胎間忍 作:内府
織田軍の急襲を報せた侍が長政の命を伝えに寝所を後にした。
寝所に長政が1人になった頃を見計らいアサギ達が天井から音もなく舞い降りた。
長政は彼女達の忍びとしての高い実力を見せつけられ、忍びの能力に底知れないものを感じて驚いた。
長政「そこで、聞いておったのか。」
アサギ「はい、これより始まる織田との戦での浅井様のご武運をお祈りします。」
長政「なに、尾張の者共に近江侍の戦ぶりを見せてやるだけのことよ。それよりその方らこそ戦が始まる前に城から出してやることができずすまぬことをした。」
アサギ「いえ、生きて務めを果たすのが忍びの本分でございますればここから先のことは我らにお任せください。」
アサギは長政にこのように答えたが現実問題として織田の包囲網を突破しなければならない。
城攻めの最中女5人で迫り来る敵を躱して城の外に無事に脱出することは困難に思えた。
アサギは自分が選んだばかりにその者が敵に殺されるかあるいは死ぬよりも酷い凌辱を受けることは何としても避けたかった。
しかし、この問題の解決策がアサギには浮かばず、ムラサキ達の近い未来を考えると表情が苦いものになっていく。
長政はそんなアサギの表情を見て申し訳なく思った。
長政「織田との戦闘に力を注がねばならぬが儂にできることがあれば何でも申してくれ。」
長政の気持ちはありがたかったが状況は改善しない。
凜子は自分達の身を案じて苦しんでいるアサギの力に何とかなってやりたいと思った。
ムラサキやサクラそしてユキカゼも同じ思いであったが彼女達の考えでは自分が死んでもいいからアサギ達を守るという捨て身の策しか出てこず早々とその覚悟を決めた。
凜子は誰かが死んで生き残った者がそれを悲しむ姿を見ずにすむ方法はないかと考えこの依頼に関連する浅井家、織田家、巷の噂といった知識から何か使えるものはないかと必死に解決策を模索した。
凜子が妹弟子のユキカゼが自分達の盾になって死ぬ場面を想像したとき、織田と浅井の関係のことと結びついて一つの策が閃いた。
凜子「妹…妹、そう妹です!」
突然叫びだした凜子に皆が驚き、凜子に顔を向けた。
アサギ「凜子、どうしたのですか?いきなり妹だけでは分かりませんよ。何かおもいついたのですか?」
この苦境を乗り越えるために藁にもすがる思いで凜子に尋ねた。
凜子「失礼ながら、浅井様の奥方はお市の方でよろしいですね?」
長政「ああ、儂の正室は市じゃ。今は家中の者であれに手を出す者がいるやもしれぬので地下牢を改装したものに匿っておる。」
凜子「分かりました。私めに一つ策がございます。」
そう言うと彼女は自分の立てた計画を打ち明けた。
彼女の計画とは、浅井長政の正室お市の方を実家に帰すことであった。
お市の方は織田信長の実の妹でたいそう仲がよく、織田の信頼の証として浅井家に嫁いだ。
浅井家の離叛後も長政を慕い、浅井家に残っていた。
そのお市を織田に返すというものであった。
この計画の肝はその返す時と返し方であった。
お市を返す時は小谷城の大半が占拠され敵が山頂付近に集まってきた頃を狙う。
この瞬間は戦闘範囲が山頂付近に狭まり、包囲網も小さくなる。
反面この際の包囲網は密度が高く発見される確率も高かった。
そのため、返し方にも注意する必要があった。
お市を返す際に長政自身が呼びかけ可能ならば信長を引きずり出し直接返すというものだった。
これにより一カ所に両軍の大将が集まり、両軍の視線が集まることで隙を作るというものであった。
凜子「以上が私めの策でございます。」
凜子の策を聞きアサギは皆の安全性を高めることができ安堵し、ムラサキは後輩の成長を喜び、サクラは自分では思いつかない知略に感心し、ユキカゼはこの人のようなくノ一になりたいと憧れを持った。
長政はこの策を発動させる時について思案を巡らしている。
長政「この策を発動させる時は儂が決めてもよいか?」
凜子「はい、お任せいたします。」
長政はこの時、戦国大名として非情の選択を下した。