明日奈の言葉に今までの自分の想いと十年経ち、ようやくわかった本当に気持ち。
「恋」をするという初めての経験に彼女自身も胸の高鳴りが抑えきれずにいた。
湊から告白をされたその日、雅也が携帯に着信があることに気づいたのは家に帰ってからだった。
*
咲希は友達の明日奈と一緒に過ごしていた、二人の会話の話題は雅也の事が中心だった。
「咲希、もっと新堂君の事を聞かせてよ!」
部屋でゆっくりとくつろぐ明日奈は咲希の小学生の頃の同級生に興味津々、話そうにも彼の事をそんなに詳しいわけじゃない、子どもの頃はどちらかと言えば苦手なタイプ……。
東京で“再会”してからはお互いの連絡先を交換してちょくちょく話すようにはなった。
雅也からプレゼントされたネックレスを毎日身につけていた、自分には勿体ないくらい良い物でなんだか申し訳なくなってくる。
「どういう人なの? 新堂君ってさ」
「どういう人なんだろう……」
明日奈の問いかけに彼がどんな人なのかすぐに答えることができなかった。
「そのネックレスを買ったお店の場所覚えてる? 今から行ってみようよ」
「今から? しょうがないなぁ」
特に予定も無いから別にいいんだけどね、もう一度あのお店に行く事になるなんて思わなかった。
品川駅で山手線外回り渋谷・新宿方面行きの電車に乗り込む、休日に関係なく電車の中は混んでいた、東京に来てからもう慣れたつもりなのだけど、満員電車の窮屈さに咲希はそんな状況にうんざりしつつスマホでニュースを見る。
渋谷駅で降りて南改札から出て雅也と行ったアクセサリーショップに向かう。
流石の人の多さに酔いそうになる、明日奈はウキウキとして歩いているけど咲希はそんな気分になれなかった。
「もう少しでお店が開くみたいだよ」
朝の十時開店のアクセサリーショップに着いた咲希と明日奈は店が開くまで待った、十五分ほど待っていると店員がやってきて笑顔で挨拶をする、ニコニコと笑いながらドアのロックを解除すると店内に照明がついて明るくなった。
二人は店に入って並べられたアクセサリーの一つひとつを見ていく、明日奈は気に入ったやつがあれば買うつもりらしいけど咲希は別に欲しいものはなかった。
「あら、お客様は以前お見えになられた方ですよね? 今日は彼氏さんとは一緒じゃないんですね」
店内をぶらついていると若い女性店員が声をかけてきた。
「あ、いえ……。あの彼とは別にそんな関係じゃないですよ」
「そうなんですか? 一緒に来ていた男性の方があのネックレスを買って行ったので、てっきり恋人同士だと思っていました」
「このネックレスですよね?」
「まぁ! 身につけてらっしゃってるんですね! とても良くお似合いですよー」
店員に褒められて咲希は照れて顔を赤くする。
「では、そのネックレスの意味はお聞きになっていますか?」
「……意味ですか?」
意味なんてあるのかな? 雅也君は何も言ってなかったけれど。
「それは普通なら滅多に人に贈るようなものじゃないんです。お客様とご一緒に来ていた男性にはかいつまんでしか説明はしなかったのですが、そのネックレスは愛してる女性に男性がプレゼントする物なんですよ」
「散りばめられたダイヤが愛情の証でうちのお店でも特別に注文しないと入荷しない商品です、結婚する相手にこのネックレスを渡す人もいるそうで、それくらい深い愛情を示すものなんです」
咲希は自分へプレゼントされたネックレスの意味を知った、愛する女性にしか贈られない特別なもの、受け取った相手への想い、そしてこのネックレスを必死に探し出した雅也の姿が思い浮かんでくる。
どうしてだろう? 彼の事はなんとも思っていないはずなのに何でこんなに胸がキュンと締めつけられるのかわからなかった。
アクセサリーショップを出てからの咲希はずっと何かを考えているようだった、そんな様子に気づいた明日奈は一旦落ち着く為にコーヒーショップに入る。
