その行動が彼女の心さえも変えようとしていた、雅也は咲希の心遣いに遠慮して帰宅するがこれから先に起こるできごとは彼自身を更に苦しめる結果になる。
一月二十七日(金)
「流石にキツイなあ」
ここ最近一気に寒くなったせいか僕は若干風邪気味だった。
でも、症状は軽いから母さんに薬を貰って会社に出勤する。
マスクを付けて防寒着を羽織って家を出た。
駅までの道のりは十分くらいだけど冷たい風が吹く中を歩いていかなくちゃいけない。
周りのひとたちも寒そうに背中を丸めている。
通勤ラッシュを抜けてようやく会社に到着。
「おはようございます」
「おはよう。新堂君ってどうしたの ? 今日はフル装備じゃん」
「少し風邪ぎみで──ごほごほ」
「大丈夫? 辛いなら無理しなくていいよ?」
「薬は飲んでるので頑張ります」
「具合悪くなったらすぐに言うんだよ」
「はい」
僕は荷物をロッカーにしまって自分のデスクで仕事を始める。
今日頑張れば明日は休みだし仕事をしっかりやろう。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様。今日はもう上がっていいよ、あとはこっちやっておくから」
「はい、すみません……お先に失礼します」
正直限界だったから帰れるのはありがたい、家でゆっくり休んで体調を万全にしよう。
頭がクラクラして視線もぼやけている中、駅向かって歩き始めた。
少し歩いている途中で携帯が鳴っていることに気がついて慌てて通話ボタンを押した。
「もしもし」
「もしもし。私、咲希です。今電話していいかな?」
「大丈夫だよ」
僕は無理をして大きな声で答える。
「雅也君今何処のいるの? よかったらこれからちょっと付き合ってくれないかな」
「良いよ。咲希ちゃんはどこにいるの?」
彼女は近くの公園にいるらしい。
もう咳も出なくなってきたからマスクは外してゴミ箱に捨てて公園に向かった。
「雪、降ってきたか」
白い結晶が空からゆっくりチラつく、今日はあったかくして寝よう。
「お待たせ」
「遅かったね」
咲希ちゃんは肩に積もった雪を払い落として立ち上がる。
「急に呼び出してなにか用なの?」
僕は風邪ぎみなのを彼女に知られない様に敢えて元気に振る舞う。
「実はね、この間、雅也君がプレゼントしてくれたネックレス付けてるのを見せようと思って」
隣に置いてあるポーチに手を入れてネックレスを探す──
「──あれ? 変だなあ、確かにこのポーチに入れたんだけど」
「見つからないの?」
「待って! もう少し探してみるから」
何度もポーチの中を手探りで調べる、僕は近くに寄って様子見。
「雅也君に見てもらおうと何度も取り出したんだ。中に仕舞ったのも確認してるしどうして無いんだろう?」
「服のポケットとかに入ってない?」
「調べてみるね」
僕の言葉に咲希ちゃんは一度立ち上がってコートやズボンのポケットに手を入れる。
「やっぱり無い……」
「僕も探すの手伝うよ」
最初座っていたベンチの下に辺りの草むらや地面を探した。
「何でないんだろう」
咲希ちゃんは泣きそうな顔をして言う。
そういえばこの子は昔から泣き虫なところがあったっけ。
「大丈夫。僕が絶対に見つけるから!」
手袋もしていない手で雪の積もった草を掻き分ける。
指先は切れそうになるくらい冷たくて辛い…………。
辺りはすっかり暗くなって人通りもまばらになってきた。
「ここに来る前はどこにいたの?」
「ちょっと離れた所にあるビルのコーヒーショップ。ここからだと歩いて二十分くらいかかる……」
「まだ時間あるし行ってみよう!」
「うん」
完全に冷え切ってしまった手をポケットで温めながらコーヒーショップに急いだ。
頼むから見つかってくれよ!
