一月三十日(月)
風邪もすっかり良くなっていつものように満員電車に窮屈さを感じながら出勤する。
今日は篠宮さんに看病に来てくれたお礼を言わなくちゃいけないな。
僕は電車を降りると普段とは違う道を通って会社に向かった。
ふと前を見ると仲睦まじそうに歩くカップルに目がいった。
いつか僕もああいう風に誰かと一緒に二人だけの時間を過ごす事になるのかな。
僕の心の中にいつまでも残っている初恋の苦い思い出、それを忘れてしまえるような「恋」をすることができるんだろうか? そんな相手に巡り会えるんだろうか?
篠宮さんの言うように新しい「恋」を見つけるために行動していこう。
一月の寒さは厳しいけれど少しずつ前に進もうと改めて決心した。
「おはよう」
先に来ていた篠宮さんに挨拶してから仕事の予定を確認する。
っと、その前に彼女にお礼を言わなくちゃいけないな。
僕は篠宮さんに看病に来てくれた事への感謝の気持ちを伝えた。
それからはいつも通りに仕事を進めたけど変に“意識”をしてしまったのかなかなか思うように捗らなかった、それでも何とか今日の分の仕事を終わらせて定時に帰れるように。
「それじゃあ失礼します」
上司に報告を済ませてデスク周りを綺麗にする。
篠宮さんはまだ作業をしていて僕は「お先」とだけ声をかけて会社を出た。
もう仕事も終わったから真っ直ぐ帰ってもいいけどんだけど、どうしても彼女と話がしたいと思って篠宮さんが出て来るのを待った。
さすがに外で長時間待ち続けるのはかなり辛い。
風邪がまたぶり返さないといいんだけど……。
「新堂さん? 何してるんですか」
「ああいや、ちょっとね。篠宮さんが出て来るのを待ってたんだ」
「……私をですか?」
「うん、今から時間あるかな? 少し話をしたいんだ」
「はい、大丈夫です」
今の時間は十八時前、まだ家に帰るのは早すぎる。
この日はちょっとでも長い時間を彼女と過ごしたいと思っていた。
僕は篠宮さんと一緒にこの間行ったコーヒーショップに入る。
「土曜は本当にありがとう。会社でもお礼を言ったんだけど、改めてちゃんと言っておきたかったんだ」
「いえいえそんなそんな。私、新堂さんが風邪ひいたって聞いたら心配になったんです」
「正直ありがたかったよ。あの時は体がキツくてしんどかったから」
「そうだったんですね、急に押しかけちゃって迷惑じゃなかったですか?」
「全然そんなことないよ」
僕がそう言うと彼女の表情がパッと明るくなる。
自然なその表情にこっちまで明るい気待ちになれた。
「あの後はどうしてたの?」
注文したコーヒーを啜りながらずっと気になっていた事を篠宮さんに問いかけてみた。
「あの後?」
「ほら、君がうちから帰った後だよ。ちゃんと真っ直ぐ家に帰ったのかなって」
「そうですね、帰る前にあの日新堂さんの部屋にいた子と少し話をしました」
「それって咲希ちゃんの事? 何の話をしたの」
「先に声をかけられてそれで二人で話を浅倉さんが新堂さんの小学生の頃の同級生だって知りました」
「咲希ちゃん僕のことを何か言ってなかった?」
「特に何も言ってなかったですよ。浅倉さんも私と同じで新堂さんが心配になってマンションに行ったって」
「そっか」
咲希ちゃんは僕が風邪を引いた理由を知っているはずなのにそれを篠宮さんには話してないみたいだ。
という事は僕が彼女にネックレスをプレゼントしたのをこの子は知らないんだ。
今は篠宮さんと一緒にいるんだから気を遣わせるのはやめておこう。
僕はもっと聞きたいことがあったけれど、押し留めてすぐに別の話題を考えて彼女と過ごす時間を楽しんだ。
「それじゃあ今日は楽しかったよ」
「私もです。新堂さんといっぱいお話出来て良かった」
ひらひらと手を振る彼女の顔はどこかぎこちなかった。
「もしかして何か言いたい事があるの」
店を出てから何度も僕に話かけてくるから何か言おうとしていたのはわかっていた?
「わかっちゃいました?」
観念した顔をすると篠宮さん僕の方に寄って来て口を開いた。
「あのですね、今度はうちでご飯食べませんか?」
——それは彼女からの食事のお誘いだった。
僕は一瞬固まってしまったけどすぐに元に戻る。
「僕が篠宮さんの家でご飯を?」
「はい……。無理だったら断っちゃってもいいですよ」
嘘だ。彼女はこう言ってはいるものの断って欲しくないというのが伝わって来る。
「いつにしようか? 篠宮さんの家に行くの」
「あ! はい! 今週の土曜日なんてどうですか?」
「土曜ね、特に予定も無いからいいよ」
「それじゃあ土曜の朝に迎えに行きますね!」
「うん」
僕は土曜に篠宮さんと会う約束をしてから家に帰る。
改札を抜けて駅のホームの階段を降りる時に後ろを振り返ると彼女は最後まで見送ってくれていた。
「服、何着てこうかなあ」
そんな事を考えながら空を見上げると珍しく星が見える。
東京で見る空も悪く無いなと思う。