【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「すべての手はずは整っております、シャルル様」
茶会が始まる直前に、シャルルは魔道師を伴なった警備隊長から報告を受けた。
大公宮内の敷地内にあるカートン公とシャルルの暮らす離宮内に作られている地下の一室だ。
この建物全体に防護魔道を施しているだけでなく、この地下一帯には二重三重の防護結界も施している。
また、魔道具を使って、地上側で行われている茶会の様子も壁に投影させていた。そこには、十数名の淑女令嬢に囲まれているシャルル自身の姿もいる。今日の茶会は立席形式であり、すでに集まっている参加者たちの挨拶を受けているのだ。
もちろん、そこにいるのはシャルルの替玉であり、特別な魔道具を使ってシャルルに変身している侍女だ。
完璧にシャルルになりきっていて、シャルルが見ても違和感はない。
話し方や仕草、話題の振り方など、なかなかのものだ。
「ならば、カートン公に報告を。今日こそ、ビンス公の悪徳を暴く証拠を押さえますとね」
「はっ」
警備隊長が戻っていく。
シャルルは、入れ直してもらった茶を手に取ると、投影されている地上の光景に目をやって微笑んだ。
「だが、他人が成りすましている自分を眺めながら、こうやって茶を飲むというのもいいのう。全ての公務はこれで済ませるか?」
「それは、エリーが気の毒というものです。シャルル様に成りすますという今回の任務に、胃が痛くなるほどに緊張していたのですから」
シャルルの軽口に、侍女のひとりがくすくすと笑った。
ほとんどの侍女には教えてないが、今日の茶会に出ているシャルルが本物ではなく影武者であることを知っている数名のうちのひとりだ。
ここにはふたりの侍女がいて、入れ替わりを知っているのは、変身具を使ってシャルルの真似をしているエリーという侍女と、目の前のふたりのみである。
そして、先程やってきた警備責任者と魔道遣いだ。
あとは、シャルルの夫のカートン公とその関係者である。
「まあ、本当はわらわ自身が囮になるつもりではあったのだがのう。どうしても、カートン公がいかんというのだ」
「閣下は、お美しいシャルル様を愛しておられますから。万が一にも危ないことがないかと気が気でないのでしょう」
「愛が重いわ。わらわは、この国のことで精一杯よ。この国のためなら、命のひとつやふたつ惜しくはない。旦那様の愛まで受ける余地は残ってはおらんて」
「そんなことおっしゃってはいけませんわ、シャルル様。おふたりが相思相愛なのは、見ていてわかります。羨ましいほどです」
「羨ましくないわ。毎日、愛をささやかれても、鬱陶しいだけぞ」
シャルルは笑い声をあげた。
今日、こんな風に影武者を使って、身を隠しているのは、今日の茶会でシャルルを狙う襲撃が行われるという情報に接したからだ。
しかも、襲撃の狙いはシャルルだという。
その手段まで事前に判明している。
夫のカートン公が使っている諜報によるものだが、ある魔石具が会場に持ち込まれるのだという。
魔石具というのは、魔道力体である魔石に直接に魔道文様を刻んで、魔道効果を生むように細工をしたものだ。
今回使われるらしいのは、結界を一時的に無力化する効果を持つものらしく、それで防護結界の力場を崩し、襲撃者が移動術の魔道紙で数名乗り込み、シャルルを抱えて再び移動術で逃亡をするということという。
そこまでわかっていれば、阻止するのも容易だが、シャルルはそれを聞いて、自分が囮になって、襲撃者を一網打尽に捕えるという策に変えることにした。
夫であるカートン公と、義理の叔父にあたるビンス公とのあいだで、骨肉を争う後継者争いが開始されて、それなりの時間が経っているが、このところ争いはさらに過激化し、尋常な手段のみならず、暴力を伴なうやり方でお互いの勢力を潰し合うという様相になっていた。
つまりは、互いの派閥に属する重要人物の暗殺合戦だ。
