【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
夜になっても、ルカリナが現れることはなかった。
もちろん、ここにロクサーヌを連れてきたモイラは、すぐにルカリナを連れてくるとは言わなかったし、どんな方法を使うのかわからないが、父が不在のあいだの家長代行をしているあの兄のアントワークが簡単に、ルカリナを解放してくれるとも思えなかった。
だが、ロクサーヌは待つしかない。
必ず、ルカリナを救出してくれるというモイラを通じて伝えられたゼルの言葉を信じることだけが、いまのロクサーヌにできる唯一のことなのだ。
とにかく、ここに連れてこられて、この部屋で待つように言われたロクサーヌは、ルカリナの無事を信じてひたすらに祈り続けた。
もっとも、ロクサーヌはここがどこなのかのかも知らない。
自分の偽者と入れ替わったロクサーヌは、ゼルに仕える女工作員のモイラに連れられるまま、この建物の中にやってきたのである。
馬車の中では、モイラの股間への舌舐め奉仕をずっと強要されていてまともに外を見ることはできなかったし、公都の城壁から外に出たと思われる場所以降は、馬車の窓を閉じられて、どこを馬車が進んでいるのかの気配を感じることも難しくなった。
おそらく、二ノス程度は停まることなく、馬車は進み続けたと思う。
そして、やって来たのがここなのだ。
また、馬車から降りるときには、ロクサーヌは目隠しをされ、モイラに手を引かれて、屋敷に入って、この部屋に入れられた。目隠しを外すことを許されたのは、部屋に入ってからだ。
この部屋には窓はない。
モイラは部屋を出ていったが、鍵も外側からかけられた。
ロクサーヌにわかるのは、馬車から降りるとき、喧噪のようなものは聞こえず、森の風のようなものを感じたということだけだ。
もしかしたら、公都から少し離れた森の中にでも建てられた屋敷のような場所なのかもしれない。
すると、外からかけられている鍵を開ける音に続いて、廊下側の扉が叩かれた。
ロクサーヌは、あてがわれている部屋の中で静かに椅子に座っていたが、返事をするいとまもなく、扉が外から開いて人が入ってきた。
ひとりは、女工作員のモイラであり、もうひとりは、顔にフードを被っていて、よく顔が見れなかった。
モイラが、ロクサーヌの前のテーブルを一瞥して、鼻を鳴らした。
「呆れた。あんた、まだ食事をとってなかったの。食べなさいって、あたし、言ったわよね」
モイラがロクサーヌの前に来て胸の前で腕組みしながら言った。
部屋に食事が運ばれたのは、この部屋に監禁されて少ししてからだ。運んできたのはモイラであり、食事を置いてモイラは出ていった。
それから、ずっと食事を載せた盆はそのままだったのだ。
「ご、ごめんなさい……。でも、食欲がなくて……。あ、あのう……、ルカリナはどうなりましたでしょうか? 無事でなのでしょうか?」
「君の獣人奴隷は無事だよ。それは確認している。不当な扱いを受けてはいるが、それは嫌がらせの範疇を越えてはいないね。話し合いには時間がかかる。ギストン家とは、君を養女としてもらい受ける話もあるし、もう少し待ってくれるかい」
すると、フードを被っている男が柔和な口調で横から口を挟んだ。
「えっ、あっ、ゼル様──」
ロクサーヌはその声で、彼がゼルだということに気がついた。
現在、このカロリック公国は、病床に倒れている現大公の後継者について、第一公子の嫡男であり現大公から後継者の声を掛けられていたカートン公と、多くの主要貴族が推す第二公子のビンス公のふたつの派閥に分かれて骨肉の争いとしているのだ。ゼルは。第二公子ビンスの嫡男である。
しかし、ロクサーヌは、これまで見た「予知夢」によって、次期大公がカートン公でもなく、ビンス公でもなく、目の前のゼルであることを知っている。
それで、自分の予知夢の能力を告げて、ロクサーヌとルカリナの庇護を求めたのだ。
なにしろ、ロクサーヌの父親である大公弟のギストン公は、ロクサーヌを引き取ったもののほとんど関心がなく、また、正妻の子のアントワークやフランクは、ロクサーヌを毛嫌いしている。
