電車に揺られながら湊ちゃんとの待ち合わせ場所へ向かう。
品川駅は相変わらずひとが多くて油断すると迷ってしまいそうだ。
まあ、渋谷駅ほどじゃないけどね、あれは一種の迷宮と言ってもいい。
エスカレーターの手すりに手をかけて乗り換えるホームに降りて行く。
恋人に少しでも早く会いたいと思った僕は自然と早足になる。
電車を乗り換えて目的の駅に到着するまでそんなに時間はかからなかった。
駅を出た僕はキョロキョロと辺りを見回す。
「いた」
すぐに湊ちゃんを見つけた。壁に寄りかかってスマホを弄っている彼女の姿は何気ない都会の風景にしっかりと馴染んでいた。
僕は人混みをかき分けながら彼女の元へ──
──彼女はスマホを触りながら待ち人が来るのを今かいまかと待っている。
僕が近づいて来るのが分かった湊ちゃんはそのまん丸な瞳を僕の方へ向けた。
右手を挙げて彼女に自分の場所を教えると数歩進んでから湊ちゃんの横に立つ。
「おはようございます。雅也さん」
「おはよう。湊ちゃん」
パッと明るい表情を見せる彼女に僕は優しい気持ちになる。僕らは細やかな挨拶を交わすと人の多い街中を一緒に歩き始める。
彼女が遅れた時はピタリと足を止めて待つ。湊ちゃんは申し訳無さそうな表情を見せるけれど、僕といる時は気を遣ってほしくない。
僕たちはショッピングを楽しむ。湊ちゃんが唸りながら服を選んでいるところを眺めていると幸せなんだ。
不意に見せる彼女の自然な仕草がドキリとする。綺麗な長い髪は歩く度に揺れる。
横を見ると湊ちゃんが微笑む──僕はそんな彼女をとても愛おしいと感じる。
この気持ちは大事にしないといけない。初めて女の子から好きだと伝えられた事、もちろんそんなのは今まで一度たりとも経験した事がない。
僕に告白した彼女の気持ちは分かる。自分も昔、咲希ちゃんに告白した事があるのだから。
直接伝えてくれた湊ちゃんと違ってあの時の僕は手紙で想いを伝えた。
もう一度「恋」をできるきっかけを貰えた。
【篠宮 湊】
彼女には感謝したい。僕らは映画館で映画を観ることになった。今日上映されている映画のどれを観るか考えている彼女を余所にみる。
僕は自分の好きなアニメの劇場版が公開されているのが気になっていたけれど、そんな素振りを見せないように振る舞った。
「雅也さんは何か見たいやつありますか?」
「えっ……? ああ、そうだねー」
アニメのグッズを手に取っている時に湊ちゃんに話しかけられた僕は慌ててグッズを元の棚に戻して彼女の元へ。
「僕は湊ちゃんが見たいやつでいいよ」
「……そうですか。でも、雅也さん見たい映画あるんじゃないですか?」
アニメの映画が見たいなんて言ったら彼女はどういう反応をするだろうか。自分のオタク趣味を否定する訳じゃないけど、女の子でそういうのに興味がある子はいるのだろうか?
「実はね、僕が好きなアニメの劇場版が公開されててずっと気になっていたんだ」
親に叱られた子どもみたいに俯き気味にそう答えると僕が予想していた応えとは違った反応が返ってくる。
「じゃあ、それを見ましょうか。私、全然知らないんですけど、初見でも楽しめますか?」
「うん! 楽しめるよ。ストーリーが面白くてキャラクターも魅力的なんだ」
二人分のチケットを買って上映まで時間があるから僕は湊ちゃんにアニメの説明をする。
もちろん彼女には自分の趣味の事とか包み隠さず話した。
「あー面白かった」
「私も初めて見たんですけど、面白かったです」
映画館から出た僕たちは下の階にあるレストランで食事をしていた。湊ちゃんと映画のどこが面白かったのか話をしながら料理を届くのを待った。
「正直なところ僕がああいうのが好きだって言うのは湊ちゃんには内緒にしとこうと思ってた」
「どうしてですか?」
「いやね、ほら、女の子ってアニメとかゲームに興味ないイメージあるからさ。湊ちゃんだって普段はアニメ見たりゲームをしたりしないってさっき言ってたじゃん」
「僕の周りにいた女の子は興味のない子ばかりだったし」
「確かに私はそういうのは詳しく無いです……。けれど、趣味に人の評価って大事なんですか? 自分が好きならそれでいいと思います」
湊ちゃんに言われた言葉に僕はハッとした。そうだ、子供の頃からゲームとかが大好きでそれは成長した今も変わらない。
僕はいつの間にか趣味に他人の評価とかを気にするようになっていたんだ。
忘れていた、彼女に言われて思い出したんだ、好きなもの純粋に楽しむ気持ちを。
「恋人なんだから私といる時は気を遣わないで下さい。自分の気持ちに遠慮する事なんてないんです。私は雅也さんをもっと知りたいんです」
彼女の優しい笑顔に僕は泣きそうになるの堪えながら「ありがとう」感謝の気持ちを伝えた。
その後食べた料理はちょっぴり塩辛く感じた。
映画館を後にした僕達はとある店の前までやってきた。
「アクセサリーショップ? 雅也さんここに寄るんですか?」
