【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
ギストンは、夜を徹して馬車を走らせてた。
領地を出立したのは今日の昼間であり、危険だが夜通し馬車を進めれば、明日の早朝には公都に戻れる予定である。
それにしても、重要な結節でたまたま公都を離れていたのは、これからのことを思えば、少し痛いことだ。
なにしろ、ついに次期大公の座を巡った抗争に終止符が打たれたのだ。
ギストン公が推していたビンス公側が、敵対するカートン公どころか、派閥の中心だったカートン公の妃のシャルルを殺害することに成功したのだという。
だが、その大事な結節に、ギストンはたまたま公都を離れていて、その働きになんの参加もしていない。
これについては、忸怩たる思いでしかない。
だが、突然になにがあったというのだろう。
魔道通信を使った連絡によれば、今回の決着は、ビンス公の嫡男のゼル公子が大きく関与しているのだという。
もっとも、なにがあったのかの詳しいことは、さすがに距離があるのでわからない。
わかっているのは、ゼル公子こそ、最大功績者だとビンス公が絶賛しているということくらいだ。
しかし、おかしなことだとも思った。
なにしろ、ゼル公子は、これまで、ビンス公とカートン公の後継者争いの抗争には一切参加せず、むしろ毛嫌いをしていたという印象だ。
それなのに、どうして突然に積極的になったのだろう。
そもそも、ゼル公子は獣人を大切にする「獣人保護主義者」だ。
彼は前々から、獣人奴隷を解放することや、獣人の立場を人間族と同様にすることを求めていて、それで父親のビンス公も、嫡男でありながらゼル公子を見限っている感じだった。
それがどうして、自分の信条と相容れないはずの父親に味方したのか?
ギストンはそれがどうしても腑に落ちなかった。
そして、今日、出発間際に届いたゼル公子からの手紙には、ちょっと理解するのが難しい申し出が書かれていた。
娘であるロクサーヌを養女としてもらい受けたいという願いだ。
とりあえず、無理だという返事を魔道通信で返したが、なぜ、突如としてそんなことをゼル公子が言い始めたのかということを含めて、ゼル公子との交渉はこれからのことになる。
息子のアントワークやフランクは、ロクサーヌを毛嫌いしているので、すぐにでも応じそうだが、ギストンは、ロクサーヌについては、それなりに評価していた。
年齢のわりには頭もよく、派閥争いの垣根を越えて上級貴族の令夫人たちなどに可愛がられる社交性も持っている。
なによりも、勘がいい。
ここぞというとき選択肢を誤らない嗅覚も持っているし、そして、十三歳にして可愛らしい顔立ちをしており、おそらく、数年でかなりの美女になる。
すなわち、政略結婚の駒として、きわめて有用だ。
それを理由なく、養女として渡すなどあり得ない。
そのときだった。
突然に馬車の中に喧噪が伝わってきて、馬車が一気に速度をあげた。
「どうした──?」
ギストンはなにが起きたかわからずに、馭者に大声で訊ねた。
しかし、返事はない。
焦ったようになにかを叫び続けているのが辛うじて聞こえるくらいだ。
「あああっ」
だが、その馭者が悲鳴をあげて遠くに行く気配がした。
小窓から前を見ると、馭者席に誰もいない。
ギストンは一気に血の気が引いた。
もしかしたら、馭者台から馭者が落ちたのか?
そして、次の瞬間、視界が回転した。
馬車が横倒しになったとわかったのは、頭をはじめ全身のあちこちを馬車の壁や天井にぶつけてからだ。
「お館様──」
「お館様を守れ──」
絶叫している護衛の騎兵たちの声が耳に入ってくる。
しかし、その護衛たちも次々に倒されていく気配が伝わってくる。
もしかして、賊の襲撃か──?