ギストン家に居場所はなく、ロクサーヌは孤立しているのである。
このままギストン家にいることは危険だという認識はある。
だから、庇護を求めたというわけだ。
そして、その状況で、今回のことが起きた。
突然に、兄のアントワークがルカリナを捕縛させ、ルカリナを人質にして、ロクサーヌにカートン公の正妻のシャルルの開く茶会で、ある魔石具の搬入を指示したのである。
困惑するロクサーヌに、以前からギストン家に潜入していたモイラが接触して、ロクサーヌをここに連れてきたということだ。
とにかく、慌てて立ちあがって儀礼の姿勢をとる。
しかし、ゼルはフードを外し、自分自身もソファに腰を沈めながら、手でロクサーヌに座り直すように促した。
「だけど、食事をしないのは感心しないねえ。君が食事を抜いても、ルカリナが早く救出できるわけじゃない。食べるときには食べなきゃ」
「で、でも、ルカリナがどうにかなっているじゃないかと考えると、怖くて……」
ゼルにさらに手で強要されて、ロクサーヌも座り直す。上座側のゼルの左側面の位置だ。一方でモイラについては、ゼルとロクサーヌのあいだに立つ。
「まあいいや。あとで菓子か果物でもモイラに運ばせよう。とにかく、三日はかかるかな……。もしかしたら、明日にでもなんとかなるかもしれない。いずれにしても、あの獣人奴隷には、モイラの手の者もついている。僕としても、君の予知夢を引き起こすことのできる大切な者を失うわけにはいかないからね」
ゼルが微笑んだ。
しかし、ロクサーヌは、このゼルについて、物腰も柔らかいし、口調も穏やかだが、実はかなりの策士であり、腹黒いところもある怖い人物だということは知っている。
ロクサーヌが自分の予知夢をルカリナ以外に教えたのは、このゼルがロクサーヌの予知夢では次期大公であるからというのもあるが、彼が優しい人格者でもあるという評判でもあったからでもある。
しかしいまでは、このゼルが外面ほど柔和ではなく、目的のためには手段を選ばないような怖い人物だということをわかっている。
そもそも、人畜無害のような男が、モイラのような海千山千の者を支配に置いたりできないと思う。そういう存在がゼルの周囲には大勢いるのである。
また、ロクサーヌの予知夢がルカリナとの性愛でのみ引き起こされるということも、ゼルは知っている。
そこにいるモイラに身体を愛撫されて、絶頂に達することも試したが、それがどんなに気持ちよくても、予知夢は起きないのである。快感だけでなく、幸福感も関係しているのではないかと推測もするが、とにかく、ロクサーヌが予知夢を見るのはルカリナに愛されたときのみだ。
従って、ゼルはロクサーヌだけでなく、ルカリナもまた助けてくれると信じている。
「どうかよろしくお願いします。少しでも早くルカリナを助けてください。わたしの大切な人なんです」
ロクサーヌは座ったまま頭をさげた。
「ふうん……。大事な人ねえ……。だけど、その大事って、自分の持ち物だから? 君はその大切な人を奴隷にしているんだよね」
すると、頭の上から小さな舌打ちの音とともに、蔑むような言葉が降ってきた。
驚いて、思わず頭をあげたが、そこには、たったいまの辛辣な言葉が嘘のような優しい微笑みの顔があった。
「ほらね。君の心からのお願いなんていうのはその程度なのさ。すぐに頭をあげてしまうような」
「あっ、いえ」
しかし、ゼルが再び辛辣な言葉を告げた気がして、慌てて頭をさげ直す。だが、それを制されて顔をあげさせられる。
「嘘だよ。ごめんごめん……。いずれにしても、君の獣人奴隷のことは安心していい。それよりも、この前もらった予知夢について確認したいね。あのハロンドール王国が分裂して崩壊するって話。ちょっと信じられなくてね。もう少し詳しく教えてもらえるかな」
ゼルが言った。
ロクサーヌが目の前のゼルの庇護下に入る代償として求められているのは、ロクサーヌがルカリナとの睦事を切っ掛けに見ることができる「予知夢」の内容をこのゼルに提供することだ。
