それから月日は経ち、地元を離れて東京で働く雅也は慌ただしい生活を送っていた。そんな中、会社の後輩、篠宮 湊に一緒に初詣に行こうと誘われる。
失恋の事を忘れようとする雅也と偶然に出逢ってしまう初恋の相手。二人の距離は近づいていく。
もう二度と私に話しかけないで!
僕の元に届いた手紙にはそう書かれていた──それで人生で初めての告白は終わりを迎えた。
二〇〇八年 二月
卒業式をまじかに控えた教室はどこかいつもと違った雰囲気が漂っている。
ここからそれぞれが別々の高校に進学する──中には進学を諦めて働く人だっているだろう。
中学生から高校生になることは少しだけ大人に近づく気がするんだ。
卒業式で歌う歌の練習をしている時、雅也は彼女と目が合った、いつもと変わらない優しい表情で友達と楽しそうに話してる。
せっかく目が合ったのに恥ずかしく感じて自分から視線を逸らしてしまう。
あの子のことを好きだと思うようになったのは小学四年生の頃、明るくどんな事にも前向きで、笑顔が特別な女の子に惹かれた。
なかなか胸に留めていた想いを伝える事が出来ない僕は彼女と話すとなぜか普段とは違った不格好な態度だった。
彼女はもしかしたら僕の事が苦手だったのかもしれない。
そんなことに気がつきもせず、いつ告白をしようかな? と毎日色々と悩んだ。
そんな彼女が高校は進学校に行くことが決まり、もう会うことはないと分かって自分の気持ちを伝えるようと思った。
そうなると、どういう風に伝えるのかをまた悩んだ。電話で言うのか? いや違う、そんなことでわざわざ電話をしても……。
何より電話なら断られた時はどうするって言うんだ。
それじゃあ卒業式の日に呼び出して直接言うのか? 生徒の少ない学校だから誰かに見られる可能性だってある。
一世一代の告白を誰かに聞かれるなんて死ぬほど恥ずかしいに違いない。
こうして思いついたのが手紙を書いて気持ちを伝える手段だった。
あれこれと考えてもあまりいいアイデアが浮かばない辺り僕の要領の悪さは昔から変わっていないようだ……。
そして小学生の頃から好きだった相手に告白する為にらしくもなく手紙を書いている。
夜の遅い時間まで何度も文章に間違いか無いか確かめながらボールペンを走らせる。
女の子に好きだという気持ちを伝えた事はもちろんないし、自身があるとも言えない……。
どんな返事を貰えるのかドキドキとして心も落ち着かない。
「こんなところかな」
出来上がった手紙を封筒に入れて机の上に置いた。
明日にでも出してこよう。長い作業が終わった後は気が抜けたように眠りにつく。
朝の早い時間に起きてポストに手紙を投函にする。返事がもらえるといいんだけど……。
手紙を送った後は返事が来るのを今か今かと待ち続けた。
それから一週間もしない内に彼女からの返事が僕の元へ届いた。
親や兄弟に見られないように自分の部屋で手紙を開ける。
かわいいプリントのされた紙に女の子らしい丁寧な文字が並んでいる。書かれた一文字一文字をゆっくりと読み進めていった。
ごめんなさい。私は、雅也君の気持ちに答える事はできません。もう二度と私に話しかけないで!
咲希より
手紙を読み終えた僕は、そういうことなんだと彼女の告白への返事をようやく理解した。
「そうか、咲希ちゃんに振られたのか……」
こうして人生で初めての初恋は終わってしまった。
二〇一七年 一月一日(日)
新しい年を迎えてもいつもと変わらない朝がやって来る。
東京で迎える新年は地元にいた頃とは少し違う。
こっちで働くようになってからはすっかり都会の生活にも馴染んでいた。
今はやりたいことができていてとても充実した毎日を過ごせている。
だけどいまだに満員電車は苦手なんだ。
「あけましておめでとう」
「おう、あけましておめでとう」
兄ちゃんに新年の挨拶をしてからテレビをつける。
今年の始まりを教える正月番組では僕の知らない芸能人が体を張って笑いを取り、新年の初笑いをお茶の間に届けている。
「母さんはまだ寝てるの?」
「そうみたいだな。夕べは遅くまで起きてたみたいだよ。お前も遅くまでゲームしてただろ? 俺が寝る時にまだ部屋に明かりがついてたよな」
「この間買ったゲームをやっていたら朝になってたんだよ。面白くてね」
「あんまり無理するなよ。まあ、正月は休みにはやる事がないだろうからゲームするのはわかるんだけどな」
「テレビなんてどこの似たような番組ばかりだよなー」
「正月なんてそんなもんだろうね。少し出かけてくるよ」
「おう、行ってらっしゃい」
朝ごはんも食べず上着を羽織って賃貸マンションを出た。
高校を卒業後は兄ちゃんが先に東京で働いていたから地元で頑張って働いて母さんと一緒に去年上京してきた、今は三人で暮らしている。
子どもの頃から父親がいないことは当たり前だったから気にもしたことはなかった。
社会人になってから改めて母さんや兄ちゃんの苦労がわかった。だからふたりを本当に尊敬している。
町は相変わらず人が多い。昔は人込みが嫌いだったけど、もう慣れてしまった今では嫌な気分にはならない。
カップルや家族連れを見るとありもしない別の自分を想像してしまう。
もしも咲希ちゃんと付き合えていたらどうなっていたんだろうか?