ギストンは痛む頭を手で押えながら、なんとか身体を起こそうとした。
すると、いまは天井側になっている馬車の扉が上から開かれた。
「ギストン公だな?」
開いたのは、ギストンの部下の護衛ではなく、驚いたことに大公宮の衛兵だ。少なくとも軍装はそうだった。
「そ、そうだ。なにがあったのだ──? 説明せよ」
どうして、こんなところに公都にいるはずの衛兵がいるのかわからない。
あるいは、賊徒を追ってきていて、たまたまその賊徒の襲撃を受けていたギストンを助けてくれたのかもしれないが、そもそも、公都の外で賊徒の取り締まりをするのは、大公宮の衛兵の任務ではないのだ。
「なにがあったのかっていうとなあ。まあ、こういうことだ」
その衛兵が頭に被っていた衛兵用の兜を脱ぐ。
すると、そこには人間族ではない口元の犬歯と豊かな髪の中から出ている動物のような丸い耳のついた顔が現れた。
「じゅ、獣人か──?」
ギストンは叫んだ。
獣人の賊徒団か──。
一瞬にして状況を理解した。
危険な夜を徹して移動をしていて、獣人たちで形成された強盗団の襲撃に遭ったのだろう。
このカロリックでは獣人族の生活は限界まで制約されている。
職業や居住の自由はなく、私有財産についても一定以上は認められない。そんな獣人族たちの中には、そんな生活に反発して社会から抜け出して賊徒のような集団を作る者たちもいる。
その獣人賊徒のひとつに襲われたのだとわかった。
しかし、なぜ、その獣人賊徒が衛兵の格好を……。
いや、そんなことは明白か。
つまりは、油断させるために……。
「
その獣人男が横にどき、そこに別の衛兵の軍装をした獣人が現れた、
弓をつがっていて、しかも矢の先がギストン公に向かっている。
「お、おい──。私はギストンであるぞ──。大公の弟の──」
ギストンは唖然となるとともに怒鳴った。
「わかってるよ。そのお前を殺せというのが、主殿のご命令でな。あんたの護衛はすでに片付けた。あんたも冥界に追っていきな」
矢が心臓に突き刺さる。
すぐに別の獣人の賊徒が現れて、次の矢を射掛け──。
瞬時に、さらに別の矢が射られ──。
ギストンの意識はあっという間に闇に包まれた。
*
「カゲト、我が父がお前を所望だそうだ。お前ほどの能力者は、僕には勿体ないと申しておられる。しかし、その誤りを正そう思ってな。カゲト、顔の装束をとれ」
ゼルは、現れたカゲトに顔の装束を外すように命令した。
ビンスは、そこから現れた姿に唖然とした表情を見せた。
「女──。しかも、獣人?」
「いかにも、彼女は獣人女です。男ではございませんよ」
ゼルは微笑んだ、
わざと男に見せかけているが、正真正銘の女である。
「余をたばかっておったのか──。卑しい獣人などを余に近づけたのか──」
ビンスが真っ赤な顔で怒鳴りあげた。
ああ、またか……。
どうして、この国の人間たちは、こんなにも偏見に満ちていて、正しい判断ができないのか。
獣人というだけで卑しいと決めつけるのはなぜだろう。
ゼルから言わせれば、そんな偏った考えしかできない者たちこそ、心が醜くて卑しいのに……。
いずれにしても、カゲトは女である。
身体が大きかったので男だと思い込んでいたと思うが、長い髪と美貌の顔は間違いなく女の顔だ
胸も大きく膨らんでいないものの、わずかに膨らみはある。よく見れば身体つきは女のものだ。
なぜわからないのか……。
「紹介しましょう、父上。諜者としてはカゲトですが、本当の名はチムルと申します。僕の恋人であり、将来を誓った娘です。申し訳ありませんが、父上にはお渡しできません」
ゼルは言った。
「はあああ──?」
すると、ビンスはあまりもの驚きのためか、声をあげたまま身体を硬直させている。
周りの領袖たちも唖然としている。
「こ、恋人だと──? 将来を誓う──。馬鹿か、お前──」
そして、やっと出た言葉はそれだった。
「馬鹿とは心外ですよ、父上」
「ふざけるな──。獣人女を恋人だと断言したのも憤懣ものだが、さらに将来を誓っただと──。余の息子が獣人女とだと──。冗談ではないわ──」
「このチムルは、可愛いだけじゃないのですよ、父上。獣人特融の身体能力のみならず、魔道遣いとしても超一流なのです。それに、僕を愛してくれてます。もちろん、僕もね。将来は伴侶にするつもりなのです」
ゼルは立ちあがって、カゲトと名乗っていた獣人女のチムルの腰を抱いた。そして、見せつけるように、その場で口づけをした。
「あっ、ゼル……」
チムルは嫌がらなかった。
照れたように赤い顔になったが、抵抗することなくゼルの口づけを受ける。
