【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「ひっ、ひっ、ひっ」
糸で身体を真っ直ぐにしたまま手足を動かせないように拘束しているコーラがすっかりと怯えた様子で口からおかしな声を出す。
いきなりラザニエルの身動きできなくされたことで怯えているというのあるが、ラザニエルが魔道で発している「威圧」が殺気となってコーラに当てられているのだ。
ラザニエルほどの魔道遣いの本気の威圧に対抗できるのは、ガドニエルに、ロウに、ほかには数名しかいないだろう。
「おかしな声を出すばかりじゃなく、ちゃんと喋らないかい──。言い分はなんだと訊ねてやっているだろうが──」
大声で怒鳴りつけると、身体に巻きつけている糸を伸ばして、コーラの十本の指に掛けてやる。そして、ほんの少し、糸の締め付けを強めた。
大した締め付けではないが、この威圧に当てられている状況での糸の締めつけは、まさに指を切断されるかのような恐怖に感じるはずだ。
「は、はい、そ、そ、そ、その、う……」
コーラは一生懸命に口を動かそうとするが、舌が震えてうまく言葉にできないみたいだ。
「とりあえず、指を引き千切ってやるよ。覚悟しな──」
さらに指に巻く糸を締めつける。もっとも、多少痛みを感じる程度でしかない。
「ひいいいっ、ゆ、ゆる、じ、でええ──」
コーラが顔を真っ蒼にしてがくがくと震えだす。そして、ぼろぼろと涙をこぼしだした。
さらに、呆れたことに、脚のあいだからじょろじょろとまとまった水流が落ちてきた。
どうやら失禁してしまったようだ。
「お前、謁見の場で失禁とはどういうことだい──。それがデセオの作法かい──」
怒鳴りあげた。
ただし、糸の拘束は解いてやる。
途端に、糸の切れた操り人形のように、コーラは自分が粗相をした床の上に腰を砕かせてしまった。
「も、申しわけありません……」
コーラがか細い声で謝罪する。
やっと、意味のある言葉を喋ったのは、ラザニエルが殺気を弱めてやったことによる。そうでなければ、このコーラはいつまでも、まともに口を開くこともできなかっただろう。
「とりあえず、床を拭きな。ここはお前らの家じゃないんだ。他国の王室の客間だ──。お前の小便を垂れ流していい場所じゃないんだよ──」
わざとソファの手摺りをばんと叩いてやる。
「ひいっ、す、すぐに──」
それだけでコーラはびくりと身体を竦ませた。
そして、きょろきょろと周囲を見渡すとともに、ふらふらと立ちあがって、外に出ようとする。
ラザニエルは、その足もとに軽い電撃を飛ばしてやった。
「きゃあああ」
コーラがその場にひっくり返る。
同時に、風魔道を飛ばして、コーラが身につけていた装束のスカート部分を太腿の半分から下を切断して布切れに変え、さらに上衣についても乳房から下を下衣ごと切って、腰の括れから臍を丸出しにしてやった。
「どこに行こうとしてんだい──。お前の小便を拭くために、この水晶宮のものを使おうとしてんじゃないだろうねえ──。自分のもので拭きな──。特別のはからいで、布切れは作ってやった。それで拭くんだよ──」
「は、はいっ」
完全に怯えきっているコーラは、自分の周りに飛び散っている衣類の切れ端を集めると、腰が抜けたような状態のまま四つん這いになって、自分の小便の染みを掃除し始める。
最初に下着を切断してやっていたので、短くなったスカートの下からコーラの白い尻がこちらから丸出しになっているが、そんなことに構う気にもなれないらしい。
懸命に、絨毯を叩くようにして、絨毯が吸い取ってしまった水分を自分の服の切れ端に吸い込ませようとしている。
「もういい。立ってこっち向きな。とって喰いはしないよ。とりあえず、言い分を聞こうじゃないか」
ラザニエルの言葉で、自分のおしっこを拭いていた布切れの束を身体の前で抱えるようにしてコーラがその場に立ちあがる。
剥き出しになった両脚をすり寄せ、乳房から腰までを覆うもののない、おそよ貴族女とは思えない破廉恥な姿でコーラがまだ身体を震わせている。
「ふん、すっかりと娼婦のような格好じゃないかい。さっきの取り澄ましたような装束よりも、そっちの方がずっといいさ」
ラザニエルは嘲笑した。
「あ、ありがとうございます」
だが、コーラはほんの少しほっとしたような、ぎこちない笑みを浮かべた。
