今まで恋人ができたのを言えずにいたが、やっと伝える決心をして咲希の告白の返事をすることに
あなたを想いたい
二月十七日(土)
「行ってきます」
「どっか行くのか?」
「ちょっと友達のところにね。夕方までには帰ると思う」
兄ちゃんと少しだけ話をして僕は靴を履いてマンション出る。
夕飯には帰るつもりだから財布と携帯に家の鍵、あとSuicaも忘れないようにしておかないとな、持ち物は少なめで行こうと思う。
今日は咲希ちゃんのところへ行く予定、彼女に僕の気持ちを伝えなくちゃならない。
僕が湊ちゃんと恋人になったこと彼女は受け入れてくれるだろうか?
ちょっとばかり不安にもなるけどきっと大丈夫だろう。
今朝は曇り空が広がっている。それはまるでなかなか晴れる事のない自分の気持ちを表しているかのようだった。
*
「もう朝なの?」
目が覚めた私は目を擦りながら洗面所に向かう──鏡に映る自分の顔は超ブサイク……。こんな顔で彼に会ったら嫌われちゃう!
顔を洗って歯磨きを済ませて髪にドライヤーかける。
普段からおしゃれにはそこまで気をつかうわけじゃないんだけど、今日はこれから人と会うのだからしゃんとしておきたい。
「今からシャワー浴びても大丈夫だよね」
髪型をセットするのにドライヤーを使っているけど、ま、いっか。
私は服を脱いで洗濯籠に放り込むと冷え切っているお風呂場に足を踏み入れた。
シャー!
ちょっぴりぬる目のお湯で全身を洗い流してスポンジを手に取る──ボディソープを泡立ててから優しく体を洗う。
休みの日にシャワーを浴びるのはあまりやらない。休日は家で本を読んで過ごす事がほとんどだから汗をかいたりしないからシャワーを使う必要もないし。
眠気は吹き飛んで心地の良い感じ! うん、今日も良い日。
髪を乾かして本棚から一冊の本を抜き取って床にピタんと座る。
「ふぅ」
リラックスした私はそのままの体制で読書を始めた。
──小学生時代から本を読むことが好きで、たくさんの物語に出会ってきた。大人になってもそれは変わらないんだけど流石に読むペースは子どもの頃よりも落ちた気がする。
紙の手触りと独特な香り、ページをめくる度に新しい世界が広がる。
本の世界は素晴らしい。今読んでいるのはもう何度も読んで内容を理解しているんだけど、何回読んでも面白いと感じる。
読書をしているとあっという間に時間が過ぎる。まだ九時前だけど早く雅也君来ないかなぁ。
その頃、僕は休日でも人が多い電車に揺られながら目的に向かっていた。
景色が左に流れて行くのをぼんやりと眺めながら考えごとをする。
今日咲希ちゃんの告白に返事をする。その後、彼女とこれまで通りの関係を続けていけるんだろうか?
男女の間に友情は存在しないっていうのが僕の考えでもある。
咲希ちゃんとの関係は変わって行くんだろうな。
吊革を持つ手に力が入る、電車は時刻通りに駅へ到着した。僕はサッと手を離して他の乗客と一緒に電車を降りた。
駅のホームには冷たい風が吹いている──降りると同時に手をポケットに入れて改札へ続く階段を登った。
咲希ちゃんの住んでいるマンションまで歩く途中見知らぬ女の子に声をかけられた。連絡先を教えてほしいって言われたけれ、やんわりと断って咲希ちゃんのとこへ。
何度か訪れているマンションは変わらないでその場所にある。僕は彼女の部屋番号を押して呼出ボタンに触る。
「雅也です。今着いたよ」
と言うと三〇秒も経たないうちにマンションに自動ドアが開いた、目の前にあるエレベーターに乗り込んで七階のボタンを押してドアを閉めた。
*
ピンポーン
「誰だろう?」
インターホンの音に気づいて近寄るとモニターに映る人物を確認する。
「雅也です。今着いたよ」
画面に映し出された相手の正体を知ると私はドアロックの解除ボタンを押した。
雅也君が部屋を訪ねて来るまでの間彼の分のスリッパを玄関に並べる。
ピンポーン
「はいはい」
今度はドアのインターホンが鳴ったから私は靴を履いて扉の鍵を開けた。
ガチャリ
部屋の扉が開いて中から咲希ちゃんが姿を見せてくれる。
僕が中に入ると彼女はドアを閉めて鍵をかける。
「いっしゃい。上がっていいよ」
