十年もの間、忘れる事の出来なかった初恋の記憶と戻る事の出来ない過去、咲希は過去の自分の過ちを後悔し、雅也は過去の自分と決別して前に進んで行こうと決意する。
冬の寒さは相変わらずで三人の人間関係は変化を見せる。
本当の恋人に
「大丈夫? 湊ちゃん」
唇から血を流している恋人に駆け寄り肩を抱いてあげる。出血量は多いわけではないけれど、心配になってくる。
「雅也さん!」
顔をくしゃくしゃにして僕の胸に飛び込んで来た、湊ちゃんの泣き顔なんて初めてみた。優しく彼女の頭を撫でるとわんわんと泣き出す。
「辛かったね。もう大丈夫だから」
僕はそう声をかけて落ち着かせると彼女はうんうんと何回も頷いた、綺麗な髪は乱れてしまって酷い有様だ。
「……雅也君」
僕が顔を上げると咲希ちゃんも目を腫らして泣いている。彼女の泣いている顔は子どもの頃から苦手だ、咲希ちゃんの顔には鼻血の跡が残っていてさっきまで起こっていた事の凄惨さを感じさせる。
ここで僕が咲希ちゃんを気遣えば湊ちゃんが悲しい思いをする。
恋人がいる前で他の女の子の事を見ちゃいけない。
咲希ちゃんから距離を取って離れる。
湊ちゃんと同じく泣き顔の彼女を見た瞬間、僕の脳裏にはある光景がフラッシュバックした。
(そうか、僕が見てた景色はこれの事だったんだ)
いつか夢で見た光景──それが今、現実に目の前にある景色なんだ。
夢の中で言い争いをしていた二人の女の子は湊ちゃんと咲希ちゃんなんだろう。
あの夢はこの出来事を予測していたんだろうか?
ぼんやりとしか無かった夢の中での記憶がまるで今まで見ていた出来事かのように蘇る。
夢の記憶と現実の情景が一致して僕は改めて今自分の置かれている立場を理解した。
さっと湊ちゃんを抱きしめて精一杯の愛情を注ぐ。
そうだ、迷っちゃいけない! 僕はこの子の事が好きなんだ。
十年もの間、忘れていた感情、いや、違うな。僕は「恋」をする事から逃げていただけなんだ。
いつまでも未練がましく昔の「恋」にしがみついて、前に進むのを諦めていたのは僕自身だったんだ。
ようやく分かった。自分の本心気づくのには遅すぎたくらいだ。
「ありがとう。湊ちゃんのおかげで気づく事ができたよ」
僕は大切な恋人に一言そう言うとちょっとだけ離れた所にいる咲希ちゃんに向き合った。
「咲希ちゃん。僕を好きだと言ってくれたのは嬉しかった」
嘘偽りのない自分の本当の気持ちを彼女に伝えなくちゃいけない。
「十年前、僕は君に片思いをしていた。卒業式の後手紙で気持ちを伝えた事、それは未だに忘れていない。君から貰った返事に胸を高鳴らせて手紙の封切った」
「あの手紙に書いて事が咲希ちゃんの本心なんだよ。君は僕をフッてそれで僕の初恋は終わりを迎えたんだ」
「あの日から僕は『恋』をする事から逃げて自分の心と向き合おうとしなかった」
「けれど、この子に、湊ちゃんに教えられたんだ。いつまでも過去を引きずってばかりじゃ駄目だって事を」
「僕は彼女の気持ちに誠意を見せないといけない」
咲希ちゃんは僕の言葉を黙って聞いている。隣にいる湊ちゃんはギュッと手を握ってくる。
僕は彼女に笑いかけると握られた手に力を入れる。
「僕は咲希ちゃんの気持ちに応える事はできない。もう恋人がいるから。僕の事は諦めてほしい」
あの日、湊ちゃんに告白された時からずっと咲希ちゃんへの気持ちを考えていた。
モヤモヤとしてなかなか決断出来なかったけれど、ようやく言えた。
もう僕の彼女への想いはあの頃みたいに蘇る事は決してない。
十年前は僕が咲希ちゃんに振られたけれど、今度は僕が彼女を振る番になる。
「咲希ちゃんも振られたらあの時の僕の気持ちが分かると思う」
初めて好きになった子──咲希ちゃんの笑顔が僕の心を虜にした。
その女の子に僕は今違う形で向き合っている。
昔の僕なら今の状況をどう思うだろうか?
片思いだった人、僕にとって彼女は普通の女の子じゃなかった。
彼女にとっては残酷な結果になるだろうけど、僕が咲希ちゃんに言わないといけない。
冬の寒さをしみじみと感じる。僕たちの間に流れていた時間は今の瞬間から別の時を刻み始めた。
僕の隣にいるのは咲希ちゃんじゃない。
側にいる湊ちゃんの手を握り何度も自分の思いを反芻する。
俯く咲希ちゃんの目から溢れ出る涙。それでも逃げちゃいけない現実に向き合おうとする。
もう彼女の顔を見れない。
僕は湊ちゃんが泣き止んでから咲希ちゃんに背中を向けて夜の公園から出て行く。
しっかりと握られた湊ちゃんの手から感じる温かさを持って湊ちゃんと本当の恋人になろうと思った。