【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
926 退廃と背徳の女王
現れた女は息呑むほど美しかった。
そして、
決して、扇情的な仕草を見せたわけではい。
ただ、会談の場所に現れたアーサーに対して、立ちあがって随行の者とともに静かに頭をさげただけである。
しかし、頭をさげることで、大きく開いた襟元から覗いている豊満な乳房の谷間がアーサーの視界にまともに飛び込んでくることになったし、片側の脚の太腿から足首まで露わになっている深いスリットから見える見事な脚の曲線美はどうだろう。
加えて、腰の部分の衣装の布の下の尻は、全体がかたちよく吊り上がり、包んでいる装束を窮屈そうに張り切らせている。
思わず、嘆息してしまうような悩ましい肢体だと感じた。
これが、大陸一、淫靡だと称されているデセオ公国の女大公のイザヤか……。
アーサーは、内心で舌を巻いていた。
噂以上の美しさだ。
年齢は四十だというが、まったくそんな年増には見えない。
「お初にお目にかかります、タリオ公国大公陛下アーサー=ブリテン殿。デセオ公国大公イザヤであります。よしなに」
イザヤが顔をあげて優美に微笑んだ。
笑顔も素晴らしい。
アーサーは、すっかりと見惚れてしまった。
だが、もちろん、心の中に浮かんだ動揺は隠す。
魔道や武器を交わすわけではないが、これは戦なのだ。
アーサーは気を引き締めた。
「アーサーだ」
ひと言だけ発して、準備されている椅子に座る。
アーサーとイザヤの会談のための椅子は、やや斜めに向かい合うように置かれているが、アーサー側の椅子は、一段高い台の上に乗っていて、イザヤを少し見下ろすようになっている。
背後には、タリオ公国とローム帝国の旗が壁に掲げられているが、デセオ公国のものはない。
さらに、この会談の場所には、タリオ軍の兵がびっしりと武器を持って立っていた。
これに対して、デセオ公国のイザヤには護衛はおらず、随行の五人ほどの男女がイザヤの後ろに立っているだけだ。
明らかに、格下の扱いなのだが、イザヤは気にする様子もない。
笑みを浮かべたまま、アーサーを見つめて、アーサーの言葉を待つ姿勢を保持している。
アーサーは、イザヤの殊勝な態度に満足した。
「かけたまえ、大公」
「ありがとうございます」
イザヤが椅子に座る。
その仕草までどことなく艶やかだ。
ドレスの脚の横の切れ込みは、ほとんど腰の括れくらいまであるのだが、座ったときに布がずれて、完全に片脚が露出している。
だが、下着のようなものは見えない。
もしかして、身につけていないのだろうか。
そんなことも、ふと思う。
「まずは、このたびの戦勝のお祝いでございます」
イザヤが後ろの随行者に合図をする。
盆に載せた目録がアーサーの前に運ばれる。
目を通すと、なかかなの品物がそこに書き並べられていた。
カロリック公国──いまは、タリオ公国が併合したので、正確には、タリオ領カロリック地方ということになるが──西部のデセオ公国との境界に接する城塞である。
この場所で、タリオ大公アーサーと、デセオ公国の女大公のイザヤの初めての会談が行われることになったのだ。
もっとも、この城塞から西側以降がすぐにデセオ公国ということになるわけでなく、カロリックとデセオのあいだには、急峻な山岳が存在しており、陸路でデセオに向かうためには、この山岳を踏破して山脈の向こう側に到達する必要がある。しかも、山岳にはデセオ側に築いた山岳要塞があり、自然の要害は要塞を通過する以外の人の行き来を完全に阻んでいた。
つまりは、デセオ公国は、ローム三公国に数えられながらも、地形的にほかの二公国と完全に分離しているのである。
従って、歴史的にも、デセオはほぼ独立国といってよく、デセオがローム三公国に数えられるのは、デセオ自身が独立を望まず、宗主国にひたすらに従順であるからだ。デセオからすれば、もともと、交易でも人の流通でも、急峻な山岳が存在するために、ほかの二公国との関係が薄く、おそらく、独立を称しても困ることはないだろう。それを阻止するために、山岳を越えて軍隊を派遣するなど無意味だ。降伏をさせ侵略する軍が退けば、デセオの民は征服のために常駐する他国の軍人を吸収し同化させ、すぐにデセオの退廃にのみ込んでしまう。
