「それじゃあ土曜日にね。楽しみにしてるよ」
「は〜い」
湊ちゃんとの通話を終えてスマホでネットワークブラウザを立ち上げる。
前までガラケーを使っていたとは思えない程今ではスマホを使いこなしている、始めて機種を変えた時はすごく感動した。
この便利さを知ったらもうガラケーに戻る事はできない、アプリとかをたくさんインストールしているわけじゃないからホーム画面に並んだアプリの数は少ない。
使い終わった後はクロスで画面を拭いていつだって綺麗な状態にしてある。
土曜日は湊ちゃんと過ごす約束。とても楽しみだ。先ずは篠宮家にお邪魔して食事をご馳走になり、それからは彼女が望むなら街へ出かけてもいい、家でゆっくりと過ごしたっていい。
どんな風になろうとも恋人と一緒にいられる時間は貴重なものでそれは大事にしていきたい。
二年経ったからと言って僕らの関係が大きく変わる事はない、逆を言えばしっかりと時間をかけて仲を深めていきたいと思う。
お互いが結婚意識し始めても恋人になった時みたいに仲の良い関係でいたい。
付き合ってから彼女の嫌な部分を知ってもそれでも僕の気持ちは変わらない。
第一に欠点の無い人間なんて実際にはいない。湊ちゃんだって僕に直してほしいところもあるだろう。マイナスな部分だけで彼女の全てが嫌いになるなんて言うのはありえない。
足りない分はお互いで補っていけばいい。結婚すれば死ぬまで同じ時間と空間を共有するのだから。
いつの日かどちらかが先に逝ってしまう日が来ると想像すると寂しい気もするけど歳を重ねてもいつまでも仲の良い夫婦でいたいな。
なんてね。まだ結婚もしてないのにそんな未来をイメージしたってしょうがないかもしれないけれど。
雅也自身は思い描く未来の形──それはほんの少しだけの穏やかな日々を愛する人と過ごしたいと言うものだった。彼の人生において今まで幸福感を覚えるような事は少なかった。
若いうちは苦労をしろというけれども、そういった痛みや辛さを耐え抜いても報われない事だって少なからずある。
人生は理不尽の連続ばかりで心が休まる暇はない。それでも、ちょっとずつでもいい、小さな幸せをを感じていたいそう願うのは人間心理じゃないだろうか?
今まで報われない日々を過ごしてきたのなら今だけは幸せでいたい。二人の未来はまだ始まったばかり、これからどんな困難が待ち受けているのか予想はできないが、それを乗り越えていってほしいと思う。
*
デートプランの計画を練りながらベッドに寝転んだ。明日は湊ちゃんに楽しんで貰えるようにしたい。もちろん僕自身が楽しむ事だって忘れない。
恋人ができてから一緒にいる時間は何よりも大切で今まで誰かとの時間を優先したことのない自分がこんなにも変わるものなんだなって改めてそう感じる。
僕ができる事は目一杯の愛情を注いであげることだ。自分の気持ちに正直でいよう、こんな僕を好きになってくれた彼女に最大限の感謝の気持ちを持ちながら眠りについた。おやすみなさい、また明日。
**
“綺麗で儚いもの”
一年前
十二月
東京の冬は厳しい寒さが続いていた──私は背中を丸めながら白い息を吐く、仕事帰りの電車の中は想像していた以上には混んでいなかった。
(忘れられない)
胸元に輝く白銀のネックレスはあの時と同じように変わらない色を出していた、あんな出来事があってから私は彼に会っていない。
雅也君と体を重ねた日の事を思い出して自分を慰める毎日。初めての「恋」を諦めきれない私は日々悶々とした感情を募らせていた。
夢の中で昔の自分と彼が何か話をしている──当時の自分は雅也君の事なんてどうでも良かったし正直あまり好きじゃなかった……。
こんな夢を見ました。
次は誰かの視点で私の姿が何度も映し出された、夢の中の自分は泣いたり笑ったり感情豊かに振る舞っている。