公園を出る時に時計で時間を確認したけどまだ二十時前だった。
店に着いて咲希ちゃんが座っていた席を調べる。
出てから一時間以上経ってるって言うし仮にここで落としたとしたら誰かが店員に届けてるかもしれない。
僕は丁度注文を取り終えて戻る頃合いを見計らって声をかける。
「すみません。今から一時間くらい前なんですけどあの席で誰か落とし物とか届けて来ませんでしたか?」
咲希ちゃんの座っていた席を指差して尋ねる。
「いえ、女性のお客様がお一人で座った後はあの席にはどのお客様もお座りになりませんでしたよ」
「そうですか」
「何かあったんですか?」
「いえ、こっちの話です。忙しいのに呼び止めてすみませんでした」
店員は僕との話が終わると別の客の対応に行った。
このコーヒーショップで一旦休憩してから考えようと提案してくれた咲希ちゃんの言葉の通り僕たちは彼女が座っていた席でコーヒーとケーキ注文する。
「ここ以外に寄った場所ある?」
「会社から真っ直ぐ歩いてきたから別にどこにも寄ってない」
「となるとここから公園までの間にネックレスを無くしたって事になるのか」
「…………うん」
咲希ちゃんは目に涙をいっぱい浮かべて今にも泣き出しそう。
「大丈夫。きっと見つかるから」
僕は自分のかけられる最大限の言葉で彼女を励ました。
「ありがとう」
落ち着いて来たのか少しずつ今日の行動を話してくれた。
まず最初にネックレスはやっぱり今持っているポーチの中にしまっていたらしい。
デザインが気に入って家で何度も付けてくれたみたいだ。
そんな風に言って貰えるならプレゼントした甲斐があったな。
まあ、まだあのネックレスの意味とかは教えてないんだけどね。
咲希ちゃんが知りたいと言うまでは黙っておこう。
コーヒーショップで一休みしてから店を出たとたん強い風が吹き上げる。
さっきまで 降っていた雪は軽く吹雪に変わっている。
このままだと家に帰るのも厳しくなりそうだ。
「咲希ちゃんは今日はもう帰った方がいいよ」
「えっ…………雅也君はどうするの?」
「僕は平気だよ。遅い時間に帰っても何でもないからね」
嘘だ。正直体はヘトヘトで限界、今すぐ家で休みたい。
だけど不安そうな彼女を見てつい強がりを言ってしまう。
「でも、元はと言えば私のせいなんだしネックレスが見つかるまで最後まで付き合う」
「大丈夫大丈夫。僕がきっと見つけるからさ、今日はもう帰りなって」
「うーん」
「それじゃあさ、咲希ちゃんの住んでいるとこ教えてよ。ネックレス見つけて届けるからさ」
「悪いよ! そんなの」
「べつにどうってことないって。女の子を夜の遅い時間に家に返す方が十分に危険だってば」
「それにこの吹雪だといつ電車が止まるかわからないし」
帰ることを渋る彼女を何とかその気にさせるのに一苦労した。
「じゃあ気をつけて」
「はい」
咲希ちゃんを駅まで送ったあと僕はもう一回あの公園を探すためにまだ雪の降り続く町へ引き返す──住所を書いて貰ったメモをポケットに突っ込んで走り出した。
全力で走ると冷たい風が肺に入り込んできて息苦しい…………
コーヒーショップから駅を抜けてさっきの公園まで戻って来た。
彼女の座っていたベンチには雪が積もっていてこれから雪に似た色のネックレスを探すのは大変だ。
芯から冷えてしまったボディーを引きずりながらベンチに近く。
──辺りはすっかり真っ暗で転々と並ぶ街灯で照らされる場所を入念に探す。
最初に感じていた指先の痛みなんかとっくに忘れてしまった。
咲希ちゃんは僕が贈ったネックレスを大切に思ってくれている。
だからこそ絶対に見つけなくちゃいけない。
白い景色でそれに近い色のものを探すのは予想していた以上に難しかった……
一度ベンチに座ってちょっと休んでネックレス捜索を続けた。
「この雪の中で本当に見つかるのか?」
気持ちが完全に滅入ってしまいそうになりながら探していると一瞬明かりに照らされて輝いている何かを見つけた。
街灯を手掛かりにベンチの後ろにあるちょっと緑の枝が生えている場所を手を使って調べる。
「こんなとこに引っかかってたのか…………どうりで見つからないわけだな」
ネックレスは枝に積もった雪の下に埋もれていてしかも枝先に引っかかって目立たないようになってた。
時間は二十三時前──よし! これなら十分終電には間に合いそうだ。
最後の力を振り絞って駆け出して咲希ちゃんの住んでるマンションに向かった。
「七○五号室か」
ぱっと見十五階建てはありそうな高級マンションのエントランスにあるインターホンで部屋番号を入力して呼出ボタンを押した。
数回呼び出し音が鳴ってお目当の相手が出る。
「はい」
「僕だよ。雅也、ネックレス見つけたから届けに来たよ」
そう言うとすぐにドアが開いた──目の前にあるエレベーターに乗り込んで七階のボタンを押した。
「結構高いな」
廊下を歩いて七○五号室の前までやって来た。
「ここだな」
一度深呼吸をしてチャイムを鳴らす。
鳴らしたあと人が出てくるまでのこの沈黙はあまり好きじゃない。
ガチャりという音が聞こえて扉が開く。
「雅也君」
「これ、ネックレスちゃんと見つけて来たから」
「本当にありがとう! わざわざごめんなさい…………」
感動してるのか咲希ちゃんは泣きながらネックレスを受けとる。
「寒かったでしょう? さあ、中で温まって!」
「いや…………せっかくだけど遠慮しておくよ」
彼女の好意を受け入れず扉から体を離した。
だって僕は咲希ちゃんの恋人じゃない。
ただの友達の僕がひとり暮らしの女の子の部屋に入るべきじゃない。
いつか彼女に好きな相手が出来た時に別の男を部屋に上げたなんて知られて困るのは咲希ちゃんの方だ。
「せめて何かお礼をさせて」
「必要無いよ。お礼が目的で探してた訳じゃないし」
僕は一秒でも早くこの場所から離れたかった。
長居したら彼女の優しさに甘えてしまいそうな気がしたから。
「それじゃあ届けたからね」
「あ、待って! 雅也君」
僕を呼ぶ声なんて聞こえていないかのように逃げるみたいにマンションを出た。
それからは何とか終電まで間に合って〇時が過ぎる頃に家に帰った。
「ただいま」
家族はとっくに就寝していて起こさないように靴を脱ぐ──
「あれ? なんかフラフラするぞ。おかしいな」
自分の体に何が起こっているのかすら分からず僕はそのまま倒れこんだ。