僕もああいう風に誰かと笑いあって正月を過ごしていたのだろうか?
もう十年も前の片思いをいつまでも引きずって前に進めないのはまだどこかでそういう事を期待しているんだろう。
あの告白以来、彼女とは会っていない──地元は同じで小中学校と同じクラス、高校も近くだったけど何故か一度も会うことなく卒業を迎えた。
学生の時代の僕は人並みに友達もいて毎日楽しく過ごせた。
好きなアニメや漫画カラオケに野球の話題で盛り上がった。
特に印象に残っているのは高校三年の最後の文化祭で友達と一緒に歌を歌ったこと──あの時の会場の熱狂はすごくて今でもたまに思い出すことがある。
彼とはそこまで頻繁じゃないけどメールのやり取りをしている僕と同じで野球が好きだからメールの内容はいつも野球の話が中心だった。
小学生から仲がよかった友達とのやり取りも中学を卒業してからなくなってしまった。
それでも唯一、ひとりだけ今でも交流する友人がいる。
社会人になった今でもちょくちょく電話をかけてきてくれて大型連休の時はふたりで出かける事も多い、そんな彼は僕と彼女との共通の友人でもある。彼は仕事の都合上色々な場所で働いている。
咲希ちゃんの連絡先を知らないけれど、義之君はたまに連絡を取っているようだ。
当てもなくぶらぶらと街中を歩いてまだ朝の早い時間に家に帰ると母さんが美味しい料理を作ってくれた。
休みの日だからこそいつもよりも時間があるから趣味に打ち込むことにしよう。
この間買ったゲームをやろうと思いテレビのリモコンを探す。
「誰からだろう?」
普段はあまり鳴ることがない僕の携帯電話が着信を知らせていた。家族以外の人からかかってくるのは珍しい。
『もしもし?』
ちょっと不機嫌そうな声で電話に出た。
『あのっ……おはようございます! 私です、篠宮です』
『えっ、篠宮さん? どうしたの僕に何か用かな』
『はい、あの急で悪いんですが新堂さんは今日何か予定ってあったりするんですか?』
『予定は特にはないけど』
『それだったら今から初詣に行きませんか?』
『今から? もう十時前だけど』
『そうですね、実は今朝早くに初詣に行こうと思ってたんですが寝過ごしちゃって今さっき起きたばかりなんです』
『そうなんだ。僕は別に構わないけど篠宮さんは家族と一緒に行ったりしないの?』
『もう家族とはお参り済ませました』
『へえー。そうなんだ』
『新堂さんはご家族と一緒に行かなかったんですか?』
『行ってないよ。でも、母さんは行きたいみたいだから後で一人で行くんだってさ』
『そうなんですね』
『ああっと、初詣の話だね。うん、今からでも行けるよ。どこで待ち合わせをしようか』
『本当ですか? じゃあ十時三十分頃に日比野公園前で待ち合わせしましょう』
『十時三十分頃に日比野公園前だね。わかったよ』
『うふふ。私も今から支度します。それじゃあ失礼しましたー』
電話機の向こう側の篠宮さんはどこか嬉しそうな感じだった。
「あれ? お前またどこかに行くのか」
「ちょっと初詣に誘われてね」
「義之とでも一緒に行くのか?」
「違うよ。会社の子に誘われたんだ。それ義之君だって色々忙しいだろうから」
「ふーん、お前が初詣に誘われるなんて珍しいじゃんか」
「ごめん。遅れるといけないからもう出るわ」
「おう、行ってらっしゃい」
家を出てから待ち合わせ場所の公園に向かう。
そこまで距離があるわけじゃないけど早めについておいた方がいいような気がするんだ。
けれど、どうして篠宮さんは僕を誘ってくれたんだろう?
