「もう一度でいいからあなたに会いたい」
咲希ちゃんから受け取ったメッセージを僕は久我山さんと対峙する為の材料にしようと考えていた。
あの子から彼女へ連絡を取ってもらい僕の方からきちんと気持ちを伝えよう。
久我山さんの夢見るような物語に付き合う気はさらさら無い。僕はこれからの人生を湊ちゃんと一緒に歩いて行く──だからこそ、僕たちの「恋」の障害になるべき事象は取り除いておかないといけない。
その為に咲希ちゃんを利用するんて我ながらずる賢いとも思うけれど手段を選んではいられない。
今まであの子との関係が停滞し続けて来たのは僕の責任でもある。目先の幸せにとらわれて物事の本質を見てなかった。
心の中でだけ決意をするのはもうやめだ。一旦深呼吸して僕は咲希ちゃんへ電話をかける──どことなく緊張しているけれど、ちゃんと話そう、彼女だって友人に裏切られてショックを受けているはずだから協力してくれるだろう。
もしもダメならその時は久我山さんの連絡先だけ聞いて後は自分で何とかする。
呼び出し音が三回なる前にお目当ての相手は電話に出た。
*
「電話?」
放り投げているスマホが着信を知らせる、仕事以外で電話をかけてくる相手なんて限られている。うんざりしつつ画面に表示された通知を確認した。
【新堂雅也】
彼の名前──私は一度気持ちを落ち着かせてから電話に出る。
「もしもし、僕、雅也だけど今話しても大丈夫かな」
「うん、大丈夫だよ」
私の唯一の希望。彼の声を聞くだけでちょっぴり元気になれた。スピーカーフォンにしてテーブルの上に携帯を置く。
「それなら良かった、あのさ、咲希ちゃんに頼みたいことがあるんだけど」
「頼みたい事? 何かな?」
今まで彼が私に頼み事なんてしたことあったかなあ。力になれると思うと何だか嬉しく感じる。
「ちょっと言いにくい事なんだけど……。協力して欲しいことがあるんだ」
「協力? それって私じゃないとダメなの?」
「そうだね。できればで良いんだけど、無理かな?」
「ううん、私でも力になれることならいいよ。それで? 協力して欲しいことって何かな?」
「うん、実はさー。咲希ちゃんは久我山さんの連絡先って知ってるよね? 僕は彼女に会いたいんだ。今までの事をきちんと話しておこうと思ってる」
雅也君から意外な人物の名前を聞かされた──あの日の出来事以来私は明日奈に会っていない。
私が知っているあの子が実は全て演技で本当の自分すら見せていなかった。
友達だと思っていたのに裏切られた。明日奈は私たちの恋物語を舞台にして演技をするらしい。その為に私の事をずっと観察してたなんて……。
その言葉すら本心なのか分からないけれど、一つ言えるのは彼女にとって私は取るに足らない存在だったってこと。
それが悔しくて涙が枯れるほどに泣いた──でも、失恋よりは辛くない。好きな人と結ばれない運命の方がもっと残酷で厳しい……。
「咲希ちゃんも辛いだろうけど僕は決めたんだよ。これ以上恋人を悲しませるわけにもいかないからね。僕がはっきりと自分の意志を伝えて彼女の馬鹿げた舞台劇になんて付き合う気がないって言う」
電話越しからでも雅也君の真剣さを感じ取れた。正直私もあの子に言いたい事はある。だけど決心がつかないでいた。
「もしも無理なら連絡先だけ教えてくれたら後は僕一人でなんとかするよ」
「私の気持ちもちゃんと考えて答えをいくつか用意してくれてるんだね。本当に優しいね」
この優しさが私に向いていないのが本当に辛くて胸がいたい……。やっぱり私は「恋」を諦める事なんてできない。
ずっと想い続ける、いつの日か叶う日が来るのを待ってる。
彼の提案を受け入れて私は雅也君と二人で明日奈と会うことにした。携帯からあの子のアドレスへメールを送った。
正直返信が来るかはわからないけど、ちょっとは良い方向へ進めば良いなぁなんていう淡い期待を抱いて返事を待った。
私が想像していたよりも早く明日奈からの返信は来た。彼女自身舞台を完成させる為に私たちに会う目的があるらしい。
雅也君からの提案だと言うのは黙っておいて私は嫌味の一つでも言ってやろうと思った。すぐに会う約束をして私は再度彼に連絡をする。
本当の【久我山明日奈】がどういうひとなのか興味がある。どんな性格でも演じることのできるあの子がこれまで見せてきた演技は女優賞並み、だけど、そんな筋書き通りにはいかない。
ひとりじゃ勇気が持てないけど、彼がいてくれる。
誰かが認識できる、連続した音の並び──メロディは綺麗な譜面に新しい音符を載せていく。終曲へ向かって激しく情熱的に旋律を奏でていくのでした。