胎間忍 作:内府
近江国の人目のつかない獣道を一人のくノ一が疾走していた。
時折、体調がすぐれないのか木にもたれるように休息しながらもひたすら東へと走っていた。
このくノ一は岐阜城へと響子を救出に向かっているムラサキであった。
ムラサキ「ハァハァ……、すまない…皆…。」
岐阜城へと向かう道中、アサギ達の顔がよぎった。
響子のことは本来なら任務には関係ないことなので無視するべきであったが響子に惣一郎と偽り交わったことがムラサキの心に重い十字架を背負わせ、結果として彼女にこのような行動に走らせた。
だが、響子のためにアサギ達の元から抜けるようなことをしている自分が申し訳なくその事でもムラサキを苦しめていた。
二つの感情がせめぎ合いながらムラサキは岐阜城へと走っていた。
岐阜城ではダンゾウと佐馬斗が響子の堕胎について話し合っていた。
佐馬斗「堕胎の方法はあの女の膣からこの道具を入れて胎児を殺して掻きだします。」
佐馬斗は細長い鋏や小刀のような道具をダンゾウに見せながら堕胎の方法を説明していた。
ダンゾウ「ふん、ぬかるでないぞ。」
佐馬斗「勿論です。」
この堕胎の件に関しては主にダンゾウと佐馬斗しか関わっていなかった。
元々オビトはダンゾウに忍びとしての腕を買われ行動を共にしているだけに過ぎずこのような堕胎をすることは忍びの仕事ではないと考え積極的に協力することはなかった。
また、包帯の男についてはその剛力だけ自分に役立てばいいとダンゾウは考えていたので企みに加えることはなかった。
ダンゾウ達は個としての能力は高かったがそれぞれが協力しあっておらず集団としての力は滝川一益配下の甲賀衆の方が優れていた。
織田家の小姓達が岐阜城内の一室に軟禁されている響子の監視にあたっていた。
彼らは主君の命で響子の監視にあたっていた。
小姓達は初めは浅井の残党ということもあり敵意を持つ者も多くいたが響子の世話をしお市とその娘達と触れ合う彼女を見ているとその魅力的な人柄に一人また一人と態度を和らげその美しさに心が惹かれていった。
最終的には元長政の側室の響子に小姓達全員が思慕するようになった。
この中に一際小さい少年が混じっていた。
この少年は今は亡き織田家古参の重臣森可成の一子、森蘭丸であった。
父を亡くして母が落飾したので、今は岐阜城で小姓の見習として仕えていた。
蘭丸はまだ正式には小姓ではないので響子の監視にあたってはいなかったが先輩小姓の使いっ走りとして何度か響子の顔を見ていた。
蘭丸は母と離れてしまい一抹の寂しさを覚えていたのか響子の持つ母性に人一倍惹かれていたが自分の主である信長への忠誠心と板挟みになっていた。
蘭丸が響子のことを考えて悶々としながら城内を歩いていると以前山から担いで下ろされた包帯の男が城内の一室の前で控えていたのが見えた。
蘭丸「おっ、久しぶりだな。元気にしておったか?」
蘭丸の呼びかけに男は頷いた。
蘭丸が包帯の男に近づくと部屋の中で若い男と老人が何やら密会をしているのが聞こえた。
若い男「………響子……堕胎……これで…。」
老人「……、うむ……、それでよい……。」
蘭丸は部屋の中から聞こえた恐ろしい会話に背筋が凍り付いた。
老人「誰じゃ、そこにおるのは。」
襖が勢いよく開き中から顎に傷のある老人が現れ蘭丸を睨み付けた。
蘭丸「織田家に仕えている森蘭丸と申します。以前この者に助けられたのでその礼を伝えていたところです。」
蘭丸はすぐさまその老人に跪き当たり障りのない理由を述べた。
老人「ふん、貴様のような小僧がうろつくではないわ。早う去ね。」
蘭丸「はっ、失礼いたしました。」
蘭丸は老人と包帯の男に一礼するとすぐにその場を立ち去った。
その場から立ち去った蘭丸であったが先程の恐ろしい会話が耳から離れず、顔から血の気が引いていた。
そんな蘭丸を響子の監視にあたっていた先輩小姓の一人が見つけ声を掛けた。
先輩小姓「おーい、お蘭よどうしたのだ、そんなに青い顔をして?」
蘭丸「実は……」
蘭丸は先程聞いてしまった会話の内容を先輩小姓に告げた。
先輩小姓「なんだと、響子様に堕胎をするだと!」
響子が胎の子に優しく話しかけるさまを見て尊いとおもっていたこの小姓はそんな響子のことを踏みにじるような企みに思わず声を荒げてしまった。
その声の大きさに蘭丸もいささか驚いてしまった。
先輩小姓「おお、すまん。私も頭に血が上ってつい声を荒げてしまった。だがお舘様の命ならば仕方がないのか。」
この小姓も蘭丸と同じく主命と響子への思いの板挟みになってしまった。
ただ、信長への忠誠心には揺るぎないものがあったのですべきことは決まっていた。
それでも響子のことを思うと胸が痛んだ。