もっとも、いつも仕掛けてくるのはビンス派たちであり、こちらとしてはそれに対抗をして報復をしているだけだ。
やられたらやり返さなければならない。
さもないと、簡単に勢力を崩されてしまう。
これは戦いなのだ──。
そんな状態の中、今度はシャルル襲撃計画の情報が入った。
シャルルはこれを好機をとらえて、逆に罠を張ることを主張した。襲撃することがわかっていれば、そこに警備の重点を作って襲撃者を捕えることは容易だ。
そして、襲撃者にビンス派の関与を自白させるのである。
捕縛さえすれば、自白を強要する魔道薬も幾らでも利用できる。
確固たる証拠さえあれば、その大義名分のもと、ビンス派の関係者を一斉に捕縛させて、一気に形成をこちらに傾けさせてしまえるのだ。
連中の暴力に訴えるやり方についての証拠はこれまで抑えられなかったが、今度は実行犯を捕えることで確実に証明できる。
シャルルの主張に、夫のカートン公も結局は決心したが、シャルル自身が囮になることについては最後まで反対された。
それで変身魔道でシャルルに扮した侍女が、囮役を務めることになったというわけだ。
「おっ、あれは、ロクサーヌだな」
壁に映るひとりの小柄な少女に気がつき、シャルルは嘆息して呟いた。
今回のビンス派が企てている襲撃計画の鍵を握るのが、このロクサーヌだ。まだ十三歳という幼い年齢の割には頭がよく聡明だ。
シャルルはロクサーヌのことを、敵派閥の令嬢でありながらも気に入っていた。
だから、派閥の壁を越えて、サロンに参加させたり、茶会に招待したりしていたのだが、情報のあった魔石具を持ち込むのが、このロクサーヌらしい。
本当にがっかりだ。
まあ、どういうわけで、そんな工作をすることになったのかはわからないが、シャルルとしては、裏切られた気持ちである。
まあ、もっとも、たとえ情報がなくても、仮にも敵対派閥から参加する令嬢の行動を茶会で監視しないということなどないから、怪しげな魔石具の持ち込みなど、本来成功するわけもないのであるが……。
そして、茶会がいよいよ本格的に始まった。
茶会の会場に潜り込ませている「耳目役」の者たちから、次々に情報が入ってくる。
当初は自然にふるまっていたロクサーヌがしばらくすると、不自然な行動をとりだした。
そして、庭園に近いところに行き、スカートの中から大きな石のようなものを脚のあいだに落下させたような動きを示す。スカート丈が足首まであるのでわからないが、スカートの中の脚が動いているのだけははっきりとわかる。
しばらくすると、何食わぬ顔でその場所を離れていく。
だが、履物にはしっかりと土の汚れがついている。
足で埋めたのだろう。
「お粗末な工作員だのう」
映像を見ながらシャルルは笑ってしまった。
だが、これで襲撃にロクサーヌが関与した証拠は得た。いまは泳がせるが、全て終われば、一網打尽の対象にロクサーヌも入ることになる。
大公宮内に結界破りの危険物を持ち込んだとなれば、襲撃が未遂に終わっても、公国令によれば死刑に相当する罪に該当する。
わずか十三歳で処刑というのは気の毒ではあるが、まあ、仕方ない。
シャルルは、ロクサーヌが魔石を埋めた場所を重点に、ひそかに警備の重点を作ることを指示した。
あの大きさの魔石一個では、結界の穴は精々、人間が両手を拡げた幅の円くらいの大きさにしかならない。
襲撃者が出現するのは、そこになる。
だが、結局のところ、茶会が終わるまで襲撃者が現れることはなかった。
そして、夜になり、翌朝になっても異変はなかった。
つまりは、夜通しの待ち受けが無駄になったのだ。
シャルルはこの地下で仮眠をして朝を迎えたが、結局、あの魔石を埋めた場所から襲撃者が現れることはなかったのだ。
シャルルは呆気にとられるとともに、意を決して、ロクサーヌが魔石を埋めたと思われる場所を探索させることにした。
しかし、そこには土を掘り起こした痕はあったものの、魔石などなかった。