視点の人物は私に気がつからないように視線をおくっていた。そう、これはきっと彼から私をみたイメージなんだろう。
どうしてこんな夢を見るのか自分でもわからないけど、夢は何かを伝えようとしてるんじゃないかと思う。
走馬灯のように私たちの思い出が駆け抜けていく──雅也君からみた私は笑顔がチャーミングな女の子だった。彼は私の笑顔に惹かれたと言っていたのを思い出す。
好意を抱いてからは日に日に私へ向けられる視線が増えてくる。私に感づかれないように気をつけながら真剣な眼差しは一人の女の子に注がれていた。
こんなに想ってもらえてたなんて知れて泣きそうなくらいに嬉しい。中学生になった頃、彼は何度も私に告白しようと行動をしていた、kれど、なかなか上手くいかず時間だけが過ぎていった。
卒業式を間近に控えた時期に彼はようやく今までの自分の気持ちを伝えようとペンを握った。
手紙なんて初めて書くのか随分と苦戦している、周りくどい言い回しじゃなくて純粋に好きだと言う想いを片思いしている相手に伝えようと決心する。
そう、この時はまだ彼の片思いでー。この時は本当に私のことを好いていてくれたんだなってわかる。書き上げた手紙の文章を読み返してから便箋を綺麗に折って封筒に入れた。
デジタルな文化が普及して来た中で敢えてアナログなやり方を選んだの。返事が来るのを待ちながら私への想いを再確認する。
今度は自分の視点になる。お母さんからまさやくんから届いた手紙を受け取って部屋に戻る私の姿が映る。
もしもこの時にあの手紙にきちんと返事を書いていたなら未来は変わったかもしれない。
胸がキュッと締めつけられる。
……息がするのも苦しいくらい。夢の中でもしっかりと身につけている白銀色のネックレスの輝きは自分の今の気持ちを表現していた。
夢の中で大きな声で叫ぶ! それでももちろん彼女には届かない。
(お願いだから気づいて! その手紙にちゃんと返事をしなくちゃいけないの!)
そこで途切れるように空間は切り取られる、次に私が立っていたのは雅也君と何度か行ったことがあるあの公園だった。
雪の中で必死に何かを探している彼の肩にどんどん雪が積もっていく。
『この雪の中で本当に見つかるのか?』
指先を真っ赤にしながら地面に積もった雪を掘っていく。
私にプレゼントしてくれたこのネックレスを探すのにこんなに頑張ってくれたんだ。
この後、雅也君は風邪を引いちゃって私は罪悪感に押しつぶされそうになる……ちなみにこの時の私は彼への想いにまだ気づいていない。
ちらつく雪と凍えるように冷たい風が吹く中でもたった一つの物を探し続ける。
『こんなとこに引っかかってたのか……。どうりで見つからないわけだな』
ネックレスは枝に積もった雪の下に埋もれてて、しかも枝先に引っかかって目立たないようになってた。
すっかり冷え込んできたのなんて気にもしてないかのように雅也君は走り出した。
そこで夢は終わっちゃった。
彼が今までどう言う風に私のことを好きになっていったのか過程を辿っていく形になり、今までは知る事ができなかった想いが分かった。
知ってしまうと今の現実を受け入れきれず泣いちゃいそうになる。鈍感すぎたんだ私……。
「恋」に興味を持たず好きな人もいなくてずっと過ごしてきた。初めて好きになった人はあんなに前から私をー。
今はあの頃の雅也君と同じで私は片思い中。でも、彼は別の子を好きになってその子と恋人になった。
もっと早く気づいていれば……。胸が裂けそうになる辛くて苦しい感情、もうあの人は私を見ていない。それでも諦めきれない。
冬はまだ終わりそうにない。巡り来る季節の中で紡がれていくのは愛する気持ちだけ。
もう一度あなたに会うために私ができることはー。
雅也と湊と咲希の物語はめぐりめく季節のように移ろいで終結部へ向けて動き始めるのだった。