そういえば、このコーラは、これでも上級貴族の令嬢だったのを思い出した。デセオの不思議な慣習では、上流階級であればあるほど、高い性技の能力が求められ、デセオの貴族は成年の前後の時期に修行と称して、一定期間娼館に入るのだ。
コーラにしても、いまはデセオ大公のイザヤにしても、普通に娼婦だった時代もあるのを思い出した。
デセオでは、性技の技量が抜群でなければ娼館に入ることはできず、娼婦らしいというのは、デセオでは褒め言葉であるのだ。
あのおかしな国の風習のことを久しぶりに思い出して、ラザニエルはちょっと懐かしい気持ちになった。
また、それにより、ちょっと激昂していた気持ちが癒えてくる。
こいつに、これほどの苛立ちをぶつけることはなかったか……。
そもそも、はっきり言えば、イザヤからの書簡でラザニエルは怒りを覚えたということはない。
脅されたとも思ってないし、“お前の秘密を知っている”などという戯言は、あのイザヤ独特の冗談とわかっている。
ただ、股間と乳首の痒みが耐えられなくて、コーラ相手にちょっと八つ当たりをしただけだ。
ラザニエルは、股間を襲う掻痒感と欲望の焦燥感に追い込まれ、無意識に太腿を擦り合わせる用に動かしていた。
「それで、お前の元召使いのイザヤは、わたしになんの用なんだい?」
痒みを耐えるために、スカートの上からぎゅっと太腿を抓るとともに、かすかに足踏みをしながら、ラザニエルは訊ねた。
すると、コーラが眼を大きくして少し驚くような表情になる。
「あ、あのう……。へ、陛下は、デセオ大公のイザヤがわたしの元召使いだとご存じなのですか?」
コーラは首を傾げている。
「それくらい知っているさ。お前らの国では知らぬ者のないほどの成り上がり物語だろう」
ラザニエルは笑った。
性技の技量が尊敬の対象だとはいえ、一介の貴族令嬢の専従召使いが前大公に性技で気に入られて養女になり、ついに現大公になったというのは、ちょっとデセオ以外ではあり得ない大出世物語だ。
むしろ、知らない方が珍しい。
「い、いえ、でも、そのイザヤの元の主人がわたしだというのは、さすがに知っている者も少なくて……」
「まあ、実際のところ、イザヤによく聞いているからね。お前は知らないだろうけど、実はお前ともずっと昔に会ったことがあるよ。イザヤに紹介されてね。娼館時代だ」
ラザニエルの言葉にコーラはびっくりしている。
「もしかして、娼館時代のわたしたちをご存じなのですか?」
「ああそうだ。お前というよりはイザヤだけどね。そして、わたしというよりは、わたしの影だ。とにかく、知っているかと問われれば、イザヤとわたしは知古だ。よく知っているさ。なにせ、わたしはイザヤをわたしの愛人にしようとしたことがあるしね」
ラザニエルは大笑いしたが、一方で、ちょっと語りすぎたかもしれないと思ったりもした。
しかし、喋ってしまったものは仕方がない。
イザヤは、アスカのことを知っているのだ。アスカ城と呼ばれていた魔城に監禁されてたラザニエルだったが、魔道で自分の姿の影を作って、あちこちに出没しては、愛人となる女を捜すということをしていた。
そうやって、連れてきたのがエリカであり、エマだ。イザヤについても、アスカ城に誘おうとしたこともある。結局、イザヤが前大公の養女になるという話が立ちあがり、ラザニエルは断念をしたが……。
だけど、最近になってアスカの名を捨てて、なに食わぬ顔でラザニエルに戻って水晶宮に副王として生きるようになったのだが、イザヤは、そのラザニエルがあのアスカであることに気がついたということなのだろう。
イザヤに限って、ラザニエルを脅迫する意図がないこともラザニエルは十分に知っている。
「そ、そうなのですか?」
「ああ」
ラザニエルは頷いた。
しかし、それにしても、痒い。
じっとしていたのだが、強い痒みと疼きが股間を中心としたおののきがぶるぶると四肢に拡がって、ラザニエルを苦悶させる。
「た、大公イザヤは、ハロンドール王国の独裁官のロウ=ボルグ殿との密かな橋渡しをラザニエル陛下に望んでおります」
昔馴染みであることを教えられて、ちょっと安堵したのか、コーラがいきなりイザヤからの伝言を口にした。
ラザニエルは首を傾げた。
「ロウとの橋渡し? お前らはローム帝国に従属したのだろう。タリオ大公を新皇帝として認めて」
「その通りです。しかし、デセオ大公イザヤは、実はそれを望んでおりません」
コーラはきっぱりと断言した。
