一月二十一日(土)
どうやら早く目が覚めてしまったみたいだ──今日は咲希ちゃんと一緒に出来かける日。
いつも休日みには特に予定をいれていなかったけれど、最近では何かしらのできごとが僕を待っていた。
「今、何時だろう?」
枕元に置いてある携帯を見て時間を確認した。
「……四時半か」
時間の確認を終えてまだまだ眠り足りない体を起こして外出の支度を始めた。
うちから駅までそこまで遠いわけじゃないんだけど早めの準備をしておくのは悪くない。
携帯と財布をズボンのポケットに入れて学生時代から使っているリュックか東京に来た時に買ったスポーツバッグどっちにしよう?
両方引っ張り出したけど移動に困るかもしれないからそのままにしておいた、外出するときはできる限り身軽なほうがいいしね。
ああ、そうだ。待ち合わせの時間まで音楽でも聴きながら待ってることにしよう。
バッテリーをFullに充電したウォークマンを取り出す。
今の時代はお気に入りの音楽をいつだってどこでも聴くことができるのは本当にありがたいことだと思う。
まあ、僕の場合は最近流行っている曲なんかは全然知らないから専らゲームの曲かアニメの歌をよく聴くんだけどね。
「なんか緊張するな」
女の子と一緒にどこかにできかけることなんて今まで経験したことがなかったからどうにも落ち着かない……。
彼女を退屈させないように会話する内容も考えておかないと。
水族館には行けなかったけれどこうやって穴埋めをしてくれるなんて彼女は本当にいい子だと思う。
僕が好きだった咲希ちゃんの笑顔をもう一度見ることができるといいなあ。
出かける支度は済んだけれどまだ五時過ぎなんだな。
いつもよりもずいぶんと早く起きたもんだ……。
待ち合わせの八時までかなり時間がある──僕はまだ兄ちゃんたちが寝ているのを確認してから足音を立てないように賃貸マンションを出た。
東京の冬は思った以上に寒い。昔住んでいた所と比較すると実はそうでもなかったりするんだけどね。
駅に行くまでの道のり歩みを進めていく、都会では休日の朝でも早くから人が行動している。
最寄り駅から電車に乗って違う駅へ、首都東京では鉄道にバス交通機関が盛んで細かいところまで張り巡らされている。
しかも一本電車を乗り過ごしても次が数分経てばすぐにやって来るから時間さえ間違わなければ遅刻するなんていうことはない。
一度こういった便利さを体験してしまうと田舎での生活なんて窮屈に感じてしまう。
道端を歩くひとたちは眠たそうな表情でそれぞれの行き先に向かっていく。
そんなひとたちの時間の中に自分を置いて考えた。
咲希ちゃんはもう家を出たんだろうか? こういう場合は男が早く着いておかないといけない気がする。彼女を待たせるようなことは避けないと──腕時計なんてしゃれたものは持っていないから今の時代に合わない”ガラケー“をパカリと開いて時刻を確認した。
まだ七時にもなっていない―このままだとかなり早い時間に駅に着いてしまいそうだ。
「どこかで時間を潰さないといけないなあ」
アーケード街を抜けてしばらく道のりを進んでいく。
「腹減ったなぁ」
家を出たのが早かったからまだ朝飯も食べてない。
ポケットに手にを入れて財布を取り出して小銭入れを覗く──八百四十三円。
中途半端な金額だけど一食食べる分にはちょうどいいだろう。小銭を財布からポケットに移動させて朝早くからやっている牛丼屋に入って大盛りの牛丼と味噌汁のセットを頼み胃の中にかき込んだ。
「ふぅ食べた食べたー」
満腹の腹を摩りながら歩く。ここから駅までは結構距離があるから食後の運動にはちょうどいい。
途中ですれ違う人と肩がぶつかりそうになることがあったけどうまいこと体を反らして避ける。
都会だとこういうことは日常茶飯事。ぶつかってもこっちからちゃんと謝れ大抵のひとはそのまま通り過ぎて行くんだけど中には面倒なひともいる……。