招き入れるような仕草する彼女の言葉に従って僕は靴を脱いで準備されていたスリッパに履き替えた。
「座って待っててね」
ポンと僕の目の前にクッションを置いた咲希ちゃん「あったかい飲み物を準備するね」って言ってキッチンへ。
沈黙が続く彼女の部屋をぐるっと見回してクッションに座った。
炬燵に足を入れてズボンのポケット手を出して座りこんだ。駅から歩いてマンションに来たからちょっと疲れてる。
自分の日々の運動不足を疎ましく思いながら暖かい飲み物準備してくれている彼女を待った。
「お待たせ」
手に二つのマグカップを持って来るとコトンと僕の前に置いた。
中を覗くとインスタントのコーンスープが湯気を立てながらコーンの香りを運んできた。
咲希ちゃんは自分の分のマグカップを置くとペタンと座る炬燵に足を入れる。
僕らは無言でスープを啜る──冷えている体の暖かい飲み物は格別だ。ふと顔を上げると彼女は僕がスープを飲んでいるとこを眺めている。
目が合う二人、数秒見つめ合う形になったけれど、僕はすぐにマグカップに視線を戻した。
「ごちそうさま」
僕がスープを飲み終わるとちょっと遅れて咲希ちゃんもカップ空にした。
「洗って来るから待ってて」
そう言うと二人分のマグカップを手に持ってキッチンへ戻って行った。
僕の前に腰を屈めた時に彼女の胸元に身につけているネックレスが綺麗な輝きを放っていた。
前に言っていた通り咲希ちゃんはあのネックレスをいつも身につけてくれているようだ。
自分がプレゼントしたのになんか嬉しくなる。
食器を洗い終えた彼女は短い髪の毛を掻き分ける仕草をしてちょこんと座る。
僕達の間に静寂な時間が流れる。
──お互い何か言いたそうな素振りは見せるんだけどなかなか言葉を発する事が出来ないでいた。
咲希ちゃんから何かを言い出すのなら僕は待つつもり。
「今日、雅也君に来てもらったのは大事な話があるからなの」
沈黙に耐えられなくなって彼女は苦笑いしながら先に話し出す。よく見ると顔がちょっと紅潮しているかのように見える。
「あのね、私、やっぱり雅也君の事が好きです」
恥ずかしそうに僕に気持ちを伝える咲希ちゃん表情はいつにもなく真剣だ。
「そう言ってもらえるのは嬉しいよ」
「ホント? 私の気持ち、迷惑じゃない?」
「自分の事を好きだって言ってくれる子が迷惑なんて思わないよ」
「それじゃあ──」
咲希ちゃんは立ち上がると僕の隣に女の子座りして僕の手をそっと握る。彼女のその仕草は飾らないごく自然な感じがして可愛いなあと感じた。
そのまま僕の胸に頭を預けると背中に手を回してガッチリとホールドする。
僕は彼女にされるままで何も抵抗しなかった。キスしそうなくらい顔を近づける二人。
「これが私の気持ちです……。あなたとずっと触れ合っていたい。堪らまないくらい好きなの。自分の欲望も制御できなくなるくらいに」
彼女の大きな胸が押し付けられる──僕の心臓の鼓動が早くなるのがわかった。
僕が何も言わないから咲希ちゃんは力を入れてぎゅっと抱きしめる。僕の胸に位置に彼女の頭があって顔を上げて上目遣いで見つめて来る。
目が合うと彼女ははにかんで照れくさそうな笑顔を見せてくれた。
二人の距離はどんどん近づく──彼女は握っている僕の手に指を絡めると体を寄せた。フワリとした良い匂いを嗅いで僕は彼女の頭を撫でた。
頭を撫でられると咲希ちゃんはその細い目の目尻をトロンと下げて喜びを表してくれた。
密着した姿勢のまま咲希ちゃんは僕に最大限の愛情を示してくれる。
「私の初めての『恋』だから、雅也君にもう一度私好きになってほしいの……。自分に自信がないの、雅也君は昔、私の事を好きだって言ってくれたよね? ずっと知りたかったの、私のどんなとこを好きになったの?」
素直に疑問をぶつけて来る彼女に僕はいい加減な気持ちで接する訳にはいかないと思い僕が彼女に惹かれた理由を話し始める。
「聞いたら咲希ちゃんがどんな反応するかわからないけど、それでも知りたい?」
「……うん。教えてほしい」
真っ直ぐな視線を向けられて僕は目を逸らさずに優しく微笑みかけてまた彼女の頭を撫でた。
「僕がね、咲希ちゃんの好きだったところは笑顔だよ」
「笑顔?」
