二〇一五年 二月
*Point of view Saki*
「もうすぐ卒業だよねー。咲希は就職するんだっけ?」
「うん、東京の会社に内定が決まってる」
卒業を控えていてもキャンパス内はいつもと変わらない。残り少ない学生生活を満喫したい私は友達と一緒に学食に向かった。
「いいなあ。同級生でこっちに残るひともわりと多いみたいだよ。あとは上の大学院に進学する子だっている」
大学の友達とランチをしながらもうすぐ訪れる卒業の事を話していた。大学を卒業するってことはもう学生じゃなくなる、社会人になって働くとい実感がまだ湧かない。
私が通っていた高校は進学校だったからクラスのほとんどの人が進学した。あの学校に通っていて就職するってほうが逆にめずらしい。
「けど九州から東京に出るのはお金とかかかるんじゃない?」
「そうだねー。住む場所とかも決めないといけないし……」
「明日奈も東京だっけ? 大学の友達が身近にいるなら寂しくないじゃん!」
「明日奈が就職するなんてねー。てっきり大学院に進学するものかって思ってたよ」
「あの子意外と将来設計はしっかりとしてる子だからね。きちんと考えて進路決めてたし」
「へえー。そうなんだ」
「でもでも、東京に行ったらさすがに咲希にも彼氏できるんじゃない?」
「もうっ! またその話?」
「うちらはしっかりと彼氏作ったのにアンタには四年間もあったのにできなかったもんね」
「私は最初から恋愛には興味ないって言ってたでしょう……」
「それが普通じゃないよね~女の子ならそういうことに興味持つもんだし」
「そうだよねー。同じ学部の男子からも地味で話しかけづらいって言われたよ」
「そんなこと言われてたんだ……」
普段からあまり付き合いはいいほうじゃなかったけどそういう風に思われていたなんて聞くとショックだなあ……。
「咲希は男に全く興味ありませんってオーラ出してるもんね」
「別に恋愛なんてしなくても普通に生活できるじゃない……」
「そうだけど一度きりしかない人生なんだから楽しまないと! アンタそんなんだと老後一人寂しい人生を送るわよ?」
「やめてよ! まだ私、若いんだから」
先の事なんてどうなるかなんて今の私にはわからない、将来に不安がないわけじゃないけどそんな事は考えたくない。
「けどさ、今まで男の子に一度も声をかけられたことがないなんてねー」
「咲希が通ってた高校は進学校だったんだっけ? やっぱり勉強詰めだったの?」
「うん、進学しない人は最初から先生たちにも目をかけられないから皆どこかの大学に進学することを目標に毎日がんばってたよ」
「うわあ、私はそういうのは無理……肩こりそうだもん」
「言えてるよね。息抜きでもやってないと身が持たないわ」
「それじゃあ恋愛なんてしてる暇はないか」
「単に相手がいなかっただけじゃない? 咲希は男の子好きになったこととか無さそう」
「何よ! 私だって好きな人くらいは──」
──いつも勉強詰めで目の前の事に精一杯だったから恋愛なんてしている暇はなかった。
気分転換に友達にカラオケに誘われたけど勉強することを理由に断り続けた、高校時代はとにかく勉強勉強の毎日。
「何? 好きな人いたの?」
「……いなかったわ」
「やっぱりね」
「やっぱりねってどういうこと! 勉強詰めで恋愛なんてしてる余裕が無かっただけよ!」
「もしも咲希の事好きだって言ってくれる物好きな男がいたらその人は相当な変わり者ね」
「けど、そういう相手いるのかなあ」
「明日奈って、本当に失礼だよね!」
「だって咲希って全く男っ気ないんだもん」
「言えてる~大学でも仲のいい私ら以外とは距離を置いて付き合ってるし男子とは全く話さないじゃない」
「別にいいでしょう……」
私ってそんなに変わってるのかな? 私みたいに恋愛に興味がない子だっているんじゃないかと思う。
「恋」をすると女の子は変わるって言うのを聞いたことがあるけど、本当にそうなのかなぁ? 実際に私は今まで一度も恋愛を経験したことがない。
恋愛なんかよりも優先するべきことが多かったし……。
