※この作品はR-18です。

【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】   作:ドン・ドナシアン

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962 神殿事件の決着と波紋

 チャーリーは、神殿の地下から神殿の外に通じる穴を進んでいる。

 穴の幅は狭く、人がひとり通過できるくらいであり、高さは上体を倒して屈んで歩く程度のものにしている。ただし、中間の一箇所だけ、意図的に低くしてあり、そこだけは膝をついて進まなければならない。

 中は暗い。

 

 しかし、先頭付近を進ませている魔道遣いの持つ杖の先に照明の灯を作らせているので、ぼんやりとは明るい。

 チャーリーのすぐ前は、確か女兵を誘拐して闇奴隷にした若い女に剣を持たせて進ませているが、その白い尻くらいは見える。

 先頭は三人。一番最後に闇奴隷にした冒険者の少女姉妹とひとりの魔道遣いだ。

 続いて、やや距離を置いているチャーリーたち──。

 前後を冒険者上がりと女兵あがりにぴったり挟ませた。なにかあったら盾になってチャーリーを守らせるためだ。

 そして、最後尾は背高く筋肉質の女兵。

 そいつには、途中の狭い場所にひとり残り、そこで死ねと「命令」した。

 回収する暇はないので、この通路が発見されずに誰も来なくても、あれはそこに餓死でもするまで留まることになる。

 闇奴隷がひとり減るものの、こいつについては後ろから追ってこられたときのための犠牲だ。仕方のない損失だろう。

 

 この神殿からの秘密の脱出口は、神殿から道路を一本挟んだ空き家に繋がっている。これだけの脱出穴を作成するのに、大きな魔石を二十個は使っている。

 かなりの投資だったが、もしもうまく逃げられれば、それだけの価値があったということだ。

 一応は、地下の共有厠に作った脱出口の入口は壁に戻した。

 そこが見つかるのは、時間がかかるのではないかと思う。

 問題は、隠し通路の向こう側の状況だ。

 神殿を囲まれている状況は確認しているので、空き家が王軍の囲みの外にあるのはわかっているが、神殿から覗き見たところ、王軍の囲みのさらに外を群衆が囲んでいた。

 それよりも外であるかだ。

 

「ここだ。最後尾の奴隷は、ここで死ね。追跡の邪魔になるようにうまく倒れろ。命令だ」

 

 チャーリーは最も狭いところを這い進んだ後に、後ろを向いて怒鳴った。

 返事はない。

 しかし、一度隷属の魔道を掛けられた奴隷は、「命令」という言葉によって告げられた内容には逆らえない。

 すると、すぐ前の女から小さな舌打ちが聞こえた。

 不満なのだろう。

 そういえば、こいつはさっき厠で生意気な態度をとったから、がに股で小便をする命令を与えてやったんだった。

 そのときには、惨めさに泣きべそをかいていたが、まだ自分の立場がわかっていないみたいだ。

 さすがに、ここで時間をとるわけにはいかないが、脱出に成功してからは、思い切り辱めてやろうと決心した。

 

 さらにしばらく進む。

 後ろ側の喧噪も感じない。まだ見つかってないようだ。

 これなら、逃げられるか……。

 

 脱出口の出口まで来た。

 そこには、土で作った階段の上に板が敷いてあり、こちらから持ちあげれば簡単に出口ができる。ただし、空き家側からは板は外れないという特殊な仕掛けになっている。

 先頭を進ませている三人の奴隷たちが、板を外したのが遠目に見えた。

 

「あっ」

 

 そのとき、もっとも先頭を進んでいる奴隷──名は、リンダだったと思ったが、そいつの叫び声が聞こえた。

 

「どうした──? 一切の嘘を禁止する。状況を簡潔に説明しろ──。命令だ」

 

 チャーリーが慌てて叫んだ。

 しかし、すぐに答えが返ってこない。

 なにがあった──?

