一月十二日(木)
「アクアリウムパークか」
休日にどこかに遊びに出かけようとネットを使って場所を探す。
ひとりでアクションやアニメ映画を見たりするけど、こういった水族館? みたいなのに行くのも面白い気がする。
休みの過ごし方は専らゲームかインターネットでのニュースを見ること、あとは野球観戦もあるけど今の時期はオフシーズンで試合が無いため退屈している。早く球春が到来してほしいものだ。
さっき淹れてきたコーヒーを啜りながら片方の手でマウスをページスクロールしてこの水族館の紹介ページを読む。
プラネタリウムと海の生物たちのコラボレーション!! プラネタリウムって言うと星座を見るものだけどそれと海がどういう風に合わさるのかな?
アクアリウムパークに行った人の評価ページは五つ★ばかりで売りにしているコラボレーションの評価も上々といったところか。
うん、ここに行くのが良さそうかな。
僕はすぐに財布の中を確認してチケットを購入することに──
──購入ページまで進んだところでマウスをクリックする手が止まる。
もしも咲希ちゃんを誘ったら来てくれるかな? 十年ぶりに“再会”した「初恋」の相手への気持ちに整理を付けるいいきっかけになるかもしれない。
また昔みたいに友達でいてくれるならそれでもいいんだ。
これからは何でも気軽に相談をし合えるそういった関係を目指そう。
彼女が行けるのかどうか聞いてもいないのにふたり分のチケットを買ってしまった。まあ、後で電話すればいっか。
*Point of view Saki*
私は先日に買った本を読み進めている。
とっても面白いストーリーですぐにハマってしまった。続きが昨日も遅くまで読んでいたし、最近では夜中の一時を過ぎても起きている事が多い。
それ以外にも小説や仕事に役に立ちそうな本も何冊か購入した。休日は本の虫になるのも悪くない気がする。
子どもの頃から読書が好きだったし、読み始めたら徹夜なんてことも当たり前で夜更かしばかりしていた。
「少し休憩しようっと」
時計で時間を確認すると二十二時になろうとしていた。明日も早いしそろそろ寝なくちゃいけないんだけどやっぱり本の続きも気になる……次のページを捲ろうとするとケータイが鳴った。
「電話? もうっ、今いいところなのに!」
こんな時間に電話をかけてくるなんて非常識な相手には応じたくないんですけど……。それに今は読書中だし邪魔しないでほしい。
私は着信を無視して本に集中した、どうせ大した用事でもないだろうし。
この時の電話に出なかった事が後々、自分に思わぬ形で返ってくるなんてこの時はまだ考えもしなかった。
「出ないか……」
二十二時過ぎに咲希ちゃんに電話をかける。
本当はもっと早くかけようと思っていたのだけど、なかなか行動に移せずにいたようやく意を決して電話すると彼女は出なかった。
相変わらずこういうことに関しては要領が悪い……。
ふたり分買った水族館のチケットを無駄にはしたくない。けれど、他に誘う相手はいないしどうしたものかなあ。
もしもの時は一人で行くことになりそうだ。男ひとりで水族館に行くことなんて寂しい気がする。
「はぁ……」
僕はため息を付きながら机に置いたチケットを凝視した。
*Point of view Minato*
「ただいまー」
「お姉ちゃんお帰りなさい」
いつもとは違い笑顔で私を迎える夏帆、これは何かある。姉だからすぐにわかる。
「どうしたの? 夏帆、今日は普段となんか違うじゃない?」
「お姉ちゃんアクアリウムパークのチケット取れた?」
アクアリウムパークって言うのは最近、新しくできた水族館でプラネタリウムと海が合わさった演出が人気でテレビや雑誌にも取り上げられている。
妹は最近の水族館の事知ってからずっと行きたいと言い続けていた。
私も興味あったからふたり分のチケットを買う≪約束≫をしてあげたの。
でも、インターネットを使って調べるとチケットがとりにくいみたいで私が買おうと思った時も残り枚数が少なくてひとり一枚までしか買うことができなかった。
チケット制じゃなくてお金を払った人なら誰でも入場できるようなシステムだったりよかったのに……。
「ごめん。チケット一枚しか取れなかったの」
「ええっ!? 二つ取るって約束だったじゃん!」
