一月二十八日(土)
「風邪ね」
「マジかよ……」
脇の下に挟んでいた体温計を母さんに渡す。
昨日、僕は玄関で倒れてしまってからそのまま眠ってしまったらしい。
朝起きて来た母さんが僕を発見してさっき目が醒めるまで自分の部屋で休んでいた。
体調が悪いことを伝えて熱を測ってみると体温は三十七度を超えている……。
風邪を引いたのなんて久しぶりだし、こんなに辛いのは高校生の頃インフルエンザにかかって以来だ。
「あんた、昨日の夜何してたの? お母さんが寝る時は帰って来てなかったでしょ」
「別に良いだろ、なにしてても」
「とにかく今日は家で大人しく休みなさい。外に出ちゃダメよ!」
「分かってるって」
「お母さんは夜まで帰って来ないから」
「あれ? 母さん今日は仕事なの」
「——昨日言ったじゃん。その代わり月曜は休みだけどね」
そういえば木曜の夕飯の時にそんなこと言ってた気がする。
「兄ちゃんは休みだっけ?」
「健吾ならもう家を出たわよ。今日は早番って言ってたから」
「そうなんだ」
と言うことは今日は家には僕ひとりしかいないって事か。
たまにはこう言う状況も悪くないけど今は風邪引いててそれどころじゃない。
「ご飯は作って冷蔵庫の中に入れておくからそれを食べなさい」
母さんは僕にそう言うと部屋を出て行った、まあ、今日はお言葉に甘えてゆっくり休ませてもらおう。
土曜日だったのが不幸中の幸いか──会社を休まなくていいから皆勤記録が途切れることはなさそうだ。
僕はもう一眠りしようと瞼まぶたを閉じるすぐに眠気が来てそのまま身を任せた。
「ふぁー」
目が覚めて時間を見ると十時二十五分。
(二時間以上は寝てたのか)
腹も減って来たし何か食べようと思いベッドから起き上がる。
まだだるけの抜けない体を軽く動かしていると──
「携帯が鳴ってる」
ちょうどいいタイミングで携帯が鳴った、一息呼吸整えてから電話に出た。
「もしもし?」
「もしもし雅也君、義之だけど」
電話の相手は小学生の頃からの友人。
多分用は休みだからどこか遊びに行こうって誘いの連絡をしてくれたに違いない。
「義之君今日はどうしたの?」
「最近話せてなかったからね、様子が気になって電話したんだ」
「そうなんだ。僕もここ数日は仕事が忙しくて電話する暇なんてなかったよーごほごほ」
「もしかして風邪引いてる?」
「そうだよ。久しぶりに結構辛い思いしてるんだ……いやー参ったよ。ははは」
無理に笑ってみたけど多分彼にはそんな僕の態度なんて既にお見通しなんだろう。
「そっか、風邪引いてるなら電話して悪かったね。今度改めて連絡するよ」
「ごめん」
「良いって。それじゃあお大事に」
義之君との通話を終えて部屋を出る、朝ごはんを食べ終わった後はもう一度ベッドに横になる。
辛い、しんどい……
一人でいるのは苦じゃ無い筈なのに今日はなんだかいつもとは違う。
*Point of view Saki*
「……雅也君」
私は昨日彼が届けてくれたネックレスを手放すことができなかった。
後で知ったんだけど昨日の冷え込みは今週一番で夜の外出は控えるように気象予報士のお姉さんも言っていた。
うちのマンションに来た時の彼は肩まで雪が積もっていてとっても寒そうだった。
温かい料理も用意してたんだけど結局無駄になっちゃった。
私のせいで雅也君に辛い思いをさせたのに自分はあったかい部屋で休んでいた。
私の為にあんなに一生懸命になってくれた雅也君。
軽く自己嫌悪になりながら彼の様子が気になっていた。
次に会う時はこのネックレスを付けたとこを見せてあげよう。