予知夢らしきものに接したら、紙に書いてメイドとして屋敷に侵入しているモイラに渡すのだ。
もっとも、ロクサーヌが見る予知夢は、なにかの大事な出来事とは限らない。むしろ、なんでもない日常の風景であることが多いのだ。また、予知夢の内容や時期をロクサーヌが操作することもいまのところできないでいる。
だが、このゼルは、そんな他愛のない日常の予知夢から、重要なことを引き出すことができるみたいだ。
自分の工作に利用しているのだ。
例えば、パーティや茶会の光景でも、そこに誰がいて、どんな話をしていたかというだけでも、ゼルはそれを大切な情報に変えてしまえるみたいだ。
もちろん、それは、彼自身が握っている現実の情報網と照らし合わせてのことであるようだが……。
それはともかく、数日前に見た予知夢は、なんと、ロクサーヌとルカリナが殺される夢だ。
このゼルの短命に終わった大公を継いだロクサーヌが国をうまく治めることができずに、民衆に暴動を起こされて捕らわれ、公都の広場で磔にされて民衆に石を雨あられとぶつけられて殺されるという夢だった。
また、ルカリナについても、ロクサーヌへの見せしめとして、ロクサーヌが石投げの罰を与えられる前に、手足を縛られたまま、目の前で棒で滅多打ちにされて殴り殺された。
そんな恐ろしい夢だった。
本当なら、ゼルが大公として短命で終わることを示唆する夢の内容は伝えないことにしているので隠すのだが、そのときにはあまりの恐怖で悲鳴をあげてしまい、このモイラに予知夢を見たことをばれてしまった。
だから、将来のカロリック公国やロクサーヌたちの身に起きることは伝えずに、隣国であるハロンドール王国に起きる出来事を見たと、とっさに伝えたのだ。
予知夢の中にいるロクサーヌは、その時に自分が認識していたことや、その状況に至るまでの経緯について、「記憶」として覚えていることができる。
処刑されるロクサーヌは、少女大公として、自国だけでなく、隣国の状況についても認識していた。
それで、自分とカロリックに起きる悪夢に変えて、ハロンドールに起こる異変について教えたというわけだ。
しかし、それにしても、あれは恐ろしい夢だった。
どんなことがあっても、大公になどなってはならない──。
ロクサーヌは自分に言い聞かせた。
「詳しくと申されても……。わたしは、ハロンドール王国で起きることを実際に経験する予知夢を見たわけではありません。そのときのわたしが認識していただけのことです。わたしがそう思っていただけで、実際には違うかもしれません。単なる令嬢のことですし……」
ロクサーヌは言った。
自分が女大公だったということは隠して、このゼルの養女として令嬢としての記憶だと伝えている。
そもそも、ロクサーヌの処刑についても、タリオ公国のカロリックへの侵略を契機に発生するのだが、それも教えてない。
「まあ、それでもいいよ。君の口から直接に訊きたいだけさ。現在のハロンドール王は、ルードルフ王だけど、君の予知夢の中では、キシダイン王に代わっているんだっけ。モイラを通じて受け取ったメモにはそうあったね」
「は、はい……。ルードルフ王は……。確か、そのときには亡くなっていたと思います。王は戴冠したばかりのキシダイン王でした……」
だが、まずは、キシダイン王の基盤である王国の南部地域で大規模な農民反乱が起きて、地方王軍が大敗をして破れてしまうのだ。
同時期に、王国北西地域の彼らが辺境域と呼んでいる地域からキシダイン王に対する貴族連合の叛乱が発生する。現在の王妃アネルザの実家のある「辺境侯域」と呼ばれる一帯だ。
しかし、そのときの叛乱主は、いまの王国の辺境侯ではなく、ワイズ家の女伯爵が盟主となって起こした叛乱だったと思う。
その両方とも対抗することができずに、王国は混乱して完全な分裂状態になるのである。
ロクサーヌは、モイラに教えたことを同じように、ゼルに向かって語った。
「面白いねえ。それからどうなったかわかるかい?」
「いいえ」
ロクサーヌは首を横に振る。
夢の中でロクサーヌは民衆に処刑されて死んでしまった。その後のことは当然にわからない。
