動き始めた恋
家に帰り着く頃には時刻は〇時になろうとしていた。
今日あった出来事が夢みたいに思えた、篠宮さんに好きだと告白されて十年前のあの時から止まった僕の時計は時間を刻み始めた。
玄関で靴を脱いで上着を洗濯籠に放り込んでフローリングの床を歩く、母さんと兄ちゃんの部屋の明かりは消えているからもう寝てるんだろう。
僕は自分の部屋には入るとすぐにベッドに倒れこんだ、ポケットに入れてた携帯を充電機に繋いで寝転ぶ。
この時の雅也は帰り着いた疲れか携帯に着信がある事なんて気づきもせずに眠りについた。
咲希は雅也が電話に出ないことに不安感を抱いて湊はやっと自分の気持ちを雅也に伝えたこと、そして二人で抱き合った事を思い出していた。
湊の家族は雅也をすっかり気に入り次に家に呼ぶ日を相談していた。
それぞれの時間はゆっくりと進み始める——冬はまだ続くけどこの物語は始まったばかりだった。
久しぶりに夢を見た。前に見た夢と同じだけど今回のは少しだけ内容が違っていた。
相変わらず僕は身に覚えのない場所に立っている。
そこでは「誰か」わからない女の子同士が言い争いをしていた。
ふたりはそれぞれ真剣な表情でお互いに自分の気持ちをぶつけていた。
何を言っているのか僕には聞こえない、ひとりの女の子がもう片方に平手打ちをした。
平手打ちをされた女の子は涙目になりながら相手を睨む。
そして二人は言い争いを続ける、って言うところで夢は終わる。
どうしてそんな夢を見るんだろう? あの二人の女の子は誰なのか? 夢の中では顔はぼやけていてはっきりわからない。
なんだか気持ちの良い感じじゃない、さっぱりしない目覚めが僕を待っていた。
二月五日(日)
目が覚めてから携帯を充電機から抜いてメールの送受信ボタンを押した。
一通も届いていない事を確認して壁紙に戻ると着信履歴が表示されていた。
昨日の夜に何件かの電話があったみたいで僕はかけてきた相手の番号を確認した。
「浅倉咲希」
咲希ちゃん? 最後の着信は昨日の二十三時過ぎか……。
その時はちょうど帰りの電車に乗っていた時間で携帯はマナーモードにしてたから着信に気づかなかった、僕が家に帰り着く数分前にも着信があった。
「何の用だったんだろう」
咲希ちゃんからの電話の内容が気になった後で僕からかけて聞いてみようかな、そんな事を考えていると携帯が鳴る。
僕は慌てて通話ボタンを押して電話に出た。
「もしもし?」
「もしもし雅也君。僕だよ義之」
「義之君、どうしたの?」
「いやー最近話せてなかったからね、様子が気になって電話したんだ。今話せるかい?」
「大丈夫だよ。特に予定もなかったから」
「そうなんだ、けどもう十一時過ぎだからそろそろお腹空いて来る頃だよね」
「えっ……? 十一時? マジで?」
僕は枕元に置いてあるデジタル時計で時間を確認すると——ちょうど11:26分になったばかりだった。
「ついさっきまで寝てたよ。もうこんな時間だったとは……」
「雅也君が遅く起きるなんて珍しいね。何かあったの?」
「いや、特にはー」
僕はそう言って言葉を飲み込んだけど義之君には教えておいてもいいかと思って口を開いた。
「あのさ、本当は昨日ちょっと色々あったんだけど聞いてくれるかい?」
僕は昨日篠宮さんに告白された事を義之君に話した。
彼は最初は驚いていたけど「おめでとう」と僕を祝福してくれた。
それからは夕方になるまで義之君と話してから電話を切った。
結局咲希ちゃんに電話をかけ直す事をすっかり忘れてしまう。
*Point of view Minato*
やっと言えた。私は昨日ずっと好きだった人に告白した。
その人は会社の先輩で始めはなんとも思わなかったんだけど、あの人の見せたちょっと他の人とは違う一面を見れた事がきっかけに意識し始めた。
いつも会社で顔を合わせるうちにどんどん仲良くなった。妹の夏帆と一緒に水族館へ行った事は大切な思い出。
帰りも同じになって駅で別れるようになってから私は彼と離れることが寂しいと感じるように。
