家に帰り着いた僕は上着を洗濯籠の中に放り込んで自分の部屋に向かう。
時刻は二十一時過ぎ寝るにはまだ早いけれど、今日は疲れたから何だか早く休みたい気もした。
「おかえり。ご飯食べる?」
「腹減って無いからいいや。シャワー浴びて寝る」
自分の部屋から母さんが出て来る。僕は端的な会話を済まして着替えを取りに行こうとする。
「今日浅倉咲希ちゃんが来たわよ」
「は? なんで咲希ちゃんが家に?」
「さあ、でも、あんたに用があったみたいよ。朝マンションの前で会った」
「そうなんだ」
「七時くらいまではあんたを待ってたけど結局会わないで帰った。お母さんびっくりしたよ。浅倉咲希ちゃんとはあまり会ったこと無かったけどすぐに分かった」
「連絡先知っているならちゃんと謝っておきない」
それだけ伝えると母さんは自分の部屋に戻って行った。僕は着替えを持って風呂場に、さっきの母さんの言葉が気になっていた。
咲希ちゃんが家に? 何の用なんだろう?
あれこれ思いを巡らせながらさっき少し熱めのシャワーを浴びた。
「寒い……」
僕の部屋はすっかり冷え込んでいて暖まった体が一気に冷える。
上半身裸のままだとまずいと感じてすぐに服を着る。さっき着替えを取りに来た時にベッドの上に置いた携帯が目に入る。
咲希ちゃんに連絡するべきなんだろうか……。
けれど、僕はもう彼女に連絡しないと決めたんだし、いっか。
だけど、気になってしまう。彼女は一体何の用で僕を訪ねてきたんだ?
咲希ちゃんは会わない──いや、会えないんだ。僕には湊ちゃんって言う恋人がいるんだから。
咲希ちゃんに告白する前の僕が今の状況を知ったら驚くだろうなあ。
まさかずっと片思いしていた相手が僕を好きになってくれたと言う事を。
だけど、過去は取り戻せないものなんだ。告白が成功しなかった時から僕の中での咲希ちゃんへの気持ちには冷めてしまったのだから。
それでもこの十年間、その事に悩み続けた現実もある。
もしかしたら心の片隅ではまだ彼女が好きだったのかもしれない。だから、なかなか忘れる事ができなくて今までずっと引きずっていたんだ。
けれど、今は違う。もう一度好きだと思える相手に出会った。
それはあの頃の想いと同じなんだから。湊ちゃんとのこれからをしっかりと考えていこう。
咲希ちゃんだって僕の気持ちを知って諦めてくれるだろうから。
たった一人の恋人を大切にしたい。湊ちゃんの笑顔を見ていたい。
雅也は心に奥に残っていた咲希への想いを仕舞い込んで湊との将来を真剣に考える。これから先、何が起こるのか知るのはすぐ後の事だった。