同じ人を好きになったことを知り、二人のそれぞれの感情はこれから激しくぶつかっていくのだった。
雅也君と別れた篠宮さんは引き返して駅の出口に向かう。
私は彼女が外に出た瞬間に呼び止めた。
「ちょっと良いかな?」
「浅倉さん? 偶然ですね、私に何か用ですか?」
彼女の言葉に何も答えずに私はさっきまでいた公園に連れて行く。
「大事な話があるんだけど時間は大丈夫?」
「はい、大丈夫ですよ」
時刻は丁度午後六時になったとこで辺りは暗くなり始めてる。
「とりあえず座って話しましょうか」
私がベンチに座ると隣に篠宮さんも腰を下ろす。
二人の間にはしばらくの沈黙が続く——彼女には聞きたい事がある。
横目で篠宮さんの様子を伺うと暗くなっている空を眺めていた。
「大事な話って何ですか?」
先に沈黙を破ってきたのは彼女からだった。
「……うん、あのね、ちょっと篠宮さんに聞きたい事があるんだ」
雅也君とどういう関係なのかを聞けばいいんだけど、なかなか切り出す勇気が持てない。
「そうだ! 篠宮さんに言われて私好きな人に告白したよ」
ちょっと話題を逸らしたように思わせて少しずつ核心に迫っていくようなやり方を試してみようと思った。
「良かったです。告白は上手くいきましたか?」
「うーん。まだわからないわ。彼からすぐに返事を貰えた訳じゃないし」
「そうなんですね」
「篠宮さんは? 確かあなたも告白したんでしょう? 返事は貰えたの?」
「私もまだ……」
彼女の言葉に嘘は無いと思う。だって私に嘘なんてつく必要がないんだから。
「そっかー。じゃあまだ二人とも返事待ちって事なんだ」
私はうんうんと頷いてリアクションを取る。それはそうと彼女と雅也君との関係を聞き出さなくちゃ!
「私も浅倉さんに聞きたい事があるんですけど聞いてもいいですか?」
先に言葉を発したのは篠宮さんの方。
「何? 聞きたい事って」
二人の間に冷たい風が吹く——それはこれから起こる出来事を予感させるみたいだった。
ベンチから立ち上がった篠宮さんは胸の前に手を握りしめて次の言葉を言う為に勇気を振り絞っているように見えた。
「私が聞きたいのはあなたと新堂さんの事です」
「私と雅也君の事?」
「はい。浅倉さん前に私に言いましたよね、新堂さんとはただの友達だって」
「うん。言ったね」
「だったら浅倉さんには教えた方がいいかな。わ、私、言いました。新堂さんに好きだって」
彼女のその言葉を聞いた瞬間私の短い髪はふわーと風に煽られる。
「そ、そう……」
「私はずっと新堂さんの事が好きでした。何度も想いを伝えたいって考えていたんですがなかなか言えなかったんです。でも、ようやく伝える事ができました」
彼女は明るい笑顔を見せてそういう。やめて! もうこれ以上は聞きたくない。
「本当はちゃんと浅倉さんにも言うべきだと思っていたんですがあなたと新堂さんの関係が分からなかったので伝えるのをずっと躊躇っていたんです」
この瞬間、私のモヤモヤとしていた感情に遂に核心が持てた。
彼女が言っていた告白した相手って言うのは雅也君の事だったんだ。
「わ、私はー」
一体何を言うつもりなの? 目の前にいる篠宮さんは不思議そうな顔をしてこっちを見てる。
急に息が苦しくなる——雅也君に告白した人は私が初めてだと思っていた。
だけど違うんだ……。私は二番目なんだ……。今なら彼が私にとった態度の意味も分かる。
この子に先に告白されてたから雅也君は私の気持ちに遠慮していたんだ。
十年も経ってようやく伝える事ができたのに! 今日だって告白の返事をする為に彼女と会ってたんだ……。
私と一緒にいる時には見せた事がない彼の自然な笑顔を彼女は独り占めできる。
許せない! そんなの絶対に!
「私もね篠宮さん。あなたに言っておきたい事があるの」
私は吹っ切れたように彼女に言葉を返す。
「私が告白した相手なんだけどね、あなたのよく知ってる人よ」
「えっ?」
彼女は驚いた表情を見せている。当然ね、自分の知ってる相手になんて言われたら誰だってそんな顔をすると思う。
「私も言ったわ。『好きです』って、雅也君にね」
「!」
篠宮さんはようやく私の言葉を理解したみたいで動揺を隠しきれていなかった。
「それじゃあ浅倉さんが好きな人って……」
「そう、雅也君よ」
私達の間にピリピリとした空気が漂う。肌を刺すような痛みを感じる。
「そんな……。浅倉さん私にいましたよね? 新堂さんとはただの友達だって」
「あの時はまだ彼の事を好きだと分かってなかったからああいう風に答えただけよ」
「友達なんじゃないんですか!」
篠宮さんは急に大きな声を出す。その言葉には私への苛立ちを感じる。
「あの時はそう言ったけど今は違う。私は好きなの雅也君のことが」
「どうして今頃になってそんな事を言うんですか!」
「どう意味?」
「あなたは十年前に新堂さんを振ってるんですよ! それがどうして今になって彼の事が好きだなんて言えるんですか」
「雅也君に聞いたの? 私が彼の初恋の相手だって」
「直接聞いた訳じゃありません。だけど新堂さんは今までずっとその事で苦しんでいたんです。やっと新しい恋に踏み出そうとしてたのに。それなのに!」
私が何かを言う前に先に篠宮さんの右手が上がるのが見える。
パァーン!
頬に感じる痛みに私は手でその箇所をさすった。
「最低です! あなたは最低の人です」
「なんであなたにそこまで言われなくちゃいけないのよ!」
「十年も新堂さんを傷つけておきながらよくもまあ図々しく彼に好きだなんて言えましたね」
「そんなの関係無い事よ! 告白したのをなんで一々あなたにあれこれ言われなくちゃいけないの!」
「私の恋を応援するって言ったじゃないですか!」
「それはそうだけど……。相手が雅也君だなんて知らなかったからそう言っただけじゃない」
私達はまるで子どもみたいに言い争う。公園内にはもう人がいないから聞かれる事はない。
篠宮さんに引っ叩かれたほっぺたはまだジンジンとした痛みが残ってる。
「だって好きになっちゃったんだから仕方ないでしょ! 私だって恋愛をする権利くらいはあるわ」
「あなたに新堂さんに好きになってもらう資格はありません。今まであの人がどれだけ辛い思いをしてきたか。十年も前の初恋をずっと引きずって生きてきたんですよ」
「だから今までの事を謝ってこれからは私が雅也君の側にいるつもりよ」
「罪滅ぼしのつもりですか? そんな事じゃ許されないと思います」
「ごめんなさい。今まで仲良くしてきましたけどもう無理です、私が新堂さんを好きな気持ちはあなたよりも大きいです。あなたに彼は渡さない! 私は絶対に諦めない。雅也さんは私の一番好きな人ですから」
湊は真っ直ぐ迷いの無い想いを咲希にぶつける——その気持ちの強さはひしひしと伝わってくる。
純粋な心はひとりの男性に向けられているものだった。
咲希が出来るのは雅也から贈られたネックレスを握りしめて愛情を確かめること、未だ彼から直接告白の返事を聞いた訳じゃない。
二人のそれぞれの感情はこれから激しくぶつかっていく。それはたった一人しかいない相手への最大限の愛情表現でもあった。
波乱とこれから起こる恋の小競り合いに雅也自身が葛藤する事になるのはすぐの話。