は、ほとんどがそのまま登用されているし、新しく入れる者は、階級関係なく、平民からでも選定しているようであることから、それが類推される。
そもそも、ロウ自体が、高貴な血が一滴も流れていない賤民の流民なのだ。
このままでは、卑しき者たちによって、王国が乗っ取られてしまう。
かつてない危機に、王国は直面しているのである。
だから、こういうときこそ、貴族は一致団結しなければならないのに、いまのところ、そこまでまとめることができない。
なんとか、フォックスの基盤に近い中央部の貴族は抑えたが、もともと代官貴族が多く、実質的な領主とはいえ、宮廷の思惑ひとつで罷免される立場だけに、積極的に王宮に逆らおうという気概はあまりない。
フォックスの説く、貴族階級の危機にも懐疑的だ。
むしろ、エルフ国との同盟によりもたらされるであろう利益にあずかろうと、すり寄ろうとする者までいる。
あんな成り上がりの専横に恭順しようするとは、まったく貴族の誇りを忘れた情けない連中だ。
「数を集めないとなあ。まだ、足りん。小娘が王位を継ぐのは認めざるを得ないだろうが、周りについては、我ら古参貴族で固めねばならんのだ。そのためには、数が必要だ」
フォックスは言った。
だが、実際には多数派工作はうまくいっていない。
貴族階級として大きくまとまるためには、しっかりとした領土基盤を持つ領主貴族が集まっている「辺境侯域」とも通称されるに北西部か、あるいは、かつてキシダインが基盤にした南部地区を抑える必要がある。
そのうち、北西部は、もともと王家に叛旗を掲げたこともあるから、簡単に取り込めるのかと思ったが、マルエダ辺境侯に代わって、あの地域の盟主のような立場になったリィナ=ワイズ女伯爵は、すでに独裁官就任を歓迎するメッセージを発しており、フォックスがひそかに送った使者など、王国への謀反人として捕えようとしたくらいだった。
「ならば、南部なのだが……」
賊徒集団が暴れまわった影響もある南部は、急速な民心の離反があって、そのせいで、どの領主も自領の秩序回復で精一杯の状況だ。キシダイン失脚以降、どの南部地区の領主も厳しい財政事情に陥っていたのだが、それを領民に重税を課すことで補っていて、それがクロイツ侯領で農民反乱が勃発したことで波及したのである。
いまは、治安の立て直しが急務のようだ。
だから、自分の領土のことでいっぱいいっぱいで、王都への関心が低くて、フォックスの呼びかけにも反応はあまりない。
「エルザ王女殿の手腕次第ですね。殿下が失敗すれば、あそこはすぐに反王家で固められます」
コサク伯が言った。
フォックスは頷く。
南部地区の立て直しについては、タリオ公国から出戻りで帰ってきたエルザ王女が「南方総督」という立場で総括することになった。
その総督というのも、フォックスの知らぬところで決定していて不満なのだが、つけ入る隙があるとすれば、それがうまくいかなくなったときだろう。
世間知らずの王女に、現実の地方政治の統括ができるとは思わないので、だんだんと粗が見えてきた段階で、南部の連中を取り込むしかないのかもしれない。
だが、時間がかかる……。
「なんとかかき回す材料が見つかればなあ……。そういえば、ラポルタ領はエルザ総督の直轄ということで、王家の取りあげだ。これによく思わない不満分子は集められんか?」
テレーズ=ラポルタ女伯爵は、ルードルフ王の女官として入り、あの王を暴王に仕立て上げた張本人として、天下の悪女の評判となったが、王宮の混沌の中でルードルフ王に処刑されていたらしく、三日前に死骸が発見されたという連絡が、昨日の報告書で届いていた。
寵姫だったサキの死体と一緒にだ。
ふたりの悪女の首は、王都広場に晒されているという。
そして、そのテレーズ=ラポルタ女伯爵の領土は、そのまま王家が召し上げになった。
これに不満を持つ、あるいは、なんらかの興味を持つ南部貴族はいないのかと思ったのだ。
いれば、それを糸口に、フォックス派に取り込めるかもしれない。
「残念ながら。あのラポルタ領はもともと借金まみれでして……。それを欲しいと思う領主は……」
コサク伯は首を横に振った。
だめか……。
フォックスは、テーブルの酒に手を伸ばした。
そのときだった。
建物内に急に喧噪が起こったのだ。
入口側が妙に慌ただしい。
大きな声も聞こえる。
どうしたのだろう?
フォックスは、呼び鈴を鳴らして、家令を呼ぼうとした。
すると、扉が勢いよく外側から開かれた。
女兵たちがなだれ込んでくる。
エルフ族の兵か──?
「な、なんだ、お前たちは──」
フォックスはびっくりして、怒鳴った。
「うわっ」
コサク伯も仰天して立ちあがっている。
室内は、あっという間に十人以上のエルフ族の女兵に占拠されてしまった。
「お、お待ちください、独裁官様──。お取次ぎしますので──」
廊下側で家令の悲鳴混じりの声がする。
独裁官──?
フォックスは耳を疑った。
「無用だ。もう入った」
入ってきたのは、ロウ=ボルグ──。独裁官を僭称している冒険者上がりだ。
しかし、どうしてここに?
フォックスは唖然とした。
「フォックス卿、こんな夜に女王陛下と面会希望だと、お前の使者と名乗る伯爵が伝えに来たが、事前の約束もなしにか──? まあ、失礼千万な伝言だが、こっちから来てやった。話は独裁官の俺が代わりに聞いてやる。さっさと要件を言え──」
ロウが尊大な態度で空いているソファにどっかりと座った。
その周りを同行してきた女たちが囲む。ええっと、調べさせたので、ロウの愛人の名はある程度は承知しているが、エリカ、コゼ、女騎士のシャングリア、闘奴あがりのマーズ、見知らぬ獣人少女もいる。
それに加えて、最初に入り込んできたエルフ女兵の一隊だ。
だが、これは、どういう状況なのだ?
フォックスは呆気にとられた。