恋人でもない相手から贈られたプレゼントにはしゃいでいる自分がいた。
いってもたってもいられずケータイで彼の番号をプッシュする。
「もしもし? 雅也君、今話せるかな?」
「ごほごほ。さ、咲希ちゃん? どうしたの」
「ちょっと咳出てるけど大丈夫?」
「かなりキツイかなあ……なんか風邪引いたみたいでさ」
私のせいだ…………
寒い中私のネックレスを探していたせいで雅也君は風邪引いちゃったんだ。
「熱は何度くらいあるの?」
「さっき測った時は三十七度八分あったかな。今はわからないけど体温上がってるかもしれない」
「そっか……お家の人はいないの?」
「二人とも仕事。だから今は僕ひとりだよ。ごほごほごほ」
「本当に大丈夫?」
「咳が止まなくて辛い……」
「心配……だって雅也君が風邪引いたのって私のせいかもしれないし」
「咲希ちゃんのせいじゃないよ、実は昨日から体調あまり良くなくてさ。あ、これ内緒にしておくんだった」
じゃあ雅也君は具合が悪かったのに私のワガママに付き合ってくれてたの? 私の為に寒い中ネックレスを探し回って……自分の体が辛い筈なのに見つけてくれたんだー。
本当の事を知ってますます自己嫌悪に陥る。
「私、今から看病に行くよ」
「それは悪いよ、せっかくの休日をそんなことに使っちゃごほごほ」
「でも、私、雅也君に何もしてあげられていない。ネックレス見つけてもらったお礼もちゃんと言えなかったし」
「雅也君の家の場所は知らないから義之君に聞けば教えてくれるかな? 食べものとか色々買って行くから待ってて!」
「悪いって……」
「お願い、それくらいさせて」
「わかった。じゃあ待ってるよ」
雅也君はそう言って電話を切った。病気の時にひとりで過ごすのはすごく心細いのは私もよくわかるから──
メイクしないで家を飛び出した。自分にこんなに行動力があるなんて思いもしなかった。
「ここね、雅也君が住んでるマンションは」
私の住んでいるマンションほどじゃないけど築十年も無さそうな新しめの建物。
確か六〇五室だったかな? 義之君にマンションと部屋名を聞いておいたから間違いないと思うけど……
エントランスの前には若い女の子が立っている。
その子が私に気づいたとたんドアが開いたから慌てて中に入りエレベーターに乗り込んだ。
彼女は私が乗るとサッと六階のボタンを押して扉を閉める。
この子も六階に用事があるのかしら? ふと顔を覗き込んだ。歳はおそらく私よりも年下、同じ女の私が見ても可愛いって言葉が合う今風の子。
数秘の沈黙が続いた後、六階に着いたからエレベーターを降りる。
すぐ目の前にある部屋が六〇一号室だから──六〇五室は多分あの廊下の突き当たりにある部屋だと思う。
部屋番号を確認しながら雅也君の部屋の前まで到着。
「六〇五号室——ここね」
チャイムを押して一分くらい待った後にドアが開く。
「いらっしゃい、わざわざありがとうね」
頭に冷えピタをしてマスクを付けた雅也君が出迎えてくれた。
「寒かったでしょう? さあ中に入って」
私は玄関で靴を脱いでたら後ろから声が聞こえる。
「あのっ……新堂さん大丈夫ですか?」
「えっ……?」
声のした方へ振り返るとさっき一緒にエレベーターに乗っていた女の子がいた。
「篠宮さんも様子見に来てくれたの? ありがとう」
「何、雅也君この子と知り合い?」
よく見たら彼女の手には私と同じでスーパーの買い物袋がぶら下げてる。
「雅也君?」
不思議そう顔をして私のことを見る女の子。
「これってどういうこと?」
目の前にある彼女がこれから私に立ち塞がる大きなライバルになることなんてこの時はまだ気づかなかった。