ゼルは、ビンスをはじめ集まっている領袖たちが唖然としているのをチムルと口づけを交わしながら観察している。
それは、個々に連れてこられた令夫人や令嬢たちも同様だ。
ゼルが集めたのは、ただ彼女たちが敵派閥に属する夫人や令嬢だというだけじゃない。
彼女たちは、大なり小なり、獣人差別が激しいという評判の女たちだけであり、日頃から獣人奴隷を惨く扱っていたという噂の女たちだ。
だから、ここに呼びつけた。
当然、女たちも人前で獣人女と口づけを交わすゼルに目を丸くしている。
ここに集まっている者たちの価値観では受け入れられない行為なのだろう。
恥ずべき差別主義者たちめ──。
「な、な、ならんわ──。そもそも、獣人と人間族の婚姻などありえん──。こ、殺せ──。そのような獣人女など、直ちに殺せ──。余の命令だ──」
ビンスが我に返ったように怒鳴りあげてきた。
「父上に認めてもらうつもりはありません。ただ、最後に僕の決意をお教えしただけです。僕はどんなことをしても、このチムルと結婚します。そのための一歩として、この公国における獣人の地位を人間族と同じものにするつもりです。それは次期大公としての僕の決意です」
「お前はなにを言っておるんだ──?」
「僕が大公になった暁には、獣人奴隷を解放するつもりですよ。獣人だから、婚姻ができないなどあり得ないでしょう。こんなにも好きなのに」
「黙れ、黙れ、黙れ、黙れ──。お前など廃嫡だ──。狂いおったか──。獣人女と結婚するだと──。この愚か者があ──」
「もちろん、理解してもらうつもりはないですよ、父上」
ゼルは手をあげた。
すると、チムルがゼルの腕を掴む。
次の瞬間、ゼルはチムルとともに壁際まで移動していた。縮地という魔道であり、人間族の高位魔道遣いに匹敵する移動系の魔道能力を持つチムルだからこその瞬間移動である。
同時に、部屋の四面の入口から大公宮の衛兵が雪崩れ込んできた。それがゼルのいる側の一面にあっという間に整列して並ぶ。
実のところ、ゼルは現在の大公宮の衛兵の実に四分の一ほどを支配していた。特に下士官から下級については、ほぼゼルが把握している。
残りはまだゼルの言いなりにはならないが、カートン公が死に、いまからビンスも死ぬ。
そうなれば、残りの付和雷同の者たちはすべて、ゼルの支配に従うだろう。
入ってきた兵は百人を超えている。
その全員が銃を構えている。
「カートン公とシャルル妃の殺害の罪により、父上をはじめとして全員を捕縛します。十分な証拠は揃ってますからね。そして、誠に残念ながら、それに抵抗をしたことにより、あなた方を処断をします」
「きゃあああ」
「うわあああ──」
「ひいいい──」
集まっていた者たちが一斉に悲鳴をあげた。
このために呼んだのだ。
全員を手っ取り早く一網打尽にする。
それがどんなに理不尽な手段であっても、大義のためのはゼルは、それを厭うつもりはない。
「ゼルうううう──」
ビンスが絶叫した。
ゼルはあげていた手をおろして水平に向ける。
轟音がして、まずは数十挺の銃が火を噴く。
「うぎゃああ──」
「あがあああ──」
「ひいいいい──」
領袖たちも、集められていた女たちも区別なく、全員が銃弾に倒れる。それでもたまたま当たらなかった者もいる。
それは必死に逆方向の壁に逃げていく。
しかし、すぐに射撃の終わった十数名が下がり、二列目が前に出る。
「撃てええ──」
指揮官の号令により、二段目が火を噴く。
これで立っている者も、這う者もいなくなった。
だが、さらに三列目が前に出て、三弾目を撃つ。倒れて血を流す身体に銃弾が撃ち込まれる。
そして、四段目──。最後の列だ。
轟音とともに一斉射撃──。
今度は最初に射撃をした一列目が前に出る。
すでに再装填が終わっており、射撃準備はできている。
おそらく、倒れている者の全員が死んでいるだろう。
呻き声しなくなった。
だが、再び一斉射撃──。
ゼルは三周りまで繰り返させて、ゼルはやっと射撃の中止を命令した。
全員が死んだのは明らかだ。
「では、十名を残して、改めてとどめを刺すともに、死体の片づけをせよ。残りは大公宮に向かう。あとは手筈通りに」
ゼルは出口に向かった。
隊長がてきぱきと指示を発し、ゼルの後ろから兵の一隊が同行する。
同じような暗殺隊を十か所ほどに出しているのだ。
ビンス派にしろ、カートン派にしろ、ゼルの支配の邪魔になりそうな者は殺害を指示した。
すべて成功すれば、それで終わりである。
生き残る者には、もはやゼルが大公となる者を拒めるような気概のある者はいない。
それは病床にいる現大公も同様だ。
「お供します」
するとチムルが貌に布を巻き直し、当然のようにゼルの隣に並び歩いた。