「そう。はにかんだ様に笑う君の笑顔に惹かれたんだ。初めて好意を持った小四の時からずっと好きだった」
「小学生の頃からなんだ」
咲希は雅也がそんな昔から自分の事を好きでいてくれたのを知って泣きそうになるくらい嬉しかった。
「あれ? 告白の手紙にも書いた気がするんだけど、もう十年も前の事だから忘れちゃった? 好きな理由は書いてなかったけれど、好意を持ったのはその頃からだよ」
告白の手紙を捨ててしまった咲希は雅也に言われるまで思い出せなかった。軽く自己嫌悪に陥る。
「最初は外見から好きになったけど、その後は咲希ちゃんの内面も含めて好きだなって思うようになったんだ」
嬉しい。今にも泣き出しちゃうくらい、自分では可愛いと思えなかった私の顔を好きだと言ってもらえた。ちょっとだけ自信が溢れて来る。
この人の気持ちは遊びなんかじゃ無かった。真剣に考えて私の事を好きでいてくれた。
自分がこれほど愛されていたなんて今頃知った──改めて彼の事が大好きだと確信できた。
「もう一度私を愛して下さい」
色々悩んだけどもう迷わない! 私は雅也君が好きなの。こんなにも大好きだと思える相手に「恋」をしたんだ。
彼からプレゼントされたネックレスは雪みたいに白くて私の心を染めていく。
私はそのまま雅也君の顔を自分の唇へと近づける。
──あの時みたいにキスがしたい! そっと目を閉じて唇を重ねる為の心の準備をする。
息苦しいほど心臓の鼓動が早くなり密着させている箇所から少し汗ばんでくる。
──次の瞬間、私の顔は彼から遠ざけられた。
「えっ……?」
何が起こったのは理解するまでの間に、彼は抱きしめていた私の腕を振り解いていた。
「僕も咲希ちゃんに言わないといけない事があるんだ」
雅也君は私から離れると今さっきとは違った反応をする。
「咲希ちゃんの気持ちはすごく嬉しい。嬉しいんだけどその想いに僕が応える事はできないんだ」
「あのさ、僕はもう恋人がいるんだ」
「えっ……?」
彼のその言葉に私の目の前は真っ暗になる──
「──ちゃんと言うべきだと思うから伝えるけどその相手は湊ちゃんだよ」
彼はゆっくりとそう告げると私の事なんて眼中に無いかのように話を続ける。
「湊ちゃんに告白されて、それで返事をしたんだ」
「うそ」
「本当だよ。僕らは付き合っている」
雅也君の言葉が信じられなかった。ううん信じたくない……。
「もっと早くに君伝えていたらこんなに悩まずに済んだよね。ごめん」
「だから僕は咲希ちゃんとは付き合えない。電話やメールじゃなくて自分の言葉で君に伝えたかった」
「僕たちの関係もこれでお終い。もう僕から咲希ちゃんへ連絡する事はないし、このマンションにも来ない」
「どうして?」
「えっ」
「どうして私じゃなくてあの子なの? 私はそんなに魅力ないの?」
「そうじゃないよ。咲希ちゃんに魅力ないなんて一言も言ってない」
「じゃあどうしてよ! 私はこんなにもあなたが好きなのになんで私を選んでくれないのよ!」
急に大声を出した私に雅也君は面をくらった顔をする。困ったような表情を見せるとその理由を教えてくれた。
「言わないでもわかってると思ってたから敢えて何も伝えなかったけれど、僕が咲希ちゃんをもう一度好きにならない理由を教えるよ」
「だってもう君への想いはあの時に冷めてしまったんだから」
「もしかしてそれって……」
「そうだよ。僕の初恋が終わったあの日。その時の心の傷は十年経った今でも癒えていないんだ」
「……そんな」
「あの告白が失敗に終わった時に僕の咲希ちゃんへの気持ちは完全に消えてしまった」
「だから、君がどんなに努力しようと僕の想いが変わる事はないんだ」
その言葉を聞くと咲希ちゃんはわんわんと泣き始める。心配になったけれど、気にしないことにした。だって、もう彼女と逢うのはこれが最後だから。
失恋した苦しさや辛さは体験してみないとわからない。咲希ちゃんも僕と同じようにその気持ちを知るんだろう。
今まで言いたかった事を伝え終えた僕は目の前で泣きじゃくる女の子を部屋に残して玄関に向かった──途中、かつて僕が好きだった笑顔を浮かべる咲希ちゃんの顔が脳裏をよぎったけど、ぶるぶると頭を振り打ち消した。
そうして僕は少し罪の意識を感じて家路に着くのだった。