寮に戻った私はこの間買っておいた本を読み進める、卒業までには読み終えたい。
思い出せば色々な事があったなあ~四年間があっという間に過ぎていった気がした。
大学での生活はとても新鮮なものでできるなら何年でもいたいけど……。
皆それぞれの夢を持って社会に羽ばたいていく。私は少し不安があるけどきっとうまくやっていけるだろう。
これから訪れる新しい生活に期待半分不安半分な気持ちで慌ただしく流れていく時間に追われていく毎日。この時の私はまだ「彼」の事を思い出していなかった。
一月一七日(火)
篠宮さんと一緒に水族館に行った日から僕は彼女の事が気になっていた。
仕事中に目が合うと優しく微笑んでくれる。
その仕草にドキリとして視線を逸らしてしまう。
「篠宮さん、ちょっといいかな?」
「はい、何ですか?」
「実はさ──近くに美味しい店見つけたんだけど今度一緒にどうかな?」
「えっ……いいんですか?」
「構わないよ。この間水族館に付き合ってもらったお礼がしたいんだ」
「お礼なんて! 私のほうがしたいくらいです」
「僕もすごく楽しかったからねーまた行ってみたいと思ったよ」
「そうですねー私も楽しかったですよ」
うふふと笑う彼女はとてもかわいい。その笑顔に元気をもらえた僕は午後の仕事が一層頑張れた。
「お疲れ様でした」
「ああ、お疲れ。気をつけてね」
上司に挨拶を済ませて帰り支度をする、仕事も順調に進んで早く帰宅することができそうだ。
「篠宮さんはもう仕事は終わった?」
「はい、終わってます」
「じゃあ一緒に帰らない? さっき話した店で食事でもどうかな?」
「いいですねえ。すぐに支度しますね」
篠宮さんの帰り支度が終わるまで待つ。僕たちはふたりで会社を退勤して食事をすることになっている店に向かうことに。
「あの二人なんか雰囲気よくない?」
「そうね、もしかして付き合っていたりするのかしら」
「篠宮さんすごく嬉しそうにしてたわね」
「新堂さんも優しい表情してたしこれは何かあるかも!」
「付き合いだしたらちゃんと報告とかしそうだからその時まで何も言わずに見守りましょう」
「今日も一日ご苦労様」
「ありがとうございます」
「いつも本当に助かってるよ」
「私なんてそんなに力になれてませんよー」
そんなことないよ。君がいるだけで職場が明るくなるし、何よりその素敵な笑顔を見ているとこっちまで元気になれるんだ。
「この間は水族館に付き合ってくれてありがとう」
「こちらこそ! 妹まで誘ってもらって」
「夏帆ちゃんだっけ? 楽しんでくれたのなら僕も嬉しいよ」
「あの子アクアリウムパークに行ったことを友達に自慢してましたよ~」
「あの水族館本当に良かったよね! 僕もまた行ってみたいよ思ったよ。けどチケット取るの大変だろうなあ……」
「人気ですもんね。私も行けてよかったですよ~」
「元々はチケット二枚取ったんだけど無駄にならないでよかったよ」
「……でも、本当は別の人と行くつもりだったねですよね?」
「そうだよ。だけど、相手が電話に出なくて結局誘えなかったんだ」
「お友達ですか?」
「友達といえば友達だけど──篠宮さんには話してもいいかもしれない」
「その子は昔好きだった人なんだよ……。小中と同じクラスで中学を卒業するときに告白したんだ、彼女からの返事を貰った時はドキドキしたけど結果はダメだった」
「それからは別々の高校に進学したらからそれでやりとりは終わったんだけど、その子と偶然にも十年振りに“再会”したんだよ」
「僕は彼女への気持ちに整理がついてなかったけど、また昔みたいに友達から始めてみようかと考えたんだ、そして彼女の事を忘れるために新しい『恋』を見つけられるようにしようって」
篠宮さんは僕の話を真剣に聞いてくれた。会社の後輩の彼女にここまで話していいのかとも思ったけど、篠宮さんと話しているとなぜだか安心してついつい話すぎてしまう。
「彼女への想いを吹っ切らないといけない。いつまでも昔の恋を引きずるわけにもいかないからね」
らしくもなくぎこちない笑顔を作る僕、やっぱり笑うのは苦手だ……。