深夜の渋谷を歩いていて何度か絡まれたことがあったけど相手の間合いに入らず争いを避けるように振舞ってなんとか事なきを得た。
地元に住んでいた頃はまず二十二時を過ぎてからは外出しなかったし、何かあれば兄ちゃんか母さんに頼んで車を出してもらっていた。
できるだけ問題を起こさないように家族に迷惑はかけられない──夜の町で絡んで来る人が皆悪人だとは言い切れない。
仕事やプライベートが思い通りにいかず憤りを抱えてやり場のない怒りをぶつけただけかもしれない。
誰にだってそういった面はあるものだしストレスを溜めて生きている僕ら現代人の心理なんだろう。
仮に相手に闘争心があったとしよう。それに応じて対処すれば大きなイレギュラーが発生するかもしれない。
だからこそ時には無関心でいなくちゃいけないことだってあるんだ。時にはそういうことも大事。
人間関係は難しいなって改めて感じる。
なんていうことを考えながら僕は冬空のもと足取りを速めて駅まで急いだ。
*Point of view Saki*
「うーん、何を着ていけばいいんだろう?」
今日は雅也君と一緒に出掛ける日。
私は普段ではあまり早起きすることがないんだけど今日だけは違った。
別に服はいっぱい持っているわけじゃないけれど初めて男の子と出かけるんだからちゃんとしたものを着ていかないとって思う。
鏡の前で軽くお化粧。派手じゃない自然な感じのメイク──なんだか子どもの頃の遠足みたいでどこかワクワクとした感じ。
「雅也君ってどんな感じの子が好きなんだろう?」
高校時代のクラスメートの男子がどのアイドルがかわいいとか女優がいいとかそういう話をしていたのを聞いたことがある。
私だってかっこいい俳優や芸能人も好きだし、同じように女子の間で話題にしてた。
彼が普通の男の子だったらそういった事にも興味があるんだろうなあー。
ちょっと早めの朝ごはんを食べて外出の準備を整える。
けど思えば小学生の頃から雅也君とはちゃんと話したことがあまりない。
ていうか最初は意地悪な事ばかり言ってたから苦手だった……。
義之君たちとは仲良くやっていたみたいだけど親しい女の子はいなかった。
中学のころ私が部活の時に何度か見かけたけどこっちから話しかけるようなことはしなかったし、教室以外で雅也君と顔を合わせる機会も少なかった。
高校は彼とは別の学校に進学したから全くやり取りがなくなっちゃた。最後に彼からのあの<手紙>をもらうまでは──
二〇〇八年 三月
「お母さんおはよう。今日は仕事休みなんだ?」
「ううん。今日は出勤して時間が遅いだけ、十時頃には仕事に行くのよ」
「そうなんだ」
私は冷蔵庫からジュースを出してコップに注ぐ。
「あんたももう高校生になるのねー。早いものね」
「なによ改まって」
「ついこの間まで小さかったのにもうこんなに大きくなって!」
「身長はそんなに伸びたわけじゃないでしょ!」
「そうね。もう少しで朝ごはんできるから待ってなさい」
「はーい」
「あ、そうだ。咲希、あんた宛に郵便が届いてたわよ」
「私宛に? 誰からだろう?」
「うふふ。今渡すわね」
お母さんは嬉しそうな顔をして一通の手紙を私に差し出した。
「あんたもなかなか隅に置けないわね~」
「なにさその言い方……」
お母さんから手紙を受けて取って後ろに書いてあった差出人の名前を確認する。
「雅也君から?」
中学を卒業してしばらく経った後、私のもとに一枚の手紙が届いた──差出人の名前は【新堂雅也】
同じクラスの友達からだった。自分の部屋に戻った私は机に座って手紙の封を切った。
Read a letter
咲希ちゃんへ
ええっとちゃんと届いているかな? こうやって手紙なんて書くなんて緊張するな……。