ラザニエルにはやっとわかった。
イザヤは、ラザニエルに助けを求めてきたのだ。
地政学上、デセオ公国は飛ぶ鳥を落とす勢いで成長したタリオ公国に併合されることを容認するしかないのだろう。
ただ、実際には、イザヤはそれを望んでいない。
だから、新皇帝となったアーサーに知られないように、ハロンドールと手を結びたいのだ。つまりは、ロウに……。
これは面白いことになったかもしれない……。
「ふうん……。どうでもいいけど、そんなことをわたしに喋っていいのかい? デセオが新皇帝を裏切るということなんだろう?」
「そんなことはありません。デセオのイザヤ大公は、ハロンドール独裁官のロウ殿と個人的友誼を望んでいる。ただ、それだけのことです」
いつの間にか、最初の怯えは抜けたみたいだ。
コーラの語りも堂々としたものに変わっている。
「なら、お前がここに来ていることをべらべらと喋ってもいいということでいいのかい。ちょうと、新皇帝アーサーの外交団が水晶宮を訪問中さ。折角だから、会っていくといいさ」
ラザニエルは意地悪を言った。
すると、コーラが眼を細め、ちょっと挑戦的な表情になった。
「そ、そのときには、わたしたちは、最初にお伝えした言葉を繰り返すしかありません」
「最初の言葉?」
「……お前の秘密を知っている……です……」
コーラが頬をあげた。
だが、見るとがくがくと脚は震えている。顔は蒼白だ。
それなのに、あえて、その言葉をラザニエルに口にするのか……。
小便をちびったというのはあるが、まあ、度胸だけは認めてやってもいいか……。
こいつめ……。
ラザニエルはもう一度、怖がらせてやろうかと思ったがやめた。
どっちにしろ、ロウにとって悪い話ではない。
ラザニエルは、橋渡しという役目を果たしてやることを決めた。
「いいだろう。だが、いまじゃない。時期を待ちな。そして、これをイザヤに渡しな」
ラザニエルは履いていた靴の片側を脱いで、コーラに向かって放った。
足もとに転がった片方の靴に面して、コーラは呆気にとられている。
「あの、これは……?」
「このところ急がしくてねえ。今日は朝から履きっぱなしの靴だ。汗と垢で汚れているわたしの靴だ。それをイザヤに渡しな。渡せばわかる」
「イ、イザヤに……ですか……。は、はい……」
コーラが身を掲げて、靴を受け取る。
ラザニエルは、コーラに退出を促した。
狂おしいほどに身体を蝕む股間の痒みは、いよいよ耐えがたいものになっている。
コーラが出ていったら、すぐにラザニエルは、許されている五回の寸止め自慰のうちの二回目を始めようと思っていた。
もう我慢できない──。
「し、失礼いたします……」
服を切断されたままのあられもない格好のコーラが切り刻まれた服の残骸とラザニエルの靴を持って出ていく。
扉が閉まった。
「くううっ」
すぐさま、ラザニエルは、スカートをまくって自分の股間を擦りまくりだした。
*
アーマンドは、ひとりの娼婦と対面していた。
若い女だ。
もちろん、ふたりきりではない。
ここはデセオ公国内の公都にある娼館の一室だが、準備してもらった客室には、アーマンドがアーサー帝から与えられている武装した護衛が十人ほどいる。そのうちのふたりは魔道士だ。
しかし、その護衛たちを前にしても、その若い娼婦はたじろぐ態度をほんの少しも出さない。
それだけでも、この娼婦がただ者ではないとアーマンドは悟った。
まだ少女といっていいだろう。見た目の年齢は十四か、十五くらいだろうか。まだまだ子供の面影を十分に残している。
ただ、それにも関わらず、醸し出す雰囲気は、熟練したなにかの老練さを感じさせる。
暗殺者……。
工作員……。
諜報員……。
そんな感じだ。
凄みもある。
何度も死線を越えているという迫力もある。
見た目が少女でしかないただの娼婦に求められた面会に応じる気になったのは、目の前の少女娼婦がちょっとあり得ないほどの殺気を気配として発していたからだ。
いや、隠そうと思えば、この少女はその殺気を簡単に隠せるのだとは思う。しかし、そのときは、アーマンドにわざと悟らせるために、強い気配を発してきたのだ。
本当なら相手にもしないが、その気配の発し方があまりにも見事だったので、彼女が寄越した面談を求める手紙に応じることにした。
「お会いになって頂いてありがとうございます。決して、損になる話ではありません。それはお約束します。ですから、あたしを買ってもらいたんです」