「私が買う時には一人一枚しか買うことができなかったのよ」
「そんな~私、あの水族館に行くのすごい楽しみにしてたのに!」
夏帆は子どもみたいに床にゴロゴロと転がりまわる。何だか小学生みたい……。
「もう高校生なんだからそういうことはやめなさい!」
「ううっ……行きたい! 行きたい!」
「わがまま言わないの! 私だってどうすることができなかったの」
「じゃあお姉ちゃん一人で行くつもりなの?」
「私がチケット買ったんだし行かないわけないでしょう」
「ずるい! 私もついて行くー」
「チケットが無いと来ても入れないでしょう!」
「そうだけどー」
≪約束≫をちゃんと守れなかったのは姉として情けない気もするけどこればっかりは自分ではどうすることもできない。
「お姉ちゃんの嘘つき!」
「何よーしょうがないじゃない」
私は涙目になりながら言い合いをする、こういうふうに妹とケンカしたのはずいぶんと久しぶり。
「こら! ふたりともいいかげんにしなさい!」
お母さんに止められるまでらしくもなく子どもみたいな言い争いを続けた。我ながら大人げない……。
「夏帆はあの水族館に行けるのをすごく楽しみにしてたのよ……」
「それはわかるよ。でも、チケット一枚しかないしどうしようかなぁ」
取り合えず行かないことにはチケットが無駄になっちゃう……けれど、夏帆があれだけ楽しみにしてたから私ひとりで行くのはなんだか悪い気がする。
「夏帆。私のチケット上げるから一人で行ってきなさい」
「えっ……?」
「あの水族館に行くのすごく楽しみにしてたじゃない? だったら夏帆が行くべきだと思うの」
「それだったらお姉ちゃんが行けないじゃん」
「私なら大丈夫よ。夏帆が楽しんでくれるならそれでいいから」
「私だけが楽しいのなんて嫌なの! お姉ちゃんと一緒に行きたいよ」
「……夏帆」
「夏帆はね、湊と行けるのをすごく楽しみにしていたのよ。お姉ちゃんのこと大好きだし」
「お、お母さん!」
「そうだったんだね。うん、ありがとうね夏帆。お姉ちゃんも夏帆と行きたいから水族館のチケットがもう一枚買えないかがんばってみる」
大切な妹が私と一緒に行きたいと言ってくれるだけでもすごく嬉しい。
最初に買ってあった一枚のチケットを夏帆に渡して自分の分を買うためにもう一度インターネットを開いた。
一月十三日(金)
さて、この間買ったチケットどうしようかな?
鞄の中に入れている水族館のチケットを何度も取り出して僕はうんうんと唸っていた。
出勤してからも休みの予定をどうしようか悩んでいる。
義之君はその日は予定が入っているみたいで行けそうにないし、こうなると友達が少ない自分の交友関係を恨んだ。
こうなったらしょうがないひとりで行くことにするか。
チケットが余ったのはどうしようもできないからいつまでも悩んではいられない。
仕事も上の空で落ち着きがない。
これはいけない気がする。集中するために鞄を目の届かない場所に置いて作業に没頭した。
それからは業務は問題なく進み、帰り支度を整える為に鞄を持ち上げると──朝からの悩みの種である水族館のチケットが目に入る。
「それってもしかしてアクアリウムパークのチケットですか?」
「うわあ! びっくりした」
「あ、驚かせてすみませんでした……」
「ああいや、大丈夫だよ」
いつもとは違う自分にいち早く気がついた後輩の女の子が声をかけてくれる。
彼女の親切には本当に感謝したい。
見られてたかな。ははは……はは……。
無理をして笑ってみたけどかえってそれが不自然な感じになってしまう。
「この水族館のすごく人気でなかなかチケット買えなかったんだけど偶然二枚確保できてね。だけどもう一枚が余っちゃって」
「どうしてですか?」
「一緒に行くつもりで誘った相手が電話に出てくれなくて連絡が取れなかったんだ。他の友達も誘ってみたんだけど彼はその日予定が入ってて行けないんだよね。だから余ったチケットをどうしようかってずっと悩んでいた」
「そうだったんですね」
「まあ、最終的にはひとりで行くことになりそうだよ。ははは」
「実は私も妹にあの水族館のチケットを買うように頼まれていたんです。けど、一枚しか取れなくてどうしようかなって思ってたんです」
「そうだったんだ」
