今回の件に関わりのある人物は全員揃った。僕らは会話するような雰囲気じゃ無い事を察してかお互いに何も喋らずに目的地へ向かう。
(今日で最後にしよう)
何度も心の中でそう言って僕は改めて気持ちを整理する、いつまでも後回しにしておけない問題、解決するまで時間がかかったかもしれないけれど、僕のこれから先の未来の為に放っておいちゃいけない。
待ち合わせ場所について一度深呼吸──久我山さんはまだ着いていないようだ、スマホで時刻を確認する待ち合わせ時刻よりもと五分程早く着いていた。
たったの五分と言う短い時間なんだけど僕たちは何も喋らずに彼女が来るのを待つ。
「みんな先に着いてたんだ。っと言ってもあたしも時間ぴったりだから問題ないはずだけど」
時間丁度にやってきた彼女は僕たちが揃っているのを確認するとちょっと人気の少ない場所へ移動した。
「それで、今日は一体何の用があるの? こう見えてあたし暇じゃ無いんだけど、あなた達に付き合うのもこれっきりにしたいわね」
久我山さんの友達だと言うのに咲希ちゃんは何も喋らない、そんな状況を見かねて僕が先に声を出す。
「それはこっちのセリフ。君との縁も今日で最後にするつもり、どうして僕たちが集まったのかは分かるだろう? 君がこの間言ってた劇の事だ。あれを辞めてもらおうと伝えに来た」
「今更ね、もう舞台の準備は整っているの。新しいものに変えることなんてできないわ。それともあなたが何かアイデアでも出してくれるのかしら? 演劇素人にまともなアイデアが浮かんでくるとは思えないけど、あたしを納得させられるなら聞いてあげるわよ」
「アイデアなんかはない。けれど、無理なら実力行使もやむを得ないと思っている。僕らはただ、平穏な日常を過ごしたいだけなんだ。それを邪魔する権利は君にはないはずだ」
「実力行使ねー何をするつもりなのかしら?」
「それは今日の君の出方次第だ。素直に辞めてくれるなら大事にはならないはずさ」
この話し合いをする前に僕は久我山さんの事を調べた──彼女は舞台に出ているということで見つけるのには苦労しなかったけれども、名前を変えている事が多くて本人かどうかの確認を取るのに手間取った。
僕が考えている策と呼ぶにはチープな内容かもしれないけど、彼女が所属している劇団に直接乗り込むというものだ、初めからそういう選択を選んでおけば良いんだろうがあくまでも最終的な手段にしておきたかった。
誰かに迷惑をかけずに事態が終息するのならそれに越したことはない。
【久我山明日奈】と言う人物の社会的評価を下げるというものだ。
正直こんな卑怯な事をやるのに躊躇いがなかったのか? と言われると胃が痛い……。
けれども、何か派手なアクションを起こさないと一筋縄にはいかなそうな予感もした。
「あたしは最高の舞台を目指しているだけ。あなたちにこの気持ちがわかるはずがないと思う、今回の作品はあたしの全てをかけて挑むのだから」
僕らの意見は絶えず平行線、咲希ちゃんも久我山さんに対する不満をぶつけていた、友達に対して酷い言葉を言うのは彼女も辛い事だろう……。
だけど、いい加減僕らの関係を終わらせる為にもここが正念場だと思う。今まで黙っていた湊ちゃんが急に声を出した。
「あの、私は自分がこの場所にいるのが何だか場違いな気がしてならないんですが、それでも、言わせてもらいます。久我山さん>でしたっけ? あなたはそうやって誰も信頼せずに自分だけの意志を突き通してお芝居したって人の心に響とは思えません」
「あなたからすれば素人の些細な意見かもしれません。それでも、私にはあなたがやろうとしている事がおかしいと言える勇気があります、誰かを不幸にして作り上げた舞台なんて見る人に感動を与えるのは無理じゃないですか。あなたはなんの為に劇場に立っているのですか?」
湊ちゃんの想いは至ってシンプルなものだ、久我山さん自身が何の目的の為に演じ続けるのか? 今まで本当の自分すら他人に見せてこなかった彼女が作り上げるお芝居が人を魅了するものとなるのだろうか?
不意をつかれたような顔をして僕らの間に長い沈黙が訪れた。きっと彼女は今までの人生を振り返っているところだろう。
僕は久我山さんがどう言う人なのかは知らない、彼女が歩んできた人生を理解するきっかけなどない。
「誰かの為じゃない、あたしが満足したいから演じ続けるただそれだけの事よ」
「本当のあなたはどこにいるのですか? 私の前にいる【久我山明日奈】は女優が演じているだけのひと、自分が何者かすらわからなくなってるんじゃないのかな」
「違う! あたしは久我山明日奈それ以外の誰でも無いわ!」
長年演技を続けてきた彼女に今の自分を否定するのは簡単な事じゃない、本当の自分すら見失っている子に良い演劇が作れるとは思えない。
「君自身が今まで自分に向き合って来なかったのがこう言う形で現れているのだろう。本当の君は誰なんだい?」
「明日奈……。大学からの付き合いだけど貴女は私の前でずっと演技をしてたわけね、それに気づいたのはこの間、ようやく分かった」
「何がわかったって言うのよ! 咲希! 勝手な事言わないで」
「明日奈は自分と向き合うとこから逃げているだけ、誰かを演じていれば本当の自分と向き合わないで済む。だからその度に名前を変えて心も隠し、本心を悟られないようにしてたんだ。だけどね、いつまでもそのままじゃいられない、辛い事や悲しい事と向き合っていかなくちゃいけないの、私だってそう……」
一瞬だけ僕に視線を送ると辛そうな表情すら見せずに久我山さんに感情を爆破させる。
咲希ちゃんだって辛い経験をしたんだろうな、僕は口を挟まずに黙って彼女の言葉の一つ一つを聞く。
「あの時ずっと言いたかった言葉がようやく言える。もう私達に迷惑をかけないで! 貴女に振り回されるのはウンザリだよ」
咲希ちゃんが久我山さんの側にまで寄る──僕には右手が動くのがわかった。
平手打ち。久我山さんは叩かれた箇所を手で抑える、ずっと溜め込んでいた咲希ちゃんの怒りの感情、湊ちゃんと言い争いをしてた時とはまるっきり違う本気の態度。
咲希ちゃんがこんなに怒っているのを僕も見た事がない、まあ確かに彼女がしてきた行いを考慮すると妥当なんだろうけど……。
痛みを知って初めて分かる気持ち──明日奈にとってそれはこれまで体験した事のない感覚だった、本当の自分と向き合う事から避けてきた明日奈に、咲希の想いは本人の予期しない形で伝わる。
「もう一度ちゃんと考えてみる。あたしが本当にやりたい事は何なのか? ってね、まさかあなた達に教えられるなんて思わなかった。安心して。もう咲希達を題材に舞台なんてやらないから、あたしはあたしが納得できる形でお芝居を続けていきたい。そしていつかはみんなを感動を与えるような作品を作ってみたい。これから一から始まりね」
まるで憑き物が取れたかのような表情をすると久我山さんはこれまでの事を謝罪した。
誰かを許すと言うのは心にゆとりのあるひとにしかできない。だから僕は彼女を許そう。隣にいてくれる湊は優しく笑いかけてくれた。この笑顔に報いる為に僕がやるべきことは──
加速する調は譜面にメロディを紡いでいく、そのノクターンは自由で月明かりの照らす窓ぎわに静かな曲を奏でていた。