【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「ご苦労だったね」
ラザニエルは、立って敬礼をしているアーネストに声をかけてからソファに腰をおろした。
面会に使う部屋は幾つもあるが、その中でも最も小規模になる部屋である。間取りはごく普通の客室のようになっていて、十数人が座れるソファが卓とともに並んでいるという感じだ。
謁見室のような場所も大小とあるのだが、あっちは儀礼が面倒なので、ラザニエルはもっぱらこっちを使うことが多い。
上座に当たる場所に座ったラザニエルに、立ったままのアーネストが優雅に頭をさげる。
「とんでもございません、よい経験でした。それと、水晶宮から無断で離れたことをお詫びいたします。これについての責任は、このアーネストひとりにあります。どうか部下将兵にはお咎めはなきようにお願い申しあげます」
水晶軍のうちアーネスト率いる第三師団の拠点はこのエランド・シティであり、水晶軍の多くは、いまはいまだにパリスの影響が残って、ナタル森林内に蔓延している魔獣、魔物の駆逐のためにあちこちに展開している。
だが、あのとき、たまたま第三師団が水晶宮が残留していて、それをケイラーハイエルが無理矢理に連れていき、ロウのところに向かったのである。
しかし、女王ガドニエルや副王でもあるラザニエルならともかく、王族の重鎮ではあるものの無役であるケイラ=ハイエルに、そんな命令権などない。
つまりは、そのとき、目の前のアーネストは、ケイラの命令など突っ張らなければならなかったのだ。だが、アーネストは配下に出動を指示して同行した。
これは、明確には軍務違反である。
ラザニエルは肩を竦めた。
「そんなものはとっくの昔に、正規の命令に変えてるよ。そもそも、女長老のケイラ=ハイエルに逆らえるわけもないしね。だいたい、お前を処分したら、それを強要したケイラも、容認したガドニエルも罰さなければならない。そんなことできるわけないだろう」
「寛大な処置に感謝します」
「それだけじゃないよ。お前らには褒章も待っている。凱旋式典もある。覚悟しときな」
ラザニエルは声をあげて笑った。
「ありがとうございます。それと数は多くありませんが、戦死した兵もいくらかいます。彼らの家族にも恩給を……」
「当然だ。あとで報告書を出しな。しっかりと処置する。なにしろ、お前らは英雄だからね」
「とんでもありません。本物の英雄をずっと見てきました。彼こそが本物の英雄です」
アーネストが微笑んで笑みを浮かべた。
そうでもいいが、こういう優雅な仕草が本当に似合う男だと思う。
とりあえず、腰をおろすように言った。
アーネストが上座に座るラザニエルの右横のソファに腰をおろす。
すぐに、侍っている侍女のロルリンドとイザベリアンがラザニエルとアーネストの前に紅茶を出した。
「英雄というのは、ロウのことかい? まさか、うちのポンコツ女王のことじゃないのだろう?」
ラザニエルは軽口を言った。
素の姿のガドニエルのことは、世間には隠しておかなければならない秘密でもあるが、ずっと同行していたアーネストには無意味だろう。
それに、いまのラザニエルの言葉にどう反応するかによって、ロウと一緒に旅をしたガドニエルがどんなふるまいだったかもわかるというものだ。
すると、アーネストはにっこりと微笑んだ。
「我らが女王陛下があれほどに愛らしいお方とは知りませんでした。英雄公も、いつも楽しそうに愛でられておいででしたよ」
「なるほどねえ……。だが、そんな女王の姿のことは公然とは口にするんじゃないよ。少なくとも、あれの威厳を損なうようなことはね」
一応、釘を刺しておく。
まあ、エルフ族にとって女王の地位は高すぎるので、あれが実は淫乱で、被虐癖で、多少……いや、かなり頭が軽いとわかっても、王家の権威がさがるということはないが、あんなのでも黙っていれば、神々しいくらいに美しく、風格と威厳を備えた女王なのだ。
その評判は守るべきだろう。
「英雄公に愛される女王陛下の姿が我らの女王への忠誠心を損なうことにはならないとは思いますが、余計なことは喋らないことは誓いましょう」
「そうしておくれ。ところで、お前から見ても、ロウという人間族は、英雄の器かい?」