まずは咲希ちゃん卒業おめでとう! 咲希ちゃんとは小学生のころから一緒だったけど改めて自分の気持ちを文字にするなんていうことに僕は慣れていないから伝えたいことがうまく伝わらないかもしれない。
だけれど、伝えないでいると多分ずっと後悔することになるんじゃないかなって思って今回手紙を書いて伝えることにしました。
何だろうか、やっぱり緊張するなー。ちゃんと書きたいことを整理して気持ちを落ち着かせて書いているはずなのにね。
咲希ちゃんが僕のことをどういうふうに思っているのかはわからないけれど、なんて関係のない話題を書いてないで早く伝えなくちゃね。
あのさ、僕は、僕は咲希ちゃんのことが好きです。
小学四年の頃、初めて咲希ちゃんのことを好きだって意識するようになったんだ。
もちろん、小学校を卒業した時に気持ちを伝えようとも考えたけれどそれが好きだっていう気持ちかどうかはその時はまだわからなかったんだ。
中学生になった辺りから大人びて落ち着いた女の子になった咲希ちゃんのことを前よりも意識するようになった。
咲希ちゃんが笑ってくれるとなんだかこっちまで温かい気持ちになることができた。毎日違った顔を見せる君に僕はどんどん夢中になっていった。
僕とはあまり話したこともなくていきなりそんなことを言われても戸惑うかもしれない。
それでも、もう会うことはないだろうから最後に自分の想いだけは伝えておこうって思ったんだ。
もしも告白を断るのだったら別に返事はしなくてもいいから。
雅也より
手紙を読み終わって数秒考える。
「ええっ!?」
私は珍しく大きな声を上げて驚いた。
「それで? 雅也君からの手紙はどんな内容だったのよ」
「別にいいでしょ! なんでも」
「あら咲希、あんた顔赤いわよ」
「そんなことないよ!」
慌てて否定したけれど、たぶん真っ赤になっていたんじゃないかって思う。
もう! お母さんはいつも私のことをからかうんだから!
私自身さっきの手紙の内容がまだ理解できないでいた。同級生の新堂雅也君からおそらく告白と言っていい手紙──彼が私のことが好き? どうしてだろう?
確かに雅也君とは小学校のころから同じクラスだったけど……でも小学生のころからなんか苦手だったんだよね。
どこか人と距離を置いていたし、話しかけてもいつも不機嫌そうだった。
クラスメートの男子とは上手いことやっていて友達も多かったけど女子からの評判はあまりよくなかった。
中学になった辺りから全く話すこともなくなった。
私が部活に向かっている時に帰っている彼を見かけたけれど声をかけたことは一度もない。
うちの学校は人数が少なくて部活動は半ば強制的なものだったけど彼は何故か部活には入らずに放課後になるといつも一番早くに教室を出ていく。
小学校の先輩たちから部活に入らないことを咎められていたのをちょくちょく見ることもあった。
彼が学校が終わって何をしていたのか興味はなかったし、あの時の私は毎日勉強と部活が忙しくて他人の事を気にしている暇がなかった。
それでも小学校の頃の友達とは話しているみたいで前に何かのゲームの話題について話しているのも聞いたこともある。
机の上に置かれた雅也君からの手紙をもう一度見て私はどういうふうに返事をしようのかな? って考えた。
正直言うと私は彼の事なんて何とも思ってないし告白なんてされても困る……。
私は恋愛には興味ないしそもそも中学生で付き合うっていうのも早すぎる気がする。
あれこれひとりで悩みながら夜までしっかりと考えて手紙の返事を書くことにした。
Writing a letter
雅也君へ
今日手紙が届きました。
急なことなので驚いてます……。
まさかあなたが私のことを好きだって言うなんて。
雅也君とは小学校の頃から同じクラスだったよね、けど私にとってあなたと過ごした思い出なんて全くないし、そこまで仲が良かったっていうわけじゃないよね?