「不躾な手紙で、本来であれば相手にもしないところだ。だが、書いてある申し出には興味を抱いた。本当であればな。ただ、ただの冷やかしやつまらない手妻のようなものなら、お前がこの部屋を生きて出ることはない。それだけは言っておこう」
「その能力があるというのは本当です。いま現在では、それを証明する手段はありません」
少女娼婦は言った。
口元には笑みさえも浮かべている。
たったいま、アーマンドは目の前の少女に、この場で殺すことを仄めかした。しかし、やはり動じる気配はない。
ここは、デセオ公国にある一軒の官営娼館のひとつだ。
獣人隊を率いてハロンドールに入った弟のフランコに対し、新皇帝アーサーの命令で、皇帝の使者団としてデセオ公国に部下とともにやって来たアーマンドたちだったが、その宿泊場所としてあてがわれたのが、この娼館だったのだ。
性技こそ国是と口にして憚らない彼女、彼らにとっては、訪問者への最大のもてなしが、一流の娼館に連れていき、そこで性の相手をして快楽を与えることなのだ。
そうやって、昼間はデセオ公国併合についての細かい交渉をし、夜は寝室に訪れる貴婦人の性のもてなしを受けるということを繰り返していた。
目の前の少女娼婦が手紙を寄越したのは、三日目の朝のことだ。
誰かに預けたということではなく、デセオ側の者には絶対に入れないような魔道具処置をしていた部屋に、堂々と手紙だけが置いてあったのだ。
手紙の内容よりも、そのことに驚いた。
次いで、その内容にも興味を抱いた。
すると、その日の夕方になり、交渉から戻ったアーマンドの前にこの少女が現れ、強い気配を発することで、その手紙の差出人が彼女であることを告げたということだ。
アーマンドは、娼館の者に命じて、急遽この客室を準備してもらって、少女娼婦に会うことにしたというわけである。
「ならば、話ならんな。信じろというのが無理だ。ハロンドールの独裁官のロウを陥れることができるということだったな。そんな眉唾事に耳を貸すほど暇ではない。証明できなければ話にもならん。言い渡したとおりに死んでもらおう」
アーマンドは護衛たちに視線を向ける。
脅しではない。
興味のある話だったが、そもそも怪しすぎる。
突然に現れた娼婦が、ハロンドールのロウを陥れる手段があるから、手を貸して欲しいなどというのは……。
「ふふふ、だけど、アーマンド殿に損をすることはありませんよ。あたしに与えるのは、ちょっとした小金と足のつかない腕のある手の者を十人ほどつけてくれればいいだけです。信用できないのはわかっているので、隷属をしても構いませんよ。その代わり、あたしに協力するという魔道契約を結んでいただきます」
少女娼婦は平然と言った。
「隷属を受け入れると?」
アーマンドは訝しんだ。
隷属をしてしまえば、絶対に裏切ることはできない。絶対に信用ができるといっていい。
彼女が望む魔道契約というのがなんなのかはわからないが、実際のところ、彼女がただ者でないことだけは確かなのだ。
とりあえず、話だけは聞いてみることにするか。
「なにができて、なにを望む?」
アーマンドは端的に訊ねた。
「ロウの正妻になる予定のエリカ……。これを操ることができます。誘拐して連れてきます。でも、あたしには、ロウには叶わない。だから、そのエリカはあなた方に渡しましょう。その代わりに、あなた方はロウを捕まえてください。でも、ロウを拷問した後には、必ず、あたしに息の根をとめさせること。それが条件です」
少女娼婦は言った。
「正妻のエリカを操れる? どうやって?」
ロウの周りには、大陸一の魔道遣いが幾人も揃っている。
しかも、ハロンドール女王のイザベラとナタル森林王国のエルフ女王のガドニエルの両方の王配となるロウは、貴人中の貴人になるといっていい。ロウがどういう了見でふたりの女王たちではなく、エリカという平民女を正妻にしようとしているのかわからないが、そのロウの正妻ともなれば、防護は完璧だろう。
もしかしたら、そこらの王族を誘拐するよりも難しいかもしれない。
「それは魔道契約に応じてもらってからお教えします。その後、隷属を受け入れるのですから、あたしから聞き出せばいいことです」
少女娼婦は言った。
アーマンドは唸った。
そして、口を開く。
「本当にエリカを誘拐して連れてこれる方法があるのだな? つまらない出任せなら、隷属のあとで自殺を命令してしまうぞ」