「仕方ない。兵を派遣して、ロクサーヌを捕縛させよ」
朝になり、シャルルは指示した。
何らかの理由で襲撃が中止になったということだろう。こうなってしまえば、明らかになっている罪は、魔石具の持ち込みだけだ。もっとも、問題となる魔石は消滅しているから証拠は魔道映像の記録しかない。
まあ、あとは事情をロクサーヌから訊ねてからのことか……。
そのとき、新たな情報が入ってきた。
二件同時にだ──。
「いま、なんと申した──」
それを耳にして、シャルルは怒鳴り声をあげてしまった。
ひとつの情報は、大公宮の外壁の外に小さな子供の死体が投げ捨てられたということだった。
その子供の身元はまだわからないが、身に着けていたものが問題だった。
シャルルとカートン公のあいだには、三歳と一歳の息子がいるのだが、その子たちが身に着けている寝着そのものだったらしい。
報告がそれだけだったら、気味の悪いこととだけしか捉えなかったが、続いて入ってきた報告には度肝を抜かれた。
シャルルの子どもたちが寝室から忽然といなくなってしまったのだという。
普段は、いまシャルルがいる離宮の上階で暮らしているのだが、昨夜については茶会を行った庭園における襲撃が予想されていたことから、一時的に大公宮内の別の建物に子供たちだけ避難をさせていたのだ。
しかし、もちろん、警備はしているし、なによりも大公宮の敷地内だ。
そこからいなくなってしまったらしい。
寝室の外には見張りもおり、室内にも侍女がふたり詰めていた。寝室に接する部屋にもそれぞれの乳母たちがいて、そこにも侍女たちがいたのだ。仮眠をとっていた者もいるが、全員が寝ているわけでなく、起きてもいた。
だが、早朝に気がつくと、それぞれの部屋から子供がいなくなってしまっていたそうだ。
とにかく、シャルルは血相を変えて、そちらに向かった。
建物に着く。
ものすごい数の兵が集まっていた。
建物を中心に大捜索が行われている。
子供たちが寝ていたはずの寝室に入る。
夫のカートン公がいて、悲痛な顔をしていた。
乳母や侍女たちが号泣している。
「で、殿下、どうなっておるのだ──?」
シャルルは怒鳴った。
だが、椅子に座って頭を抱えたまま、カートン公は真っ蒼なまま首を横に振った。
「わ、わからん。しっかりと警備はしていたらしい……。しかし、忽然と消えたとしか思えない状況だ」
「ば、馬鹿なことを申すでないわ。人が消えるものか──。探せ。探すのだ──」
シャルルは狼狽えて喚いた。
しかし、そのとき、はっとした。
「もしかして、こっちが本命か……?」
呟いた。
「あっ、いま、なんと言った?」
夫カートン公が顔をあげる。
「待て、いま思考中じゃ」
シャルルは手で制する。
だが、思考すればするほど、絶望的な状況であることを悟ってきた。
もしかしたら、昨日の茶会における襲撃という情報そのものが「ガセ」であり、向こうに警備の重点を作って、ほかの正面を油断させることが目的だったのではないか。
そう考えれば辻褄が合うのだ。
実際、まんまと陽動に嵌って、子供たちを普段とは異なる建物に寝泊まりさせたりした。そこでの警備を緩めたつもりはないが、平素とは異なる警備態勢であったことは間違いない。
そして、さらわれた。
外壁に捨てられていたシャルルの子の寝着を身に着けていた子供の死体は、おそらく脅しだろう。
子供たちは、すでにさらわれている。
そう判断するしかない……。
「シャルル?」
カートン公が黙りこくっているシャルルに、怪訝そうな顔を向けてきた。
「ロクサーヌじゃ……。とりあえず、あいつじゃ。拷問してでも、知っていることを吐かせるしかないわ──」
「昨日の襲撃に関与したという話の小娘か? あれが関係するのか?」
カートンが言った。
「なにを悠長なことを──。関係あるに決まっておる。わらわたちは陽動に騙されたのだ。茶会での襲撃計画など偽情報だったのだ。そっちに警備の重点を作らせて、この大公宮から子供たちをさらったのだ──」
