「久しぶり、二年ぶりかな」
「……そうだね」
会話とは思えないほど短いやり取りを終えた僕らは並んで歩く。いつだろうかあの頃、僕が憧れていた情景。
咲希ちゃんと一緒に同じ時間を過ごして、どちらかが先に逝ったとしてもお互いを想いあって生き続ける。
昔の僕がずっと望んでいたこと──中学生でもそんな未来を思い描いていたんだな。
状況は変わってしまった。もう当時のように
歩くスピードを彼女に合わせて横に並ぶ──照れたように隣ではにかむ咲希ちゃんと目を合わせずに前だけを見続けた。
この笑顔は僕のものじゃない、いつか彼女が心から好きだと思える相手に向けられるべきだと思う。
二人の間に沈黙が続く──もうあの頃のような関係に戻る事はできない。そう思う度に咲希は胸に締め付けられるような痛みを感じる。
ただの同級生という間柄なら今この瞬間でさえ気兼ねなく会話をして笑い合うそんなささやかな日常を送れるのを夢見ていた。
*
「待ち合わせ時間ぴったりだね。そういうとこは相変わらずね」
短い髪が風に揺れた──まるで観客席からステージを見ているような感覚を覚える。
この子【久我山明日奈】はそれを“意識"せずにやってのける舞台女優。
独特な空間に引き込まれてしまう。
咲希ちゃんの真っ直ぐな視線が向けられる──ピリピリとした空気に胃が痛くなる……。
「咲希と君が一緒なんてね。でも、二人だけなんだ」
表情すら変えずに淡々と言う久我山さんは僕が連れてくるのを期待してた「誰」かの存在を探していた。
「正直いまだに明日奈があんなことをしたって信じられないけど、私はずっと友達だと思って接してきた。それは明日奈も同じだって」
「あたしの本来の目的を教えてあげてもそう思えるの? あたしはあんたを利用したんだよ。自分の舞台を成功させるために。大学からの付き合いだけど本当に気づかなかいほど鈍感だったとはね」
咲希ちゃんの大学生時代なんて想像も湧かない僕が社会人として色々大変な思いをしている中で彼女達はキャンパスライフを楽しんでいたのかもしれない、高校時代は大学に行ってみたいとも思ったけれど、お金がかかると言うのを理由に断念した……。
咲希ちゃんは進学校に通っていたし大学へ進学するのは当然の選択肢としてあったんだろうな、僕は高校を卒業してからは外の世界の厳しさを知っていった。
今でも仕事は緊張して吐きそうになる時だってある。普段はそれを見せないように振る舞って入るけれど、無理をしているのには違いない。
「君がどう考えて行動したかは知らないけど、それで咲希ちゃんは傷ついた、本当の友達ならそんな酷いことやるのはあんまりじゃないか」
「あら、あなたがそれを言う? 咲希が悩んでいる理由の一番の原因なんなのにね、この子が恋愛で四苦八苦するところなんて大学時代じゃ見れなかったから貴重だったよ。あなた達が何を言ったところであたしの決意は揺るがない、この舞台は絶対に成功させるわよ。その為にやれることはやってきたつもりだし、今更辞めさせようとしても無駄だから」
「でも役者が一人足りないわね。新堂君の彼女、その子とはまだ会ったことがないから演じる時のイメージが湧かない。それだけが引っかかってる」
久我山さんの意志は固い。僕らが止めるように言ったところで早々に揺らぐようなものじゃない。けれど、これ以上は流石に我慢できない。
僕はらしくもなく激しい口調で久我山に噛み付いた。まるで動じていない彼女は相変わらずの鉄面皮でこっち出方を伺っている。
僕らの関係は彼女が想像するような簡単なものじゃない。咲希ちゃんの想いを受け入れないって事、それで苦しんでいたとしても僕が自分で決めたんだ。
片思いの辛さと切なさを知るべきだと思うから──あの日の自分を思い出す。僕はずっと一人の女の子が好きだった。
それはもう過去の出来事、今は大切にしたいと思える子がいる。
「例え君が僕たちの恋愛を演劇にしたとしてそれが成功するとは思えない。何かを犠牲にしてまで得た結果が必ずしも正しいわけじゃないんだ。現に君は咲希ちゃんとの友情を代償にして何か得たものがあったのか?」
「それはあたし自身が決める事だね。あなたに何を言われても関係ない。咲希との友情を大事にしてあたしが欲しかったものが手に入るとは限らない、それに、人間皆何かを犠牲にしてるものだよ。自分にとってマイナスな出来事に遭遇しない方が稀でしょう。綺麗事だけじゃ現実は生きていけないのよ」
そうだとしても今まで友達として関係を築いてきたひとに急に裏切られたらどう感じるんだろう?
咲希ちゃんは顔にこそ出してはいないけれど、きっとすごく悲しんで苦しい思いをしたに違いない。
僕にとって彼女は友達だから自分ができる範囲でなら助けてあげたい。
それで咲希ちゃんの僕への好意が高まったとしても自分自身の本心はもっと心の奥の大事なところにあるのだから。
「あたしはこの舞台は成功させるつもりだよ。完成したらあなた達にも見せたいわね。まあ、あと一人の人物に関する情報を得ないと不完全燃焼な気もするけど、今日は新堂君が彼女を連れてこなかったのは想定外。着実に準備を進めてたのにそれが崩された。あなたの彼女に会ってどう言う人なのか分かれば演じるのに苦労はしないから」
「この舞台を演じれるのはあたしだけ。他の人には絶対に無理だと思うわ。今まで一人で複数の役を演じる事が多かったから何の躊躇いもない、新堂君役の子にはしっかりと演技の指導はやるつもり」
「舞台を止めようとしても難しいみたいだね……」
「そうね、もう色々と準備は始まっているから今更止めるなんて言うのはできない、変えの原稿を準備するのも大変だしね」
「だけど、君の演劇は大成功するとは思えない。だって肝心なものが欠けているんだから」
「あら? 演劇の素人のあなたに一体何がわかるのかしら? 言っとくけどあたしはずっとこの道を進んできたのよ、あなたが想像しているようなチープなものじゃない。言葉だけで一体何が評価できるのかしらね。まあ、実際にあたしの舞台を見ればそんなことは言えなくなると思うけど」
そこまでに自信を持っているのか。今日は湊ちゃんをここに連れてこなくて正解だったかもしれない。彼女がどんな風に僕らを演じるにしてもそれはただ【新堂雅也】の表面上をなぞっているに過ぎないのだから。
他人が誰かを演じるのと本人が直接やるのでは大きな差がある。
久我山さんはどんな性格でも演じきれるんだろうけどそれを見て僕らをモデルにしている事に気づく人がどれくらいいるかだ。
他人の目からフィルター越しに見た人物像と実際のイメージがかけ離れていたらそれはただの写身でしかない。
彼女が言う舞台がどの程度のレベルのものかは計り知れないけれど、彼女は大事な事を見失っている気がする。
僕らの考えは平行線──いくら頼んだところで久我山さんの決心が揺るがないことがわかった。僕と咲希ちゃんは止めるように何度も頼んでみたけど効果はなかった。
結局大した収穫も得られずに帰る時間になる、僕は咲希ちゃんをマンションまで送り届けて今日の会話を湊ちゃんへ報告した。
着々と進む恋愛劇の舞台の幕が上がるのを静かに待つしかできないでいた。