ラザニエルは訊ねた。
見た目の若さからは想像できないが、このアーネストはナタル森林に定住し、水晶軍の将軍のひとりとして身を固めるずっと以前は、人間族の世界などを旅をしたりしていて、当時の人間族の王侯貴族たちからは「賢者」の称号ももらうほどの経験のある世間通だ。
そのアーネストが評価するのであれば、やはり、ロウというのはそれなりの人物だということだ。
「器などではありませんね。英雄そのものです。知恵に優れ、判断も度胸も的確で、必要と思えば躊躇なく危難の正面に出て、そして、怯まない。しかも、強い。なによりも、一流の女たちを魅了する好色ぶり。まさに希代の英雄ですね」
アーネストは笑った。
「好色も英雄の条件のひとつかい?」
ラザニエルは苦笑した。
「もっとも重要な要件でしょう。すでに、このナタル森林国とハロンドール国は、彼の支配にあります。彼がちょっと本気になっただけで、この状況です。我がエルフ族の繁栄のためには、女王陛下には是非とも頑張っていただきたいですな」
アーネストが微笑む。
「ほう、お前はエルフ族にとって、ロウが必要だと? 逆ではなくてかい? それが賢者と呼ばれたほどのお前の意見かい?」
「賢者とは懐かしい物言いを……。まあ、その通りですね。彼は面白き御仁です。斜陽の民であるエルフ族を救ってくれるかもしれません」
斜陽の民か……。
ラザニエルは苦笑した。
「なるほどね……。ところで話は変わるけど、ロウからの手紙を預かっていると聞いたけど?」
「これですね。では、お渡しいたします」
アーネストが一通の手紙を差し出す。
ラザニエルは、それを受け取って、すぐに怪訝に思った。
表書きにロウの名があるが、それがガドニエルの字だと思ったからだ。そして魔道による封印がある。
だが、それは逆に、封印についてはガドニエルの魔道ではなかった。多分、ロウが施した何らかの術だとは思うが、ラザニエルにも、どういう封印術なのか読み取れない。ラザニエルにも破れない封印術というのは、ちょっと考えられないはずなのだが、目の前の手紙はそんな感じなのだ。
「もしかして、これはガドの字かい?」
「ええ、そうです。英雄公の言葉のとおりに、女王陛下が自らお書きになっていました。英雄公は文字の読み書きが不得手のようですね」
「ふうん。まあ、つまりは、すでに女王の認める内容ということかい? それでどうやって、封印は解くんだい?」
「封蝋の部分に副王陛下の体液をお付けください。唾液でいいそうです」
「こうかい?」
ラザニエルは、封印術で守られている手紙の封蝋の部分を舌で舐めた。
金属音のような小さな音が鳴り、術が解けたのがわかった。
中の手紙を開いて書かれてある内容を読んでいく。
ちょっと驚いた。
中身は、ロウからエルフ族に対して、あることを依頼するものだ。その背景も書いてある。
ラザニエルは、気がつくと眉間に皺を寄せたようになっている自分に気がついた。
「……ここに書かれていることについて、お前はどのくらい知っているんだい?」
ラザニエルはアーネストを見た。
「多少は……。私はまずは妹を派遣するつもりです。妹は英雄公を心酔しておりますので。英雄公の役に立つのだと言えば、喜んで応募すると思います」
「妹をかい」
ラザニエルは手紙を横に置いた。
アーネストには、かなり年齢の離れた妹がいる。その妹は実はパリスがイムドリスを占拠したときに監禁されていた侍女のひとりであり、そのあいだの惨い拷問を受けて頭を狂わせてしまった者のひとりだ。
だが、その妹を含めた犠牲者たちを、あのロウは抱いて精を注ぐことで全員を治療してしまった。発狂した頭など、ガドニエル級の白魔道でも癒せないのに、あの男はそれをやり遂げたのだ。
それ以来、アーネストの妹がロウを敬愛しているというのはラザニエルも知っていた。
そんなエルフ族の女はほかにもかなりいる。
「はい。ほかにもできるだけ声をかけてみるつもりです。いつまでも森に閉じこもっていても、エルフ族に未来はありません。我々は外に目を向けるべきなのです」
「それは否定しないけどね」
ラザニエルは言った。
だが、半年か……。
それが、ロウから実現して欲しいと求められていることの態勢を整えるまでの期限だ。
それまでに目途がつくだろうか?