「まさか──」
「まさかではない。ビンス派の連中じゃ──。だが、いま確実に関与していたのがわかっているのは、ギストン家のロクサーヌしかおらん。あやつを捕えるのだ──」
シャルルは怒鳴った。
「すぐに兵を出せ──」
カートン公が立ちあがって声をあげた。
そして、衛兵のみならず、諜報組織などを使って大規模な捜索が行われることになった。
ビンス派との接触もする。
しかし、シャルルについては、一度、私室に戻って休息をするということになった。すでに探したところを手掛かりを求めて自分も探そうかとも考えたが周囲に反対されてしまった。
仮眠をしたとあっても、空振りに終わった夜通しの警備対処のこともあり、心痛でかなり弱っているように見えるらしい。
まあ、確かに、こうなってしまえば、シャルルにも、できることはなにもない。
新たな情報が入るのを待つしかないのだ。
シャルルは、とりあえず、大人しく私室に戻ることにした。
自分についている侍女も、すでに捜索に参加しているので、同行させる侍女はふたりだけにした。
ほかは護衛の兵である。
「では、外に待機しております」
一緒にやってきた護衛が部屋の中まで同行し、敬礼をして部屋の外に出ていく。
「とりあえず、お着替えを。軽い食事も準備させます」
すぐにふたりの侍女が動き出した。
ところが、いきなりそのふたりが床に崩れ落ちる気配がした。
「えっ?」
驚いて振り向く。
唖然とすることに、そこにひとりの黒装束の男が立っていた。なにをされたかわからないが、侍女のふたりは、その男に抱えられるように床に横たえられている。
「そ、そなた──」
一瞬にして魔道具で防護結界を展開させるとともに、悲鳴をあげようとした。
しかし、その黒装束が手に魔道具の球体を握って、シャルルに向けていることに気がつきはっとした。
昨日、茶会の様子を地下の隠し部屋に投影させたものを同種のものである。あの球体に映っている映像をどこかに送っているのだと悟った。
「……大声を出せば、取引きは終わる。外の衛兵を呼べば、子供が二人死ぬだろうな」
ほんの聞こえるか、聞こえないかくらいの小声だ。
シャルルは背に冷たいものが流れるのがわかった。
「そ、そなたは誰じゃ。わらわの子は無事か?」
緊張で声が掠れる。
そもそも、どうやって、この警備厳重な大公宮に侵入したというのか……?
しかも、あちこちに罠も張り巡らされているシャルルたち私室まで入ってきたとは……。
誰だ?
そもそも、何者……?
子供たちをさらったのもこいつか……?
「いまは無事だ。もともと、依頼主の狙いはガキじゃない。あんただ。いま作動させた防護結界を解いて、そこにある転移紋を踏め。移動した先にガキが待っている」
「ば、馬鹿な……」
シャルルは眉間に皺を寄せた。
だが、ふと見ると、部屋にあるソファの横に目立たないが、転移術の文様があることに気がついた。
それを描いた大きな布が拡げられているのだ。
小さな魔石の破片が散りばめらていて、おそらく、それを踏めば魔道が作動して、シャルルはどこかに瞬間移動させられると思う。
しかも、その文様は大公家の一族が非常のときに使うものであり、それと同じ文様だ。
つまりは、それであれば、大公宮の防護結界をすり抜けて、外にだって跳躍が可能なのだ。もともと、非常時の脱出に使うものである。
だが、その文様は秘密であり、滅多なことでは知られないようになっている。それが外に出れば、出入り自由になってしまうからだ。
つまりは、それをこの得体の知れない侵入者が知っていたということは、少なくとも大公家一族の誰かが、漏らしたということだ。
おそらく、ビンス派……。
「なら、やめることだ。大声で叫べ、俺はそのまま逃げて、数日のうちに、お前のガキは見つかるだろう。死体になってな」
「き、貴様は……」
シャルルは歯噛みした。
「さあ、どうするんだ、お母さん? 俺はどっちでもいいぜ」
黒装束が覆面の下でにやりと微笑んだのがわかった。