 

「なんでもない──。誰もいない。問題ない──」

 

 だが、すぐさま、そのリンダからの返事が来た。

 ほっとした。

 「命令」された奴隷がそれに逆らうことはない。だから、なにもないという返事があれば、なにもないのだ。少なくとも、奴隷としてはそう認識しているということだ。

 しかし、一瞬の間があって、チャーリーを驚かせたことにはむっとした。

 驚かせた分は、さっきの舌打ち娘とともに、お仕置きをすることにしよう。なにをさせるか。注文主に納入しないとならないので、あまり無体なことはできないが、それなりにはしつけ直してやることにしようと思った。

 そして、少し前を進んでいる三人がなんの問題もなく、隠し通路からは空き家側に上がったのを確信した。

 チャーリーたちも進む。

 

「えっ?」

 

 しかし、上側に顔を出した瞬間、いきなり、前を進む奴隷の姿が消えた。

 そして、チャーリー自身の身体も浮き上がる。

 気がついたときには、思い切り背中を床に打ちつけていた。

 

「ぐはっ」

 

 一瞬息がとまる。

 なにが起きたのか理解できない。

 考える間もなく、頭に衝撃がきた。

 再び身体が浮きあがった感触──。

 壁に頭と身体を激突させていた。

 頭からどっと汗が流れる。

 しかし、頭から流れるものに手をやると、真っ赤だ。

 血──?

 汗ではなく、血のようだ。

 頭を打って出血?

 とにかく、状況がわからない。

 

「ぐあっ」

 

 再び、身体が横に吹っ飛んだ。

 今度は誰かに横っ腹を蹴り飛ばされたのだとわかった。

 ごろごろと床に転がりながら、やっと誰に蹴られたのか理解した。

 

 奴隷の姉妹のうちの姉だ──。名はリンダ──。

 しかし、なぜ──?

 理解できない。

 どうして、命令に背いて、奴隷が「主人」を攻撃できるのだ。

 それに、前後に盾になれと命令した奴隷をつかせていた。なぜ、チャーリーを守ってないのだ。

 

「悪いが、それくらいにしてやってくれ。個人的には、殺させてやってもいいが、首謀者を殺してしまうと、この神殿事件そのものがうやむやになるし、色々と背景を訊問しないとならない。まあ、手足の骨を叩き折るくらいで勘弁してくれ……。さて、スクルド」

 

 男の声がした。

 頭が温かいもので包まれる感覚が起きる。

 すると、頭の痛みが消える。

 もしかして、治療された?

 そんな感じだ。

 

 しかし、どういう状況なのだ。

 蹴り転がされて、壁に背中をつけて尻もちをついている状態で周囲を見る。

 目の前には、憤怒の表情を向けているリンダとその妹──。ほかの奴隷もいる。

 また、さっきの声の主は、その女たちの後ろ側にいるみたいだ。

 

「ありがとうございます。じゃあ、あたしは左脚にするわ。イマルは右でいい?」

 

「ええ、お姉ちゃん……」

 

 あの姉妹奴隷だ。

 

「そんじゃあ、あたしは、こいつの股ぐらをもらうわ。あれを踏みつぶしていいかしら」

 

 すぐ前を進ませていたはずの冒険者上がりだ。

 ほかにも魔道遣いふたりもいて、途中で置いてきた奴隷以外は全員いる、しかも、全員が武器を向けている。

 なんで?

 

「お、お前ら、なんで……。あっ、首輪──」

 

 思わず叫んだ。

 チャーリーに迫っている女たちの首には、あるはずの奴隷の首輪がなくなっているのだ。

 よく見れば、床に散乱している。

 もしかしたら、隠し通路から外に出た一瞬で、隷属を解除された?

 それしか考えられないのだが、そんなことが可能なのか?

 

「待ちなさい、あんたら──。ちょっと、一度下がりなさい。まずは名前──。あんたらって、神殿に捕らわれて、闇奴隷にされていたということでいいのね?」

 

 たしなめるような声は若い女の声だった。

 やはり、奴隷たちの向こう側だ。

 

「とにかく、これを身体に巻け。いつまでも素っ裸は目の毒だ」

 

 さっきと同じ男の声──。

 すると、奴隷女たちに毛布が渡されだす。それで裸身を隠す女たちがエルフ美女に促されて壁際に集まっていった。

 やっと視界が開けて、後ろにいる者たちの姿が見えた。

 王族の装束を身に着けた男とその周りにいる女たちだ。女たちは五人であり、エルフ族の女がふたり、人間族の女が三人である。

 どの女も美人だが、特にエルフ族の女ふたりの美しさは群を抜いている。

 チャーリーは、これまでの人生の中でこれほどの美女に接したことはないと思った。

 しかも、ただ美しいだけじゃない。

 とてつもなく色っぽい。

 なにをしているというわけでもないが、そこに存在するだけで周囲の男を圧倒するほどの色香を感じる。

 それはほかの女も同じだが……。

 だが、誰だ、こいつら──?