簡単にはいきそうもないということだけは確かだ。森エルフの閉鎖性がそれを阻害する。しかし、実現できさえすれば、エルフ族とハロンドール国の関係は、さらに密接なものになるだろう。
「まあ、厄介なことだねえ。簡単には実現はできないだろうし」
ラザニエルは息を吐いた。
しかし、やるしかないのだろう。
長期的に考えれば、エルフ族にとっても利のある話だ。森エルフは閉鎖的だ。それは、エルフ族の進歩を阻害していて、もう外に目を向けて、様々な変化を受け入れていく土台を作るべきと思っている。
ロウの申し出を実現するのはかなりの反発もあると思うが、王家の強い意思だとすれば、それも打破できると思う。
閉鎖的なのは、比較的老齢の者たちが主体であり、若い世代には外に目を向ける好奇心はまだまだ残っている。
今回のことはいいきっかけになるとは思う。
なによりも、ロウの指示だ。
ラザニエルとしては、実現を追求するつもりだ。
「英雄公の言葉です。副王陛下に伝えてくれと言われた言葉があります」
すると、アーネストが言った。
「ロウの言葉?」
「ええ。手紙を読んで悩むような表情になるだろうから、そのときには伝えてくれと言われました」
「なんだい?」
「“始めるのは、すぐにできる”と」
アーネストの口から出た言葉にラザニエルは笑ってしまった。
「確かにそうさ。わかったよ。始めるさ。そして、最初のひとりは、お前の妹だ。説得に失敗するんじゃないよ」
「当然です」
アーネストがしっかりと頷いた。
そして、懐からまたもや、手紙を差し出した。
さっきとは違う手紙だ。
「ああ?」
「英雄公からのもうひとつの手紙です。先ほどの手紙に納得された様子になられたら渡すように言われました」
「はあ? どういうことだい、アーネスト? そうやって、一通ずつこのわたしに渡すつもりかい?」
ラザニエルは新たな手紙にちょっとむっとして言った。
しかし、そのくらいで怯えるアーネストではない。微笑んだまま平然としている。
「英雄公のご命令でので。しかし、預かっているのは、これで最後です。今度は中身は承知しておりません」
「ふーん」
ラザニエルは手紙を受け取る。
さっきと同じように封蝋を舐める。
すると、ぴりりとした刺激が全身に走るとともに、股間と乳首の先がかっと熱くなる感覚が襲った。
媚薬か……。
確信したラザニエルは内心で舌打ちした。油断した……。
魔道で効果を消そうとする。だが、効かない。やはり、ロウの淫魔術か。
「くっ」
熱い。
そして、疼く。
ラザニエルは思わず、股間と胸に伸びそうな手を我慢して、手紙を読む。
今度は字が違う。
ガドナエルでない。だが、ラザニエルが知っている誰の文字でもなかった。
ラザニエルははっとした。
「その手紙については、英雄公が自らお書きになっていました。調べながら……」
アーネストがぼそりと言った。
それだけで、得たいの知れない悦びが生まれる。あのロウが自ら手紙を……。
それだけで、目の前の手紙がどんな宝物よりもありがたく感じる。
ラザニエルは改めて眼を通す。
“命令──。封蝋は協力な媚薬だ。効果は丸一日続く。その間に自慰を五回すること。ただし、一度も達してはならない。自分を寸止め責めするんだ。──ロウ”
「な、なんだってえ?」
ラザニエルは悲鳴のような声をあげてしまった。
しかし、同時に大きな充実感と幸福感も発生する。
遠隔とはいえ、ロウに調教される……。
そのことのなんと甘美な事実だろう。
もちろん、無視するつもりはない。しかし、自慰をする余裕など午後にもありはしない。
夕方まではきっと多分平然とできる。
でも、それ以上は耐えられるわけもない。
そして、ここにはいないロウの命じるまま自分に寸止め責めをすると思う。
そして、狂うのだ。
ラザニエルはほくそ笑んでしまい、気がつくと自分の唇をぺろぺろと舐め続けていた。
*
アーネストの次の面会は、タリオ公国からの使者だった。
だが、ローム帝国を名乗っていて、その使者団ということになっている。
ラザニエルは、さっきの部屋ではなく、大きな会議室でそれを受けた。
こちら側はラザニエルひとりだが、向こうは団長だという上級貴族を筆頭に十人ほど並んだ。
ここには入らなかった随行者を含めれば、全部で三十人ほどの代表団だという。
面談は、まずは自己紹介から始まり、時候の挨拶に次いで、十数種類の贈答品の目録の説明を続いた。
団長だという小男の話は長かった。
名前は耳にしたが、すぐに忘却した。
だが、そいつが語りだしたことを要約すれば、ナタル森林の危機を救ったのは、その陰謀を企てた旧皇帝家を駆逐した自分たちの功績であり、エルフ王家はこれに対して感謝をすべきだということを回りくどい物言いで求めるという内容だった。
