【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
912 悪女たちの密談
「ロウ様と女王陛下たちの帰国パレードは見てきたよ。立派なものだったさ。大勢の王都の市民が見物して歓声をあげてたよ」
執務室で報告書を読んでいると、ひとりきりのはずの部屋で不意に女の声がしてケイラは驚いて顔をあげた。
「ああ?」
「でも、パレードの二台目の馬車には、ケイラ=ハイエルというナタル森林国の新しい公使が乗っていたけど、あたしの知っているケイラ=ハイエルとは似ても似つかない顔でびっくりしたさ」
だが、声の主の姿はない。
「もしかして、ノルズかい?」
お兄ちゃんの女のひとりであり、タリオへの二重間者のようなことをやっているノルズとは、水晶宮で二度ほど会ったことがある。
だから、声だけは記憶にあった。
まあ、やり取りはかなり頻繁ではあるが……。
「まあね」
今度は背中から声がした。
振り返ると、ケイラの背後にノルズが立っていた。
ケイラは肩を竦めた。
「驚いたわねえ。ありとあらゆる侵入者除けの仕掛けがあって、移動術のような魔道も通用しないように処置してあったはずなんだけどねえ」
「魔道でなんか侵入しないさ。堂々と屋根裏から侵入したよ。わざわざの呼び出しだ。もしかして、あたしの腕を試しているのかと思ってね」
「試したつもりはないわよ。連絡をくれれば、門番には通すように告げていたわ。今度からは、表から入っておいで。まさか、お兄ちゃんの愛人を屋敷に仕掛けている罠で殺させるわけにはいかないわ」
「気遣い無用さ。このくらいの罠なら問題なく入れる。それで、王都への女王の凱旋パレードでナタル国の太守の名を名乗っていたエルフ女は偽者? もしかして、彼女もロウ様の女? それなりに美人だったけど」
「いや、お兄ちゃんの精は受けてはいないわ。ただ、お兄ちゃんも了承しているし、お兄ちゃんの周りにいる恋人たちも承知だわ。わたしの手の者よ]
ケイラは立ちあがって、部屋にあるソファにノルズを促した。
ノルズは、ケイラが示すまま、ソファのひとつに腰をおろす。
「ところで、お茶でいいかしら? お茶受け菓子までともなると、あんたがここにいる説明をしにくいから我慢して欲しいんだけど、どうしてもと言われれば準備するわよ」
「なにもいらないよ」
「あっ、そう。ところで、お兄ちゃんたちの凱旋パレードはどうだった? 盛況だったんでしょうねえ」
「まあね。女王様たちも色っぽくってね。それよりも、用件を聞かせておくれ。世間話をするために、わざわざ密使をあたしのところに送り付けたわけじゃないんだろう?」
ノルズが不機嫌そうに言った。
いつ会っても傍若無人なこの女だが、それに見合う実力もある。ケイラはそれも気に入っている。
ケイラは、苦笑しつつ、ノルズと向かい合うソファに腰をおろした。
ここは、ハロンドール王国の王都に隣接するマイムという都市だ。
副王都とも呼ばれていて、王都ハロルドとは徒歩一日くらいの距離であり、王都並みに人も多く賑やかだ。
ルードルフ王が捕縛され、ここの国の国王がイザベラに替わり、お兄ちゃんが独裁官として実質的な権力を握るにあたり、ケイラ=ハイエルは王都に公使館を構えるナタル森林王国の公使という立場になったが、表向きの公使は手の者を影武者として使い、ケイラ自身は、この王都に近いマイムの城郭に拠点を構えることに決めた。
エルフ国の王族の長老として名は売れているが、顔はほとんどの者は知らない。裏側の仕事についても、この百年くらいは離れていた。
だから、ケイラと顔が違っていても問題はないのだ。
もちろん、替玉を使うのは、お兄ちゃんの許可を受けている。
また、ケイラがいるのは、マイムの城郭の中心部であり、大きな敷地内に建物が三棟と蔵が四つと広大な庭を持つ大商人の商家の屋敷だ。
使用人は三十人いて、ほとんどが人間族だが全員がケイラの手の者である。
そして、ケイラはここの商人の主人に新しく雇われたエルフ族の女ということになっていて、これからナタル国との商売が拡大することを見越して、主人が雇ったということになっている。
立場は五人ほどいる執事の五番目だ。