高校卒業をしてからは五年ほどアルバイトを経験、その後、東京でIT関連の会社に就職した。
それまでにいくつもの面接に落ちて就職活動の難しさを改めて実感した。
兄ちゃんと母さんは何も言わずに早く仕事が決まるように支えてくれた。
そしてようやく試験に受かって今の会社に入ることができた。
入社仕事に慣れるために積極的に行動した。上司や先輩たちがとても親切な人ばかりで僕はすぐに溶け込めた。
一年が過ぎた頃、ひとりの女の子がうちで働くことに。
それが
とても物静かな子で言われた仕事をきちんとこなしてミスもない。まだ二十歳なのにかなり大人びていて落ち着いている。
社内でも彼女の仕事っぷりは評価されていて、周りの人にも分け隔てなく接することのできる人だ。
教えたこともすぐに覚えてフォローなどの気遣いも忘れない、人気もあって、篠宮さんといるとみんなが笑顔になれる。
けれど、僕と話す時の彼女はどこか遠慮しがちに思えた。
それでも仕事はしっかりとこなしてくれているし、コミュニケーション能力が全くないという事ではないし、どうして自分の時だけそんな態度なのかわからない。
その後輩が初詣に誘ってくれたのを疑問に思いながら待ち合わせ場所に先に着いて数分も経たないうちに篠宮さんがやって来る。
「おはようございます新堂さん。今日はわざわざすみません……」
「大丈夫だよ。気にしないで」
初詣がある神社までゆっくりと歩き始める。外は雪がちらついていて上着を着ていないとかなり寒い。
篠宮さんも暖かそうな格好をしてるしもう一枚くらい何か羽織ってくればよかったかなあ。
「篠宮さんは寒くない?」
「いえっ……私は大丈夫ですよ。新堂さんは?」
「僕は少し寒いかな。ははは。けれど、雪は嫌いじゃないしどちらかというと夏よりも冬の方が好きなんだ」
「そうなんですね」
どうしてだろう? そんなどうでもいいことでもついつい話してしまう。
沈黙が苦手な訳じゃないのに今日の自分はいつもよりもおしゃべりな気がする。
「私、新堂さんがこうやって話しているの初めてみました」
「えっ……?」
「なんか会社にいる時とは全然雰囲気が違うなーって感じがして」
「そうだね。仕事の時はスイッチを切り替えてやっているから。周りの人にはそういう風に見えるのかもしれない。篠宮さんが嫌なら黙ってるよ」
「いえ! そんなことはないですよ」
そう言って優しく微笑む彼女はすごく素敵な女性だと改めて思った。なるほどだ。これなら社内で人気が高いのも頷ける。
「わあ! すごい人ですね」
神社は思っていた通りすごい人込みで歩けるのがやっとなくらいだ。
「離れないようにね。一度見失ったら探すのに時間がかかるんだ」
「はい」
篠宮さんは僕と離れないようにピタリと体を密着させてきた──
「大丈夫? ついてこれてるかな」
「大丈夫です。新堂さんがしっかりと袖を握ってくれているので」
何とか人込みを抜け出して神社の境内へ足を踏み入れた。
こういう神聖な場所は悪くない。これでも昔は歴史に興味があって近所の神社とかを良く調べてまわった。
「すごい人だったねー」
「そうですね。でも、何とか辿り着くことができました」
「あっ、ごめん。もう袖を掴んでなくてもいいよね」
僕はすぐに彼女の服の袖から自分の手を放してそのままポケットに突っ込んだ。
それからお参りをしてお守りを買いたいというで付き合うことに。
「新堂さんはどんなことをお願いしたんですか?」
「内緒」
「ええっ!? どうして内緒にするんですか!」
「だって、願い事って人に言うと叶わないって言うじゃん」
「そうなんですねー。だったら私も何をお願いしたのか内緒にしておこうかな」
うふふと可愛らしく笑うのを見ているとすごくこっちまで優しい気持ちになれるなあ。
「お守りはもう買ったの?」
「はい、ここにどうしても欲しかったお守りがあったんです。競争率は高かったんですけど何とか買えました」
「そう、それならよかったね」
彼女が一体何のお守りを買ったのか気にはなるけど、わざわざ聞くような事でもないだろう。
「そういえばさ、お腹空かない? 何か食べていこうか?」
「ああ、それだったら大丈夫ですよー」
「じゃーん! 実は私お弁当作ってきたんです」
「おお! すごいね。これ篠宮さんが作ったの?」