僕は彼女と一緒に前に来た事があるアクセサリーショップに立ち寄った。そう、咲希ちゃんにプレゼントしたネックレスを買った店だ。
「いらっしゃいませ」
僕たちが店に入るとすぐに若い店員が声かけてくる──あの時の女の店員とは別の人みたいだ。
「すみません。以前予約した新堂というものですが」
「新堂様ですね、少々お待ち下さい」
店員はそういうと店の奥に引っ込んでしまう。
──数分またされると僕が予約した客だと確認が取れたのかさっきの店員が戻って来た。
「ご予約頂いた新堂様ですね。こちらにおかけになってお待ち下さい」
湊ちゃんは不思議そうに目を丸くして僕の顔を見る。
「すぐに終わるから」と彼女に伝えると店員は僕が予約していた商品をもってカウンターまでやって来る。
「ご予約しただいたのはこちらの商品でよろしいでしょうか?」
「はい。それで良いです」
「ありがとうございます。それではお家計はあちらのレジで行います」
店員に案内されてレジで会計を済ます。商品の入った袋を持って湊ちゃんの元へ戻る。
「お待たせ。それじゃあどっか寄っていこうか」
彼女の興味ありげな視線は手に持っている袋に向けられていた。僕らは一旦休めそうな場所を探す。
結構立ち寄る機会の増えたあの公園で一休み──僕はそこで湊ちゃんにプレゼントを渡す事にした。
二人でベンチに座って休憩している。チラつく雪を見ていると湊ちゃんがブルブルと震えたから彼女に僕が着ている上着をかけてあげた。
「寒いですね」
「そうだね」
端的な会話を交わすと僕らの間に静寂がやってくる。僕は手に持っている袋を一旦横に置いて立ち上がる。
「あのさ、湊ちゃんに渡したいものがあるんだ」
「私にですか?」
不思議そうな顔をする彼女に僕は頷いてもう一度袋を手に取って彼女に差し出した。
「バレンタインの時に渡せなかったプレゼント。これが僕の気持ちです」
アクセサリーショップで買ったプレゼントを湊ちゃんに渡す。喜んで貰えたら嬉しい。
「嬉しいです。今は開けちゃってもいいですか?」
「ああ、いいよ。湊ちゃんに似合うかどうか分からないけど」
彼女の僕の言葉を聞き終えると箱の包装紙を剥がして中を開けた。
僕はその様子をドキドキしながら眺めていた。
「すごく綺麗……」
「喜んで貰えたらいいんだけど」
彼女にプレゼントしたのは指輪だった。婚約指輪では無いんだけどそれに近い感じのものと言ってもいい。
実はちょっと前からあの店で予約しておいたものなんだ。湊ちゃんのイニシャルを入れたリングを特別に用意してもらった。
まあ、店側のサービスだし彼女には一番とっておきなプレゼントを贈りたいと思っていたんだよね。
湊ちゃんはリングを指に嵌めて手を広げて見せた。
「よく似合っていると思うよ」
飾る事のない素直な言葉で感想を伝える。真っ直ぐに気持ちを伝えるのが一番だと思うから。
「こんなの……。嬉しすぎますよ」
ポロポロと涙を流す湊ちゃんに僕はちょっと驚いて彼女の隣に座り直す。
「ちょっと! 泣かないでよ。急だからびっくりした」
「でも、すごく幸せで、私、今までこんな素敵なプレゼント貰った事が無くて」
手で顔を覆って泣いているところをできるだけ見せないようする湊ちゃんの仕草を愛おしく感じた僕はさっと彼女の手に自分の手を絡ませた。
冷たい手をギュッと握って温める。僕らは見つめ合う、涙を指で拭ってあげた。
二人だけの時間はゆっくりと流れている。周りにはぽつぽつと人がいる。それでも気にせずに湊ちゃんの肩を抱き寄せる。
くっついたら少しはあったかくなるんじゃないかと思ったから。
なかなかにいいムードになって来た。
「今日は湊ちゃんが良いって言うまでこうしているから」と彼女に伝えるとギュッと手を握り返して来る。今こうしている時間が永遠に続けば良いなと感じる。ずっと湊ちゃんと一緒にいたいから。
*
雅也さんから貰ったとびっきりの愛情を感じると高揚感が高まる。私が望んでいた形とは逆の結果になっちゃったのは予想出来なかった。
彼に告白してからは不安な事もあったの……。
逆の結果って言うのは彼と私が恋人同士になれた事。
心の片隅では雅也さんは浅倉さんがまだ好きなんじゃないかと疑っていた。
初恋の人に会えば嫌でもその時の事を思い出す。先に告白をしたのは私からだけど、雅也さんが直接好きだって言う想いを伝えたのは浅倉さんなのだから。
良い返事が貰えないんじゃ無いかと思うと不安な気持ちに押しつぶされそうになる……。
だけど、彼は私の告白に返事をくれた。浅倉さんじゃなく私を恋人に選んだ。
彼の心から浅倉さんの存在を消さないとある意味で私たちは本当の恋人にはなれない気がした。
雅也さんと別れた私は駅を出てスマホである人に連絡をして次の休みの日に会う約束をした。
これから起こる出来事なんて予想出来ないけど、ちょっとずつでも私達の関係を変えるきっかけになるじゃ無いかと思う。
変わらない冬の景色に湊は再度気持ちを改めて次の休みを待つ事にした。