「見つかるといいですね、新しい『恋』」
「そうだね。もしも、また僕が誰かを好きになったらその人のことを一生大切にしたいと思う」
もう一度「恋」をすることができたらその瞬間瞬間を大事にしていこう
「? 雪だ!」
「本当に! 今降ってくるなんて思いもしませんでしたよ」
白くてふわふわした雪が舞い降りる──まるでふたりで歩く僕たちを包み込むように。
冷たい風が吹いて寒さを感じる。僕はぶるっと体を震わせると隣にいる篠宮さんに声をかけた。
「寒くない?」
「少し寒いです……」
彼女の言葉を聞いて僕は上着を脱いで篠宮さんにかけてあげた。
「新堂さん、これ」
「着ておきなよ。風邪ひかないようにしないとね」
「でも、それじゃあ新堂さんが──」
「僕なら大丈夫だよ。体は意外と丈夫だから」
強がってみた。無理をして笑ってみたけど本当は凍えるほど寒い。だけど、篠宮さんに寒い思いをさせるわけにはいかない。
「もう少しだけ体寄せてもいいですか?」
「うん」
恋人みたいな距離で肩を寄せ合った、真っ赤になっている篠宮さんの手。
「これから温かい食事をしてから帰ろうか。ちゃんと駅まで送るから」
「はい」
二人きりの時間はゆっくりと過ぎていく。一月の寒さは本格的だ、だけど、隣にいる彼女の事を僕は大切に思えた。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ」
食事を終えて篠宮さんを駅まで送る。駅まで向かうまでの間、会話はなかったけどこうやって一緒に過ごせたから。
「楽しい時間ってあっという間に過ぎていきますよね」
「そうだね」
「私もう少し新堂さんと一緒にいたいです」
「……篠宮さん」
「だけど、無理は言っちゃダメですよね。食事できただけでもすごく楽しかったですし」
「僕も楽しかったよ。気を張ることがなくて自然と振舞えたし」
「私もですよ。あと上着ありがとうございます」
「返すのは今度でいいよ。まだ寒いから羽織っておいたほうがいい」
「それじゃあおやすみなさい」
「おやすみ」
別れの挨拶をすませた篠宮さんは駅の改札へ──
「──新堂さん! 新しい『恋』きっと見つかると思いますよー」
数歩歩いて振り返った彼女は笑顔でそう言う。
(そうだね。ありがとう篠宮さん)
僕は心の中で彼女にお礼を言って改札をいつまでも眺めていた。
肩に積もっていた雪を振り落として家に向かう、僕の中で彼女の事が特別な存在になっていく。
いつもよりもしっかりとした足取りで雪が積もりかかっている道を歩く、別れる時の篠宮さんの笑顔が忘れられなかった。今日は寒い日だったけど心は温かい、そんなことを感じながら変わっていく日常を楽しいと思えた。
*Point of view Saki*
今日は早めに仕事が片が付いたから家でゆっくり過ごそうと思う。明日奈から一緒に飲もうと誘われたけど「また今度」って言って断った。
家にいる時間が唯一心が休まる時だし読まないといけない本も何冊かあるから今日も寝るのは遅くなりそう。
「うっそー。雪降ってる」
いつの間にか外は雪模様。室内で仕事をしていて外を見る機会がなかったから気が付かなかった……。
「傘、持ってきてない……」
ま、雨と違って雪は払い落とせば落ちるからいいんだけど。
「弱まらないなぁ」
雪は一向に弱まる気配を見せない。こうして会社の前にいても帰るのは遅くなるしどうしようかなあ。
足元に気をつけておかないとと転ぶ可能性もあるし注意しながら帰ろう。
決心がついた私がゆっくりと家の方角に歩き始めた。
前を歩くカップルは女の子方が恋人に肩を寄せ合う、寒いんだからああいう風になるのは仕方ないことだと思う。
私もああやって肩を寄せて一緒に歩いてくれるひとがいないかなあ。なんて考えてしまう。
カップルの男の人の方が彼女を抱き寄せて二人はいい感じなる。
何よ! ラブラブなのを見せつけるつもり?
私はうんざりしつつカップルと距離を話して歩く。
クリスマスの時にもああいうひとたちはいたけど人前でイチャつくなんてどうなんだろう?