持っているカバンの中から取り出したバスケットにたまごサンドにハムサンド、ミニトマトとかの野菜がきれいに並べられている。
「たまごサンドかー結構凝ってるね。もしかして僕に電話した後に作ったの?」
「いえ、準備は昨日のうちに少しだけしておいたんです」
「へえー」
「元々一人じゃ食べきれない量だったんで新堂さんが初詣に一緒に行ってくれなかったら冷蔵庫に入れて少しずつ食べようかと思ってたんです」
「でも、野菜とかは新鮮なうちに食べるのがいいよね」
「そうですね。じゃあ、あそこのベンチに座ってから食べましょう」
「うん」
母親以外の人が作る弁当なんて初めて食べる。
「じゃあ、いただきます」
手を合わせてこのサンドイッチを作ってくれた彼女に感謝して一つ口に入れる。
「美味い!」
「本当ですか!」
「うん、美味しいよ。最高! こんな料理が作れるなら将来、君はいいお嫁さんになれる気がするよ。結婚できる男が羨ましいなあ」
「も、もう! 冗談を言わないでくださいよ~」
「本当にそう思うよ。今まで食べたサンドイッチで一番美味しいかも」
「大袈裟ですよ~でも、そういう風に言ってもらえるなら私も頑張って作ってきた甲斐があるというものですよ」
「あれ? 篠宮さんは全然食べてないじゃん」
「えっ……? 私は後でちゃんと食べますから新堂さんお先にどうぞ」
「じゃあ、残しておかないといけないね。いやーついつい全部食べちゃうところだったよ」
「遠慮しないでいいですよ~」
こうして僕の少し早めの昼食はいつもよりも楽しい時間となった。
「さてと、それじゃあ帰ろうか? 他にどこか寄っていくところとかはあったりする?」
「いえ、特にないです。新堂さんは?」
「僕も無いかなあ。んじゃ、帰るとしますかー」
「あのっ、帰るまででいいのでさっきみたいに私の服の袖を掴んでいてもらえますか? じゃないと私、あなたから離れちゃうかも」
「いいよ」
言われた通りもう一度彼女の袖を掴んで歩く。篠宮さんは顔を少し俯かせ気味に付いてくる。
「あっ、ここまでで大丈夫です」
「本当に? 家まで送らないでいい?」
「はい、今日は付き合ってくれて本当にありがとうございました!」
「こちらこそ。すごく楽しかったよ。それじゃあ」
軽く手を振って別れる。後ろを振り返ると僕が見えなくなるまで手を振ってくれていた。
本当にいい子だなあ。あの子と付き合える男は幸せ者だろう、そんな事を思いながらまだ明るいうちに家路につく。
*Point of view Minato*
「新堂さんに私の想いが届けばいいなあ」
私は神社で買った恋愛成就に効くお守りにそう願う。
『大好きな人と両想いになれますように』と。
いつも仕事を教えてくれるだけの先輩だったあの人にいつの日か惹かれていた。
町を歩いていると男の人から声をかけられる事も結構あったりする。
友達と一緒だと断ってくれるんだけどひとりだとなかなか断れない。
今は心から好きだと想える人に出逢えた。新堂さんの事を考えると胸がすごく痛くなる。
他の人と同じように接したいけど、それができないで普段とは違った態度を取ってしまう自分にいつも自己嫌悪……。
もっと話していたい、一緒に笑いあいたい。
でも、どこか臆病で小心者の私には積極的に一歩踏み出すなんて無理。
今日だって新堂さんに電話をかけるまで何回も練習した。
断られたらどうしよう? と怖くなって通話ボタンを押せなかった。
内気な自分を変えようと何とか頑張ってみたけど、また同じ事をやろうとしてもできないと言える。
それが私の弱いところなんだと改めて実感してます……。
帰ってお料理の練習もしなくちゃ。あの人に振り向いてほしいと努力しよう。この気持ちをいつか伝える日が来るまで。
一月十日(火)
いつもよりも早く家を出て満員電車に揺られながらストレスを感じる。
都会に住んでいても未だにこれには慣れないなあ。
降りる駅に付いて人込みに押されるように車外へと押し出される。
一旦乱れた服装を整えてから歩き始める──
「──ん?」
前を歩いていた女性が何かを落としたみたいだ。本人も他の誰もそれには気がつかず通り過ぎていく。
僕はそれを拾い上げて落とし主に駆け寄る。
「あのっ! これ落としましたよ」
「えっ……?」
同い年くらいに見える女性が振り返った。
ここからまた二人の時間の歯車が動き始めた。