 

「た、助けていただいて感謝します。あ、あたしは冒険者のリンダというもので……」

 

 一方で毛布を身体に巻いた女たちが名前と神殿に捕らわれていたということを説明を始めた。

 チャーリーは唖然としたまま、その状況を眺めているしかなかった。

 もはや逃げる手段などないのは明らかだ。

 そんな素振りを示そうものなら一瞬にして、また痛めつけられるに違いない。

 

「王族……なのか?」

 

 思わず、疑念の言葉が口からこぼれた。

 だが、次の瞬間、またもや身体が浮いた。

 さっきのエルフ美女があっという間に距離を詰めて、チャーリーの髪の毛を掴んで、顔面を床に叩きつけていた。

 鼻が潰れた感触とともに激痛が走る。

 そのまま髪を掴まれたまま、膝をついた状態で顔だけをあげさせられた。

 男のすぐ前だ。

 

「訊ねられたことだけ喋りなさい。逆に、ロウ様に訊かれない限り勝手に喋るんじゃないわ、この悪党」

 

 エルフ女に耳元で怒鳴られる。

 そのあまりもの迫力に身体が竦んでしまった。

 だが、ロウ様?

 

「独裁官のロウ=ボルグだ。名前くらいは耳にしたことがあるだろう。俺がそうだ。司祭のチャーリーだな。どうやら、お前がマイム神殿で行われていた闇奴隷売買の首謀者のようだな。大人しく全てを白状すれば、多少は楽に処刑するように進言してやろう。だが面倒かけるようなら、生まれたのを後悔するような処刑をする。観念しろ」

 

 男が言った。

 

「独裁官様──?」

 

「ええ?」

 

「うそっ」

 

 毛布を巻いた奴隷女たちもびっくりしている。

 

「あんたら、あたしたちが誰だかもわかんないのに、この悪徳司祭に突っかかっていくんだもの。とにかく、王軍よ。あんたたちは外にいる王軍が保護してくれるわ。安心しなさい。ベアトリーチェという騎馬隊長がいるから、彼女に言えば、すぐに家族にも連絡してくれるわ」

 

 男の横にいる小柄な人間族の女が言った。

 

「あ、あのう、もうひとり……。こいつに途中で、戦った後に死ねと命令されたまま、置き去りにされていて……」

 

 リンダが慌てたように言った。

 ロウが頷くのがわかった。

 

「ああ、そういうことで、途中で動かないのか。わかった。コゼ、スクルドを連れて、奴隷解除して保護してきてくれ」

 

「わかりました、ご主人様。スクルド、行くわよ」

 

「はい」

 

 その小柄な女とスクルドと呼ばれた顔にフードを被った女がこちら側から穴に入っていく。

 すると、そのスクルドの前に透明の球が浮かんだ。

 通信球だ。

 それが割れる。

 

「あら、ご主人様、イライジャさんからですわ。神殿の制圧が終わったそうです。地下にあった奴隷部屋を確認したとのことです。それと、神殿長と副神殿長について、薬物中毒による瀕死の状況らしいということです。危ない状況なので、取りあえず、わたしか、ガドさんをそっちに寄越して欲しいと言ってきました」

 

 声は聞こえなかったが、通話相手限定の魔道がかかっていたのだろう。

 穴に入りかけたスクルドとやらがロウに報告する。

 

「人類最高の白魔道遣いを連れて、そっちに向かうと伝えてくれ。コゼとスクルドは、そのままもうひとりの被害者を保護して、神殿側から戻って来てくれ」

 

「わかりました」

 

 スクルドが目の前に球体を浮かべてそれが消える。

 通信球を送ったのだろう。

 しかし、誰だ?

 見たことがあるはずなのだが、思い出そうとすると、不思議にも顔の印象が頭から消えてしまって思い出すことができない。

 いや、そもそも、顔を認識できない?