私ならそんなことはしない。
でも、今まで男の子とデートしたこともないしどんなことをすればいいのかもわからない自分がいる。
明日奈はそんな私を心配して合コンをセッティングしてくれるけどあの子と違って男の人と話すのがあまり好きじゃない私が場の空気に合わないでひとりでいることが多い。
見かねて声をかけてくれる人もいるけど端的な会話で終わってそれくらい。それでも私に彼氏を作ろうと色々と気をまわしてくれる明日奈。
別に恋愛なんてしなくても平気だし……。一人でいる方が自分の時間がいっぱい取れるし、彼氏なんて作ったらそういう時間が少なくなってくる。
「雪が降るなんて最悪……」
私はいつもよりも慎重に歩みを進めて行く。早く家に帰りついて温まりたい。
あ、そういえば食べ物もなくなってきたんだっけ。
一人暮らしだからあまり買い物はする方じゃないけど、食べ物が底をつき始めているのに気がついた。
普段はあまり食べる方じゃないんだけど最近は仕事が終わった後にたくさん食べるようになった
ちょっとお肉がつき始めたわき腹が気になってる……ダイエットしなくちゃいけないなあ
冬は好きだけど雪はあまり好きじゃないかな。
そういえば雅也君は十二月生まれだけど彼はやっぱり冬が好きなのかな?
中学の頃まで同級生だったけどそこまで話した事が無かった。彼のことは義之君に聞くのが早いかもしれない。
でも、雅也君は私を人気の水族館に誘ってくれるためにチケットを準備してくれていた──あの水族館は私も明日奈もなかなかチケットが取れないでいたのに。
結局誰かと一緒に水族館に行ったみたい。例えば相手が女の子だったとしても別に私には関係ないことだし……。
家へとどんどん足取りは早くなっていく、帰りを待っていてくれるひとなんていないけど……。
「寒い……」
凍えて指先まで真っ赤になってる手にふぅーっと息を吹きかける。帰って早く温まりたい。
俯いていた視線を上げると駅に見慣れた背中があった。
「あれは? 雅也君……?」
そうだ、あの背中は彼に違いない、少し離れたところにいるけどすぐに分かる。けれど、こんな時間に何をしてるんだろう?
彼は私が見ていることにも気がつかない様子で駅の改札をじっと見ている。
数分そのままの状態が続くと口元を緩ませて改札とは反対方向に歩いて行く──私は彼のあんな顔をは今まで見たことがないからなんだか変な感じがした。
雅也君は私には気づかずに前だけを見て吹雪の中をどんどん先に進んでいく。
多分彼も仕事帰りなんだろう。けど、駅とは反対方向に向かっている。どこに行くんだろう?
「いけない」
雅也君の事も気になるけど私も早く帰らないと! 雪を強く降るばかりだし、このままだと帰り着けないかもしれない。雪が降り続ける道を家へと向かって歩き出す。帰りにスーパーに寄ってお鍋料理の具材を買って帰るのだった。
「ただいま」
誰もいない部屋にそう言ってすぐに炬燵の電源を入れる。冷蔵庫にスーパーで買った食材を入れて一休み。カーテンを少し開けると雪は更に強く吹雪いていた。
「なんとか帰り着けてよかったー」
ポットからお湯をカップに注いでコーヒーを飲む。茶色の液体はすぐに体を温めてくれた。
「雅也君、もう帰り着いたかな……?」
駅で見かけた友達の事が気になった。彼があんな場所に立っていたのはどうしてなんだろう?
昔みたいに友達でい続けることができたなら、お互い大人になってどこか相手に気を遣っている。
雅也君に告白された時、私は彼を気持ち悪いと感じた。
だってあまり話した事が無かったし、たまに話が合ったかと思えばなんか遠慮しがちに話して会話が続かなかった。
彼に仲のいい女の子なんていなかったし恋愛にも興味が無いようにも見えた。
中学の卒業式を迎えてしばらく経った頃雅也君から手紙が届いた。
いったい何の用? なんて思いながら手紙を読んでみると──彼らしい不器用な文字で私に好意を伝えていた。
恋愛には興味が無かったし、ましてや雅也君と付き合うなんて想像もできなかった。
それから私は彼に返事をしてそれっきり。二人とも別々の学校に進学したから顔を合わせる事も無かった。
私は義之君とはメールのやり取りはしてたけど雅也君とは何も無かった。彼にとって今の私がどういう存在なのかはわからない。
だけど、私の為に人気のアクアリウムパークのチケットを準備してくれていたこと、結局一緒にいけなかったけど。
「その会社の後輩の子ってさー男の子?」
「いいや。女の子だよ。僕もいつも仕事で色々助けてもらっているんだ」
私の為に取ったチケットで雅也君は別の子と水族館に行ったらしい。そんなことどうでもいいはずなのになんか胸の当たりが痛む。
相手は女の子らしいけど本当なのかな? 彼の性格を考えたら一緒に行こうなんて思ってくれるそんなモノ好きな子がいるほうが驚く。
言い方は酷いけど雅也君は女の子にモテるような人じゃない。私は昔の彼を知っているからこそ言える。
だけど、今の彼の事はほとんど知らない。駅で見た頬を緩めたあんな嬉しそうな表情今まで見たことがなかった。
携帯で彼の電話番号に電話をかけてみる。
「おかけになった電話はー」
不在のアナウンスを聞いてから通話終了ボタンを押して電話を切る。まだ帰りついていないのかな?
