二月十八日(日)
湊ちゃんに連絡して僕は今日は彼女と過ごす事にした。
会社でいつも顔を合わせているのに電話をかけるのはまだ緊張する。
左手で携帯を操作しながらペン立てからシャープペンとメモ帳を取り出す。
デジタルな記録方法が一般的になってきたけれど、僕がアナログなやり方を試す事が多かった。
待ち合わせ場所と時間をメモ帳に書き写しページの部分を切り取ってポケットに入れた。
恋人ができてから初めて一緒に過ごす時間──それを大切にしたいと思う。
近いうちにまた湊ちゃんの家にお邪魔する事になっている。僕は向こうの両親に気に入ってもらえたようだ。湊ちゃんの妹の夏帆ちゃんに会うのも楽しみ。
次は僕の番、湊ちゃんを自分の家族に紹介しなくちゃいけない。
僕に恋人ができたというのを知って母さん達がどんな反応をするのか気になる。
ワクワクとした感情を抱いて僕は家を出る。外は冬の厳しい寒さが続いていた。
*
「……来ちゃった」
私は雅也君の住むマンションの前にいる、彼がいる時間を狙ってやってきた。
急に訪ねてびっくりさせようっていうのが本当なんだけど彼の部屋で話をしたいと思った。
私は「ふぅ」と深呼吸をしてからマンションの中に入る。
「あら、どうしました?」
「えっ……」
丁度歩き出そうとするタイミングで女の人に声をかけられた。
女の人はじーっと私の顔を見ると何か言いたそうな表情を見せる。
「ごめんなさい。あなたの顔昔、どこかで見た事があるような気がして」
「ああ、いえ。私はー」
「ああ! 思い出したわ。あなたもしかして咲希ちゃん?」
「えっ……?」
「人違いならごめんなさい。あなた確か【浅倉咲希】ちゃんでしょう?」
女の人は私の事を知っている風に話す。だけど、私には女の人は顔見知りじゃない。
「ああ、そういえば私はあまりあの子の授業参観とかに参加する事が少なかったから覚えてないわよね、私は新堂雅也の母です」
「ええっ!?」
これから雅也君に会うつもりだったけど先に思いも寄らない人に出会ってしまった。
「寒かったでしょう? うちでゆっくり温まって行っていいからね」
雅也君のお母さんはすぐに部屋に暖房を入れてくれて「寒いからこれを着て」と上着を持ってきた。初対面のはずなのに自分の母親のように世話をやいてくれる。
元々雅也君に会いにきたつもりだったのに彼のお母さんと会ってしまった。私が彼に会いに来た事を伝えると何も聞かずに家に上げてくれた。
お母さんのお話によると雅也君は朝の早い時間に出かけたそうで、帰宅する時間はわからないみたい。
雅也君のお母さんは小学生の頃数えるほども会っていないはずなのに私の顔を覚えてくれていた。
「咲希ちゃん綺麗になったわね」
「そんな事ないですよ」
私は恥ずかしくなって俯き気味に応える──まだ雅也君のお母さんと目を合わせられていない。
「雅也が小学生の頃にちょっとだけしかあなたの事を見かけなかったんだけど、それでもなんとなくだけど、覚えていたのよ」
「あなたも東京に住んでいたのね。あの子はちっともそんな事話さないから。今だってせっかく咲希ちゃんが来てくれているのに家にいないし」
お母さんは私に暖かいコーヒーとケーキを出してくれた。確か彼にはお兄さんもいたはず。二つ年上の彼のお兄さんは小学生の頃に何度か会った事がある面白い人だったというイメージ。
「今でも雅也とは仲が良いの?」
「えっと。それは……」
出されたケーキを食べながら彼のお母さんとお話しする。初めて話をしたけど、とても良い感触で変に緊張する事も無くケーキ会話ができた。
お母さんは家に彼の友達が訪ねて来るのを喜んでいた、私もつい長話をしてしまう。
彼の家族と話せる機会が出来たのは今日の収穫──結局私は十九時過ぎまで雅也君の家で時間を過ごす事に。
お母さんは帰って来ない彼に不満を言いつつ夕飯の支度を始める。
「私も何かお手伝いします」
「大丈夫よ。あなたはお客様なんだからゆっくりしてて」
申し訳ない気持ちにもなったけどせっかくの好意を無碍に扱う訳にはいかず私は夕飯が出来るまでの間、じっと待つことにした。
時刻は十九時を少し過ぎた辺り──私がソワソワし始めると雅也君のお母さんに「夕飯食べて行って」と言われ帰る時間を変更した。
二十分を過ぎると雅也君のお兄さんである健吾さんが家に帰って来た。
お兄さんは初め知らない子が家にいる事に驚くとすぐにお母さんから事情を説明されると「いらっしゃい」と一言だけ言って自分の部屋に入ってしまった。
お兄さんが帰宅しても雅也君本人はまだ家に帰って来ない。
料理が冷めると悪いからと私は夕飯をご馳走になる。
食事中に特に会話はなかった。せっかく雅也君のお母さんが作ってくれた料理の味もわからないくらい私は緊張してした。
「それじゃあお邪魔しました」
「はい。外は寒いから気をつけてね」
玄関で靴を履いていると雅也君のお母さんから「家に帰ったら食べて」とお菓子の詰め合わせを貰う。
「ありがとうございます」
私はお礼を言ってお菓子を受け取り外に出る。
「寒っ……」
すっかり冷え込んだ二月の夜の下を駅に向かって歩いている途中で今日の出来事を振り返る。
雅也君には会えなかったけれど、彼の家族と一緒に過ごす機会があった。
小学生の頃からの友達である私を彼のお母さんが覚えてくれていたのは嬉しい。
実はお兄さんが帰って来るまでの間お話したんだけどお母さんは私が彼の事を好きな事にすぐに気づいたみたい。
だけど、根掘り葉掘り状況を聞いて来る訳じゃなく私が話しやすい話題を選んで会話を続けてくれていた。
新堂家の人に受けいれて貰えたらいいなぁ。
私の「恋」まだまだこれからだけど意外な出会いに私はほっこりして家に帰るのでした。