 おかしな感じだ。

 

「ガド、そういうわけだ。ひと仕事頼むぞ。まあ、その前に、こいつを神殿前の王軍まで連れていくか。エリカ、シャングリア、彼女たちと、この悪徳司祭を連れてきてくれ」

 

 ロウが言った。すると、エルフ族の女と人間族の女がやってきた。彼女たちは縄束をそれぞれに持っている。

 いずれにしても、もう逃げることは不可能だ。

 チャーリーは観念した。

 

「待ってください、独裁官閣下」

 

 そのとき、リンダはロウに向かって声をあげた。

 

「どうかしたか?」

 

「さっきの話です。殺さない限りは、手足の骨を折ってもいいといいようなことを言われました。やらせてください」

 

 リンダがチャーリーを睨みつける。

 チャーリーはぞっとした。

 

「好きにしろ。終わったら神殿の前まで引きずってこい」

 

 ロウは事もなげに言った。

 次の瞬間、リンダをはじめとした女奴隷たちがチャーリーの身体を掴み、いきなり、右腕を間接の逆方向に捻じ曲げた。

 ぼこんと音がして、凄まじい激痛が腕を襲う。

 

「うがあああっ」

 

「まだまだだよ」

 

 今度は左腕だ。

 女たちが寄ってたかって、またもやチャーリーの腕を間接の逆方向に強引に捻じ曲げてきた。

 

 

 *

 

 

 二日経った。

 一郎は護衛としてエリカひとりだけを伴ったまま、アネルザの呼び出しにより、王宮内にあるアネルザの執務室に入った。すでに、夜も深い。

 

 ところで、イザベラの治政におけるアネルザの地位には、特別なものはない。表向きには、アネルザは元王妃として、ルードルフ王の処刑に伴い地位を失って、隠居のうえ蟄居したことになっている。

 しかし、実際にはこうやって、いまだに王宮の一室に執務室を持ち、独裁官ロウ、あるいは、女王イザベラの名で様々な業務を統括している。

 だが、元王妃のアネルザが「院政」のように業務を続けていることは、公然の事実として、ある程度拡まってもいて、イザベラ、ロウ、アネルザという三人態勢でハロンドール王国を動かしているというのが実態だ。

 

「遅れたか?」

 

 一郎は女たちが囲んでいるソファの一角にエリカとともに腰をおろしながら言った。

 すでに、アネルザ、イザベラ、ミランダ、さらに、ケイラ=ハイエルこと亨ちゃんが集まっていて、ソファに腰をおろしている。

 事前に連絡を受けていたこの集まりは、これですでに全員だ。

 

「いや、そうでもないさ。刻限通りだ。ところで、今夜はどこに回ったんだい?」

 

 アネルザが言った。

 

「今夜は、エルフ親衛隊です。しばらく、新教団正面が続いていたので、そっちということにしてもらいました」

 

 応じたのはエリカだ。

 暇さえあれば、のべつまくなしに女を抱きまくっている感のある一郎だが、性奴隷としての女が多くなってきたこともあり、気まぐれのまま好き勝手にというわけにもいかないところが出てきて、夜の訪問については、正妻となる予定のエリカに管理をしてもらうことにした。

 

 すなわち、一郎は夕食後から就寝までの時間のあいだに、ナタル女王国の公使館警備という名目で駐留しているエルフ族の親衛隊か、イザベラ侍女団か、フラントワーズが統括している新教団の性教徒などのどれかに赴いて、時間の経過のなくなる仮想空間を利用して、十人、二十人と抱きまくるということを日常としているのだが、それらのどこにいくかをエリカに一任しているのだ。

 

 抱き方は、ひとりひとり抱くこともあれば、まとめて抱くこともあるし、それとも、遊戯のようなことをして愉しむこともある。まあ、気分次第だ。だが、毎夜毎夜、どこに向かうのかということをエリカに任せているというわけだ。

 今日はエルフ親衛隊のブルイネン以下三十人の痴態をたっぷりと仮想空間で愉しんできた。

 

