「それで? 私に用って一体何なの? 明日奈の方からなんて珍しいじゃない」
二人は部屋の中で向き合う。大学時代からの友人の急な用事に咲希自身は少し戸惑ったけれど明日奈の事を信頼していた。
「あたしね、彼に会ったんだ……」
「彼? それって誰のこと? 私の男友達を明日奈に紹介したことあったつけ」
目の前にいる明日奈は表情こそいつも通りだが、何となく普段と違った感じがした。
「あんたには心当たりがあるんじゃない? 出なくちゃ流石に鈍すぎると思うけど」
「誰だろう? もしかして義之君? じゃないよね。私が義之君の話を明日奈にしたことは一度も無いし、私の友達だよね? うーん誰だろう。大学の頃の仲良くしてた人なんてそこまでいたわけじゃないんだけど」
「本当にあたしの口から誰か教えてもいいの? それで咲希は冷静にいられるのかな」
やっぱり普段の彼女とは違う雰囲気に咲希は違和感を覚える。今までずっと友達として接してきたけれどこんな明日奈の一面を見るのは初めてだった。
「鈍いのね。まぁいっか。それじゃあ教えてあげるわよ。あたしは【新堂雅也】君と会ってきたの」
「……えっ?」
明日奈の口から意外な人物の名前を聞かされて驚く咲希、雅也の事は彼女にも相談したけど、どうしてわざわざ会ったと言うことを強調させているのかわからない。
「あたしなりに色々とやってみたんだけどダメだった。彼ね、思っていた以上に意志が強いわよ。もう咲希が付けいる隙なんてないくらいにね」
「ちょっと待って! 何を言っているの明日奈……。雅也君と会ったってどういうこと?」
「言葉通りの意味だよ。あたしはあんたたちの関係に興味あってね。それでその中心人物である新堂君と会って話をしただけ」
「……私たちの関係? それってどういうことなの」
「目的があるって言うのかな。今まで咲希と仲良くしてたのにはちゃんとした理由があったのよ。それを今更言ってどうなるかなんてあたしが知ったことじゃ無いけどね」
「何を言ってるの。明日奈の言ってる事が何一つわかんないよ!」
「真実を知っても咲希はこれまで通りにあたしの友達としていられる? 色んな人を見て来たけど人間関係っていうのは案外あっさりと崩れるものよ。そして一度壊れてしまったら修復するのには難しい。まぁ、あんたが知りたいって言うのなら教えてあげるわ」
「あたしは今までずっと咲希を欺いていた」
「えっ?」
「大学で初めてあんたの事を見た時はただの興味の無い相手でもあった。初めは眼中に無かったのよ。何となくのその時の気分で咲希に話しかけた、あたしの好奇心をそそるような相手じゃ無いのならすぐに関係を切ればいいと」
「それで自己紹介した【久我山明日奈】ってね。でもこれはあたしの本名じゃない、久我山明日奈って名前はね、当時あたしが演じてた舞台女優の名前なのよ」
「咲希には言ってなかったけどあたしは大学は演劇を専攻してたんだ、学部が違うから普段はあんたとの直接的なやり取りが少なかったから素性を知られる心配もなかったしね」
「役作りをする上でそのキャラクターになりきるっていうのは重要な事なのよ、だからあたしは咲希の前では明日奈を演じ続けた。そうすることであんたはあたしのことを疑いもせずに友達として接してくれる」
「そうやって関わっていくうちに興味深い話を聞くことができた。【浅倉咲希】は男に興味がないって、最初はどうしてなんだろうって考えた、思えばあんたはあたしがセッティングした合コンにも来る機会はあまりなかったし男性に対してトラウマでもあるんじゃないのかって」
「大学四年間でその理由を知る為に近づいた。けれど、そう簡単にはいくはずもなくて咲希がなかなか理由を話さないことに苛立ちを覚えていた。結局【久我山明日奈】としての舞台は成功したけど、あたし自身が納得するようできじゃなかった。他の連中が手放しで喜んでいるところを見て冷めてたのよ」
「それからあんたが東京で働くって聞いてチャンスだと思った。偶然にも東京にある劇団からスカウトの話が来ててね。あたしの舞台での演技を見て惚れ込んでくれたらしいのよ」
「明日奈としての舞台は終わりを迎えたから新しく演じるキャラクターを探さないといけない、そんな事を考えていた頃に咲希から新堂君の名前を聞かされた」
「【浅倉咲希】に告白した唯一の男、あたしが俄然その存在が気になった、そして丁度いいタイミングで劇場から新しい舞台の設定から演出まをあたしにやらないか? っていう話が来たの。普通の舞台じゃ観客は満足しないし、何よりあたし自身が納得できるようなものを作り上げたいと思うようになった。そこで注目したのがあんた達だったのよ」
「私たち? たちってことは他にもいるってことだよね」
「正解、あんたと雅也とそしてその恋人。三人の三角関係を聡明に描いた舞台にすればきっと大きな反響がある。だからあたしは主役の一人である彼に直接会ってみようと考えたのよ」
「私たちの今の関係をお芝居にするつもりなの」
「そうだよ。それがあたしの目的、だから咲希と今までずっと仲良くしてきたあんたを近くで見れば演じる時に役に入り込めるからね。この舞台はあたしにしか作り出せない。三人の複雑な関係を描くことでリアリティも打ち出せるし」
「酷い……それじゃあ今まで私の相談に乗ってくれてたのは全部その為だったんだ」
「親しい関係の方が分かることもあるからさ、何も疑わずに接してくれてあたしは楽だったけどね。咲希の友達の【久我山明日奈】を演じていれば良いわけだし」
「!」
「怒った? そういう生々しい感情をみせてくれていいんだよ、そうした方が役を演じる時に幅も出るし」
「良い加減にしてよ! どこまで人を馬鹿にすれば気がすむの! 人の失恋を利用するなんて信じられない」
「あれ? 『恋』は諦めるつもりはないんじゃなかった?」
咲希は怒りを抑えきれず明日奈の顔を思いっきり引っ叩く。それでも彼女はその行為でさえ自分が【浅倉咲希】を演じる為の糧にしてしまいそうだった。
信じていた友達から受け入れがたい真実を聞かされた咲希は放心するしかなかった。
結局、目の前の人物は【久我山明日奈】を演じているだけに過ぎなかった。今までゆっくり育んできた人間関係は彼女の言うようにあっさりと崩れ去るのだった。
明日奈は咲希に真実を伝え、自分たちを主役とした舞台を完成させると意気込みそこに本当の彼女の姿が初めて見えた。
心の支えすら失った咲希はひとり部屋の中で呆然とするしかなかった。