この前電話かけた時はタイミングが悪かったし今度ちゃんと話さないといけないなぁ。
どうでもいい、雅也君の事なんて考えたってどうしようもないけど考えずにはいられなかった。
十年振りに“再会”した彼は昔とは違って落ち着いた雰囲気の男性になっていた。
あとは声が変わったっていう印象を持つ、中学時代の彼の声はあまり低い声では無かったけど今の彼はその時とは全然違う声をしていた。
女の子をドキドキさせるような感じではないけど好きな人にはぐらりと来るんじゃないかなって思う?
まあ、私は違うけどね。
背も大分伸びていた、中学のころは私と同じくらいの背だったのに。
今思うと大人になった雅也君は足が長くて結構いい体系をしてると感じる。元々痩せていたからなんだろうけど……。
私のタイプの男性はテレビに出てくるイケメン俳優だし、そういう人比べたら彼は全然かっこよくない。
食事を済ませて自分の時間。本を読んだりして寝るまでの時間をゆっくりと過ごす。
今読んでいる雑誌に書いているけど、相変わらず水族館の人気はすごくてチケットも争奪戦状態になっているみたい。
冬に水族館に行くのはどうなんだろう? って思うけどああいう場所は一年のどの日に行っても楽しめるものじゃないかな?
ベッドに入って部屋の電気を消す。今日は雪が降って本当に大変だった……。
これから寝ようとすると電話が鳴る──こんな時間に誰よ!
「はい浅倉です」
「もしもし咲希ちゃん? 僕だよ義之、今電話しても大丈夫?」
「……ちょうど今寝ようとしてたところだよ」
「じゃあ、時間を見てかけ直そうか?」
「いいよ別に。わざわざかけ直すのは面倒でしょう?」
「そうだね、あ、いや……あまり長い話じゃないんだけどね」
「寝るのが遅くなっても起きる時間は変わらないから」
「だったら少しだけ話していいよね」
「……うん」
「あのさ、最近雅也君と話はしたの?」
「うん。この間電話で少しだけ話したよ」
「そうなんだ。じゃあ水族館の事は聞いたんだね」
「私が一緒に行かなかったって話?」
「えっ……? 一緒に行かなかったの?」
「うん……雅也君が私を誘おうと電話してくれたみたいだけど」
「ならどうして行かなかったの?」
「だってその時、私電話に出てなかったの。後で私からかけて知ったの」
「そうだったんだ」
「あの水族館人気だからチケット取るのも難しかっただろうね」
「そうだね。だけど、会社の後輩の子と一緒に行ったみたいだよ」
「へえー」
「義之君はその後輩の子のこと、何か知ってるの?」
「僕は少しだけね。雅也君と一緒に飲んだ時に話を聞いたくらいかな」
「ふーん」
「仕事でいつも助けてもらっているって言ってたかなー」
「会ったことはないんだ」
「無いよ。僕らが飲むときは基本的に仕事の話はあまりしないんだけどたまに雅也君が話してくれることがあるんだよ。その子がいると職場の雰囲気が明るくなって誰からも好かれているんだって」
「彼女の方から何度か食事に誘われたこともあるらしいんだけど断っているって」
「実際にいるんだねそういう女の子」
「チケットふたり分取ってたなら水族館は多分その後輩の子と行ったんだろうね」
「ふーん。雅也君と一緒に行ってくれるっていうモノ好きな子がいるだけましじゃない?」
私はらしくなく不機嫌そうな口調で言う。
「酷いなあ。それ本当にそう思っていても雅也君には言わない方がいいよ」
「別にいいじゃん。それとも彼メンタル弱いの?」
「そういうわけじゃないよ。ただ、今は昔みたいに友達に戻ろうって色々頑張っているみたいだしさ」
「なにそれ……今も昔も友達じゃん。それ以上の関係になんてなったことなんてないよ」
「ははは、そうだよね」
「まあ、ふたりの共通の友人の僕としては安定した関係を望むよ」
「大丈夫! 彼の事なんてこれっぽっちも好きじゃないから」
