二月二十四日(土)
もうすぐ二十時になる。ポケットに入れてある携帯で時刻を確認すると帰る為に駅の方向へ歩きだす。
今日は秋葉原まで行って来た。欲しかったゲームソフトとかもあったんだけど結局何も買わないで帰る。ああ言うのは見てるだけでも十分に楽しい。
電車を乗り継ぐ為に移動しているとふと見慣れた顔を見つけた。
(あれって湊ちゃんだよな? こんな時間に何してんだろ)
湊ちゃんの事が気になった僕は帰る方向とは逆の改札から出て彼女の後を追いかけた。
辺りはすっかり暗くなっている。僕は湊ちゃんの後を付けながら冷たい指先に息を吹きかける。
湊ちゃんは人気の無い公園に入って側にあるベンチに腰掛ける。僕は彼女に声をかけずにちょっと離れた場所で様子を伺う事にした。
*
夜に出かけるなんて言う事は今まであまり経験が無い。
私からあの人を呼び出したんだから来るのが遅くても待ち続けるつもり。
今日は雅也さんに貰った指輪を身につけて来てる──会社とかでは外してるんだけどね。
初めて男性、ううん、好きな人からの贈り物は私の雅也さんへの想いをより一層深くするもの。
恋人同士になって大きく変わるような事は無いんだけど、彼はいつだって私の事を一番に考えてくれている。
思考を巡らせる度に雅也さんが好きだと実感する。
だからね、あの人にはちゃんと伝えておかないといけないと思うの私がどういう風に想っているのかを。
待ち合わせの場所に到着して近くにあるベンチに座る。ちょっと周りを見るけどまだ彼女の姿は無い。どうやら私の方が早く着いちゃったみたい。
待ち人が来るまでの間すっかり冷え込んで来た冬の空の下、私は待ち続けるのでした。
**
私は夜の町を一人で歩いている。今日はこれから彼女と会う事になっている。
【篠宮 湊】さんから私のとこに連絡があったのは一週間前──雅也君の住んでいるマンションを訪ねた後。
家に帰って来た私の部屋スマホの通話音が鳴って慌てて電話に出る。
「『もしもし? 誰ですか?』」
「『こんばんは。浅倉さん、私です。篠宮です』」
「『えっ……』」
電話して来た相手に驚いてリアクションに困ってしまう。
「『こんな時間にすみません……。どうしても浅倉さんに話したい事があって電話したんです』」
話? 一体何の話なんだろう?
用があって電話して来たのは分かるけれど、はいそうですかと素直に話せるほどの余裕は私には無い。
だって彼女は篠宮さんは雅也君の恋人。彼の口から直接聞いたんだから間違いない。
彼女がいなかったら私の「恋」は上手くいったはずなのに。もしかして自慢する為に私に電話して来たの? そうだとしたらかなり性格悪いと思う。
「『話? あなたが私と話すような事あるのかな?』」
「『はい。直接会って伝えたい事があるんです。次の土曜って何か予定とあったりしますか?』」
「『土曜日ね。ちょっと待って』」
土曜は仕事も休みで特に予定がない事を篠宮さんに伝えてその日に会う約束をする。
私も雅也君の事で彼女に言っておきたい事があったしちょうど良いタイミングかも。
あの子は彼と別れてほしい。だって雅也君と恋人になるのは私なんだから──
──初めて人を好きになった。今まで「恋」をしてこなかった私にはこれが最初で最後の恋愛になるのかも。
だからこそ、この想いを諦めたくない。例え今は彼の気持ちが他の子に向けられていたとしても前みたいに私の事を好きになってくれると信じている。
ううん。信じないと負けてしまいそうになるから──
──私の思っていることと、現実はあまりに違いすぎる。私がやっと十年かけて雅也君への気持ちに気づいた時、彼の心を覆い尽くしていたのは別の子。
あの頃は彼が私に片思いをしていたのに今じゃあ逆で私が彼の気持ちに寄り添おうとしている。
十年って言う月日は長くてその間に私たちは大人になっていく。
恋愛を経験して来なかった私に恋の神様は試練を与える。
篠宮さんとの電話が終わってぼんやりとカレンダーを眺める。
土曜に急に入った予定、私はあの子に言わなくちゃいけない事を何度も自分の頭の中で繰り返していた。
***
湊が待ち合わせ場所に着いてから二十分程過ぎたあたり、咲希は同じ公園に到着して湊の姿を探す。
夜の公園は所々にあるライトが点々と灯り辺りを照らしている。
人の顔がはっきりと分かるほどの明るさでは無いけれど、真っ暗な中では心持たない光だけど無いよりはまし。
咲希は人座っていそうなベンチだけに絞って探し始める。
公園の入り口から結構離れた場所にあって全く目立たないベンチに人影が見える。
薄暗い公園の中をゆっくりと歩みを進めていき丁度顔を上げた湊をライトが照らす。
「こんばんは」
湊はごく自然に挨拶をする。まだ二人の間に流れる空気は冬の冷たさを感じるほどではなかった。