「ありがとう、お兄ちゃん。お兄ちゃんが可愛がってくれるおかげで、彼女たちはどんどんと強くなっているわ。人数こそ三十人だけど、水晶宮の魔道師団一個五百人以上の実力があるかもしれない。今回のことでかなりの実戦経験も積んだしね」

 

 亨ちゃんだ。

 

「ここだけの話、うちの女兵も片端しから犯しちまったらどうだい。それで、あっという間に、王国最大の精強部隊が誕生だ。どうなんだろうねえ、正妻殿」

 

 すると、アネルザが軽口を言った。

 

「ロウ様、次第ですね」

 

 エリカが応じる。

 一郎は横で肩を竦めた。

 

「むやみやたらに増やすつもりはないんだ。もっとも、成り行きで大所帯になってしまったけどね。ところで、そんな話で呼び出したんじゃないんだろう?」

 

 一郎はアネルザに視線を向ける。

 すると、アネルザが頷き、その口元から笑みが消えた。

 

「そうだね。先日のマイム神殿の件さ。ローム側の大神殿から早くも反応があったからね。とりあえず、お前の耳にも入れておこうと思ったのさ。ただ、微妙な話題なので、身内にもまだ拡げたくない。ここだけの話ということさ。人数もここにいる者だけにさせてもらったよ」

 

「あの闇奴隷騒動か。まあ、ローム教会との協定違反なのは確かだろうけど、あれだけ確かな犯罪の証拠があがったんだ。さすがに、ローム教会とやらも文句も言えないだろう。あれはれっきとした組織犯罪だ。謝罪のひとつでもしてきたか?」

 

 一郎は言った。

 

「とんでもない。謝罪どころか、教会としては、抗議してきたよ。あれは、こっちの陰謀による冤罪だそうだ。そもそも、マイム神殿にはチャーリーという司祭など存在しないし、当然ながら、神殿が闇奴隷の巣窟になっていた事実などあり得ないと主張してきた。あれからまだ二日だが、反応は早いよ。おそらく、かなりの高位魔道で情報の収集と交換してるのは間違いないね」

 

「はあ? あれが冤罪というのはどういう意味なのだ、母者? そもそも、マイム神殿の地下には、あそこに闇奴隷を監禁していた証拠が厳然としていまでも残っておるのだろう。関係者の証言も集まっている。チャーリーという首謀者の自白。毒を盛られていた神殿長などの証言。全て揃っておる。それはわたしも確認しているぞ」

 

 イザベラが口を挟む。

 アネルザは静かに首を横に振る。

 

「証拠を資料として送りつけたとしても、向こうはそれは王国が工作したものだと主張するだけだろうね。いずれにしても、マイム神殿のことについては、こっちもまだ調査中の段階なので、なにも送っていない。それなのに、これほど敏感に反応しているということは、今回の事件を教会側も重大視しているということは間違いない。だからこそ、絶対に認めないと思う。黒でも白だと言い切るつもりなんだろう」

 

「なんだいそれ? あれをなかったことにするということかい、アネルザ? 実際に、うちの冒険者は何人もさらわれてんだよ」

 

 ミランダが声をあげた。

 

「わたしに文句を言ったって仕方がないだろう。ただ、教会の連中は、謝罪どころか、こっちに抗議をしてきた。もともと、新教を認めたことや、新暦の設定のことで、ロウのことを糾弾していたこともあり、おそらく、徹底的に戦うつもりなんだろうさ」

 

「馬鹿げている。あれだけのことをして、謝罪どころか、王国を糾弾するだと? 冗談ではないぞ」 

 

 イザベラがまた文句を言った。

 

「いや、実は向こうの反応は、王国の糾弾じゃないんだ。ロウへの糾弾なんだ。いまのところ、信仰を冒涜する異教徒だと断定して、ロウの即時の王宮からの追放を要求してきている。まだ、正式なものじゃないけど、こっちの出方によれば、教会はそれを正規に出すだろう。場合によっては、破門宣言だね」

 

 アネルザだ。

 

「破門? なんだそれ? そもそも、俺はクロノス教会とやらに入信したつもりはないんだけどな」

 

 一郎はお道化た。

 

「笑い事じゃないさ。あのルードルフに対してでさえ、破門なんて宣言は教会はしてない。でも、教会の力は大きいよ。特に地方においてはね。教会が本気で王国を敵にすれば、民衆が叛乱を起こすかもしれない。それだけ、教会の影響というのは大きいんだ。さっきも言ったけど、地方に行くほどね」