「ふうん。まあいいか……。そして、エルフの国のナタル森林国についても異変が起きると言っていたよねえ?」
「はい、突然に魔獣が森林内に大量発生して、人の住めない地域に……。それもあり、森林を挟むローム三公国側と、ハロンドール側は地域的に分裂します。ただ、タリオ公国のアーサー大公が森林地域に軍を派遣して、魔獣討伐の準備を開始します」
確か、そんな状況だったと思う。
タリオによるカロリック侵攻は、タリオ公国が準備していた森林への魔獣討伐を隠れ蓑にして、突然にタリオ軍が国境を越えることで起きるのである。
しかし、ロクサーヌはそれも教えない。
もしかしたら、タリオ公国がカロリックに侵攻する未来を告げることで、それに備えることができるのかもしれないが、その未来は、ロクサーヌがルカリナとともに殺される未来でもある。
そんなものは認めたくない。
「アーサーねえ。確か、いま内乱状態にあるタリオ国の一方の勢力の盟主だったね」
ゼルが考え込むように言った。
隣国タリオ公国は、カロリック王国同様に、大公の後継者を巡って内輪揉めの真っ最中だ。
あっちは、すでに内戦状態にあって、勢力としては大公派と呼ばれる上級貴族連合が圧倒的なのだが、アーサーという大公家の傍流出身の男が中小貴族の支持を集めて軍事衝突を挑んだのだ。
当初は、あっという間に鎮圧されるかと思われていたようだけど、とにかく、アーサーという男は戦争が上手らしい。
上級貴族連合がともすれば主導権争いで足を引っ張り合うこともあって、もしかしたら、アーサーがまとめている新興派が内乱に勝利するのではないかという観測もあるみたいだ。
まあ、これについて、ロクサーヌが十分に情報を得ているわけではなく、十三歳ながら、あちこちの茶会やサロンに呼ばれるので、そのときに語られていたことの単なる受け売りではあるが……。
「わたしの予知夢の中では、タリオ公国の大公になっておりました」
大公どころではない。
そのアーサーがカロリックに侵略を起こすのだ。
すると、カロリックの諸侯は雪崩を打って、個々にアーサーに降伏していき、公都を脱出しようとしたロクサーヌは民衆に捕まってしまい、国を見捨てようとした悪女としてルカリナとともに民衆に殺されることになるのである。
「なるほどねえ。まあ、ちょっと、それをもとに国外情勢についても分析してみるかなあ……。そろそろ、この国の混乱も収まるだろうしねえ」
ゼルが微笑んだまま、何気ない口調で言った。
「えっ、収まるのですか?」
ロクサーヌは思わず訊ねた。
すると、ゼルの口の端がさらに上にあがる。
「収まるね。今回のことを切っ掛けにして、我が従兄殿も、父上も激しく争い合う。それこそ、憎しみをぶつけ合ってね。その結果、どちらかが残るだろうけど、その一方が勝利者でいられるのは束の間のことさ。その勝利者についても、気がつくと、勝利者でなくなる。残るのは、僕ということさ」
ゼルがくすくすと笑った。
「今回のこと……ですか?」
「ああ、君はいい切っ掛けを作った。まあ、いずれにしても、しばらくはここに隠れていてもらうよ。そうすれば安心さ。これから起きる騒動で万が一にも、君たちのことを危険にさらしたくない。なにしろ、君の予知能力は、本当に有益だからね」
「は、はい」
ロクサーヌはそれだけを言った。
なにを言っているのかよくわからないし、ゼルについても、ロクサーヌから気の利いた返事を受け取ることは期待していないだろう。
「せいぜい、殺し合うといいのさ。あの気違いどもは……。ねえ、君、僕はねえ。僕がこの国を治めることでやりたいことがあるのさ。君はこの国の獣人奴隷についてどう思う?」
すると、突然にゼルがロクサーヌにそう訊ねてきた。
「獣人奴隷……ですか?」
どう思うと言われても、なにを答えていいかわからない。
ただ、このカロリック公国には、三公国内のほかの二公国やハロンドール王国に比べて、圧倒的に獣人族の数が多い。
そして、その獣人族は、亜族扱いで差別の対象でもある。
