胎間忍 作:内府
長政に突き飛ばされたお市は両脇から兵士に連行されて京極丸に入った。
お市は振り解こうともがくが女の細腕では2人の侍に敵うわけがなく、京極丸に入りとある一室の襖の前に連れて行かれた頃には大人しくなっていた。
お市が襖を開けると中には侍女らと3人の我が子がいた。
茶々、初「ははうえ~」
茶々と初はお市の元に寄ってきた。
2人とも明るく振る舞っていたが母親と逢えず、敵が迫ってくるのはかなり心細く、こうしてお市を目の前にすると堪えられなくなってお市に抱きついた。
最愛の夫が自分の元から去って行きお市と長政が繋がった証はこの娘達でしかなく、久方ぶりの再会にお市は素直に茶々と初を迎えた。
侍女達も涙を流して再会を喜んでいるが、一人だけ初めて見る顔があった。
響子「お初にお目にかかります、お市の方様。長政様の側室をしておりました、響子でございます。これより貴女様の侍女の一人として誠心誠意お仕えします。」
そう言うと響子は深々と一礼する。
長政がいれば、響子にお市は嫉妬していたかもしれないが今の響子はお市にとって長政との深い関係にあった人物なので彼女を大切にしなくてはならないとお市は思った。
お市「私がお市です。長政様が貴女を私の元に遣わして私に貴女のことを託されたのであれば、私は貴女を歓迎します。」
そう言ってお市は響子を快く受け入れた。
響子は一通の文を取り出しお市に差し出した。
その文は長政が自分の前で織田家の者に宛てて書いたものであった。
お市「それは?」
響子「長政様からお市様に宛てられたものです。どうかお収め下さい。」
お市は自分が長政から織田の者と呼ばれたことを悲しんだが、彼の最期の手紙なので目を通さなくてはならないと思った。
文の内容は娘達のことを守ってくれというもので、最後にお市へ後からゆっくりこちらに来て娘達の成長を聞かせてくれと書いてあった。
長政が自分と娘達のことを思って書いた文にお市は涙を流し、文の文字が滲んだ。
お市「ありがとう、響子殿。この文を届けてくれて。長政様の思いを知ることができました。」
響子「いえ、容易いことです。喜んでいただけてこちらも嬉しく思います。」
こうして響子はお市にも快く迎えられ、長政の側室ではなくお市の侍女として生きていくこととなった。
ただ、このことは長くは続かなかった。
お市が長政の文を読んでいる頃本丸では浅井家が滅んだ。
当主長政が切腹したのである。
長政が腹を切ったことに気付いた、生き残った浅井家家臣は長政の後を追うように自害しあるいは敵軍に討ち入り散っていった。
そんな中、長政の文を届けた小姓はある思いに突き動かされていた。
彼は響子の恩に報いるまでは死ねないと思っていた。
本来ならあの場で自害を命じられるのが当然のことであるが響子は自分を許し彼女の乳房に触れさせたのであった。
彼はその事に涙を流して感謝してこの恩に報いると決めそのためにはなんとしても生き延びなくてはならなかった。
彼は自分の同輩が長政の後を追っていくなかで物陰に隠れあるいは死体に化けこの場から逃れようとしていた。