パリス魔の手からエルフ王家を救ったのは、一から十までロウたちのおかげであり、その場にいなかったタリオの連中などまったく関係ないと確信しているが、言い合うのも面倒なので、黙って聞いていた。
ただ、うんざりとしている感情を隠しもしないラザニエルの表情で、交渉が芳しくないのはわかってきたのだろう。
次第に、その団長はだんだん不機嫌そうになっていった。
そして、再び、エルフ王家を救ったのは、ロウという一介の流民男ではなく、タリオ公国に間違いないのだという奇妙な論理を解き始めた。
面倒になり、ラザニエルはそれを途中で遮った。
「わかった。それよりも交渉の要件はなんだい? ローム皇帝家がなくなり、新たにタリオ大公が皇帝となるのであれば、それは了承した。改めて、エルフ王家から新皇帝家へ挨拶の書簡を送らせてもらおう。これからも、いままでどおりの関係をエルフ王家としては望んでいる。そちらもそういう気持ちであれば、ありがたいね」
ラザニエルは言った。
皇帝を名乗りだしたタリオ公国のアーサーが、ハロンドールのロウを敵視しており、あまり関係がよくないことは十分に承知している。
そのハロンドールのロウとエルフ王家が蜜月状態になるのであるから、タリオ側としては愉快ではないのだろう。
ただ、あからさまな敵対を現段階でするつもりはない。
だから、これまで通りと言ったのだ。
「いえ、一層の協調を我が国とするべきでしょう。エルフ王家とローム皇帝家は、相並ぶ歴史を持つ最古の国家。例えば、ハロンドール王国に常駐大使を置くということのようですが、むしろ、ロームとの歴史を考えれば、まずはロームにこそ派遣し、そして……」
「ああ、うるさい──」
ラザニエルは怒鳴った。
話を遮られた代表とやらは面食らった顔になる。
「ハロンドール王家とは、ロウ英雄公を通じて、婚姻関係が成立する。そのために、国としても家族としても、お互いのやりとりも激増するため、常駐大使というかたちになった。だが、それを除けば、エルフ王家はこれまで通りだ。特定の国との外交関係は最小限度というのがわたしたちの方針だ」
「ハロンドール王家と関係を深くする時点で、すでに特定の国と深い友好は結ばないという国是は成り立たないでしょう」
「そうかもしれないけど、現時点でハロンドール以外に常駐大使の派遣の予定はない。話はそれだけかい?」
ラザニエルは言い捨てた。
代表団たちはますます面食らった顔になる。
「ラザニエル副王陛下、よいですかな。ロームは歴史のある大国であって……」
「お前らは新興国だろう。お前らがかつてのロームの後継を気取るなら、この国に対する陰謀の賠償を請求するよ。なにしろ、女王に対する暗殺未遂だからね。国の乗っ取りだ。ごめんなさいで済ませる話じゃないよ」
「それは我らと関係のない話で……。さきほどの説明のとおりに、わが国は彼らの陰謀を阻止したのであり、繋がりなどまったくなく……」
「だったら、新興国だろう。とにかく、常駐大使の予定はない。ただ、お前らがこのエランド・シティに大使を置くというのであれば、認めてやる」
ラザニエルは言った。
これまでナタル森林王国のエルフ王家は、どんな国に対しても、外交使節を常駐させたことはなかったし、逆に正規の大使の設置も認めなかった。
孤高を貫いていたのだ。
しかし、ハロンドールに常駐大使を置くということになれば、その孤高の態度もこれまで通りというわけにはいかないとは思う。
こちらからは派遣しないが、向こうが派遣するというのであれば、それくらいは認めてもいい。
「わかりました。それで結構です」
「ああ、じゃあ、あとは事務方で話しな。今日のところはこれでいいのかい?」
ラザニエルは言った。
こんな話は時間の無駄だ。
「いえ、お待ちください。もうひとつ交渉事が」
すると、代表団の団長が言った。
ラザニエルは、苛立つ気持ちを抑えて、団長に視線を向ける。
「もうひとつ?」
「はい。実は我らが皇帝陛下は独身であられます」
突然、そいつがそう言った。
ラザニエルは訝しんだ。
「独身? お前、なにを言ってるんだい。后妃はふたりいただろう。いや、ひとりは逃げられたんだっけ。だが、独身ということはないはずだけど」
ラザニエルの言葉に、団長だけでなく、ほかの者たちもちょっと怒ったような顔になる。
どうでもいいが……。
「あれは逃げられたのではなく……。いえ、それはいいでしょう。独身というのは、第一夫人、つまりは、正妃の地位が空いているということです」
「正妃がいないというのは独身なのかい。まあ、珍しい解釈だけど、それがどうかしたのかい?」
「ええ、ですから、よい話なのですよ。我らが皇帝陛下は、まだ正妃のいない独身のなのです。つまりは、ラザニエル副王陛下も、我らの皇帝陛下を夫にできるということです。アーサー帝は、条件によってはラザニエル副王陛下を正妃に迎えてもいいと申しております」
「はあ?」
ラザニエルは唖然となった。