「湊ちゃんって本当にいい子ね」
「いえいえ、そんなことないですよ」
母さんと湊ちゃんは昼食の準備の為に二人してキッチンに立っている。
朝飯を食べた後僕は彼女を家族に紹介した、僕に恋人ができた事にまず驚かれた。
それからはゆっくりと流れていく時間の中で僕らは関係を少しずつ深めていく。
最初は緊張していた湊ちゃんも今ではすっかりと落ち着いて話せている。
母さんがいつもどおり昼飯の準備を始めようとキッチンに立つ。
湊ちゃんと並んで話しながら料理を作る姿を見るとなんだか微笑ましく思う。
そういえば篠宮家にお呼ばれした時、彼女は料理を担当してたっけ。
湊ちゃんの家で食べたご飯の事を思い出す。また、彼女の家にお邪魔する機会があればその時を楽しみにしておこう。
「雅也、もうすぐ出来上がるから食器の準備しておいて。あと健吾も呼んできて」
「はいはい」
僕は部屋にいる兄ちゃんに食事が完成する事を伝えに部屋に向かう。
湊ちゃんは母さんと何やら話しているけど会話の内容は聞こえなかった。
「いただきます」
出来上がった料理を前にしてもう腹ぺこな僕はすぐに手をつける。
家族三人の食事にひとり加わっても何も変わらない、けれど、どこか穏やかな空気が流れる。笑顔を見せる恋人の隣で僕は幸福感に浸る。
ゆったりとした昼食を取り、僕は自分の部屋に戻ることに。
「母さんと何を話してたの?」
「えっ……知りたいですか?」
「何か変なことでも言われたの」
「いえ、そんなことないですよー。ちょっと面白い話が聞けたんですが内緒にしておきます」
「そう言われると逆に気になるけど……。ま、いいか」
昼飯を食べ終えて僕らは部屋でのんびりと過ごす。いちゃつきたい気分でもあるkれど、流石に家族があるんだから控えておこうと思った。
「でも良かったよ。湊ちゃんがうちの家族と仲良くやってくれて」
「最初は緊張してたんですけど、今は落ちつきました。雅也さんのお母さんは本当に良い人だと思いました。初めて来た私を暖かく迎えてくれて」
「母さんはあまりそういう事を気にするようなひとじゃないからね。一緒に料理してるとこみて僕もすごく心が安らいだよ」
「そうなんですか?」
「うん、前に湊ちゃんの家でご馳走になった時もお母さんの手伝いしてたでしょ? 女の子が料理してるとこ見るのって何か好きなんだよね」
自分が感じた事をストレートに彼女に伝えてみる、変に気取らずに僕の気持ちを湊ちゃんに打ち明ける。
初めてできた恋人──この子を大切にしていこうと思う。目の前にいる彼女に近寄って髪を撫でる。
相変わらず綺麗な髪だなー。艶々としていて女の子ってみんなこんなに髪が綺麗なのかな?
「これからさ、時間をかけて関係を深めていこう。僕は湊ちゃんのそばにずっといるから」
「はい、私は今のこの状況が幸せ過ぎてちょっと夢みたいに感じますけど、これが夢だったら嫌だなぁ」
「夢なんかじゃないよ。ほら、だってこうやって触れ合うことができるんだからさ。この感触が夢なんてあり得ないよ」
そっと彼女を抱き寄せると距離が近くてドキドキする。湊ちゃんの顔をまっすぐに見て自分の想いを再確認する。
僕は湊ちゃんが好きだ──あの頃からずっと忘れていた感情。
人を好きになるっていうこと、それをもう一度思い出す。
もうあの子の事は忘れなくちゃいけない。僕は初恋の人が心に残っていた。
十年の間、恋愛から逃げていた自分が前向きになれたのは湊ちゃんのおかげでもある。
「湊ちゃんが咲希ちゃんとあんなやりとりしてるなんて思いもしなかった。だけどさ、あの出来事で僕は彼女への想いを断ち切ることができたのかもしれない」
「私も必死でした。浅倉さんの雅也さんへの想いは知ってましたから……。それでも譲れない気持ちがあったんです。自分でもびっくりするくらい」
「湊ちゃんがあんな激しく喧嘩してるとこなんて僕も初めて見たから本当に驚いた」
女の子同士の争いなんてまるで昼ドラを見ているかの様な光景だった。
あの時、僕が飛び出していなかったらどうなっていたんだろうか?
そうしたら湊ちゃんとこういう関係になれていたんだろうか?
咲希ちゃんへの想いを十年も捨てる事ができなかった僕が──あの時の咲希ちゃんの泣き顔がフラッシュバックする。
忘れなくちゃいけない。もう彼女は僕にとって何でもない存在なのだから。
初恋の人っていうのは特別な相手だというのは聞いた事があるけれど、それだけに咲希ちゃんと再会できたのはまるでゲームみたいな出来事だった。
あの頃の好きだという気持ちが残っていたのならもしかしたら僕は咲希ちゃんと付き合ってたのかもしれない。
それは僕が選ぶ事が出来た未来の一つ、彼女が僕を好きだと言ってくれた時に心が揺れなかったと言えば嘘になる。
本当にいつまでも未練がましい男だと自覚する。
最低な自分でも好いてくれた女の子がいる──僕はもう一度湊ちゃんの顔をじっくりと見つめる。
ちょっと頬が赤い彼女の顔に手を当てて撫でる。この光景は夢じゃなくて現実なんだ。
初めての恋愛はハードルだってあるだろうけど、この子となら乗り切れる気がする。
恋人を愛おしく感じる。午後の時間を過ごしながら色んな事を話す。
いつもと変わりのない日曜なのに今日は何だかすごく楽しい。
また、うちに来る約束を交わして僕は湊ちゃんを家まで送った。
帰る途中の空は変わらず黒色が広がっている──前に見上げた時と変化の無いはずなのにな。二月の寒さに体を震わせながら夜の電車に乗り込んだ。