「言うねえ。まあ、咲希ちゃんもそろそろ彼氏を作ったりしたら色々と考えた方変わるのかもしれないよ」
「余計なお世話です! 私は恋愛なんて興味ないし──」
「それいつも言ってるよねー。本当なのかわからないけど」
「じゃあ、僕からの情報だけど──さっき雅也君が話してた後輩の子だけど彼が言うには相当可愛い子みたいだよ」
「は? それを私に教えてどうするの?」
「や、咲希ちゃんが雅也君の事となんとも思ってないっていうなら別に気にすることでもないんだろうけど」
「本当だってば! 付き合うならもっとイケメンなひとがいいし」
「咲希ちゃんが好きな俳優さんみたいな男はなかなかいないと思うよ?」
「第一に雅也君は私の好みのタイプとはかけ離れてるしー」
「でもそれって結局は恋愛に興味があるってことじゃないの?」
「もう! なんなのよ」
「まあ、たまにはじっくりと考えてみるのも悪くないんじゃないかな。もう遅い時間だし、今日はこの辺でおやすみ」
「おやすみ!」
通話終了ボタンを押してケータイを枕元に置いた。全く義之君は何の用で電話してきたんだろう……。
雅也君が可愛い後輩の子と水族館に行ったからってなんなの! そんなの別に私には関係ないことじゃない!
それって彼が女の子とデートしたってことなのかな? 雅也君だって大人なんだしそういう相手がいたってなんの不思議じゃないんだけど──だけど、それは本当は私が彼と過ごすべき時間だったのかもしれない。たった一つのボタンの掛け違いでどんどんすれ違っていく気がする。
私じゃない別の子とデートしている彼を想像してしまう。別にどうでもいいはずなのに嫌な気分になる……。
好きでもない相手の事でこんなにも悩むなんてどうかしてるんじゃないかな?
「雅也君は友達なんだから」
自分にそう言い聞かせる。だって、彼の告白にはとっくに返事はしたし、それ以上の関係になろうなんて思ってもいない。
彼だって私の事をいつまでも好きで居続ける理由なんてないんだし、ていうか十年も前の事なのに未だに想い続けているとしたらそれはそれで未練がましくて気持ちが悪い。
けど、私が男の人に告白されたのはそれっきりで私の事を好きだって言ってくれる相手は現れなかった。
私自身が恋愛を避けていたっていうのもあるんだけど、会社の同僚の子たちとの女子トークには彼氏の話題が出てくることも多い。皆、私に気を遣って最近ではその手の話はしなくなった。
今年うちの会社に入社してきたばかりの子にも彼氏はいるみたいだし、仕事先で私だけがフリー。
たまに誰かと飲みたくなって私から誘うことがあるけれど、大概彼氏との用事があるって断れる。
去年のクリスマスだってそう、好きな人に贈るプレゼントは何がいいかなんて話をしたけど私にはピンと来ない内容だった。
クリスマスは神様が生まれた日なのに恋人同士で過ごすなんて間違ってる! 本当ならお祈りしないといけないのに。同僚たちが仕事を早く終わらせてクリスマスムードの町に繰り出す中、私は一人会社に残って仕事を続けていた。
結局帰り着いたのは夜も遅い時間。一人で料理を作って柄にもなく神様の誕生日を祝った。
一人暮らしは慣れているはずなのにたまにとっても寂しくなる時もある。誰かに傍にいてほしいと感じる事もある。
だけど、それが叶わないのは付き合いやすいひととしか付き合って来なかった私自身のせい。
それが人間関係を円滑に進めるためにはごく自然なことだと思うし、誰だって苦手な相手とは一緒にいたくないものだと思う。
一人が良くて自分で選んだことだけどたまに心配して家まで来てくれる友達の明日奈には本当に感謝している。
明日も雪が降るのかな? 一月の夜は凍えるほど寒い、こういう時は時は暖かくして寝よう。
おやすみなさい。明日もいい日になりますように。
目を閉じるとあっという間に眠りに落ちた。
今日あったできごとを忘れさせてくれるかのように白い雪は降り続ける。