実際、ローム帝国とデセオは、そんな歴史の繰り返しだった。
しかも、デセオは自分たちが独立国であることを望んでいない。
デセオの特殊な文化を認める限り、デセオは従順な属国であることを認めるのだ。
この国はそういう国なのだ。
しかも、デセオの持つ特殊な文化──。
それは、あまりにも、ほかの国の常識とはかけ離れている。
これもまた、ほかの地方とは地形的に隔離されているという状況が、ほかの地域との独立性を保持することを手伝い、極めて変わった風習を保持することになったのだ。
退廃と背徳の土地──。
あるいは、肉欲の国──。
それが、デセオ国の別称だ。
性欲に開放的な文化を所有し、武芸や魔道力よりも性技の巧みさが尊ばれる。国も最も名誉ある職業が娼婦と男娼であり、性技に卓越した選ばれる者しか娼婦などにはなれないという。
王侯貴族の権威など、高級娼婦・男娼に比べれば小さなものであり、実際、このイザヤそのものが、もともとは公営娼館の第一位の娼婦なのだ。
それを認められて、前大公が養女とし、いまはその娼婦が女大公となった。
これがまかり通り、誰もが当然として受け入れてしまう──。
それが、デセオ公国なのだ。
「結構なものだ。デセオは、なかなかに金満なのだな。素晴らしいものばかりだ」
「いえいえ、精一杯の見栄でございますよ。偉大なるタリオ大公閣下に贈るものですから、失礼があってはならないと部下たちが頑張りました。お気に召して頂ければ、彼女たちも報われます」
イザヤが静かに言った。
その笑顔は優美で可愛らしい、
しかし、なんとなく、自分ばかりは気後れしているようで、アーサーは多少の苛つきも感じてきた。
いずれにしても、今回のアーサーとイザヤの会合については、両公国の事務方の交渉は終わっている。
即ち、カロリックを併合したタリオ公国に、デセオが従属するということだ。
デセオ公国が宗主としていたローム皇帝家は、すでに存在しない。
皇帝自身が逃亡をして、いまは生きているのか、朽ち果てているのかもわからない。皇帝府は廃墟と化した。
アーサーがそうさせた。
そして、アーサーは、カロリックを併合したことによる、デセオの出方を探ることにした。
大公としての親書を送ったのだ。
これに対する、デセオ公国の女大公イザヤの返書もあっさりしたものだった。
皇帝家がなくなったのであれば、デセオは新たな権威に従う──。デセオの文化の保持を約束してくれるのであれば、デセオとしては、誰がデセオの宗主でも構わない──。
親書には、はっきりとそう記されてあった。
アーサーは、デセオという国の有り様を改めて思い出したものだった。
とにかく、カロリックに続いて、いずれは、デセオ公国もまた軍靴を持って併合する算段であったアーサーとしては拍子抜けしてしまった。
いずれにしても、その後、とんとん拍子に話は進み、あっという間に、デセオのタリオへの従属については、あとは両国の大公相互の調印のみというところまできた。
しかし、その最終決定に先だって、デセオ側がひとつの条件を出してきたのだ。
それが、アーサーとイザヤの直接会談だ。
従属についての最終決心は、女大公イザヤが直接行い、そのイザヤは、アーサーとの会談の結果によって、それを決めたいというのである。
アーサー側としては、それはこの期に及んで、これまでの交渉を齟齬にすることを示唆しているのかと訝しんだが、そうでもないようだ。
とにかく、最終決定の前に、デセオ大公のイザヤが、タリオのアーサーに直接に会う場を作って欲しい──。
デセオ側の強い要求だ。
それで行われることになったのが、今日の会談というわけである。
「さて、それで?」
アーサーは引出物の目録を盆に返しながら言った。
「それでとは?」
イザヤが微笑んだまま小首を傾げる。
「俺は面倒なやり取りは好かぬ。タリオに従属してもらおう。その代わりに、デセオ公国の封建を認める」
