胎間忍 作:内府
小谷城のある山を降りて街道から外れたところに人があまり寄りつかない荒れ寺があった。
そこの本堂で4人の女達が仲間が来るのを待っていたが朝日が昇ってもまだなかった。
彼女達の頭目であるアサギは不安になっていた。
自分達を逃がすために殿となった凜子がいまだに追いついてこなかった。
もしや敵に討たれたのかと思うといてもたってもいられなかった。
今すぐにでも自分だけ小谷城へ戻り凜子を探したいとアサギは思っていた。
ムラサキはおぶわれていたとはいえ移動の疲れが出たのか顔を青くしてぐったりと横になっていた。
サクラはそんなムラサキの介抱のために水を汲んだり額に手拭いを置いてやったりしている。
ユキカゼは凜子のことも心配だったが、アサギが今にも凜子を探しに飛び出そうなことも心配だった。
ユキカゼはついに見かねてアサギの手を握り彼女を落ち着かせた。
ユキカゼ「師匠、落ち着いて下さい。姉弟子はきっと追いつきます。姉弟子はとっても強いんですから。」
アサギはユキカゼの手の温もりを感じつつ自分の弟子が成長して自分を励ましていることが嬉しかった。
アサギはユキカゼの手を両手で包むように握り返した。
アサギ「ありがとう、ユキカゼ。大分落ち着いたわ。」
アサギから礼を言われユキカゼは頬を赤くし照れていた。
カカシ「ごめんくださーい、お邪魔しますよー。」
凜子「ちょっカカシ様、早く下ろしてください!」
突然現れた謎の男にアサギ達全員が驚いたが、それよりもその男が凜子を担いで戻って来たことが嬉しかった。
アサギ「凜子!無事なのね!怪我は?」
凜子「はい、師匠。私はこの通り無事です。ご心配をお掛けしました。」
アサギは凜子に駆け寄り抱きついた。
アサギ「ばか、師匠に心配させるもんじゃありません。とにかく無事でよかった。」
アサギは泣きながら強くだきしめた。
アサギの涙が凜子の鎖骨の辺りに雫となって落ちている。
凜子も強く抱き返していると、ユキカゼが2人の抱擁を嬉しそうに見ていた。
凜子は片手を離してユキカゼを手招いた。
ユキカゼはその手招きに応じてトコトコと近づいて2人を外から包むように抱いて凜子は手招きした手をユキカゼの腰に回して抱きしめた。
ムラサキ「り、凜子ぉ…無事でよかった…ウ、ゥップ」
ムラサキも凜子を迎えようとするが悪阻のせいで満足に動けない。
サクラ「もームラサキちゃんは寝てて、これ以上悪くなったら大変だよ。」
ムラサキはサクラに制されて寝たままであった。
ムラサキ「し、しかしだな…凜子が無事に…」
サクラ「はいはい、そうね。でも凜子ちゃんも無事だったんだしまたいつもみたいになるよ。今はムラサキちゃんは休んでて、私も一緒にいてあげるから。」
ムラサキ「サクラ…ありがとな…」
サクラ「えっなんて?」
ムラサキ「な、なんでも無い!」
ムラサキついつい素直になれなかったが、サクラは本当のところは聞こえていたが、ムラサキの反応が可愛らしく彼女もついついイタズラをしてしまうのであった。
残されたカカシはさすがにアサギ達の輪に入るわけにもいかず仕方なくムラサキ達へ近づいて座った。
カカシ「よっこらせっと。あー俺は甲斐のカカシって言います。実は…」
カカシはムラサキ達にのほほんと自己紹介を始め主命の内容を伝えはじめた。
そんななかでもアサギ達は熱い抱擁を交わしていた。
小谷城本丸、すでに城が落ちたこの場所では生き残ったことと立てた武勲を肴に織田の将兵が祝杯を挙げていた。
なかでも一番賑やかなのはこの度の合戦で未曾有の武勲を立てた木下隊であった。
主将の秀吉を中心に車座になっており秀吉が皆に裸踊りをして笑わせていた。
しかし、突然配下の全員が黙り一斉にある方向に頭を下げていた。
秀吉が振り向くとそこには信長が立っており秀吉もすぐさま跪いて頭を下げた。
木下隊全員が何か不首尾があったのかと恐怖した。
信長「サル。」
秀吉「ははぁ。」
信長「対浅井の調略から今日の稀にみる武勲、見事であった。これよりは旧浅井領近江六郡を治めよ。」
木下隊一同が歓声を上げるが当の秀吉は頭が混乱している。
側近「藤吉郎様、貴男は比類無い大きな武勲を立てられお舘様がそれに報いられたのです。」
側近から説明を受けて秀吉は涙を流して喜んだ。
信長「それとな、名を変えよ。近江の大名が木下のサルでは外聞が悪い。」
信長からそう言われ秀吉は一瞬考えた。
秀吉「ではこれよりは羽柴秀吉と名乗りまする。」
信長「小憎らしい知恵だが、木下のサルよりはましであろう。」
信長は秀吉のサル知恵に呆れながらもそれを許し、微かにほほえんで他の諸隊へと向かった。
秀吉以下の木下隊の面々は信長の笑顔に驚きの声を上げていた。
信長が諸隊の陣を歩いて回っていると4つの輿が山を下っていくのが見えた。
信長はお市がどうなるのか気に掛けていた。
最愛の夫を亡くした彼女は深い悲しみに包まれていることが痛いほど分かるが傷つけたのはの信長自身であったので自分が慰めるのは却って彼女を傷つけるものだと考えしばらくはそっとしておくことにした。
信長はこの時知らないがこの輿の中には江をあやす響子がいた。
信長と響子はこのあと無関係ではなくなるのだが、それは少し先のことであった。
甲斐国躑躅ヶ崎館、大広間、ここには武田家重代の家宝、御旗、楯無しと信玄の諏訪法性兜が置かれ、現当主勝頼はこれを眺めていた。
先ほど忍びから浅井の小谷城が落ちたとの報せが入った。
勝頼は震えていた。
思い通りにならない家臣に次々と減っていく同盟国に怒りを覚えることもあったが勝頼を一番震えさせるものでは無かった。
勝頼は戦国最強の騎馬軍団を率いて日々勢力を拡大する強敵織田家と一戦することの壮大さに武者震いをしていた。