ほとんどの職業からは締め出され、自由に移動することや、一定以上の財を持つことも禁止されており、獣人地区と呼ばれるコロニー内でのみ生活をすることを許されている。
例外は、人間族の奴隷になることであり、コロニーの外に出るには、ルカリナのように、人間族の誰かの奴隷になる必要がある。
しかし、それについてどう思うかと問われても、ロクサーヌは答えに困った。
ロクサーヌが生まれる前からそうだったことであり、なにも考えたことはない。
ルカリナもいるし、幼い頃は獣人地区にいて、獣人奴隷に囲まれていたので、おそらく、ほかのカロリック貴族に比べれば、はるかに獣人との距離は近いとは思うが、獣人族が奴隷になることそのものについては、なにも思ってない。
「僕は理想主義者なんだよ。獣人といえども、人族には変わりない。獣人が奴隷にならないと、人間族の社会で生活できないなんて間違っていると思うんだ。許されないことだよね。そう思わないかい、ローヌ?」
ゼルがロクサーヌを愛称で呼んだ。
「そ、そうですね……」
ロクサーヌは頷いた。
正直、完全に同意したわけではないけど、言われてみれば、そうかもしれない。
ルカリナはロクサーヌの奴隷ではあるが、実際のところ、ルカリナを奴隷扱いしたこともないし、予知夢を見るときの睦事で意地悪をされて泣くのは、ロクサーヌの方である。
ルカリナも、ロクサーヌのことを主人だなんて考えてないだろう。
ロクサーヌとルカリナは親友であり、恋人だ。そう思っている。ただ、ルカリナに近くにいてもらうには、ルカリナがロクサーヌの奴隷でなければなければならない。
だから、便宜上、なってもらっただけだ。
「よかった。だったら、ルカリナの隷属を解放してもらうよ。とりあえず、僕に隷属を移してもらう。僕は、どんな奴隷でも、奴隷扱いしないからね。僕に隷属するということは、事実上、奴隷解放したと同じことになる……。ああ、よかった、君が僕と同じ意見で。じゃあ、ルカリナを救出できたら、ルカリナの隷属権を僕に譲渡してね。よろしく」
ゼルが事も無げに言った。
ロクサーヌは驚愕した。
「そ、そんなことはできません──。ぜ、絶対です。わ、わたしがルカリナを奴隷扱いすることもありません。ルカリナとは親友なんです」
ロクサーヌは思わず立ちあがった。
冗談じゃない──。
ルカリナを失うなど──。
「親友なのはわかっているよ。それを邪魔するつもりもないさ。なにそろ、君が予知夢を見るためには、あのルカリナが必要なのはわかっているからね。だけど、隷属だけは僕に移す。それだけさ」
「いや、いや、いやです──。ルカリナはわたしのものです。ルカリナだって、望んでません。そもそも、どうして、ルカリナをゼル様に──」
「いや、最終的には、僕はすべての奴隷を解放するつもりなのさ。だけど、物事は一気にはできない。だから、とりあえず、周りの奴隷から手を打っていこうと思っている。僕の周りにいる者については、すべての獣人を解放する。一度、僕の隷属に移すのは、その第一歩さ」
「だ、だったら、そのときに開放します。でも、ルカリナがほかの人のものになるなんて耐えられません。拒否します。それはもう絶対です──」
ロクサーヌは激しく首を横に振る。
すると、ずっと浮かんでいたゼルの口元の笑みがすっと消えた。
「ローヌ、これはお願いしているじゃない。命令だよ。君は僕の庇護下にある。それを誓ったはずだ。だから、こうやって匿いもしている。だけど、それは、僕の命令に従うということでもあるんだよ」
「なんと言われても、ルカリナの隷属を移すことには同意しません。わたしも何度も言います。ルカリナはわたしのものです──」
ロクサーヌは言い切った。
「ふうん……。獣人は誰のものでもない……。その獣人自身のものなんだけどね……。まあいいや。君を説得する方法はいくらでもある……。ねえ、モイラ、このわからず屋の彼女を説得してくれるかい? どんな方法でも構わないよ」
ゼルが後ろを振り返って、モイラに声をかけた。
「承知しましたわ」
モイラが酷薄そうな笑い声をあげながら、ロクサーヌの腕を力一杯に掴んできた。