屋敷の主人は、王都にも商会を構えており、あまり、このマイムの屋敷には戻ってこない。いまは、ナタル森林国のエランド・シティにも出店を考えていて、そっちにも行くことが多く、この屋敷には滅多に戻ってこないということになるだろう。
もっとも、そうなっているだけで、実際にはつい最近、そいつは死んでいて、もう生きてない。
さらに、この屋敷は、外観はどこにでもある分限者の屋敷だが、要塞並みに厳重にしている。
それをあっさりと侵入してしまうのだから、ノルズというのは大したものなのだろう。
ケイラは引退状態だったから関与してなかったが、話によれば、この女はまだパリスという魔族が乗っ取る前のイムドリスへの潜入もしたことがあるというのだから、間者としての実力が間違いないのはわかっているが……。
まあ、さすがは、お兄ちゃんの女のひとりというところだろう。
もともとは、パリスの部下だったのだが、お兄ちゃんに命を救われて、その恩を返すために、お兄ちゃんの敵になりかけていたタリオ公国の間者として潜り込み、いまは、タリオに間者の地位をそのままにしながら、有益なタリオの情報をこちら側に流すということをしている。
つまりは、二重間者だ。
この際、ノルズが情報を送る相手は、お兄ちゃんに直接ではなく、ケイラに送ってくる。
示し合わせたわけではなく、ノルズは教えもしてないのに、ケイラがお兄ちゃんのための諜報役のようなことを始めたのを見抜いていて、一方的にタリオの情報を送りつけるようになったのだ。
ノルズへの連絡の取り方を知らせたのも、彼女側からだ。
今回は、それを使って、このマイムまでノルズを呼び出した。
本人には、重要案件だと伝えていた。
素直にやってくるかどうかわからなかったが、意外にすぐにやって来たのは驚きである。
「要件はあるわ。お兄ちゃんからの手紙を預かっているわ。これよ」
ケイラは、執務のための机からソファに移動するときに持ってきた一通の封書を取り出した。
表にはなにも書かれていないが、お兄ちゃんがこのハロンドール王国で保有するボルグ子爵の家紋の一部である二匹の蛇の図柄が封蝋に使われている。
独裁官にもなったお兄ちゃんは、おそらく数日中に大公の地位を得るはずだが、そのときには、“ボルグ”の姓をそのまま大公としての姓にも使うと言っていた。
それはともかく、その封書を出して示す。
「ロ、ロウ様からの手紙──? なんで、それをすぐに言わないんだい──」
ノルズのふてぶてしい態度が一変して、顔を真っ赤にしてその場に立ちあがった。
突然の行動に、ケイラは面食らったが、とりあえず封書を手渡す。
ノルズは、それを両手で受け取り、いきなり自分の胸にかき抱くようにしたかと思うと、目を閉じて恍惚の表情を浮かべた。
ケイラは呆気にとられた。
「はああ……。ロウ様からの手紙……。はあああ……」
目を閉じたまま、幸せそうな笑みを浮かべて、ノルズは何度も大きな息を吐く。
相変わらず、お兄ちゃんのこととなると、正体を失う女だ……。
ケイラはくすりと笑った。
「読まないの?」
「読むよ──。だけど、ちょっと放っておいておくれ。あたしは、ロウ様から手紙をもらったという事実に感激してるんだから……。酔いを味わってるんだ」
「まさか、恋文のたぐいとか間違ってないわよねえ。指示書よ。業務指示」
「あ、あ、あったりまえだよ──。ロウ様があたしなんかに、こ、こ、恋文なんて、あ、あり得ないだろう──。そ、そんなことされたら、心臓がとまっちまう。冗談でもそんなこと言うんじゃないよ──」
ノルズがさらに顔を真っ赤にして怒鳴った。
さっきのふてぶてしい姿とは、まるで別人だ。
本当に、この女は面白い。
ノルズが慎重そうに封書の封を切り、中に入っていた手紙に目を通す。
そこに書いていることはケイラも知っている。それを託されるときに、お兄ちゃんから教えてもらっていたのだ。
「あんたに従って、仕事を覚えろと書いてあったけど? いずれは、あたしに役目を与えるとある。詳しいことは、あんたに訊けって。どういうこと?」
ノルズが怪訝そうにケイラを睨んだ。
まったく、お兄ちゃんに対する態度と、それ以外の者に対する態度が違う。まあ、ケイラにとっては、好感が持てることだが……。
