穏やかに過ぎゆく時
*
二年後
背筋が凍りつくような寒い季節はもうすぐ終わって春に向かう──いつもと変わらないはずなのにどうしてだろうか? 今年の春は何だかいつもとは違いワクワクとした高揚感を抱いている。
恋人ができて迎える何度目かの春、僕は彼女の事を大切にしたいと思った。あんな事があったと言うのに湊ちゃんは僕と一緒にいてくれている。
彼女を裏切ったこんな最低な自分が許せない……。咲希ちゃんと体を重ねて心まで虜にされていから普通の生活が送れるようになるのに随分と時間が経ってしまった。
その間に僕は篠宮家を何度も訪れるようになった、僕の家族にも湊ちゃんとの関係を気を遣う事がなく伝えることができていた、彼女がうちに来る度に母さんと何か話しているのを見かける。
兄ちゃんや母さんも湊ちゃんを気に入って新堂家の食卓には新しい食器が並ぶようになった、仕事を続けながら休みの日は恋人と過ごす時間を優先する。
今まで自分の事にあまりお金を使って来なかった僕が今では一人の人のために将来を考えるように変わっていった。
湊ちゃんの妹の夏帆ちゃんと一緒に三人で出かける機会も増えて自分が向こうの家族に受け入れて貰えているんだなってわかる。
月日が経って僕らの関係は一歩ずつ前進していく、もちろん喧嘩をする事だっているけれど、お互いの気持ちをぶつけって認め合うそんな仲になれた。
あれから僕は咲希ちゃんとは会っていない、もう彼女は僕の事を諦めてくれたんだろう。
僕の初恋の人、東京の街で<再会>した同級生は僕にとっては特別な存在だった。もしも、彼女と付き合っていたらーなんて言うことを考えてみることもあるんだけどそれはもう叶わないことはない夢想。
例え咲希ちゃんが僕を想い続けていたとしても僕の心がもう一度彼女に向く事はないのだから、春はいつだって新しい出会いを運んできてくれる、子どもの頃はそんな細やかな出来事に心を躍らせていたけど大人になるとそこまで感じなくなってしまった。
今度また湊ちゃんとデートをする約束をして僕は駅で彼女と別れる。アスファルトに視線を落としてズボンのポケットに手を入れてズンズンと歩いていく──家に帰るために何度も通っている道は最近新しい賃貸マンションができたりして風景も変わっていく。
田舎に住んでいた時は変わり映えしない景色を心に留めることなんてなかったんだけどね。都会は慌ただしいけどこれがこっちでは普通の出来事なんだ。
スマホで連絡先を開く──
【浅倉咲希】
──彼女の連作先をまだ消すことができずにいた、我ながらいつまでも未練がましい。いつもなら咲希ちゃんに関する全ての情報をシャットアウトするはずなのに。
友達の義之君も僕に気を遣って彼女の話題は出さないようにしてくれている、いい加減僕も咲希ちゃんの事を忘れなくちゃいけいない。
そうだ、僕の告白が失敗したあの日からずっとあの子の事は忘れていたじゃないか。
それでも心の奥底ではあの時の失恋を引きずっていた。
自分は変わったはずのにどうしてだろうか? 家に帰る途中に心地の良い風を感じる。
「……あのっ、すみません」
誰かに声をかけられて振り返る。
そう、これからまた一波乱が起こるなんて幸せの真っ只中にいる僕にわかるはずなんてなかったのだから。