今日は湊ちゃんと一緒に出かける日──僕は服を着替えて時刻を確認する。
「待ち合わせは十時からだからまだ少し早いか……」
携帯を閉じてポケットに突っ込む、恋人になってから初めて僕が彼女をデートに誘う。
前に一緒に水族館に行った事があるけどあれは咲希ちゃんに渡す為のチケットが余ってたからだし、湊ちゃんの妹の夏帆ちゃんもいたから二人きりと言うわけじゃ無かった。
流行りのファッションなんて言うのは僕にはよく分からないけれど違和感の無い格好でデートに向かおう。
部屋でのんびりと過ごしながら今日の予定をシミュレーションする、まずは湊ちゃんの買い物に付き合ってそれからは食事を取ってカラオケに行って、数日前から練っておいたプランを再確認。
カラオケで歌のは随分久しぶりだから楽しみ。前行った時は義之君と一緒でお互いに好きなアニメやゲームの主題歌を歌って盛り上がった。
飾る事のないありのままでいれるような友達がいると言うのは本当にありがたい事だ。
彼女が出来てからは恋人が優先になっちゃっけど、時間を作って義之君にどこか遊びに行こうかな。
今度篠宮家で食事をする約束をしたし、湊ちゃんの家族に良くしてもらっている、お父さんとは一度じっくり酒を呑み交わしたい。
今まで自分ことばかりで精一杯だったけれどこれからは大切な恋人の為に時間を使っていきたい。
一秒でも早く彼女に会いたくて僕はマンションを出る。今日は目一杯楽しもう。
外はまだまだ寒くて凍えそうだけれど、心はポカポカと温かい気持ちで軽やかな足取りで駅の方向へ歩き出した。
(……君、出てきた)
「相変わらず人すごいなあ」
品川駅の人の多さに溜息が出る──だけど、いつも体験してることだし今更感傷に耽ることでもないような気がするけど。
山手線のホームへ降りて人混みをかき分けながら歩く。都会の人はいつも忙しなく活動をしている。僕も最初は驚いたけど今はもう慣れっこで携帯で時間を確認しながら到着した電車に乗り込んだ。
スマートフォンが幅広く普及する世の中で僕が使っているフューチャーフォンは時代の流れに逆行し何だか自分だけ別の世界にいるかのように感じさせられる。
「?」
何だろう? 誰かに見られているような気がする……。自意識過剰なのかもしれないけど確かにどこからか視線を感じる。
僕は一瞬だけ後ろを振り返ってみるけれど雑踏の中に紛れ込んでいる特定の“誰か"を見つけると言うのは困難だろう。
「気のせいか? まあいいや」
そんな些細なできごとはすぐに忘れて湊ちゃんとの待ち合わせ場所へ急いだ。
「お待たせ!」
「あ、雅也さん。来てくれたんですねー」
ぼくが声をかけると湊ちゃんはひらひらと手を振ってくれる──すぐに彼女の隣に並んで顔を見つめる。
「? 私の顔何か変ですか?」
「いや、そんな事ないよ。湊ちゃんは今日も可愛いなって思ってね」
「もう! いきなり恥ずかしい事言わないでください」
ちょっと怒っているように見えるけれど、きっと照れ隠しなんだろう。彼女の仕草はどれもすごくチャーミング。ちょっぴり頬が赤く染まっているけど、僕は気づかないフリをして微笑みかける。
綺麗な髪が風にふわりと揺れた、女の子独特の良い匂いが運ばれてくると自然と頬が緩み改めて幸せを実感する。
僕は彼女の歩幅に合わせてゆっくりと歩き始めた。寒いのか肩を震わせる湊ちゃんに僕は自分が来ているコートをかけてあげた。
この時の雅也はその様子を伺う“誰か”の存在に感づく事は無く、湊とのデートを楽しむのだった。
「これとこれどっちが良いと思いますか?」
「うーん、僕はこっちの落ち着いた色が湊ちゃんに似合うと思うけど」
彼女の買い物に付き合う。女の子は服を選ぶ時間が長いって聞いた事があるけれど、まさにその通りビルの中の洋服店に入ってから一時間以上時間が経っている。
湊ちゃんが唸りながら服を選んでいるのを見ながら僕はメンズコーナーで設置されている冬物の衣服をぼんやりと眺めていた。
女の子向けの服を選ぶセンスなんて僕にはないから湊ちゃんが欲しいと感じるものを買った方が良いと思う?
