【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
ロクサーヌが部屋に入ってきたとき、アントワークは机で書類を読んでいる最中だった。
父であるギストン公が公都で過ごすときの執務室であるが、その父親は領土に戻らなければならない所用ができて不在であり、そのあいだの業務を長兄であるアントワークが代行をしているのだ。
もっとも、アントワークが許されているのは、入ってくる報告や書類に目を通すだけである。
自分で判断することは禁止されていて、実際の処置や指示は家宰が判断する。アントワークがするのは、その判断を了承して実行する命令を下すことだけだ。しかも、命令しないことも禁止だ。つまりは、アントワークは考えるなということだ。
まだ任すことはできないというのが、父の判断なのだと思うが、十六歳で成年をして父の手伝いをするようになって三年であり、もう十九歳だ。
いまだに、手伝い以上のことを許してもらえないのは、口惜しく思う。
「よろしいでしょうか、アントワーク様」
顔をあげると、かなり取り乱した様子のロクサーヌが肩で息をしながら扉から入ったところで立っていた。
かなり慌ててやってきたのだろう。
髪も服装も乱れている。
そして、激怒している表情でアントワークを睨みつけていた。
大人しい人形のような童女だと思っていたので、こんなに感情をむき出にした表情ができるというのは意外だった。
アントワークは、手に持っていた書類を机に置いた。
また、ロクサーヌは、この家の長兄であるアントワークのことも、次兄のフランクのことも、“お兄様”などという呼び掛けはしない。
禁止しているからだ。
アントワークも、妾腹のロクサーヌのことを妹などとは思っていない。
フランクもそうだろう。
そもそも、ロクサーヌをこの公都屋敷に引き取ってから三年になるが、いまだに敷地内の別宅に暮らしだ。家族ではないからだ。ただ、父親のギストン公は最近では少しずつ態度を変化させていて、それは実に不愉快だった。
「見ての通り、忙しい。お前のために割く時間はいまはない。夕方に出直してこい」
「いえ、出直しません。ルカリナを解放してください。彼女が盗みなどするわけがありません。あれは冤罪です。そもそも、わたしもルカリナもずっと別宅で暮らし、母屋になど行きません。だから、銀細工の燭台など盗めるわけがないのです」
「だが、ルカリナの部屋から、昨夜なくなった燭台が出てきた。動かぬ証拠だ」
「冗談ではありません。ならば、ルカリナはわたしの専属奴隷です。わたしが命令すれば、嘘をつけません。わたしをルカリナのところに連れて行ってください。そこで真実を告げろと命令します。それで潔白が証明できます」
「だから、忙しいと言っているだろう」
このロクサーヌが大切にしているルカリナという獣人奴隷を盗みの罪で地下牢に入れさせたのは、アントワークの指示である。
だが、早朝の起床前のことであり、ロクサーヌはいつもいるはずのルカリナがいなくなったことで、動顛してあちこちを探し回ったに違いない。
だから、こんなに服装が乱れているのだろう。
人形のように感情を表さない女だが、頭はよく、すでに十三歳にして「才女」の評判を得ている。
聞かれなければ黙っている大人しい態度なのだが、ひとたび口を開けば、子供とは思えない知識量を保有しているのがすぐにわかり、しかも、状況に合ったものを短切に説明することができる。
アントワークの母親の悋気から匿うために、父親は三年前までどこかに隠していたようだが、その母は賊を雇って、その隠れ場所に火を付けて大勢の家人を殺させるということまでしたそうだ。
その狂気を怖れて、ついに父は母を見限って処置し、ロクサーヌを呼び寄せた。
ただ、その時点では父も、ロクサーヌに期待することもせず、ただ世話をする者をあてがうだけにとどめ、母屋に入れることもしなかった。
だが、そのロクサーヌがだんだんと訪問をする貴族などに認められるようになると、父親のロクサーヌへの態度も変化をしだした。
頻繁に連れ歩くようにもなり、他人にも披露する機会を増やしたりしている。
