【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
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「絶対に壁の外に出ちゃあ、なりませんよ。出たら最後、おっそろしい魔物に喰われちまいますからね」
「ロクサーヌ様、絶対に屋敷の外に出ては駄目よ。お嬢様なんて、あっという間にさらわれて、殺されるか、奴隷にされて二度と戻って来られない場所に売られてしまいますからね。外は恐ろしいところですよ」
「お嬢様、外に出ては駄目ですよ。なにか欲しいものがあれば、屋敷の者の誰にでも伝えてください。そして、旦那様にお伝えしますので……。でも、絶対に、外には出ないでくださいね。お嬢様を見ている召使いから隠れるのもやめてくださいね」
ロクサーヌは物心ついたときから、そんな言葉を繰り返し聞かされて育った。
屋敷で暮らしていた大人たちは、ロクサーヌのような子供というものは、好奇心が服を着ているような聞き分けのないものであり、油断していると、絶対に大人の言いつけに逆らって、悪いことをするものだと決めつけていたらしく、ロクサーヌは十歳くらいになるまで、およそ、たったひとりで何かをするという経験のないまま育った。
屋敷は広かった。
成長をして大人になってから、大公の血を引く者が暮らすには、そこはとんでもなく狭くて、考えられないような古い建物だったのだということを悟ったが、当時のロクサーヌのとっては、それが世界の全てだった。
二階建ての母屋のほかに、敷地の中には平屋の建物が五個か六個あり、駆けまわるには十分な庭もあった。
ロクサーヌがそこで暮らした十歳までの年齢の子にとっては、十分な広さだ。
そして、基本的には、屋敷の敷地の中でさえあれば、ロクサーヌはどこにでも行ってもよかった。
ただし、屋敷を囲む壁は、大人の背の三倍はある高い石壁であり、そこから外には出てはいけないことになっていたのだ。
壁の外はどんな場所なのだろうかとも思わなかった。
ロクサーヌの世界は、壁に囲まれた敷地の中であり、正直にいえば、幼いロクサーヌは、その世界の外にまったく興味を抱かなかったと思う。
石壁に閉ざされた屋敷と庭──。
それがロクサーヌの世界のすべてだった。
従って、ロクサーヌが見たことがある者というのも限られていた。
屋敷にいるのは、「じいや」「ばあや」と呼んでいた人間族の老夫婦であり、住み込みの家庭教師であり、十数人の人間族の男女の家人であり、あとは大勢の獣人の召使いだった。
父親も母親も一緒には暮らしていなかった。
だが、寂しいという感覚もなかった。なにしろ、親というものが物心ついたときからいなかったのだ。
存在はするとは教えられたが、それだけだ。
どこの誰かということも知らされなかったし、ロクサーヌも知りたいとは考えなかった
ロクサーヌにとっては、親というのは世界の外の存在であって、ロクサーヌには関係のないものだったのだ。
また、獣人については、名前を呼ぶのはもちろん、名を覚えるのも禁止されていた。
召使いをしている獣人というのは、家具や道具と同じであり、言葉は喋るが、ただそれだけのものだと教えられた。
そして、獣人たち──彼らが「獣人族」という人間族とは違う種族の人族だということがわかったのは、屋敷を出てからだったが──は、いつもおどおどしていて、周りにいる人間族の者たちをひどく怖れていた。
首には首輪があり──これも後で知ったが、「奴隷の首輪」である──、屋敷のあちこちで鞭打たれたりしていた。
ロクサーヌのような小さな者はいない。
いるのは、大きな大人だけだ。
それもまた、ロクサーヌの世界のすべてだった。
いまにしてみると、恐ろしく狭い世界の中で暮らしていたのだとわかるが、それは父親であった当時の大公の二人目の大公弟がロクサーヌという娘を守るためであったのだ。
ロクサーヌは
そして、父親の正妻という女は大変な悋気者で、夫であるロクサーヌの父が自分のほかに愛人を持つのを許さず、愛人を作ったと知れば、すぐに人を送り込んで、殺させたりしていたらしい。
もしかしたら、ロクサーヌの母親も、その正妻に殺されてしまったのかもしれない。
ただ、ロクサーヌの父親の大公弟は、気が弱くて正妻に頭があがらず、そんな正妻をどうすることもせず、ただ、その正妻の手が及ばないように、絶対に見つからない場所に、妾腹の娘のロクサーヌを隠したのだ。
それがロクサーヌが育った屋敷なのである。
場所は、獣人族ばかりが住んでいる「獣人コロニー」と称する地域の中に作った屋敷であり、確かに、こんなところに人間族の、しかも、大公の血を引いている者が暮らすなど考えられない場所だったのだ。
決して、屋敷の外に出るなというのは、その正妻の手の者に見つからないようにということだけじゃなく、獣人地域という治安の悪い地域にぽつんとある富豪の人間族の屋敷ということで、獣人たちの犯罪に巻き込まれないようにという理由だったのである。