「お兄ちゃんは、あんたに、この王国に属する諜報組織を作って欲しいと考えているわ。タリオにあるような諜報組織よ。あんたは、その最初の長になる。まあ、しばらくあたしにつきなさい。一年後くらいを目指すわよ。そのあいだに、あらゆることを教えるわ」
ケイラは言った。
「教える? ふっ──。あんたに教わることがあるのかねえ? あたしはこれでも一流の間者だよ」
ノルズがソファに座り直しながら鼻で笑った。
一方で、いまだに両手でお兄ちゃんからの手紙をまるで宝物のように胸に抱いている。
「あんたが学ぶのは、間者としての能力じゃない。組織の長としての腕よ。あんたは一匹狼の間者──。だけど、お兄ちゃんが望んでいるのは、国の組織としての諜報組織作りよ」
「使っている手の者はいるよ」
「金で雇って手伝わせている者でしょう? そうじゃなくて、あんたのような諜報員を使う役割よ。あんたがやるんじゃなく」
「ふん──。まあいい。続きを話しな」
「わたしが集めている人間族の諜報員が大勢いるわ。それをあんたが、引き継ぐのよ。一年で体制を作るわ。簡単にできると思わないことね。だけど、やらないとならない。失敗すれば、お兄ちゃんに迷惑がかかる」
「ロウ様に?」
「ええ。情報こそ、これからのお兄ちゃんを守る盾であり、武器になるわ。だから、失敗は許さない。それに見合うものを短期間で作りあげる。とにかく、わたしから学べることは学びなさい」
ケイラは言った。
「あたしは、タリオから情報を送るという仕事があるんだけどねえ」
「ほかの者に代わりなさい。タリオの間者としてのノルズは、適当な工作をして殺せばいいわ。これからは、あんたは、わたしの部下よ。少なくとも、まともな諜報組織をここに作りあげるまではね」
「ちっ、わかったよ。ロウ様のご命令だ。あんたの尻を舐めろというなら、尻でも舐める。その代わり、あんたの持つ諜報組織の長としての知識や技術を教え込んでおくれ」
ノルズは面白くなさそうに舌打ちしながら言った。
ケイラは微笑んだ。
「任せなさい。それと最初に言っておくけど、あんたの作る組織は、この国のイザベラ女王に仕えない。表向きにはこの国に、国が動かす大々的な諜報組織など存在しない。これまでもそうだし、将来もよ。諜報組織は、独裁官であるお兄ちゃんに直属するわ。しばらくは、わたしを通じて、お兄ちゃんの指示を受けて動くけど、組織が立ちあがれば、任務はお兄ちゃんが与えるわ」
「ロ、ロウ様が直接──? ひいいっ」
なにがそうさせたのかわからないが、ノルズが突然に感極まったような感じになり、声も裏返った。
二重人格──?
ケイラは笑ってしまった。
「もうひとつ言っておくわ。この仕事は非道よ。お兄ちゃんは綺麗事だけを言うタイプじゃないけど、あの女王様は清廉潔白で、そういう組織があるというだけで、嫌がるかもしれない。だから、お兄ちゃんは自分に直属にさせる予定なのよ」
「まったく問題ないね。あたしは、イザベラとかいう女王はどうでもいい。ロウ様のためだから命を張るんだ」
「あんたはそうでしょうね。でも、あんたはともかく、あんたの部下も功績は報われない。国のためという大義名分があっても、その仕事に光が当たることはないわ。むしろ、憎まれる。少なくとも女王様からはね……。もしかしたら、お兄ちゃんも嫌悪するかも……。それに耐えられる?」
「あたしを誰だと思ってるんだい──。見くびんじゃないよ──。あたしの命は、ロウ様のもの──。それがロウ様を守ることになるなら、憎まれようが嫌われようが本望さ──。あたしはそのために生きてんだ」
「お兄ちゃんに愛されなくなっても?」
「愛なんて求めてない──。端からどうでもいい──。愛はあたしが持っている。求めてなんかいるものか──。愛されたいから愛してんじゃない。ただ、一方的に愛したいだけだ」
ノルズが怒鳴りあげた。
ケイラはにっこりと微笑んだ。
「いいわね。やっぱり、あんたは思ったとおりの人材よ。実はお兄ちゃんにあんたを推薦したのはわたしなの」
「ああ?」
「お兄ちゃんに愛されなくても、愛することができる女。汚い仕事のできる女。お兄ちゃんのために、お兄ちゃんに嫌われる覚悟のできる者……。あんたは、そういう存在になるのよ」
ケイラは言った。