あなたがどうして私のことを好きになったのかはわからないけれど、私は雅也君の事は別に何とも思ってないし正直好きなんて言われても困ります。
私たちは別々の学校に進学するしもう会う機会もないんじゃないかな? だから付き合うことはできないし、私自身恋愛には興味がありません。
ごめんなさい。私は、雅也君の気持ちに答える事はできません。もう二度と私に話しかけないで!
咲希より
私は返事を書いた手紙をポストに投函する。さあ、これでおしまい。だって好きでもない人と付き合ったりするなんて絶対にありえないし、ましてやその相手が雅也君ならなおさらね。
けれど、私はこの手紙がこれから先ずっと彼の事を苦しめ続けるなんてこの時には思いもしなかった。
そして私たちの関係を変えることの大きな障害となって今度は自分自身に返ってこようとしていた。
*
電車に揺られて待ち合わせ場所の秋葉原駅に向かう──雅也君はもう着いているのかな?
彼が時間をきちんと守ってくれる人ならいいんだけど……私は時計で時刻を気にしながら待ち合わせ場所へ。
改札を通って彼の姿を探した。
日曜日だから人が多くてうんざり(雅也君を見つけるのは苦労しそう……)
一旦駅の外へ出てみようかな。待ち合わせの時間が八時で今は七時四十分だし、出口のほうへ向かっていると近くで馴染みのある声で名前を呼ばれた。
「咲希ちゃん」
声のした方に振り替えてみると雅也君が人込みをかき分けながらこっちに向かってくる。
「いやあ、すごいひとだねー。油断してるとすぐに別の場所にいっちゃいそうだよ」
「……」
大人っぽい服装とすらりとした体形に履いているジーパンから伸びる長い足──それでいてがっちりとした体つきをしていた。
昔、私よりも背の低かった彼が今では大きく感じる。
男の子から大人の男に成長した雅也君にドキリとして彼の顔を真っすぐに見ることができなかった。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
「それじゃあ行こうか」
彼と一緒に駅を出て今日の目的地のカフェテラスへと向う。
私はまだ胸がドキドキしていてその鼓動はなかなか治まりそうになかった。
「駅までの移動は疲れなかった?」
「……別に」
「そっか、僕は電車乗り継いで来たから実は少し疲れてるよ。ははは」
彼はそう言って微笑みかけると前に進んでいく。
ひとつわかることは彼が私の歩くスピードに合わせてくれているということ、私を追い抜いた時はすぐに歩みを止めて待っていてくれる。
私が追い付いたら同じ速さにして一緒に歩く。相手に気を遣っているっていうのがすぐに理解できた、雅也君は相手をちゃんと気遣いできるひとだなって改めて思う。
「今日行くカフェテラスだけどさ、少しだけネットで情報を調べたよ」
「そうなんだ」
少し不機嫌そうに答える私に彼は苦笑いを浮かべる──どうして不機嫌なのかというとこういうことがあったの。
私たちは一緒に駅を出て少し歩いたんだけど、私が人込みに気を取られて雅也君と少しだけ距離が離れたんだ合流する前の少しの間、彼が若い女の子に声をかけられていた。
すぐに会話が聞こえるほど近くに寄ると明らかに逆ナンパっぽい内容だった。
さっきも私が思ったように彼の体形に魅力を感じた女の子が興味津々に話しかけていたみたい。
雅也君はそういうことに慣れているのか声をかけてきた女の子に何か一言言ってから別れた。
「雅也君ってさ、ああいうのに慣れてる?」
「えっ? さっきみたいに女の子に声をかけられたこと?」
「うん……」
「ああ、街を歩いているとたまに声をかけられることもあるんだ。大体の子はちゃんと断ったらすぐに行ってくれるんだけど、連絡先を聞いてくる子は対処するのが大変だよ」