 

 アネルザが嘆息する。

 

「ふふふ、お兄ちゃんを敵にするということね……。はーん、そう。へええ……」

 

 すると、亨ちゃんが不気味な口調で笑いだした。

 

「なら戦うだけだ。ロウ殿はわたしの夫になり、この子の父になる男だ。アン姉さまにとってもそうだ。王国はロウ殿を見放さん」

 

「わかってるよ、イザベラ。ただ、ロウ、いま言ったことは頭に入れておいてくれ。現段階でローム教会がお前を全面的な神敵だと主張すれば、少なくとも王国の地方は荒れる。なんとかしようとは頑張るけど、とりあえず、今はそういう状況ということだ」

 

「まあ、別段、追放でも構わないぞ。好きなように扱ってくれていい。特に王宮の権力に未練があるわけじゃない」

 

 一郎は言った。

 

「そのときには、ナタル森林に戻るといいわ。喜んで、お兄ちゃんを受け入れて、ローム教会とやらはぎたぎたにしてやるから」

 

 亨ちゃんだ。

 

「そうならないようにすると言っているだろう。とにかく、いまは、分断の工作をかけてる。ただ、時間が欲しい。待っておくれ」

 

 アネルザが大きく息を吐く。

 

「分断って?」

 

 ミランダが口を挟んだ。

 

「腐敗して、汚れているのは決して教会も例外じゃないということだよ。今回のマイム神殿のことは稀有な例じゃない。これまで、各地の神殿が王宮の権威が入らないことをいいことに、好き勝手にやっていたところもあるというのも確かさ。ざっくばらんに言えば、とんでもない神殿もあれば、素晴らしい神殿もある。汚れてきた神殿の実態に危機感を覚えている神官たちも大勢いる。それを取り込む。王国内の神殿を分断させて、一枚岩にならないように工作する。それで状況が複雑になり、こっちも対抗できる」

 

「わかったよ。ただ、必要であれば、俺を切り離してもいい。死んだという工作ならば、いくらもでやりようもあるしね」

 

 一郎は微笑んだ。

 

「やめておくれ。いまや、お前はこのハロンドールの英雄でもあるんだよ。お前を嘘でも処刑などすれば、破門宣言を受ける以上に、この王国は荒れるよ」

 

「ナタルもよ」

 

 アネルザに続いて、亨ちゃんも大きく頷いた。

 

「ミランダにも頼む。マイム神殿のような隠し犯罪をしている神殿がないのか。あるいは、マイム神殿のやっていた闇奴隷の背景がなんなのか。教会の悪事の実態がさらに拡大すれば、状況も変わる。連中もさすがに無視できなくなる。わたしの正面でも動くけど、冒険者ギルドとしても動いておくれ」

 

「了解さ。今回のことはギルドの冒険者の災難でもあるんだ。徹底的にこっちでも調査するよ。それこそ、この国にある闇奴隷組織は全部潰してやる」

 

 ミランダだ。

 

「頼むよ。ただ、ロウ殿、これだけは言わせてくれ。今回のことで、お前のしたことは正しい。これについては、わたしに不満もないし、イザベラもそうだろう。ただ、状況は簡単ではない。それだけなんだ」

 

「承知したよ、アネルザ。まあ、とにかく、万事よろしく。俺にできることがあれば言ってくれ」

 

 一郎は言った。

 

「そうだね。だったら、聖女でも寝取ってくれるかい? もしかしたら、それで解決するかもしれないね」

 

「聖女?」

 

「クロノス教団でもっとも権威のある巫女のことさ。まさに女神官の頂点だ。ローム教会の頂点は、教皇だけど、女神官の頂点は巫女の聖女だよ。あれを味方にできれば、万々歳なんだけどねえ。それこそ、分断だ。いまの聖女は、教皇クレメンスの孫娘のマリアーヌだ。美人らしいよ」

 

 アネルザが豪快に笑った。

 

「聖女マリアーヌか」

 

 一郎は肩を竦めた。

 

 

 

 

(第14話『マイム神殿事件』終わり)

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