その世界が破れたのは、ロクサーヌがもうすぐ十一歳の誕生日を迎える頃のある日だった。
その小さな世界が壊れるときがやってきた。
「火事だ──。火をつけられた──」
夜のことだった。
突然に屋敷の中が騒然となっていて、寝台にひとりでいたロクサーヌは叩き起こされた。
寝ぼけ眼のロクサーヌを寝間着のまま担ぎ上げたのは、大柄の獣人族の女召使いだった。
横には、ばあやと男の家庭教師がいる。また、ロクサーヌを抱きあげた獣人女のほかにも、五人ほどの獣人の男女もいた。
うつらうつらしていたのはほんの少しのことだ。
すぐに、十歳のロクサーヌにも、ただならぬことが起きているということはわかった。
あっという間に、部屋が煙だらけになった。
廊下側からは、がらがらとなにかが崩れるような音があちこちから聞こえる。
「ど、どうしたの?」
ロクサーヌは獣人の女召使いに抱かれながら叫んだ。
「わかりません、ロクサーヌ様。とにかく、母屋だけでなく、他の建物も含めて屋敷のあちこちが燃えてます。襲撃されているのです。ここから逃げなければなりません──。お前たちは、お嬢様を連れて逃げなさい。コロニーを脱出して、お嬢様を安全な場所に……。これは絶対の命令よ」
ばあやが叫ぶ。
ロクサーヌを抱いている獣人女をはじめとして、他の獣人たちが大きく頷いた。
「心配ない。俺もいる。とりあえず、この屋敷を脱出しよう。俺に任せてくれ」
声をあげたのは、人間族の家庭教師だ。
ばあやと一緒にロクサーヌを確保しにきたようだが、ふと見ると右手に剣を持っている。
ばあやが持っている灯りで、その剣の刃が赤く濡れているのが見えて、ロクサーヌはぞっとしてしまった。
そして、さらに気がついたが、ばあやもまた、長い棒の先に刃物がついた武器を持っている。
「いくぞ」
その家庭教師の合図で部屋を飛び出した。
部屋の外は炎でいっぱいだった。
あちこちが燃えていて、その炎で照らされているのだが、ロクサーヌたちがいる二階の下の一階では剣で戦っている者たちがところどころにいて、大変な状況だ。
ロクサーヌは抱きかかえられながら目を見張った。
「いたぞ──。あそこだ──」
「捕まえろ──」
「逃がすな──」
一階にいた賊徒たちが一斉に声をあげるのが聞こえた。
そして、五名ほどの塊が、戦っている家人たちの隙間を抜けて階段をあがってきた。
「面倒だねえ──。シーン殿、ロクサーヌお嬢様から離れないでよ」
飛び出したのはばあやだ。
ロクサーヌは驚愕したが、階段の途中で賊徒たちを迎え撃ったばあやは、あっという間に大きな身体の賊徒の男たちを斬り倒してしまった。
「さすがは、元の
苦笑気味に言ったのは、シーンという家庭教師の男である。
シーンは、獣人女が抱えているロクサーヌにぴったりとついている。
ロクサーヌは抱かれたまま、階段の途中にいるばあやに合流する。
「いや、歳はとりたくはないものさ。ちょっと腰にきてるよ。行くよ──」
ばあやが階段を駆けおりていく。
ロクサーヌたちも一丸となって、一階におりた。
それからは、ただただ怖かった。
目の前で血が飛び、人が倒れ、怒号と悲鳴の飛び交う中をロクサーヌたちは駆け抜けていった。
やがて、気がつくとロクサーヌたちは炎に包まれている屋敷が見えるどこかの建物の横にいた。
さっきまでの喧噪が嘘のように、辺りは夜のしじまの中にある。
ロクサーヌは生まれて初めて、自分が屋敷の外に出たのだということがわかった。
「大丈夫か、婆さん。腕を斬ったか?」
シーンだ。
「あっ、ばあや──」
ロクサーヌも叫んだ。
ばあやが右手に怪我をして血を流していることに気がついたのだ。
「掠り傷だよ……。だけど、一体全体、なにがあったんだろうねえ。とんでもないことさ」
ばあやは獣人に命じて、自分の傷の手当てをさせながら舌打ちをした。
「これだけの人数を動かせるんだ。例の狂った正妻殿に間違いないだろう。多分、ついに、ロクサーヌ様の居場所を知られたんだろうな」
シーンが言った。
「違いないねえ」
「だけど、そうだとすれば、まだ追っ手は来るぞ、ばあさん。念のためだ。あんたになにかあれば、こいつら奴隷を俺に隷属するように命じておいてくれ。あくまでも、念のためだ」
「そうさねえ。まあ、確かにね。あたしか、爺さんが死ねば、自殺するように命令してるけど、非常事態だしね。そうするよ」
ロクサーヌがいる前で、ふたりがそんな話をしていた。
言葉のほとんどは理解できなかった。
とにかく、ひたすらに怖くて、ロクサーヌは獣人女に抱かれて震えていた。
一方で、ばあやとシーンは、「なにかがあったとき」のために、獣人たちの隷属の譲渡についてやり取りをしたみたいだ。
「よし、じゃあ、行こう。とにかく、コロニーを脱出して、ほかに身を寄せる場所を探そう。そして、旦那様に連絡を……」
シーンが行動を促す。
「そうだね。じゃあ、行こうか」
再び、ばあやが先導で進みだす。
その次の瞬間だった。
一瞬にして、そのばあやの首が血飛沫とともに、胴体から離れて飛んだ。