「相手を不快にさせないでどう断ればいいのかしっかりと考えないといけないからね」
「そうなんだ」
意外だなって感じた。雅也君は子どもの頃、クラスの女子から人気があるってタイプじゃなかったし女の子にモテているところなんて想像できなかったから。
ふたりの間は少し気まずい雰囲気になってお互いに黙ってしまう。それからお店に行くまでの雅也君とは一度も会話しなかった。
「さあ、着いたよ。並ぼうか」
まだ十時前だと言うのにカフェテラスには結構な数の人がいた。しかもみんなカップルだって言うのが見るとすぐにわかる。
私たちの前に並んでいるひとは肩を寄せ合って仲が良さそうにしていて見ているこっちまでなんだか恥ずかしくなってくる、いいなぁ、幸せそうで。
私らもああいう風にしたほうがいいのかな? 隣にいる雅也君にチラッと視線を向けると彼はそれに機が付いたみたいで顔を私の方へと向ける。
「咲希ちゃん? どうかしたの」
「別になんでもないよ」
私が笑顔を作ってそう言うと雅也君は頭に? マークを浮かべていた。列は少しずつ捌かれていって私たちがお店に入る番になる。
「それではカップル一組ご招待です!」
店員さんは笑顔でそう言うと席まで案内してくれた。カップル……私たちも他の人にそういうふうにみえているのかな?
雅也君に視線を送ってみたけど今度は気づかない。
「なんだか照れくさいね」
彼が囁くように私にそう言うと無理をしてない自然な笑顔を向けてくれた。
「どうぞごゆっくりー」
案内された席に座るとメイド服を着た店員さんはニコニコと笑顔を浮かべてすぐに次のお客さんの所へと接客に向かった。
「料理の値段意外と安いんだね」
「……そうだね」
私も机にあるメニューで料理を注文することに、どれも美味しそうで悩んじゃう。
「これ……」
メニューで一番大きくしかも目立つように書かれているのはカップル限定料理。
選べるコースがいくつかあって二人で一つの料理を食べるみたい。
「このカップルメニューが気になる?」
「えっ?」
「だってさっきからずっと見てたじゃんか」
「ちょっと目に入っただけだよ。ほら、こんなに大きく書いてあったら見ちゃうって!」
「確かにこれを食べるのはかなり勇気がいりそうだよね」
雅也君もカップル限定メニューのページに目を向けて載っている料理のいくつかを指さす。
「まあ、せっかく来たんだから頼んでみるのもありかもしれないよ。僕らがカップルじゃないなんてここに来ている人は気づかないだろうからね」
そう、雅也君とは水族館の穴埋めで一緒にカフェテラスに来ただけで別にカップルでもなんでもないんだから!
「咲希ちゃんが頼むなら僕はそれでいいよ」
「本当にいいの?」
「大丈夫だよ」
「それじゃあー」
私たちはカップル限定メニューを注文することに、雅也君はなんともないみたいだけど私は少しだけドキドキしていた。
「お待たせしましたー」
数分待つと豪華な料理が運ばれてくる。思っていた以上の多さに驚く。
「これ、かなり量多くない……?」
「そうかな? これくらいなら普通だと思うけど」
雅也君は目を丸くして運ばれてきた料理を机に並べる。
「二人で食べるんだから少しくらい量が多いほうがいいよ。咲希ちゃんはどれを食べる?」
「どれでもいいよ」
「じゃあ、僕はこっちからー」
雅也君は自分の目の前に置いた肉料理に箸を伸ばす──
「──うん、やっぱり肉が美味いわ!」
「お肉好きなんだ?」
「ああ、好きだよ。牛も豚も鳥もどれも好きかなー」
「咲希ちゃんは食べないの?」
「今から食べるよ」
私も箸を取って料理を口に入れる。カフェテラスって言うわりにはしっかりと味付けされていて美味しい。これならまた来てもいいかなって思える。
「美味しいね」
「意外だよ。こういう感じの店の料理はあまり美味しいイメージが無かったから」