毎日会社で会えるのにバカみたいだけど……。一秒でも長く新堂さんと一緒にいたい。
恋をするって本当に素敵だと思うの。だってそうじゃない? 好きな人のためになら自分も変わろうと思えるんだから。
内気な自分を少しでも変えたくて——新堂さんに好きになって貰えるような女の子になりたい。
その為に努力してきたつもり、私は昨日の事が夢みたいに感じてまだ信じられない。
今日は気分転換の為に街に買い物に来てる、たまにはこうやってひとりの時間を過ごすのも悪くないなって思う。
家にいるのが嫌じゃないんだけど外で目一杯羽を広げたい時もあるの。
ショッピングを楽しんで帰る途中——
「あなたもしかして篠宮さん?」
「……えっ?」
——誰かに呼び止められたから後ろを振り返る。
「やっぱり篠宮さんだ! こんなところで何してるの」
「浅倉さん? 私はお買い物をしてたところなんです」
「そうだったんだ、なら呼び止めちゃダメだったよね」
「いえ……今から帰るところでしたから別に大丈夫ですよ」
「そうなんだ、ねえ、それなら少しだけ話していかない?」
私は浅倉さんと二人で近くの公園のベンチに座った。
「寒いよねー流石二月ってところかな」
「……そうですね」
浅倉さんとは新堂さんが熱を出して看病に行った時に知り合った。
新堂さんの初恋の相手——その人が今私の目の前にいる。
彼女が綺麗なショートヘアの髪をかきあげる仕草をすると胸元に輝くネックレスに気がついた。
「ああこれ? これはね、最近プレゼントされたんだー」
嬉しそうに教えてくれる浅倉さんの顔はちょっと火照っているのがわかった。
「あの、浅倉さんに話したい事があるんです」
「私に? なになにー」
「私、ずっと好きだった人に告白したんです」
「へぇー頑張ったんだね! 篠宮さんが好きになる人ならきっと素敵な人なんだろうなぁ」
「はい! とっても素敵な人なんです。私その人の事が大好きです」
「あなたがそこまで言う相手かー良い人に出会えて良かったわね」
「ええ、本当にそう思います」
浅倉さんは私の恋を応援すると言ってくれた、その言葉に私はホッとした。
もしも浅倉さんが新堂さんの事が好きだったらどうしようっていう邪な考えがあったから。
「実はね、私も最近好きな人ができたの」
「そうなんですか!」
「うん! どうして今まで気づかなかったんだろうって思った。まあ、私の初恋はまだ始まったばかりだけどね」
照れくさそうにはみかむ浅倉さんは恋する女子——私も同じだから気持ちはすごく共感できる。
「だからね、私、その人に告白しようと思うんだ。篠宮さんの方が先に告白したんだよね? 恋愛初心者の私に良いアドバイスをご教示ください」
「そんなアドバイスできるほどじゃないですよ……。でも、私も浅倉さんの気持ちがすごく分かりますから私で良かったら力になりますよ」
「ありがとう!」
「やっぱり告白するなら直接伝えた方がいいかも、二人きりになってから言うんです」
「ふむふむ」
「自分の気持ちに正直になって伝えれば良いです。あ、でも、これでアドバイスになってるかなぁ」
「大丈夫、篠宮さんの言いたい事ちゃんとわかるから」
「良かったです。自分がその人の事がどれだけ好きなのかっていう事を言葉で表せばいいと思います」
「そっかーうん、今日は篠宮さんと話せて本当に良かったわ」
「そう言ってもらえたなら私も安心します」
「私、勇気を出して告白する。初めての恋だもん! 後悔したくないしさ」
「それがいいと思います」
「うん、今日はありがとうね! 私、篠宮さんの恋も応援してるからお互い頑張りましょう」
「はい」
「それじゃあね」
私は浅倉さんと別れてからは真っ直ぐ家に帰った。
浅倉さんにも好きな人ができたんだ、どんな人なんだろう?
あの綺麗なネックレスをプレゼントした相手なのかな?
私達はそれぞれの「恋」に進んでいく。
この時の私はその後に起こる出来事を全く予感する事なんて無かった。