浅倉さんの住んでいるマンションの前に着いた私はスマホで彼女に連絡を取る。
雅也さんのことが気がかりでずっと胸騒ぎがしているのを何とか抑え込んで浅倉さんのところまで来ました。
「もしもし?」
「……もしもし、浅倉さんですか? 篠宮です」
「何? 何の用なの」
「今、浅倉さんの住んでいるマンションの前にいるんですけど、外で話とかってできますか?」
「面倒い……。どうしても行かなくちゃダメなの?」
「はい、出来ればお話ししたいなぁって思ってるんですが……」
浅倉さんはしばらく黙ると結局外へ出るのは面倒くさいと言って電話を切ろうとする。
「待って下さい! 外で話すのが嫌なら他に方法を考えますから」
「その要件って電話じゃダメなの?」
「ええ、浅倉さんと直接会ってお話ししたいんです。大事な事ですから」
「分かったわよ……。それでどうするの?」
彼女と話せる機会を作る為に何が必要なのかなって改めて考えてみました。
雅也さんの件でどうしても聞きたい事があるし……。ここで引き下がるわけにはいきませんでした。
「そうだ! 外で話せないのなら浅倉さんのお部屋でも良いですか?」
「……私の部屋散らかってるんだけど」
「それは平気です。そこまで長い話じゃないですし、私が疑問に思っている事が解決したらすぐに帰ります」
「うーん。今忙しいからまた今度じゃダメ? そしたらちゃんと時間作るからさー」
「駄目です。今聞いておかないと! 後回しになんてできないです」
私が力強くそう応えると浅倉さんは「はぁ」とため息をついて仕方なさそうに私を自分の部屋に来てもいいと許可してくれました。
部屋の番号を聞いて雅也さんのお家にお邪魔したみたいに共有のエレベーターに乗って浅倉さんのお部屋の向かいました。
扉の前で深呼吸してからチャイムを押します──すぐに浅倉さんは出てきてくれて私は彼女の部屋に招き入れられました。
友達以外の女の子のお部屋にお邪魔するのはあまり経験がありませんでしたから緊張してしまいます……。
浅倉さんは私の様子を伺いながら飲み物を準備してくれました。
部屋は散らかっていると言ってましたが、実際はそんな事は無くて女の子のお部屋らしい可愛らしさを感じられる空間になっています。
私は気持ちを落ち着かせて浅倉さんの準備してくれたクッションに座りました。
間も無く浅倉さんが戻ってきたので私は姿勢を正して彼女と向き合いました。
私が彼女とお話をするのは大切な人の為──もしかしたら何かを知っているんじゃないかという淡い期待感を持ちながらすぐに本題に入ることにしました。
「あの、浅倉さんに聞きたいんですが……。本当に雅也さんの居場所を知らないんですか?」
彼女は黙っている。私は目を逸らさずに真っ直ぐに相手の目を見て言葉が出てくるのを待ちました。
「知ってるって応えたらあなたはどうするわけ?」
「お願いです! 彼が今どこにいるのか教えてもらえませんか? 私すごく心配でー。私だけじゃありません。雅也さんの家族も彼の行方が気になっているんです」
やっぱりここまで来て正解でした。どうやら彼女は雅也さんに関して何か知っていると言った反応でした。何としても彼の居場所を聞き出さなくてはいけません。
「知っているなら教えて下さい。本当に心配してるんです!」
私が強めの口調でそういうと浅倉さんはすっと立ち上がって胸元に付けているネックレスを私に見せつけて言いました。
「私ね、異性からのプレゼントなんて今までもらった事なかった。最初は戸惑ったけどすごく嬉しかったの。雅也君から初めての贈り物だった。このネックレスをプレゼントされるまでは彼の私に対する気持ちの大きさを知らなかった」
「初めて人を好きになった。それは燃え上がるような想いだったの。今までの自分が『恋』をしたことで変わっていった。どうしてあの時、彼の気持ちに応える事ができなかったんだろう? って考えたの」
「私自身が恋愛に対して興味を持っていなかったのもあるんだけど、十年も経ってようやく気づけた。私は今でも雅也君が好きよ。その気持ちは変わらない」
「でも、雅也さんは今は私とお付き合いしてるんですよ?」
「タイミングの問題ね。あなたがいなければ彼はきっと私の事を選んでいただろうし、何せ私は初恋相手なのよ?」
「それは昔のことじゃないですか。彼の気持ちが浅倉さんに向かう事はもう無いと思います」
「それはあなたの勝手な考え。こっちは九年も一緒の空間で同じ時間を共有したのよ。現に彼はそれで私に好意を持ったわけだし」
「それでもあなたは雅也さんの想いに応えなかった。それをあの人は今までずっと引きずって生きていたんですよ。今更彼を好きになっても遅いんじゃないですか」
そう。私と彼女との差は彼の想いに応えたどうかだけ──ほんの些細な事なんだろうけど、それが大きなファクターになっている気がします。