私たちはそれぞれ別の料理を食べているんだけど、私が残したのは雅也君が綺麗に食べてくれる。
「雅也君って結構食べるんだね」
「そうかな? 僕はそこまでっていう程じゃないよ、多分兄ちゃんの方がよく食べるかなあ」
「そうなんだ?」
誰かとこうやって食事をするのも楽しいって覚える、基本的には明日奈と一緒に外食することが多いんだけどね。
周りのカップルはお互いに食べさせあいっこしているのを見ているとなんだか恥ずかしい。
「ここはカップルが多い店だからああいうのはやっぱり自然なのかな」
「どうなんだろう……?」
「僕たちもやってみる?」
「えー。それは遠慮しておく」
「まあ、そうだよね」
「雅也君、付き合ってもいない子に軽々とそんなこと言わない方がいいと思うよ?」
「でも、こういった店に来てる限りはそんなことは言ってられない気もするけどね」
私たちは料理を食べ終えた後、お店を出て秋葉原の街を散策する。
「咲希ちゃんはどこか行きたいところはある?」
「別に」
「そっか、それじゃあこの後どうしようかなあ」
顎に手を当てて何かを考えている仕草をすると何か思いついたようにポンと手を叩いた。
「じゃあさ、ちょっと付き合ってほしい場所があるんだけど」
「付き合ってほしい場所?」
私の手を取って人の多い道をどんどん進んでいく──彼の手は男の子の手だとは思えないほどきれいで小さかった。
「ここは?」
私たちは駅から少し歩いたところにあるアクセサリーショップへ──休日だからか店内は結構な数の人がいる。
「実はこの店も来る前に少しだけネットで調べておいたんだよね」
「雅也君アクセサリーとかに興味あるんだ?」
「ああいや、そう言うんじゃなくてさ、まあ、後でいいか」
「?」
「入るのが嫌だったら外で待っててもいいから」
私にそう言うと雅也君はお店の中に入っていく。仕方ないから私もお店の中へ。
*
「こっちがいいかな? だけど、デザインはこっちが好みなんだよね」
なんて言うことを呟きながら飾られている商品を手に取っていると──
「──お客様、何かお探しでしょうか?」
店員に話しかけられた。自分で選びたいけど他の人の意見を聞いてみるのも悪くない気がする。
「ええ、実はあの子に贈るアクセサリーを探してて」
僕は少し離れたところにいる咲希ちゃんを指さして答える。
「可愛い彼女さんですねー。そうですね、今の時期ならこれなんておすすめですよ」
店員は僕が見向きのしなかった白いネックレスを手に取って見せてくれた。
「このネックレスは冬をイメージして作られているんですが、色合いもきれいな白で落ち着いた感じですし、これ自体に何よりも特別な意味があるんですよ?」
「特別な意味ですか?」
「それはですね──」
綺麗に包装された紙袋を受け取って咲希ちゃんの元へ──この店は品揃えも悪くないしまた今度来てみよう。
「お待たせ」
「なにか買ったんだ?」
「まあね、それじゃあいこうか」
時刻は十二時四十五分。もう昼を過ぎているけど、朝食べた料理が思っていた以上に胃に残ってて腹は減ってない。
この後の予定は特に考えてない、こいつを咲希ちゃんに渡して帰ってもいいんだけど……右手に持った紙袋の中身を見ながら考えた。
「咲希ちゃんはまだ時間はある?」
「えっ……? うん、大丈夫だけど」
「じゃあさ、ちょっと落ち着いて話ができる場所に行こうか」
私たちは道を引き返してビルの中に入っているコーヒーショップに移動する。
「昼時だから人がいいけど、まあ、いっか」
椅子に座ってコーヒーを注文する。雅也君はその間も横に置いている紙袋が気になるみたい。
さっきのアクセサリーショップで一体何を買ったんだろう? 届いたコーヒーを啜りながら何か言いたそうな様子をしている。
「あのさ、実はさっきの店でアクセサリー買ったんだけどさ、これを咲希ちゃんにあげるよ」