「あのお店、結構いいものがたくさんあったよー。まあ今日は買わなかったけどね、また来ようかなあ」
「……そう」
明日奈の話に適当な相槌うって返す、咲希にはこの胸の中にはある気持ちの正体が何なんか理解出来ずにいた。
「あのね、ちょっと聞いてほしい事があるの」
もしかしたら明日奈なら答えを知っているかもしれないから、店の外には雪がチラいていた。
アクセサリーショップで店員さんに教えてもらった事を全部話す、明日奈は真剣な表情で聞いてくれた。
「まさかそのネックレスにそんな意味があったなんてねー」
一息ついてコーヒーを啜る明日奈、咲希のカップにはまだ手のつけていないコーヒーと一緒に注文したスコーンが残っていた。
「私、分からないの……。雅也君がどうしてこのネックレスをプレゼントしてくれたのかが」
何度考えてみても答えが見えて来なかった、それはまるで抜け出せない迷路に迷い込んでしまったみたい。
「咲希と知り合って四年以上になるけどあんたがそんなに悩んでいるとこなんて初めてみたよ」
二人の間にはしばらく沈黙が続く——頼んでおいたコーヒーはすっかり冷めてしまっている。
「でも、新堂君は咲希がそのネックレスを無くした時に必死になって探してくれたんでしょう?」
「うん……」
そのせいで雅也君は風邪をひいてしまった、ただの友達の為に彼はどうしてあそこまで真剣になれるんだろう。
「もうそれただの友達っていうんじゃないんじゃない? じゃないとそんなネックレスあんたにプレゼントしないって」
「どういうこと?」
「もう! 相変わらずこういう事には鈍いんだから、新堂君にとって咲希はただの友達じゃないってことよ。咲希自身も本当は分かってるんじゃないの?」
「分かってるって何を?」
「あんたが彼に『恋』をしてるって事よ」
恋? 私が雅也君に? この感情がそうなの?
ネックレスをプレゼントして貰ったあの時から彼の事を考えると胸が切なくて辛かった。
今まで自覚が無かった、私はずっと雅也君に惹かれていたなんて——
「やだ、どうしよう、意識してきたらすごく体が熱くなってきちゃった」
きっと顔も真っ赤になってるに違いない……。こんなところを明日奈に見られるなんて恥ずかしい。
「今になってようやく自分の気持ちに気がついた感じかー。咲希のそんな仕草見れるのはすごくレアだわ」
「もう! からかわないでよね」
「ごめんごめん、でも、あの咲希が恋をするなんてねー」
「私だって驚いてるんだよ? なんか明日奈の言ってことが分かる気がする」
十年前にはありえなかった、私が雅也君に「恋」をするなんて、だけど、今なら分かる。
私は彼の事が好き。
考えるだけで苦しくなる……切なくなる、今すぐにも彼に会いたい、私の想いを伝えたい、ずっと一緒にいたい。
恋愛になんて興味なかった。自分が誰かと恋愛をするなんてイメージが湧かなかった。
雪はすっかり止んで晴れ間が見える空。
私の恋も始まったばかり、まずはこの気持ちをあの人に──今度会った時に言おう。
明日奈と別れた後はまっすぐ家に帰る、胸元には雅也君にプレゼントされたネックレスが輝いていた、それをキュッと握りしめて改めて自分の本当の想いを確認した。
「ちょっと緊張するかも……」
スマホで彼の番号を呼び出して通話ボタンを押す──その前に深呼吸、雅也君は電話に出てくれるかな? 前は友達にかけるだけだったから何も緊張することはなかったけれど今は違う。
私はしばらく通話ボタンを押せずにいた。
「よし!」
勇気を出して雅也君に電話をかけた。
「出ない……」
呼び出し音が聞こえるだけで彼は電話に出ない。タイミングが悪かったのかなあ、また後で電話してみようっと。
カーテンを開けてみると星が綺麗に見える。明日は言えたらいいなあ、胸のドキドキが止まるまでしばらく時間がかかりそう。
今日から私の「恋」が始まるのだった。