あの出来事以来僕は湊ちゃんと接する時に気を遣ってしまう。
早く咲希ちゃんとの事を伝えるべきなんだろうけどそれもままならない状況が続いていた。
それもでも彼女の笑顔を見ると安心するしそれと引き換えに裏切ってしまったという思いとの間で葛藤する。
こんなにも悩んだのは昔初めて「恋」をした時と似た感覚だ。
僕の初恋は成就しなかった、小学生の頃から好きだった子と付き合う事はできずに恋人も作らずに今まで「恋」と向き合うことから避けていた。
一月のあの時に彼女と“再会”したことで僕の中で止まっていた時間が再び動き始めた。きっかけはほんの些細なできごと──それも僕は咲希ちゃんとまた出逢えたのを嬉しく思った。
十年以上も前の片思いなのにそれがいつまでも自分の心の中にあってなかなか忘れることなんてできなかった。
そんな中僕は湊ちゃんと巡り合えた、いつも明るくて彼女の笑顔は天使からの贈り物なんじゃないかと思えるほどチャーミングだ。
ただの職場の後輩から気になる人へ変わっていった、一緒に食べるお昼ご飯の時間が毎日楽しみで小さな幸せを感じていられた。
僕の中で湊ちゃんの存在が大きくなるにつれて昔の失恋の記憶が蘇る──もう「恋」なんてするつもりはなかったけれど、そんな頑なだった僕の心を彼女が優しく解きほぐしてくれた。
あの子の為に忘れたかった記憶と向き合っていこうと思えるようになれた。こんなにも自分を想ってくれるひとがいるのに僕は何をやってるんだろう?
まとまったはずなのに結局は迷ってしまい行動に移すことができない……。
僕の変化に気づいたのは彼女の方だった。いつもと違う様子を感じ取ったのかなんだか今日はどこかよそよそしい態度を取っている。
「どうしたの? 弁当食べないの」
「えっ……? ああ、はい。ちゃんと食べますよー」
無理をして笑う湊ちゃんと見ていると何だかすごく悪い気分になってくる。僕の恋人はいつだってそうだ、自分が無理をしててもそれを打ち明けたりはしない、相手の迷惑を第一に考えているあたり本当に心の優しい子なんだって思う。
彼女を迷わせてしまっているのはおそらく僕が原因だ、言わなくちゃいけない! だけどいざ声を出そうとする喉の奥につっかえて出てこない。
言うべきことを決めていたはずなのにいざと言うときに何も言えなくなるなんてな……。
それでも伝えないとダメなんだ。僕はふぅと深呼吸をして湊ちゃんの手を握り彼女の顔を見る。
二つの瞳が僕を捉えているその真剣な眼差しを見て怯みそうになった。
「あのさ……。実はちょっと湊ちゃんに言わなくちゃいけないことがあるんだ」
彼女は黙って聞いてくれているゴクリと唾を飲んで一決して話そうとした瞬間──僕の脳裏に咲希ちゃんと抱き合っているイメージが湧いてきた。
(くそっ! こんな大事にな時にどうして思い出すんだよ!)
ブルブルと頭を振って雑念を消そうとしたけれど、そうする度に咲希ちゃんの顔が思い浮かんでくる。
僕の方から湊ちゃんに声をかけたのに言い出せずにいる。そんな僕の様子を見ていた彼女は何も言わないで待ってくれた。
きちんと謝らなきゃならない。到底許してもらえるようなことじゃないのだろうけどそれでも逃げているわけにはいかない。
「ごめん……。ちゃんと言うって決めたんだけどね。こんなんじゃ全然ダメだわ。もっとしっかりしないと」
「人間関係って難しいですよね……。相手の事を考えれば考えるほどわかんなくなる事もあって自分でもどうしたらいいんだろう? って悩んじゃうこともあって。皆誰からから嫌われるのを恐れているんですよ」
「もちろん断然に人に好かれた方が楽なんでしょうけど、そうやって無理したって余計に関係が悪くなっちゃう時だってある。私はそう言うのは嫌かなあ」
「今度の事は僕の口から湊ちゃんへ言わなきゃならないことなんだよ。そこはしっかりとしておきたいと思うんだ。これからずっと付き合っていく中で少しでもいい関係を築いていきたいからさ」
「迷っているうちは言わない方がいいと思います。自分の中で答えが出た時に言うのがベストじゃないかな? 雅也さんはいつもいろんな事を深く考えすぎてますよ。もっと気楽に構えていてもいいのでは?」
湊ちゃんはそう言って笑顔を見せてくれる。この子を裏切っちゃいけない、改めてそう自分に言い聞かせる。こんなにも真剣に捉えてくれている僕の恋人、本当に素敵な人に出会うことができたんだな。
なあ? 聞いてるか昔の僕、君にはこれから先愛おしいと思える子が現れるんだ、いつまでもあの時の失恋を引きずっていないでちょっとは前向きになってみようぜ。
もしも、過去に戻ることができるのなら僕はあの頃の自分そう声をかけるだろう。もうすぐ三月を迎えようとしている中で僕ら一歩はまだ始まったばかり。
隣に座っている彼女をこれからも大切にしていこう。季節は移り変わる──そんな当たり前の出来事を肌に感じながら感傷に耽るなんて何時ごろぶりだろうか?
この子がいてくれるから僕は──いつまでもふらふらとして落ち着きがない自分の心に改めてさよならを告げて僕は次に湊ちゃんと会う約束をする。
君がいてくれるなら僕は大丈夫。そうだ、新しい恋はまだ始まったばかり、どんな障害があったとしても彼女と一緒なら乗り越えていける気がする。
会社から帰る頃には冷え込みが激しくなってくる。それでも雅也の心は細やかな温かさを感じていた。