「命などいらないね。あのロウに復讐できるのであれば……」
少女娼婦が微笑んだ。
ぞっとするほどの凄みのある笑みだ。
そして、口調も変わった。おそらく、こっちが素なのだろう。
いずれにしても、こんな表情ができるためには、どれほどの修羅場を潜ればいいのだろう。
アーマンドは決めた。
「いいだろう。契約を結ぼう。その後隷属して、必要なものは与える。その代わりに、エリカをタリオ公国まで連れてこれるのだな」
「問題ないね。失敗したら死ねと命令しておけばいいよ。それであんたらに結びつく危険はなくなる。あたしが望むのは、ロウへの復讐だけさ」
少女娼婦はきっぱりと言った。
「いいだろう。ところで、お前の名は?」
アーマンドは訊ねた。
まだ、名前を聞いていないことを思い出したのだ。
「ジャスランだよ」
「わかった、ジャスラン。じゃあ、まずは、お前をこの娼館から外に出す手続きをしよう。そして、魔道契約と隷属だ」
「感謝するよ」
ジャスランと名乗った少女娼婦が嬉しそうに微笑んだ。
*
「じょ、冗談じゃありませんよ。あんなに怖かったことなどありません。本当に殺されるかと思いました」
任務を終え、ナタル森林のエランド・シティの水晶宮からデセオ公国に戻ったコーラは、大公のイザヤの部屋に飛び込むなり、すぐに不満をぶちまけた。
多分、交渉ごとは成功はしたのだろう。
しかし、それに至るまでに、コーラは正真正銘の死の恐怖を感じた。
あのラザニエルというエルフ族の副王の美女が、ほんの少しもコーラを殺すことに躊躇の気持ちを抱くような感じではなかった。
あのとき、怖ろしく機嫌が悪そうなラザニエルがコーラを惨殺しなかったのは、決して、脅迫めいた言葉が効果があったということではなく、単純なラザニエルの気儘──。
それだけだろう。
いまだに、あのときに接したラザニエルのことを思い出すと身体が震えてくる。
我ながら、よくぞ、あのラザニエル相手に、最終的に交渉のようなことができたものだ。
本当に怖かったのだ。
「ふふふ、でも、命はとられなかったでしょう。お姉さまは実際には優しいのよ。ちょっと怖い面もあるけど、それは口だけ。だから大丈夫なのよ」
イザヤは上機嫌だ。
ラザニエルが交渉に応じてくれたのが本当に嬉しいみたいだ。
だが、全く冗談ではない。
あれが、優しい?
絶対に違う──。
イザヤは間違っている。
まあ、そんなことは言っても仕方がない。戻ってきたのだ。もう二度と、あの怖ろしい副王に会わないことを祈りたい。
とりあえず、コーラは諦めて、ラザニエルとの話し合いで交わした内容について説明した。
イザヤは、終始にこにこしてそれを聞き続けた。
「……まあ、そういうわけです。ラザニエル殿は、とりあえず、時を待てと……。でも、一体全体、ラザニエル殿の秘密とはなんなのですか?」
コーラは訊ねた。
何度事前に訊ねても教えてもらえなかったが、やはり、好奇心は抑えられない。ただの言葉遊びなのかと思ったが、どうやら、ラザニエルの秘密というのは、本当に存在しているような雰囲気だった。
「それは、あなたといえ、口にできない。墓場まで持っていくわ……。それよりも、彼女から預かったものがあるって言ったわね。なんなの?」
イザヤが言った。
「ああ、あれですか」
魔道袋の魔具から、あの靴を取り出した。
ラザニエルがそのときに履いていた靴の片側──。
これがなんなのか、さっぱりとわからない。
ただ、危険なものではないことだけはわかったので、コーラはそのままイザヤに渡すことにした。
その瞬間に、イザヤが歓声をあげた。
「きゃあああ、師匠の靴──。師匠がわたしに──? 本当なのね──」
イザヤは大喜びでそれを両手で捧げ持つように受け取った。
だが、コーラは面食らった。
「師匠? ラザニエル殿のことを師匠と呼びましたか?」
「ええ、彼女がわたしの性技の師匠よ。いまのわたしがあるのは、全部師匠のおかげ……。ああ、師匠、まだお慕いしております」
イザヤは両手で持ったその口を恭しく掲げるようにしたかと思うと、いきなりそれを舐め始めた。
「あ、ああっ、師匠……。会いたい……。お会いしたい……。師匠、愛しております、師匠……」
そして、イザヤは感極まったように、靴に舌を這わせ始めた。
コーラは唖然としてしまった。
(第13話『……娼婦に淑女』終わり、第14話に続く。)