二年前にハロンドール王国に、カロリックから使節団を派遣したときも、父はアントワークでもなく、弟のフランクでもなく、ロクサーヌを同行させた。
最近では、まだ十三歳なのに、ロクサーヌ自身の社交も増えたりしていて、招待を受けて幾つかのサロンに顔を出すということも頻繁だ。
父であるギストン公が許可をするのである。
そして、先日は、一応は次代の大公候補筆頭であるカートン公の正妻シャルルのサロンからの正式メンバーとしての勧誘があったらしい。
敵対派閥ながらも、シャルルの人気は高い。
それが十三歳の年齢で招待されたのだ。
いかに、ロクサーヌが特異な人物かであるかということだ。
実に面白くない。
アントワークやフランクの反対で実現していないが、父親はロクサーヌをそろそろ別宅ではなく、母屋で寝起きさせたい気配だ。
また、ロクサーヌの評判があがる前の二年ほど前に、このロクサーヌは軍部の重鎮のひとりであるルクセン卿を第二公子派閥に引き込むために、六十余歳の彼を婚約をさせたが、才気も美貌もだんだんと極まってきたロクサーヌを見て、ちょっと早まったかもしれないと時折口にしたりもする。
まったく忌々しい。
いずれにしても、あの獣人奴隷を牢に入れさせたのは、アントワークの指示である。
もちろん、盗みもでっち上げの冤罪だ。
実際には、銀細工がルカリナの荷から出てきたどころか、なくなってもいない。
ただ、捕らえただけだ。
当然だが、これはアントワークだけの考えではない。もともと、そんなものは認められていない。
父であるギストン公からの手紙による指示に沿ったものだ。話によれば、父は派閥の長である第二公子のビンス公から命令されたみたいだが、手紙にはそれへの不満が文間に表れていた気がした。
とにかく、このロクサーヌにあることをさせるというのは、もともとはビンス公の指示のようだ。
「ルカリナに会わせてください。どんな指示にも従いますから」
「とりあえず、夕方だな」
アントワークは、わざとらしく手で追い払う仕草をする。
部屋には、家宰と始め業務のために五人ほどの家人がいたが、アントワークの仕草に接して、ロクサーヌを追い出すために立ちあがる。
本当は、ルカリナを人質にしてやらせることがあるのだが、それはこの生意気な妾腹を苦悶させて、溜飲をさげてからでもいい。
このロクサーヌがあの獣人奴隷を特別に大切にしていることはわかっている。
「お待ちください。わたしは屈服すると言っているのです。アントワーク様の言うとおりに何でもすると言っているのですよ。それが目的なのですよね。さあ、おっしゃってください」
「出ていけ──」
アントワークはもうロクサーヌを見なかった。
家人たちがロクサーヌに詰め寄っていく気配が起きる。アントワークは書類に目を戻した。
だが、それにしても、ロクサーヌがこんなに喋るとは知らなかった。普段はほとんど向こうから口を開くということなどないのだ。
「お願いします。この通りです──」
すると、足もとで音がした。
家人を振り切るようなかたちで、こっちに飛び出してきたロクサーヌが床に膝をつき、手を頭を床につけて土下座をしていた。
アントワークは呆れてしまった。
「やっぱり、妾腹は妾腹か? 仮にも大公家の血を引くお前が奴隷のために土下座か? お前には誇りというものがないのか」
「誇りなど、ルカリナのためならいくらでも捨ててみせます。お願いでございます。ルカリナに会わせてください。なんでもします。どんなことでもします。どうか、どうか──」
ロクサーヌは泣き出してしまった。
アントワークは嘆息した。
まあいい。
アントワークは家宰に視線を送る。
「ルカリナに会わせてやれ」
そして、言った。
「承知しました」
家宰がアントワークに向かって一礼した。
「ああ、ありがとうございます」
ロクサーヌが床に頭をつけまま叫んだ。
奴隷のために、しかも、獣人のためにここまでするか?
こんな恥知らずに、自分と同じ血が半分はあるということが、アントワークにはどうしても信じられないことだと思った。
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とりあえず、作った分だけ投稿します。