咲希さんがどんな風にあの人を想っていてももうすの「恋」が叶う事はないのだから。
「彼はどこにいるんですか?」
「探してみれば? まあ、もう遅いだろうけど」
咲希さんの言葉にぞっとした私は立ち上がって部屋の中を調べ始めました。必ず見つけて見せますからどうか無事でいて下さい。
不安がどんどん募っていく中で少しでも希望を見いだせたのなら私はそれを掴みたい。
一通り部屋の中を調べましたが彼の姿を見つける事はできませんでした……。唯一調べていない場所はトイレとお風呂場。私はまずお風呂場を探す事にしました。
電気をつけて中を見てみたましたが、そこには何もありませんでした。
「はぁ」とついため息が出てしまいましたが気持ちをリセットして今度はトイレを調べる事に中の電気は消えているので誰かがいるなんて予想できませんでした。
私は明かりを点けてドアノブに手をかけます──ちょっと不安な空気を感じ取り恐る恐るドアをゆっくりと開きました。
「これ……。何の臭い?」
ドアを開けると今まで嗅いだことのない臭いが広がってきました。思わず扉閉めてしまった私は中を確認する事ができませんでした。
一旦深呼吸してからもう一度ドアノブに手をかけて今度はさっと扉を開けました。
「なにこれ……」
目の前に広がる光景に声が出ませんでした。
私の愛する人が縛られた状態で便器の上に座らせられていました、早く解いてあげようと彼の様子を伺うととても疲れた表情をしていました。
トイレ自体は清潔に保たれているのですがこの何とも言えない臭いに不快感を抱きました。
目の前にいる人物が誰であるのかも気づかないほど憔悴しきっている雅也さんの両手を縛っている紐を解いて彼を解放してあげました。
それと同時に私は咲希さんに対する怒りの感情が湧き起こってきました。すぐに彼女に問い詰めたところ悪気もなく返事が返ってきました。
「彼の心はもう私のもの。快楽の虜になってしまったのだから」
「どういう意味ですか?」
「分からない? だったら教えてあげる。私へ雅也君とセックスしたの」
勝ち誇ったような表情で私にそう言うと咲希さんは今まで何をしていたのか語り始めました。
私が彼女の部屋を訪れるまでの間、二人は何度も体を重ねていたそうです。彼も最初は抵抗していたらしいですが次第に咲希さんを受け入れたそうです。
トイレの臭いは中で二人がエッチをしていたという証拠で、その他にお風呂場でも好意をしていたみたいです。
その状況を聞いた私は顔を歪めて彼女に対して激しい憎悪を抱きました。
咲希さんはセックスの様子を艶っぽく語りながら耳を塞いでいる私に現実をつきつけました。
語りぶりから察するに彼女が嘘を言っているようには思えませんでしたし、第一にトイレで縛られていた雅也さんの疲れ切った様子を見るとこの部屋で行われた事が全部事実であるというのが理解できました。
いたたまれなくなりすぐにでもこの空間から逃げ出してまいそうでした……。
でも。このまま彼を置いていけるはずもなく私は何度も名前を呼んで呼びかけます。
疲れ切っているのか反応が鈍くて本当に心配になります……。
ようやく私の姿に気づくと彼は大粒の涙を流しながら私に謝りました。
傷ついた心は癒えるまでに時間がかかりそう──それでも私が支えていこう。グッと拳を握り咲希さんの顔を平手打ちをお見舞いして彼を支えながらマンションを後にしました。
自分の足でゆっくりと歩く雅也さんに寄り添うと自然と涙が止まらなくなりました。
どうして彼が酷いこんな目に遭わないといけないんだろう? せっかく新しい「恋」に向き合っていこうと決めていたのに
二人が幸せになる為に用意された試練があまりにも酷な内容で私は「恋」の神様を恨みました。
ようやくまともに話ができるようになった時には帰りの電車を待つ駅の改札口でした。彼は何度も私に謝りながらなかなか帰ろうとしません。
そんな雅也さんを抱きしめて安心させます──人がいても関係ない。今は彼の傷ついた心をちょっとでも癒す事ができるのなら。
優しい手が私の背中をガッチリと挟み込みます。雅也さんは泣きながら感謝してきちんと話す事を約束してくれました。
自分が辛い状況のはずなのに私を気遣ってくれました。そんな彼の優しさを感じながら私は放っておけなくて結局、雅也さんのお家まで一緒に帰りました。
お母さんに何度もお礼を言われてもう遅いからと彼のお家に泊まっていく事になりました。着替えを準備してもらいお風呂で汗を流しながら今日あった出来事を振り返りました。
お風呂から上がり雅也さんのお部屋に入ると彼はベッドの上に寝転んでいました。
よっぽど疲れていたのでしょう着替えも済まさないままの格好で寝息を立てる彼のほっぺを優しく撫でてこれからはもっと私が側にいてもうあんな事がないようにしようと改めて決意したのでした。
「もう大丈夫だからね」