「これを? 私に?」
「うん、本当は本来一緒に水族館に行ったあと、お礼に何かプレゼントしようかなって考えていたんだ。まあ、流れちゃったけどねー。だから今日がちょうどいいんじゃないかってさ」
「そうだったんだ」
「買う前にネットで色々情報を得たんだけど実物を見たほうがいいかなってね、よかったらこれ受け取ってくれないかな?」
横に置いてあった紙袋を私に差し出す──びっくりして反応が一瞬だけ遅れたけど私はそれを受け取った。
「今開けてもいいんだけどなんか恥ずかしいから別に家に帰ってからでもいいよ」
「どうして私に?」
「いや、今日咲希ちゃんとこうやって出かけることができて僕はすごく嬉しかったんだ。そのお礼って言えばなんだけど、もしも気に入らないのならしまいこんでもいいから」
中身が気になったけれど、彼の言うように家で空けてみようかなって思った。
毎年明日奈からは誕生日プレゼントを貰ってたけど、特定の異性──特に男の人からプレゼントをもらうことなんて今まで一度も経験したことがない。
今日のお礼なんて言ってたけど私と出かけることを嬉しいと思ってくれてるんだ雅也君。
まだカフェテラスとアクセサリーショップにしか行ってないんだけど……。
今度誘うときはしっかりと予定を立てたいと思う。私たちはコーヒーショップで別れる時間まで過ごした。彼は楽しそうに色々な話をしてくれて、私もそれにへぇーとかうんうんとか相槌を打つ。
「今日は本当にありがとう」
「どういたしまして」
駅の改札まで一緒に行く──ここから乗る電車が違うから別々のホームへ向かうことになる。
「今度はもっと長い時間楽しいところとか行けるといいよね」
「そうだね」
「まあ、何かあればいつだって電話してくれていいから」
「……うん」
「それじゃあ僕はこっちだから」
彼は私とは逆方向のホームの階段を下りていく。私はその姿が見えなくなるまで見送ってから電車に乗り込んだ。
*Point of view Saki*
「ただいま」
家に帰ってすぐに部屋の電気を点ける──暗い部屋はすぐに明るくなって改めて帰ってきたんだなって感じた。
「疲れたなあ」
外用の服を脱いで普段着に着替えてテレビを点けた。
まだ十五時過ぎいつもはこの時間は本を読んでいることが多いからテレビを見るのはなんだか新鮮。
ふと台に置いた紙袋に視線が行く──今日雅也君がプレゼントだって私にくれたもの。
まだ中身は見てないけど何が入ってるんだろう?
紙袋の中に手を入れると丁寧にラッピングされた箱とアクセサリーショップのチラシが入っていた。
ラッピングの包装紙を剥がして箱の中身を空ける。
「ネックレス?」
綺麗な白と銀色が混じったような色合いをしたネックレスで、それは自分の顔が反射して映るくらいピカピカに輝いていた。
あまり見たことがないデザインだけどあのアクセサリーショップのオリジナル商品なのかな?
ネックレスを手に取って見てじっくりと観察する。身に着けるのがもったいないくらいいいものだ。
雅也君が選んだのだろうか? かなりセンスがいいと思う。
よくわからないけどこれをプレゼントされた女の子は喜ぶんじゃないかな?
私は鏡の前に立ってネックレスを着けてみた。
「これ、すごく綺麗……」
身に着けるとすぐに分かる。白銀色に輝いたそれはどうやら雪の結晶を表しているみたい。
鏡に映る自分の姿を何度も見てしまうほど自然な美しさがある。
せっかく素敵なものをプレゼントされたのに私はまだその実感が湧かない。
「私もちゃんとお礼しないといけないなぁ」
ネックレスを外して箱に仕舞う、今度彼に合う時に着けて見せてあげよう。
雪のように美しい贈り物を受け取った私はこの時はまだ、自分の中にある『感情』に気づいていなかった。