「これまでの交渉の経緯は承知しております。従属とはいっても、そちら側からは朝貢を求めることもないし、公国内のことに干渉することもない。求めるのは、タリオに対して主として頭をさげ、主従の関係を結ぶこと。それだけということですね? その認識でよろしいでしょうか?」
「そのとおりだ。デセオは、これまでローム皇帝家にしていたことを、そのままタリオにするだけだ」
「わかりました。ただ、ひとつだけ無心がありますの」
イザヤは微笑みを浮かべたままだ。
「なんだ?」
「わたしたちデセオは、強き者に従属いたします。ただ、それはただひとつの条件を呑んで頂いた場合です。条件というのは、我がデセオの文化を尊重し、これに介入しないこと。それだけです」
「わかっている。アーサーの名で約束する。我らは、デセオの文化を尊重する」
「ありがとうございます。ならば、無心というのは、そのための祭事にアーサー閣下にご協力していただきたいのです」
「祭事?」
アーサーは訝しんだ。
「わたしたちデセオの文化が、退廃と背徳の国を呼ばれていることはご存じですよね?」
「知っている。もっとも、いわれのない侮蔑とは思っている。自分たちの常識に合致しないからといって、それを不当に蔑むというのは、文明国の民のすることではない」
「どういたしまして。わたしたちは、それに誇りを持っております。退廃と背徳、肉欲と性技こそ、わたしたちデセオのもっとも大切にしているものなのです。そして、わたしはデセオの文化を庇護する者として、その風習を守る義務があるのです。むしろ、そのために、わたしは大公になったと言っていいでしょう」
「なるほど。それで、俺になにを求めるというのだ? デセオの文化の庇護は約束すると口にしたがな」
「ええ、ええ、ありがとうございます。ですが、わたしは、デセオの文化を代表する者として、口約束だけで従属を受け入れるわけにはいかないのです。たとえ、かたちだけの演技でも構いません。デセオ公国の大公であるわたしを、それを従属させようとしているアーサー大公閣下が、屈服させたという形式を作って欲しいのです。デセオは強き者に従います。アーサー閣下が、わたしを屈服したというかたちを作って頂ければ、わたしは大公国の父祖たちに遠慮することなく、喜んでアーサー殿に従属が誓えます」
「なにをすればいいのだ?」
アーサーは訊ねた。
すると、イザヤが満面の笑みを浮かべた。
「わたしと一夜の情を交わして頂きたいのです。デセオの者は、性技に長け、性技に屈服させられた者に従います。わたしたちにとって、情交というのは、あなた方にとっての決闘や一騎打ちに同じです。名誉ある戦いです。わたしと情を交わし、それで、かたちとしてわたしは、あなたに屈しましょう。それで、わたしたちの面目は整います」
「つまり、俺とあなたが愛を交わせということか?」
アーサーはびっくりしてしまった。
「愛を交わす……。あなた方の言葉ですね。いい言葉です。愛をお交わしください。そして、わたしは屈服しましょう。そして、従属することを約束します」
「これは驚いた」
アーサーは思わず笑ってしまった。
イザヤが媚びを売るように、しなを作った。
その姿があまりにも色っぽくて、アーサーは思わず笑みを引っ込めてしまった。
「もちろん、本当に屈服させて頂くのは難しいと思いますから、それまでは望んでおりません。ですが、デセオ大公という地位は、わたしたちの文化では、もっとも性技に優れた者であるという証でもあるのです。アーサー閣下にとっても、忘れられない一夜にすることをお約束しますが?」
そして、イザヤは言った。
アーサーは気を取り直して微笑んだ。主導権争いで呑まれるわけにはいかない。
「ならば、あなたにとっても忘れられない出会いになることを約束しよう。演技でも形式でもなく、本物の男というものを味わうといい。俺を相手にな──」
「愉しみです。では、閨でお待ちしております」
イザヤが立ちあがり頭をさげた。
立ち去る彼女を見ながら、まるで舞のような挙措だとアーサーは思った。