篠宮さんは僕に何か言いたげな表情をする。だけど、なかなか言い出せないみたいだ。彼女が口を開くまで待つことにした。
「あのっ! 差し出がましいって思うかもしれないんですが、そのチケット要らないなら私にくれませんか? もしも新堂さんが必要じゃないなら私がもらっちゃってもいいですか?」
「僕にはもう一枚あるからね。あげてもいいよ」
「本当ですか?」
パーッと明るい表情になる。その仕草に少しだけドキリとした。照れくさくて彼女の瞳を真っすぐに見ることができないで目線を逸らす。
「はい、どうぞ」
僕は鞄の中からチケットを取り出して篠宮さんに手渡した。それを受け取ると、とても感動した様子でしばらくチケットをもらった手を見つめていた。
「本当にありがとうございます! 妹も喜びます」
「それならよかったよ」
朝から悩んでいたことがばからしく感じるほどにあっさりと問題が解決した。
「それで新堂さんはこの水族館にいつ行くんですか?」
「今度の土曜日にしようかなって。ちょうど仕事も休みだしね」
「土曜日ですか」
僕が土曜日に行くことを知ると彼女は何か考えているみたいだ。
「もしもで良かったらですけど、一緒に行きませんか?」
「一緒に行っても大丈夫なの? 妹さんと二人で行くんじゃなかったっけ?」
「そうなんですけど、チケットがもう一枚手に入ったので妹には一人で行ってもらうってこともできるんです。けどあの子私と一緒に行きたいみたいで昨日そのことでケンカしちゃったんですよね」
「そうなんだ。それだったらやっぱり妹さんと一緒に行くべきだと思うよ。僕は一人でも大丈夫だから」
「けど、これは元々新堂さんに譲ってもらったものだし、私は新堂さんと行ってみたいなって思ったんです。ダメ? ですか?」
目を潤ませて上目遣いで見つめてくる彼女に僕は断るのが悪い気がした。
「二人の邪魔じゃないのならご一緒してもいいかな?」
「全然邪魔じゃないです! むしろ──」
「むしろ?」
「──い、いいえ。なんでもありません! 気にしないでください。それじゃあ、今週の土曜日に」
耳まで赤くなって照れる篠宮さんを見送ってから家路につく。一人で楽しむはずだった土曜日の予定が一気に華やかなものになった。
彼女の妹さんはどういう子なんだろう? 気になるな。
僕はいつもよりも軽やかな足取りで家に向かった。今日も夜は冷え込みそうだ。コンビニで何か温かいものでも買って帰ろう。
家に帰ってからは土曜日の事をずっと考えていた。女の子と一緒にどこかに出かけるっていうだけで男ならテンションが上がるだろう。
前に会社の合コンに参加したこともあるけど自分に興味を持ってくれる女の子はいなかった。
そこで恋人同士になった同僚もいたし彼女を作ろうとみんな積極的にアピールしていた。
そんな中で場違いな感じもしたけれど、せっかく誘ってもらっているわけだし空気を壊すような真似はしたくない。それぞれが自分の好きな事や趣味を言い合う。僕は聞かれた事にだけ答えて後はあくまでも控えめに目立たないようにした。
そう言った行動のせいか女の子に地味だと思われて声をかけられることはなかった。
思えば「恋」をすることに憶病になっていたのかもしれない。
自分では変わろうと思っていてもあの時の失恋をずっと引きづっている。
初恋の人に十年ぶりに“再会”することができたのに彼女への未練がまだ心に残っている。
早く忘れてしまいたい。だけど、忘れる事ができない。それが今になるまで恋愛をすることに消極的になっている理由なんだ。
咲希ちゃん以上に好きだと思える相手に出会えれば──
──きっとこの気持ちもすぐに消すことができるんだろうか? もう普通に「恋」をしてもいいのかもしれない。
とにかく今は今度の予定をしっかりと楽しもう。そうしないとせっかく僕と一緒に行きたいと言ってくれた篠宮さんに悪い。夜寝る前は子どもの頃ワクワクした感情のせいかなかなか寝付けないでいた。
*Point of view Minato*
「ただいまー」
「お帰りなさい。今日も一日ご苦労様」
お母さんはすぐに温かいココアを淹れてくれたそれをもらって私はほっと一休み。
「お母さん、夏帆は?」
「部活から帰ってきからずっと部屋にいるわ」
「ちょっとあの子に伝えておきたいことあるのよね」