女性店員と楽しそうに談笑する彼女の姿を見て心が和んだ僕は「ゆっくり選んでていいよ。僕はちょっとだけブラついて来るから」と彼女に伝えて洋服コーナーを出た。
湊ちゃんの買い物が終わったら合流しよう。同じビル内にはテナントがいくつか入っているんだけど、僕が興味のそそられるようなものは無さそうだ。
しばらくぶらついて来るとは言ったけどどこに行こうか? 悩んでいるとさっきの服屋から少し離れた場所にある本屋に足が向かう。
「お? この原画家の人イラスト集出してたんだ」
お気に入りの原画家の人の画集を手に取って見ていると僕が好きなゲームのキャラクターが表紙になっている。
「欲しい」
後ろで値段を見ると──一七〇〇円と書かれていた。
意外と安い気がする、こういう原画集は値段が張るやつもあるし、早めに買っておかないと売り切れる事だってある。
僕はその画集と発売されていた好きな漫画の最新巻を持ってレジに並んだ。
「服は買えた?」
「はい。気に入ったのがあったので買っちゃいました!」
「そう。良かったね。何か店員と楽しそうに話してたけど」
「ふっふっふ、実はそれだけじゃないんですよー」
そう言うと湊ちゃんは脇に置いている袋の中から一枚取り出して僕に見せる。
「実は雅也さんのお洋服も買ったんです! これ、私からのプレゼントです」
「えっ……。本当?」
彼女から服を受け取ったそれを僕はそのまじまじと見つめた。女の子からプレゼントされるなんていう体験は今までに無かったから目をパチパチさせながら湊ちゃんの顔と服を見比べた。
「男の人の服って選ん事がないから不安ですけど気に入って貰えたら嬉しいです」
「ありがとう! 本当に嬉しいよ! 恋人から贈られた最高のプレゼントだね」
ちょっと大袈裟なリアクションをしてけれど、湊ちゃんは笑顔を見せてくれた、僕は彼女をベタ褒めしてお昼の楽しい時間を過ごす事ができた。
「?」
「どうしたんですか?」
「いや、何か朝から誰かに見られてる気がしてね」
「そうなんですか?」
湊ちゃんも辺りをキョロキョロと見渡すと僕は違和感の正体を探ろうとしたけど、せっかくのデートを台無しにしたくないから。話題を変えて湊ちゃんとのひと時を楽しんだ。
「帰りはどうする?」
「もう少しだけ一緒にいたいです」
「うん。わかった」
僕はそっと彼女を抱き寄せる──キスでもしそうなほど近い距離まで顔を近づけた。
湊ちゃんの長い髪を優しく触って今日のデートの感想を伝えた。
彼女の買い物に付き合って一緒にご飯を食べて何気ない会話をしただけなんだけど、それが僕にとってはすごくかけがえのないものに感じた。
「恋」をしてこの子の為だけに生きていこうと決めてからささやかな日々を送れている。
僕を好きだと言ってくれた湊ちゃんの愛に応えよう。
ちょっとずつだけど僕の周りは変わって行く。そのきっかけをくれた彼女が愛おしい。
二回目の「恋」──今度こそ上手く行くだろう。彼女がそばにいてくれるのなら大丈夫だ。
名残惜しいけど別れの言葉を伝えて駅まで湊ちゃんを見送る。もちろん次に会う約束も取り付けておいた。
手を振って見送って改札から帰りの電車の出るホームへと向かう。
「早めに帰り着いたな」
駅を出てからまっすぐと家の方向へ歩き出す──時刻は二十一時過ぎ、人気の少ない道は静寂に包まれていた。
「……やっぱり誰かの視線を感じる」
僕は今朝から感じていた違和感の正体を突き止めようとした。誰かが僕の後をつけて来ている。
足を止めると相手も止まり僕が歩き出すと同じ様に歩き出す。
最近は物騒な事件とかも増えて来てるし何もトラブルに巻き込まれてないといいんだけど……。
相手の目的がはっきりしないし、無理に関わって事件に巻き込まれたくない。それでも僕は歩くスピードを変えずに進む。
何だか気味が悪い……。嫌な感じだ。走って振り切っても良いんだけど、変質者を刺激するのは良くない気もするしなあ。
なんていう事を考えているうちにマンションに着いた。ポケットから鍵を取り出してドアのロックを解除する、さすがに家に着いてまで後を追って来る奴はいないだろうと安心してエレベーターに乗り込み五階のボタンを押す。
だけど、この時の僕はその“誰か”に住んでいる所を知られているなんていう事を特に気も留めていなかった。