私は夏帆の部屋まで上がってドアをノックするとゆっくり扉が開く。
「何? 私、今忙しいんだけど」
「すぐに済むわよ。ちょっと部屋の中に入ってもいい?」
「うん……」
夏帆はすぐに私を部屋の中に向かい入れてくれた。
「あのね、夏帆が行きたいって行ってた水族館の事なんだけどね実は──」
──私は新堂さんから譲ってもらったチケットを取り出して夏帆に見せた。
「それってアクアリウムパークのチケットだよね……? これどうしたの? お姉ちゃん」
「新堂さんに譲ってもらったの。二枚チケットを買ってたみたいなんだけど、一緒に行く相手がいないからって。それでね、今度の土曜日にこの水族館に誘ったのよ。一応、夏帆も一緒に行くかもしれないって返事しておいたけどどうかな?」
「私が行ってもいいの?」
「うん、その為にチケット譲ってもらったし、それに新堂さんにも夏帆が行くことは伝えてあるの」
「やったあ! 絶対に行く! お姉ちゃんと一緒に」
さっきまで部屋で塞ぎこんでいたのが嘘みたいに感じるほどに元気になる機嫌が直って良かった。
あの水族館に行くのをすごく楽しみにしていたみたいで私に何度もおススメの場所を教えてくれた。
今日の夕飯は久しぶりにお母さんと夏帆と三人でがんばって美味しいものを作った。
お父さんにも好評だったからまた作りたいと思う。
*Point of view Saki*
「ごめん! やっぱりチケット買えなかったー」
「私もだよ。すごく人気あるんだねーあの水族館」
新しくできた水族館に行ってみたいと思ってチケットを私と明日奈の分買おうと思ったのだけど秒殺。
あっという間に売り切れちゃった。テレビや雑誌に取り上げられて更にお客が増えたみたいで争奪戦みたいになっている。
ああそうそう、後で気がついたんだけど、この間の夜に雅也君から着信があったみたいなんだ。
あの日は夜の遅い時間まで本を読んでいたから結局寝るのは遅くなって携帯を開いた時には次の日の一時になっていた。
寝不足のまま出勤して仕事をやるのはすごく辛いことだってわかったから今度気をつけようと思う。
一体何の用だったんだろう? 十年ぶりに“再会”した同級生と今は電話で話したりする、そんなに頻繁にかけるってわけじゃないんだけどね。だけど、昔みたいに楽しくやれたら良いと思う。
彼の事は苦手だけど好きでも嫌いでもない。そんな感じ。
「次は絶対に手に入れるからね!」
「はいはい、無理しないでいいよ。なかなか入手できないんだしさ」
「そうだけどあんたと一緒に出かけるなんて私はすごく楽しみにしてるんだ」
「私もかな。明日奈は色んなこと知ってて面白いし」
「ふふんそうでしょう?」
「それじゃあまた何かあれば電話するから。咲希ちゃんとご飯食べるんだよー」
「はーい」
明日奈との通話を終えて、携帯を枕元に置く、実は今日ね、嬉しいことがあったんだ。自分磨きの為に買ったアクセサリーが会社で皆にもいいって言ってもらえたんだーこれもあの雑誌のおかげだね。
写っているモデルさんみたいに可愛くはないけど、おしゃれに自信は持っている。いつも綺麗でいたい。女の子ならそう思うのは当然じゃないかな?
そういうふうに話すと明日奈からは『彼氏もいないのに無駄な努力してるよね』って言われる……。
本当に大きなお世話! 別に男の人にアピールするためにおしゃれしているわけじゃないし。
でも、今まで一度もひとに綺麗だとか可愛いって言ってもらったことがないの。
周りにそういう人がいなかったし、自分の顔がそんなにキュートとも思わない。
けれど、やっぱり可愛いとか言われるとすごくいい気分になっちゃうのよね。
鏡で何度もチェックする。無理のない自然なメイクが合ってる気がする。
いつか誰かを好きになったとしよう、その人には最高の私を見せたい。持っている服は地味目の奴が多いし今度ちゃんとしたのを買わないとなぁ。
男の人とデートしている自分なんて想像できない。けど、テレビに出てくるイケメンの俳優さんと恋人同士の妄想はした事はあるけど、実際、男っ気がまるでない気がする……。
明日奈みたいに積極的に行動してみるのもありな感じだけど、私には大胆なことはできないと思ってしまう。
ベッドの中で一人で悶々とした気持ちになりながら「恋」の在り方を考えた。